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ポージー編
第12話
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ポージーの肩に乗った赤い鳥を見て、ロウは思わず息を飲んだ。鮮やかな赤色に輝くこの鳥をロウは恐らく知っている。
――だが、よりによってこんなにも真紅とは……。これでは否が応でも、あの古の伝承を思い出してしまう。
脳裏をよぎったのは、語り継がれる悲劇の記憶だった。
ロウは珍しく動揺した様子で、鳥を肩に乗せたままのポージーに急いで問いかけた。
「ポージー。よく見てくれ。その鳥は透けてはいないか?」
もしこの赤い鳥がロウの知っているものと同じならば、今まさに彼女の身に何か良からぬ事態が起こっているかもしれないのだ。
「透けてるってどういうこと?」
ロウの焦ったような言葉の意味がわからず、ポージーは戸惑いながら問い返した。
「鳥の体越しに奥の景色が見えないかと聞いているのだ。」
今まで見たことも無いロウのただならぬ剣幕におされ、ポージーは理由《わけ》も分からないままに、その赤く輝く鳥を右手に移しその姿を言われたように凝視してみた。
赤い光が強い……辺《あたり》が暗くなってみてよく分かる。この鳥は確実に発光している。そしてよく見ればロウが言ったように奥の景色が透けて見えるではないか。
「どういうこと?先生の言うようにこの鳥は透けて見えるわ。」
「やはりか……。ならばその鳥は術《じゅつ》で作られた琥珀鳥《こはくちょう》と言う鳥だ。」
「術って、先生の使う魔法のようなもの?」
「あゝそうだ。その鳥は本物の鳥ではない。術者によって使役された実体の無い霊体だ。だから奥の景色が透けて見える。それで重さの方はどうだ?」
「重さ……? うーん、それなら……そんなに重くはないわね。」
ポージーはロウの尋ねる意味のすべては理解出来ていなかったが、彼の様子からこの鳥がただのものではないことを悟り、いつもの好奇心に満ちた笑みは消え、ロウでさえ普段見たことが無いほどの真剣な表情に変わっている。
ただ、本来、術で使役される霊体には質量がほとんどないはずない。ロウにとってポージーの重さが有ると言う返答は少し意外だった。
しかしながら、今は重さの有無を気にしている場合ではなかった。問題は、この琥珀鳥がなぜポージーのもとへ飛んできたのか――そして何より、鳥の“赤い色”こそが深刻な問題だった。
「重さがあるとは……少し妙だが……まあよい。ポージー、その鳥のどこかに手紙のようなものが括り付けられていないか?」
琥珀鳥は宝石を鳥の姿に変えて文《ふみ》を届けさせる術である。いくら賢者と呼ばれるロウといえども言い伝えにしか聞いた事は無いが、言い伝えでは琥珀鳥はその術の使役者に危機が迫るとその姿を赤色に変えると言う。
神話にも神代《かみよ》の大戦において、南都ナンバークが一時的に蛮族に陥落に追い込まれた際に『赤い琥珀鳥』が王都へと飛ばされたと記されている。そしてその際に琥珀鳥を飛ばした術者はナンバークの陥落と共に命を落としているのだ。
ではいったい、誰がポージーにこの鳥を――?
ロウの記憶が正しければ、領主のもとに術者など存在しなかったはずだ。
「ロウ先生。ありました。足に、手紙のようなものが括られてます!」
思考を巡らせていたロウの耳に、ポージーの声が鋭く響いた。
「やはりか。ならばその手紙はお前宛だ。直ぐに読んでみろ。」
相変わらず緊張した面持ちのロウにうながされ、ポージーは小さく折り畳まれた手紙を鳥の足から外す。すると次の瞬間。役目を終えた琥珀鳥がその光を失い弾けるようにして姿を消した。
そして気が付けば、ポージーの手にはずしりと重い皮の袋が残されていた。
「せ、先生……これは……」
「それは後でも構わぬ。まずは手紙を。」
「はい。」
慌てて手紙を開くポージーの手は、そこに書かれている内容を予見でもするかのように僅かに震えていた。そしてロウはと言えば、手紙に目を通すポージーの目をじっと黙って見つめている。
手紙を読み進めるうちに、ポージーの表情は次第に強張ったものへと変わっていく。そして震えるポージーの手から、恐らくはまだ途中までしか読み終えていないであろう手紙がハラリと地面に落ちた。そしてポージーは呆然《ぼうぜん》とした顔でその場に立ち尽くしてしまった。
「な、何と書かれていた?」
居ても立っても居られず、急かす様なロウの声で、咄嗟に我に返ったポージーはどうにか気を取り直そうとするが、もはやその動揺を隠す事ができない。彼女が震える声でやっと絞り出した言葉は……
