魔王とたのしい閨教育

狼子 由

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第一章 心得編

2.5夜目 閨の外

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「陛下、聞いてますか?」

 トレスカの声に、アグラヴィスははっと顔を上げた。
 呼称だけは丁寧だが口調が乱雑なのは、既に何度か呼ばわった後だからだろう。

 書室にこもり、帝国打倒に向けた計画を、腹心と二人で練っていたところだった。
 状況だけはなんとか思い出し、軽く頭を振る。

「……ふむ。そろそろ休憩でも取るか」
「集中力と根気の鬼のようなあなたには珍しいことですね」
「ふっ、いつも音を上げるのはお前の方だったからな。俺も年かな」
「やめてくださいよ、私より若い癖に」

 本気で嫌そうに顔をしかめた側近に、アグラヴィスは苦笑する。
 が、室内の空気が和らぐことはなかった。
 トレスカは追撃の手を緩めず、アグラヴィスの前で卓を叩いた。

「トレスカ、うるさいぞ」
「大体、最近おかしいですよ、あなた。あの帝国の元将軍との閨教育とやらが始まってから……」
「おい、やめろ。お前までそういうことを言うのか? あれはただの口実だと知っているだろう。あやつの抱えている情報が目的だ。そのために少しばかり気を緩めてもらおうとしている。そう説明しただろう」
「そう説明されたうえでも理解できないから聞いてるんですよ」

 ずい、と身を乗り出す部下を見て、アグラヴィスは小さく息を吐いた。

「それだけ必要な情報なのだ。分かれとは言わんが、邪魔をするな」

 トレスカの目に浮かんだのが怒りではなく悲しみだったことに、少しばかり罪悪感を抱く。
 が、アグラヴィスが弁解するより早く、トレスカは頭を下げて応じた。

「承知しました。浅慮、ご容赦ください」
「ああ……」

 謝られれば、アグラヴィスは許すしかない。
 魔王の地位など脆い。ただ、腕力だけでのし上がったようなもの。
 部下相手に頭を下げるなどという行為は、アグラヴィスには許されない。
 トレスカも、それを望んでいないことはよく分かっていた。

 去っていくトレスカの背中を見送りながら、アグラヴィスは深いため息をついた。

 トレスカにすべて話しさえすれば、問題から解き放たれる。
 少なくとも、今宵もアレを我慢する必要はなくなる。そして金輪際、あのような愚かしい真似をする必要はない。
 だが……。

 いつの間にやら、アグラヴィスは堂々巡りの思考迷路に再び迷い込んでいた。
 銀の髪をすり抜けて、夕日が白い頬を照らすまで。
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