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修行編
第42話 逃避行 〜召集令状〜 その1
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「カイル! カイル=バレンティンは居らぬのか!」
オルマルの谷に権威を振りかざした威圧的な声が大きく響き渡った。
萬寿香を手に入れ意気揚々と山から戻ってきたカイルとレイラの二人は、オルマルの村の裏山で突然その大声を聞き思わず帰宅の歩みを止めた。
「お兄ちゃん――」
不安気な声と共に、妹レイラの手が兄カイルの腕をギュッと掴む。
「わかってる。少し様子を見よう」
ただならぬ村の気配を感じて兄妹は慌てて茂みに身を隠した。何が起こっているのかはまだ分からないが、呼ばれたのは確かにカイルの名前だった。耳障りのするやけに甲高い声は、もちろん聞きな染みのある村人の声などではない。
「どうするの……ずっとお兄ちゃんのこと呼んでいるよ」
不安のせいかずっと腕を握り続ける妹に、兄はシーッと口元に人差し指を立てた。どうするかはまず何が起きているかを確かめてからである。
だがこの場所では村の様子が良く分からない。そのために兄妹二人は、そのまま身を屈めながら村の入り口が良く見える場所までゆっくりと移動をする。そして声高にカイルの名前を呼び続ける男の様子を茂みの隙間からじっと伺った。
「ねぇ、あれってお役人様だよね――」
「あゝ、そうだな」
囁くようなレイラの声に、カイルもまた押し殺した声で小さく頷いた。
確かに、黒い官服を身にまとった小柄な男が村の入り口に一人立っている。先ほどから大声を張り上げているのはこの役人の小男に違いない。しかし、カイルが気になっているのは役人の後ろから少し身を引いて立っている5人の男達のほうだった。小男の役人とは違い、後ろの5人は軽装ながら同じ意匠の鎧を身に着けており何処からどう見ても王国の軍人だ。
だがおかしい。たかが小役人が軍人を5人も引き連れて出歩くことなどあるだろうか。いくら戦時中とは言え、本来役所と軍隊はまったく別の組織であり共に行動する事などほとんど無いはずである。
ただ――そうは言っても、ここまで幾度となく自分の名前を呼び付けられれば、さすがのカイルも出ていかざるを得ないのも事実。もしこのまま無視を決め込めば村の皆にも迷惑がかかるのだ。怪しいと思いつつお上の呼び出しとあっては諦めるしかない。
だが、カイルが意を決して立ち上がろうとしたその瞬間、彼は役人だと思っていた男の右腕に浅葱色《あさぎいろ》の腕章を見つけた。
「まずい――あの小男、普通の役人なんかじゃないぞ。軍の徴兵官だ!」
「何?徴兵官って――」
「王都ら地方へやってきて若い男達を見つけては戦場へと送る役人だよ。まぁつまり、あの男は俺を兵士として戦場に連れて行こうとしているんだ――」
町に降りた時に噂では何度か聞いていたが、とうとうカイルのもとにも浅葱色の腕章の徴兵官がやってきたのだ。
「えっ、私そんなの絶対に嫌だよ。」
カイルの腕を掴むレイラの手に、また力が入った。
「大丈夫だよレイラ――俺は戦争なんて行かないから」
不安気な表情で兄を見つめる妹の頭にポンと手を乗せて、カイルはにこりと微笑む。しかし、このまま今日をやり過ごしたところであの男は再びこの場所にやって来るに違いない。
それに――
徴兵官の前には既に3人の村人が立たされており、その中には従兄弟のエドの姿も見えた。ここでもしこのまま徴兵官から隠れ続けるなら、当然周りからは卑怯者だと白い目で見られ、この村にカイルの居場所は無くなってしまうだろう。
かと言って、前世の現代日本にてその倫理観を育て上げたカイルにとって戦争に行くなどという選択肢はどうしても考えられ無かった。
――いっそ、このまま村を出て行くか――
もちろんカイルも我が身一つなら迷うことなくそうしたことだろう。でも彼の隣には、まだ幼さを残した妹のレイラがいるのだ。もしこのままカイルが一人村を逃げ出せば、後に残された妹は兄の罪を背負う事になるだろ。たとえそうはならなかったとしても、今後レイラは卑怯者の妹として村で肩身の狭い思いをして生きていかなければならない。
いずれにせよ、カイルの道は塞がっていた。
「ごめんなレイラ。やっぱりお兄ちゃんは出ていくしか無いみたいだ……」
それは諦めでは無く決意だ。兄は妹の頭を優しく撫でるとその顔に精一杯の笑顔を作って見せた。今まで不器用ながら彼なりのやり方で精一杯妹を育てて来たカイルにとって、妹を置き去りにしてまで自分だけが助かるなどという決断をどうして下すことが出来るだろう。
だが、妹が強く掴んだ手を解《ほど》こうとカイルが腕を伸ばした時。今度妹の両手がカイルの腰にギュッっと巻き付いた。
「行っちゃ駄目!」
全力で腰にしがみつき、必死の表情でカイルを見つめるレイラ。
「いや、しかしここで俺が出ていかないと、村の皆にも迷惑が――」
「でも出てっいたらお兄ちゃんは戦争に連れて行かれるんでしょ。そんなの絶対に嫌だ」
「心配するな。お兄ちゃんは強いんだから。」
もちろんそれは妹をなだめる為の強がりであり、最善の方便のはずだった。
しかし――レイラの一途さは、妹を騙して自らを犠牲にしようとするカイルのズルさを一蹴した。
