【大師匠は大嘘つき】〜俺はデタラメの剣術を教えたはずなのに、今や妹は剣聖と呼ばれています〜

鳥羽フシミ

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修行編

第46話 逃避行 〜砂の海〜 その2

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その瞬間。兄妹をからかっていた商人達の視線が、一斉に大通り脇の建物の三階へと注がれた。朱色とも違うどちらかと言えば弁柄《べんがら》に近い色で塗られた木製の建物は、商店と言うには少々派手だが何処となく怪しい雰囲気をかもし出してる。その建物の三階のベランダから、緑色の見馴れぬ異国の衣装を身にまとった若い女性がカイルとレイラの二人に手招きをしていた。

「もしかして――妹さんのこと怖がらせちゃったかしら?」

女はベランダから身を乗り出し覗き込むようにして兄妹に優しく声をかけた。しかし、突然見ず知らずの女に優しく声をかけられたところで、そう簡単にカイルの腹の虫がおさまるはずはなく――

「いいえ、気にしないでください。もう貴方達に頼むのは諦めましたから。それに、人間を売り買いする様な人達と僕は関わりを持ちたくないので――」

周りの商人達の注目を集める中で、カイルは人目も気にせず突っぱねる様に言った。この商人達は、妹をまるで奴隷の様に商品扱いしたのだ。いくらお人好しのカイルでも許せる理由がない。例えばもし、ここで商人達の気が変わって、兄妹二人を砂漠に連れて行くと言い出したとしても、やはりカイルは素っ気無い態度を取るだろう。

しかし――

それはカイルにとってあまりにも予想外の出来事だった。三階で二人を見下ろしてたはずの女が、カイルの言葉を聞くやいなや、突然木製のベランダをまるで庭の柵でも乗り越える様にぴょいと飛び越えたのだ。

しかし下は人々が行き交う往来。クッションになるテントや荷物があるわけでは無く、下手に着地をすれば骨の一本や二本では済まされない高さがあった。だが驚いたことに、女はひらりと長い袖を翻すと、まるで重力の弱い月の表面にでも着地するかのようにふわりと事も無げに二人の目の前に降り立ったのである。

そして、その光景を唖然とした表情で見届けた兄妹に――

「もしよかったら貴方達を怒らせてしまったお詫びをさせてくれないかしら」

彼女はニコりと微笑んでそう言った。



カイルとレイラの兄妹は、その女性に手を引かれ、今まさに彼女が飛び降りてきた弁柄色の立派な建物へと案内される。

最初は女の申し出を断るつもりでいたカイルだが、彼女の顔を見た瞬間、彼の中にあった怒りが突如好奇心へと変わった。

「やはり気になりますか?」

自らをテンジンと名乗った女は、兄妹二人を細かな彫刻が施された丸いテーブルにつかせるなりそう話を切り出した。

「すみません。あまり好奇の目で見られるのは嫌かもしれませんが――それでもやはり気になります。」

「ええ。お察しの通り私の目は義眼です。私は両の目とも視力を失っております」

「そうですか――やっぱり見えていないんですか――。」

「はい。この世界のあらゆる形、色……そして太陽の光さえも私には一切見えてはおりません。」

カイルが、このテンジンと言う女に付いていくことにしたの砂漠の商人達を許したわけでも、女の謝罪を受け入れるためでも無く、「この女は本当に目が見えていないのか」ただそれを確かめたいがためであった。

しかし、目が見えてい無いなら尚更に興味が湧いた。彼女がさっきベランダから飛び降りた時も、そして自分達を建物へと案内してくれた今も――彼女の一挙手一投足全てが盲目である事を一切感じさせないのである。

「まるで僕達と同じ様に見えているみたいだ」

カイルは思わず感嘆の声を上げた。

「皆さんそうおっしゃいます。でも私達の様な目の見えない者にとっては至って普通の事ですよ。目が見えなくとも音がありますし、頬に感じる温かさや細やかな風の動きである程度は対処できるものです」

「まさか――私が知っている人達は皆、手に杖を持ち足元を確認しながら歩いていますよ。それなのに貴方はまるで目が見えているかの様に今も歩いている。それにさっきの着地の時だって――地面との距離が正確に分かっている様に見えました。」

気がつけば、カイルはさっきの怒りもすっかり忘れて目の前のテンジンと言う女性に夢中になってしまっていた。

その秘密が知りたい、知って妹の修行に生かしたい――

それは、今までずっと妹の剣術について考え続けていたカイルの師匠としての性《さが》だったのかもしれない。

だが一方でテンジンにはそんなカイルの姿がおかしくに見えたらしい――

「フフッ。貴方はそんな事を聞く為に私の謝罪を受け入れてくれたのですか?砂漠を渡る方法を知りたいのでは無く?」

そう言って彼女は、何故か嬉しそうに笑った。
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