「や、屋敷が……突然現れた王都の騎士団に襲われたそうです……」
ポージーの視線が、すがる様にロウの瞳を真っ直ぐに見つめていた。
――だが、よりによってこんなにも真紅とは……。これでは否が応でも、あの古の伝承を思い出してしまう。
脳裏をよぎったのは、語り継がれる悲劇の記憶だった。
ロウは珍しく動揺した様子で、鳥を肩に乗せたままのポージーに急いで問いかけた。
「ポージー。よく見てくれ。その鳥は透けてはいないか?」
もしこの赤い鳥がロウの知っているものと同じならば、今まさに彼女の身に何か良からぬ事態が起こっているかもしれないのだ。
「透けてるってどういうこと?」
ロウの焦ったような言葉の意味がわからず、ポージーは戸惑いながら問い返した。
「鳥の体越しに奥の景色が見えないかと聞いているのだ。」
今まで見たことも無いロウのただならぬ剣幕におされ、ポージーは理由《わけ》も分からないままに、その赤く輝く鳥を右手に移しその姿を言われたように凝視してみた。
赤い光が強い……辺《あたり》が暗くなってみてよく分かる。この鳥は確実に発光している。そしてよく見ればロウが言ったように奥の景色が透けて見えるではないか。
「どういうこと?先生の言うようにこの鳥は透けて見えるわ。」
「やはりか……。ならばその鳥は術《じゅつ》で作られた琥珀鳥《こはくちょう》と言う鳥だ。」
「術って、先生の使う魔法のようなもの?」
「あゝそうだ。その鳥は本物の鳥ではない。術者によって使役された実体の無い霊体だ。だから奥の景色が透けて見える。それで重さの方はどうだ?」
「重さ……? うーん、それなら……そんなに重くはないわね。」
ポージーはロウの尋ねる意味のすべては理解出来ていなかったが、彼の様子からこの鳥がただのものではないことを悟り、いつもの好奇心に満ちた笑みは消え、ロウでさえ普段見たことが無いほどの真剣な表情に変わっている。
ただ、本来、術で使役される霊体には質量がほとんどないはずない。ロウにとってポージーの重さが有ると言う返答は少し意外だった。
しかしながら、今は重さの有無を気にしている場合ではなかった。問題は、この琥珀鳥がなぜポージーのもとへ飛んできたのか――そして何より、鳥の“赤い色”こそが深刻な問題だった。
「重さがあるとは……少し妙だが……まあよい。ポージー、その鳥のどこかに手紙のようなものが括り付けられていないか?」
琥珀鳥は宝石を鳥の姿に変えて文《ふみ》を届けさせる術である。いくら賢者と呼ばれるロウといえども言い伝えにしか聞いた事は無いが、言い伝えでは琥珀鳥はその術の使役者に危機が迫るとその姿を赤色に変えると言う。
神話にも神代《かみよ》の大戦において、南都ナンバークが一時的に蛮族に陥落に追い込まれた際に『赤い琥珀鳥』が王都へと飛ばされたと記されている。そしてその際に琥珀鳥を飛ばした術者はナンバークの陥落と共に命を落としているのだ。
ではいったい、誰がポージーにこの鳥を――?
ロウの記憶が正しければ、領主のもとに術者など存在しなかったはずだ。
「ロウ先生。ありました。足に、手紙のようなものが括られてます!」
思考を巡らせていたロウの耳に、ポージーの声が鋭く響いた。
「やはりか。ならばその手紙はお前宛だ。直ぐに読んでみろ。」
相変わらず緊張した面持ちのロウにうながされ、ポージーは小さく折り畳まれた手紙を鳥の足から外す。すると次の瞬間。役目を終えた琥珀鳥がその光を失い弾けるようにして姿を消した。
そして気が付けば、ポージーの手にはずしりと重い皮の袋が残されていた。
「せ、先生……これは……」
「それは後でも構わぬ。まずは手紙を。」
「はい。」
慌てて手紙を開くポージーの手は、そこに書かれている内容を予見でもするかのように僅かに震えていた。そしてロウはと言えば、手紙に目を通すポージーの目をじっと黙って見つめている。
手紙を読み進めるうちに、ポージーの表情は次第に強張ったものへと変わっていく。そして震えるポージーの手から、恐らくはまだ途中までしか読み終えていないであろう手紙がハラリと地面に落ちた。そしてポージーは呆然《ぼうぜん》とした顔でその場に立ち尽くしてしまった。
「な、何と書かれていた?」
居ても立っても居られず、急かす様なロウの声で、咄嗟に我に返ったポージーはどうにか気を取り直そうとするが、もはやその動揺を隠す事ができない。彼女が震える声でやっと絞り出した言葉は……
「や、屋敷が……突然現れた王都の騎士団に襲われたそうです……」
ポージーの視線が、すがる様にロウの瞳を真っ直ぐに見つめていた。
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