「それでも駄目。だってお兄ちゃんは私と約束したもん。千年九剣を振るう時は絶対に人の命を奪っちゃ駄目だって!」
その妹の言葉に、カイルは返す言葉を見つける事が出来なかった。
オルマルの谷に権威を振りかざした威圧的な声が大きく響き渡った。
萬寿香を手に入れ意気揚々と山から戻ってきたカイルとレイラの二人は、オルマルの村の裏山で突然その大声を聞き思わず帰宅の歩みを止めた。
「お兄ちゃん――」
不安気な声と共に、妹レイラの手が兄カイルの腕をギュッと掴む。
「わかってる。少し様子を見よう」
ただならぬ村の気配を感じて兄妹は慌てて茂みに身を隠した。何が起こっているのかはまだ分からないが、呼ばれたのは確かにカイルの名前だった。耳障りのするやけに甲高い声は、もちろん聞きな染みのある村人の声などではない。
「どうするの……ずっとお兄ちゃんのこと呼んでいるよ」
不安のせいかずっと腕を握り続ける妹に、兄はシーッと口元に人差し指を立てた。どうするかはまず何が起きているかを確かめてからである。
だがこの場所では村の様子が良く分からない。そのために兄妹二人は、そのまま身を屈めながら村の入り口が良く見える場所までゆっくりと移動をする。そして声高にカイルの名前を呼び続ける男の様子を茂みの隙間からじっと伺った。
「ねぇ、あれってお役人様だよね――」
「あゝ、そうだな」
囁くようなレイラの声に、カイルもまた押し殺した声で小さく頷いた。
確かに、黒い官服を身にまとった小柄な男が村の入り口に一人立っている。先ほどから大声を張り上げているのはこの役人の小男に違いない。しかし、カイルが気になっているのは役人の後ろから少し身を引いて立っている5人の男達のほうだった。小男の役人とは違い、後ろの5人は軽装ながら同じ意匠の鎧を身に着けており何処からどう見ても王国の軍人だ。
だがおかしい。たかが小役人が軍人を5人も引き連れて出歩くことなどあるだろうか。いくら戦時中とは言え、本来役所と軍隊はまったく別の組織であり共に行動する事などほとんど無いはずである。
ただ――そうは言っても、ここまで幾度となく自分の名前を呼び付けられれば、さすがのカイルも出ていかざるを得ないのも事実。もしこのまま無視を決め込めば村の皆にも迷惑がかかるのだ。怪しいと思いつつお上の呼び出しとあっては諦めるしかない。
だが、カイルが意を決して立ち上がろうとしたその瞬間、彼は役人だと思っていた男の右腕に浅葱色《あさぎいろ》の腕章を見つけた。
「まずい――あの小男、普通の役人なんかじゃないぞ。軍の徴兵官だ!」
「何?徴兵官って――」
「王都ら地方へやってきて若い男達を見つけては戦場へと送る役人だよ。まぁつまり、あの男は俺を兵士として戦場に連れて行こうとしているんだ――」
町に降りた時に噂では何度か聞いていたが、とうとうカイルのもとにも浅葱色の腕章の徴兵官がやってきたのだ。
「えっ、私そんなの絶対に嫌だよ。」
カイルの腕を掴むレイラの手に、また力が入った。
「大丈夫だよレイラ――俺は戦争なんて行かないから」
不安気な表情で兄を見つめる妹の頭にポンと手を乗せて、カイルはにこりと微笑む。しかし、このまま今日をやり過ごしたところであの男は再びこの場所にやって来るに違いない。
それに――
徴兵官の前には既に3人の村人が立たされており、その中には従兄弟のエドの姿も見えた。ここでもしこのまま徴兵官から隠れ続けるなら、当然周りからは卑怯者だと白い目で見られ、この村にカイルの居場所は無くなってしまうだろう。
かと言って、前世の現代日本にてその倫理観を育て上げたカイルにとって戦争に行くなどという選択肢はどうしても考えられ無かった。
――いっそ、このまま村を出て行くか――
もちろんカイルも我が身一つなら迷うことなくそうしたことだろう。でも彼の隣には、まだ幼さを残した妹のレイラがいるのだ。もしこのままカイルが一人村を逃げ出せば、後に残された妹は兄の罪を背負う事になるだろ。たとえそうはならなかったとしても、今後レイラは卑怯者の妹として村で肩身の狭い思いをして生きていかなければならない。
いずれにせよ、カイルの道は塞がっていた。
「ごめんなレイラ。やっぱりお兄ちゃんは出ていくしか無いみたいだ……」
それは諦めでは無く決意だ。兄は妹の頭を優しく撫でるとその顔に精一杯の笑顔を作って見せた。今まで不器用ながら彼なりのやり方で精一杯妹を育てて来たカイルにとって、妹を置き去りにしてまで自分だけが助かるなどという決断をどうして下すことが出来るだろう。
だが、妹が強く掴んだ手を解《ほど》こうとカイルが腕を伸ばした時。今度妹の両手がカイルの腰にギュッっと巻き付いた。
「行っちゃ駄目!」
全力で腰にしがみつき、必死の表情でカイルを見つめるレイラ。
「いや、しかしここで俺が出ていかないと、村の皆にも迷惑が――」
「でも出てっいたらお兄ちゃんは戦争に連れて行かれるんでしょ。そんなの絶対に嫌だ」
「心配するな。お兄ちゃんは強いんだから。」
もちろんそれは妹をなだめる為の強がりであり、最善の方便のはずだった。
しかし――レイラの一途さは、妹を騙して自らを犠牲にしようとするカイルのズルさを一蹴した。
「それでも駄目。だってお兄ちゃんは私と約束したもん。千年九剣を振るう時は絶対に人の命を奪っちゃ駄目だって!」
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