【大師匠は大嘘つき】〜俺はデタラメの剣術を教えたはずなのに、今や妹は剣聖と呼ばれています〜

鳥羽フシミ

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武術大会編

第68話 徴兵官殺し 〜あの日〜 その2

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男をやり過ごすべくカイルとレイラは木の陰にじっと身を潜める。再び風が2人の間を通り過ぎ、草の葉がかすかに揺れた。

だが、足音はゆっくりとした足取りでも、まるで2人がそこにいるのを確信しているかのように迷いなくこちらへと向かっていた。。

姿は見えずとも、踏みしめる音は確かに近づいてきている。

カイルは思わず息を止め、レイラもじっと足音と兄の背中に意識を集中した。

そして――

足音は、二人が隠れている場所の、すぐ近くで止まった。

茂みの向こうから、自信に満ちた声が聞こえてくる。

「そちらの木の陰に隠れておいでなのでしょう?」

カイルの背中がわずかに強張った。

なぜ?とばかりにレイラは兄の服をぎゅっと握った。

ここは開き直って返事をするべきか、黙って木の陰からでていくか――それともこのままだんまりを決め込むか。だが男はその判断を下す時間をカイル達に与えない。

「どこに隠れていても私には意味はありませんよ。なぜなら私はもともと目が見えないのですから」

その余裕ぶった言葉が、かえって二人に得も言われぬ不気味さを感じさせた。

もしこの男の目が見えていないなら、始めから隠れていても仕方が無いのは当然である。

「……盲人ギルドがなんの用だよ」

“目が見えない”という言葉を聞いて、咄嗟に盲人ギルドの言葉が出てしまったが、木の陰から低く投げかけたカイルの声は、緊張でかすかに上ずっている。

数日前、砂漠の関所を眼の前にして訪れた盲人ギルド。そこで自らギルド長を名乗った女性、テンジンのことをカイルは思い出す。

確かにあの時も驚いた。信じがたいことだが彼女の動きには、目の不自由さを感じさせるものが全くと言っていいほど感じられなかったからだ。

それを思えば、今ここにいるこの男も、目が見えないというだけで侮るべきでは無い。
逆に目が見えない分だけ、あの女と同じく視力以外の感覚が特別に鋭くなっているのだろう。カイルはそう理解していた。

その上で、妙に低姿勢な男の言葉遣いは、むしろ逆に警戒を強めさせる。穏やかであるはずの男の口調に、カイルは胡散臭さを感じずにはいられなかった。

しかし男は、そんなカイルの警戒心を気にする素振りすら見せずに――

「ギルドと言うか私個人の用事なんですが――。まぁ、もしお困りならば貴方お2人に私が砂漠を渡るお手伝いをしてさしあげたいなと思いまして……ここでようやく貴方に追いついたと言うわけです」

ひょうひょうと、そう言ってのけた。

背中越しにレイラが不安気にカイルを見上げる。

相手が王国の役人でなかったことに、確かに一息つく思いはあった。だが、それだけで警戒を解くほど今回の旅が甘いものでないことは、まだ幼いレイラにもわかっている。

言葉の裏を読むように、カイルは黙って思考を巡らせていた。男の申し出は、あまりにも唐突で胡散臭い。そして何より、ただそれだけの為に“見ず知らずの自分たちを、なぜここまで追ってきたのか”。

男が何者か、そしてその厚顔の裏に隠された本来の目的は何か――男が5日もかけて自分たちを追ってきた以上、何かしらの見返りを求めているのは間違いないはずである。

カイルは木の陰から問いかける。

「……で、何が目的なんだ。報酬ならもう話しただろ。俺は砂漠の商人にも“千年霊芝”を渡すつもりでいた」

男は少し間を置いてから、苦笑するような声で言った。

「まぁそれは確かに魅力的ですが……私の欲しいものは、それじゃありません」

カイルの表情がわずかに強張った。

千年霊芝は、兄妹二人を安全に砂漠の向こうまで運ばせるには十分すぎる代物であるはずだ。

にも関わらずそれを断る男の本来の目的とは――カイルは嫌な予感がして咄嗟に背中の荷物を手で確認した。

まさにその時。

「それ以外にも、あなたがたは“もっと価値のあるもの”をお持ちでしょう?そうその背中の荷物の中に――」

男は、口元にいやらしい笑みをたたえて確かにそう言った

その瞬間。カイルの動揺に気がついたレイラがギュッと兄の袖を握る。

もちろんカイルは未だ誰にもそれを見せたことも、ましてや口にしたことも無い。

“万寿香”

この男がそれを知っているはずがないのだ。だからこそカイルは心の動揺を気取られぬように無言を貫いた。

だが、男はあっさりとその言葉を口にする。

「万寿香ですよ……。あなた……持っていらっしゃるんでしょ?」

そして、カイルの返事を待たぬまま、男は続けた。

「なんで目の見えぬ私が貴方がたを追って来れたと思います? それはね……匂いですよ。こう見えて私は誰よりも鼻が効くんです」
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