たとえ空がくずれおちても

狼子 由

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第八章 たたかうこと、前にすすむこと

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 声を潜め、教室の前側のドアからこっそりと中をのぞく。
 真っ暗な部屋の中、廊下側の一番後ろの席の横で、ごそごそと動く人影がある。

 私と梨菜は、顔をみあわせ頷き合った。
 事前の取り決め通り、私は足音を殺して後ろの扉の前へ回る。
 梨菜の準備ができたことを確認して、私は目の前の扉に手を伸ばす。
 一瞬早く、前の扉から飛び込んだ梨菜は、掴んでいたカメラを人影に向け、フラッシュ最大で連写した。

「ひっ!?」

 フラッシュに照らされた怯えた横顔は、国弘くにひろさんのものだ。
 慌てた彼女が後ろ側の扉から逃げようとしたところに、私が両手を広げて行く手を阻んだ。

「あなた達――」

 私と梨菜の顔を交互に睨み付け、国弘さんは悔しげに呻く。

「梨菜、日上ひかみさん……なぜここに……!?」
「いやあ、こんな夜中に大変だなぁ、国弘」
「私たち、あなたがこの時間にここにいるだろうって分かってたの」

 私と梨菜は国弘さんを挟むように近付く。
 梨菜が彼女の肩を掴むと、国弘さんは即座にその手を払った。

「汚い身体で触るの、やめてくれる?」
「それは……夜中に一人で学校に忍び込んで、ひとの机に落書きする方がよほど汚いよ」

 言い返したのは私なのに、国弘さんはまだ梨菜に向かって吠えかかる。

「あなたなんて、母親と一緒で身体売って暮らしてんでしょ。それを――きゃっ!」

 私は梨菜よりも身体を近付け、国弘さんの襟首を掴んだ。

「梨菜のことを悪く言うのは許さないから」
「は、は、放しなさいよ……!」
「な、なあ日上……落ち着いて」

 事前に、梨菜とは役割を決めてあった。
 私が国弘さんを責める役、梨菜がフォローする役。
 二人で役割を分けることで、国弘さんが折れやすくするという完璧な作戦だ。
 その役割を知っているはずの梨菜が慌てた様子に見えるのは、ちょっと意外だけど。

「国弘さん。言葉には気を付けて。私、今回は本気で怒ってるの。暴力は好きじゃないのよ」
「わ、分かったから……放して!」

 声が本気で苦しそうになってきた。
 突き放すと、よろめきつつも私から距離を取る。

 梨菜に向けてこっそりウィンクしてみたけど、梨菜はぷるぷると首を振って返した。
 『ゴッドファーザー』の台詞だったんだけど、ダメだったかしら……?

「な、国弘。ちょっと落ち着いて聞きなよ。写真撮られてさ、これを先生に渡されたら、あんたの評判は地に落ちるぞ」
「そ、そんなの……夜中に学校にいるってことだけなら、誰だって……」
「今書いた落書きはどうするつもりなの? 明日の朝、私たちが泣きながら訴えたら、そりゃあ大変なことになると思うの」
「夜の間に消してしまえば……」
「で、明日の早朝に私が描き直せばいい? ふふふ、証拠写真があるからには、どんなにひどいことしても全部あなたのせいになるわね」
「ひとの机にあんまり無茶するなよ……?」

 さっきから梨菜がちょくちょく水を差してくるけど、とりあえず無視!

「そもそも、どうして私たち、あなたがここにいるって分かったと思う?」
「どうして、なの……?」
「簡単な話。梨菜の机にね、レコーダーを仕込んでおいたの。あなた達が次の嫌がらせについて相談してる会話は全部録音されてる。ここに写真まで加われば、もう完璧じゃない?」

 今持ってるコンパクトデジカメもレコーダーも、お父さんのものだ。お父さんの部屋を勝手に漁って持ち出してきた。
 ずっと、あんな人の部屋には近づきたくないと思ってたけど、案外役に立ってる。

「録音!? なによそれ、ひどい……!」

 逃げ場なんてないと悟ったのだろう。
 狼狽し始めた国弘さんに、私はにこりと微笑んだ。

「録音も撮影も、なんでこんなに追っかけてくるのって思うと、すごく気持ち悪いよね。だけど、真夜中にこんなところに忍び込んで、落書きしたり嫌がらせしたりする方も十分に気持ち悪いよ」
「ひ、日上さん……」
「私、誓ったの。やられたら、全部やり返そうって」

 顔色を蒼白にして後退る国弘さんと、それをゆっくり追う私。
 その間に、梨菜が横から滑り込んできた。

「ま、日上はこう言ってるけどさ、わたしはちょっとあんたに同情してるんだ」

 梨菜の声がなんだか上ずっている。
 割り込んでくるのもまだ早いと思うけど、まあ、いいや。

「そもそも、坂詰さかつめにやらされてるだけなんでしょ? あんただけが実害を受ける必要、ないんじゃない?」

 梨菜の声はいつもより少し優しく響く。
 うん、国弘さんが泣きそうな顔してるのも当たり前だね。
 私が近付こうとしたら、梨菜に手で追っ払われたのはちょっと納得いかないけど。
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