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第五章 しあわせな休日
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喫茶店で映画の内容についてしばらく盛り上がった後、楠原くんがお手洗いに席を立った。
梨菜が、にやにやしながら私の方を見る。
「私、先に帰ろうか?」
「え、なんで?」
「だからさ、あんた、楠原と」
「もう、梨菜! 無理に私と楠原くんを仲良くさせようとするのはやめてよ。そういう関係じゃないし、もしそういう気持ちになったとしたら、私が自分でそう言うから!」
割と本気で声を荒げると、途端に梨菜はきゅっと眉を寄せた。
「ごめん。ちょっと調子に乗り過ぎたね」
「いいけど……私、今日は梨菜と会えるのも楽しみにしてきたから、帰るなんて言うのやめて。ね?」
「あんたら、絶対進展しづらいと思ってさ、どうしても気になっちゃって。余計なことだったね、ごめん」
頭を下げた梨菜が、ぱっと顔を上げたときには、もう笑顔に戻っていた。
こういう、切り替えの早さ羨ましい。私もつい笑顔になっちゃう。
「今日の映画、楽しかった? 邦画は他にも色々あったんだけど、あんたたちの好み全然分かんないから、入りやすいのにしたの」
「うん。洋画はおばあちゃんと一緒によく見るから、素直に楽しめたよ」
「今まで、どういうの見たの?」
「映画自体詳しくないから、どういう位置かは分かんないけど。割とポピュラーな過去作品、だと思うなぁ。『STAND BY ME』とか、『天使にラブソングを』とか」
「『サウンド・オブ・ミュージック』とか?」
「それも見たことある。後は『ローマの休日』とか」
「オードリー・ヘップバーン、今見ても綺麗よね。『マイ・フェア・レディ』は見た?」
主演女優つながりで、梨菜が口に出したその映画を、私は確かに知っていた。
『マイ・フェア・レディ』を下敷きにした『プリティ・ウーマン』も。
だけど――どちらも全然、好きになれない。
「私、『マイ・フェア・レディ』は嫌い」
口に出すと、思っていたよりも冷たく響いた。
まださっきの興奮が残っていたからかもしれない。
梨菜は私の声の変化に気付いたからか、控えめに、けど納得のいかない様子で反論する。
「どうして? 単純なシンデレラストーリーだけど……どっちも面白いじゃない?」
「――主人公が、お金で身体を売る女性だから」
そう自分の言葉ではっきり答えたとき、私の頭にあったのは、父親のことだった。
私が生まれた後から、お父さんはほとんど家に帰ってこなくなった。
仕事が忙しいからと聞いているけれど、お母さんもおばあちゃんも私に詳しいことは言わないけど、だけど、いつからか薄々理解していた。
外に、囲っている女性がいるのだと。
生活費はちゃんと振り込まれているし、そもそも、今住んでいる家はおばあちゃんの持ち家だから、生活に困ることはない。
それに、入学式とか、卒業式とか、節目には時々ふらりと戻ってくる。
だけど、父親のそういう行為は、私にとってひどく汚いものに思えた。
この年――今の十七歳の姿ではなく、本来の年齢――になるまで、恋人に近い存在は何人かできた。だけど、誰ともそういう関係になれなかったのは、多分に父親への反抗があったのだと思う。
少し冷静になれば、そんなことに意味はないと分かっているんだけど、この感情は生理的な嫌悪感に近かった。
「ふーん……夜の女は苦手ってワケだ」
梨菜が、何かを堪えているような表情で、ぽつりと答えた。
私はただ、黙って頷いた。
本当は、梨菜の顔色について訊かなきゃいけないと分かってたのに、どうしても口を開くことができなかった。
梨菜が、にやにやしながら私の方を見る。
「私、先に帰ろうか?」
「え、なんで?」
「だからさ、あんた、楠原と」
「もう、梨菜! 無理に私と楠原くんを仲良くさせようとするのはやめてよ。そういう関係じゃないし、もしそういう気持ちになったとしたら、私が自分でそう言うから!」
割と本気で声を荒げると、途端に梨菜はきゅっと眉を寄せた。
「ごめん。ちょっと調子に乗り過ぎたね」
「いいけど……私、今日は梨菜と会えるのも楽しみにしてきたから、帰るなんて言うのやめて。ね?」
「あんたら、絶対進展しづらいと思ってさ、どうしても気になっちゃって。余計なことだったね、ごめん」
頭を下げた梨菜が、ぱっと顔を上げたときには、もう笑顔に戻っていた。
こういう、切り替えの早さ羨ましい。私もつい笑顔になっちゃう。
「今日の映画、楽しかった? 邦画は他にも色々あったんだけど、あんたたちの好み全然分かんないから、入りやすいのにしたの」
「うん。洋画はおばあちゃんと一緒によく見るから、素直に楽しめたよ」
「今まで、どういうの見たの?」
「映画自体詳しくないから、どういう位置かは分かんないけど。割とポピュラーな過去作品、だと思うなぁ。『STAND BY ME』とか、『天使にラブソングを』とか」
「『サウンド・オブ・ミュージック』とか?」
「それも見たことある。後は『ローマの休日』とか」
「オードリー・ヘップバーン、今見ても綺麗よね。『マイ・フェア・レディ』は見た?」
主演女優つながりで、梨菜が口に出したその映画を、私は確かに知っていた。
『マイ・フェア・レディ』を下敷きにした『プリティ・ウーマン』も。
だけど――どちらも全然、好きになれない。
「私、『マイ・フェア・レディ』は嫌い」
口に出すと、思っていたよりも冷たく響いた。
まださっきの興奮が残っていたからかもしれない。
梨菜は私の声の変化に気付いたからか、控えめに、けど納得のいかない様子で反論する。
「どうして? 単純なシンデレラストーリーだけど……どっちも面白いじゃない?」
「――主人公が、お金で身体を売る女性だから」
そう自分の言葉ではっきり答えたとき、私の頭にあったのは、父親のことだった。
私が生まれた後から、お父さんはほとんど家に帰ってこなくなった。
仕事が忙しいからと聞いているけれど、お母さんもおばあちゃんも私に詳しいことは言わないけど、だけど、いつからか薄々理解していた。
外に、囲っている女性がいるのだと。
生活費はちゃんと振り込まれているし、そもそも、今住んでいる家はおばあちゃんの持ち家だから、生活に困ることはない。
それに、入学式とか、卒業式とか、節目には時々ふらりと戻ってくる。
だけど、父親のそういう行為は、私にとってひどく汚いものに思えた。
この年――今の十七歳の姿ではなく、本来の年齢――になるまで、恋人に近い存在は何人かできた。だけど、誰ともそういう関係になれなかったのは、多分に父親への反抗があったのだと思う。
少し冷静になれば、そんなことに意味はないと分かっているんだけど、この感情は生理的な嫌悪感に近かった。
「ふーん……夜の女は苦手ってワケだ」
梨菜が、何かを堪えているような表情で、ぽつりと答えた。
私はただ、黙って頷いた。
本当は、梨菜の顔色について訊かなきゃいけないと分かってたのに、どうしても口を開くことができなかった。
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