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武術大会編
第87話 共闘 その2
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エイドリアンの杖に、淡い光が灯った。
その光は見る間に細かい粒子となって空間へと染み込み、やがて宙に複雑な紋様を描く魔法陣が浮かび上がる。
「やっとかよ……」
最前線に立ち続けていたエデンが、疲労と苛立ちを滲ませてぼやく。
無理もない。カイルとエイドリアンが言葉を交わしていたそのあいだ、魔人の注意を引きつけ続けていたのは、他ならぬ彼一人だったのだ。
結界の外にいる観客たちは、今もショーン少年の魔術によって守られていたとはいえ、敵との直接の交戦はすべてエデンが担っていたのだ。
肩は荒く上下し、口元からは喘ぐようなかすれた息がこぼれる。額には玉のような汗がにじみ、剣を握る手はかすかに震えていた。
「ったく……あんたらがくだらねえ話してるうちに、もうこいつは人間の面影なんか残っちゃいねえよ。早く参戦してくれってんだ」
その言葉の通りだった。
魔人はすでに異形の存在へと変貌していた。
膨れ上がった肉体、漆黒に染まった肌。全身を覆う毛皮のようなものが逆立ち、体の輪郭はもはや人のそれではない。裂けた口元からは獰猛な牙が覗き、長くしなやかな四肢が地を踏みしめるたび、巨躯の尾が風を切って唸り声を上げた。
まさしく、それは伝承に語られる邪神――テトカポリカの姿だった。
カイルは一歩前へ出て、エデンの肩にそっと手を置いた。
「よく持ちこたえたな。あとは俺たちがやる」
だが、その言葉を聞いても、エデンの表情から緊張は抜けない。
「気をつけろよ。こいつ……いくら斬りつけても怯まねえんだ」
そう言い残してエデンは、肩に乗ったカイルの手を振りはらい、カイルの背中へと一歩下った。
カイルは、おもむろに地面に落ちていた曲刀を拾い上げる。
それは、異形へと変わったドーマが手放した武器。今度はその剣が、邪神と化したドーマ自身へと向けられる番だった。
カイルは庇うようにエイドリアンの前へと出ると、邪神を真正面から見据えた。
「伝説では、テトカポリカは“鏡を持った黒い猫”とされていましたが……今のこれは、もはや猫どころじゃありませんね。これではまるで、巨大な黒いライオンのよう――」
確かにその姿は、王獣ライオンを思わせた。だが、その身体から発せられるオーラは百獣の王の威厳ではなく、破壊と死そのものだった。
――もう、ドーマを救う手段はない。
ここまで完全に姿を変えられてしまっては、戻す術が無いどころか、戻すべき「かつての彼女」の面影すらも全く残っていなかった。
「今さらダークエルフの命がどうとか言うなよ。こいつ、まだ進化の途中なんだろ? 早く止めないと、本当に手遅れになるぞ」
カイルの声は淡々としていたが、その言葉は迷いなく、現実を突きつけるものだった。
「……ええ、わかっています。ドーマさんには、本当に申し訳ないことをしました。でも、だからこそ今は――一刻も早く、テトカポリカを倒すしかありません」
「上出来だ。それだけ聞ければいい。じゃあ、ここからは手加減なしで行くぞ」
そう言い放つや、カイルは地を蹴って邪神の眼前へと躍り出た。
もはや彼は、かつて虚勢ばかりの男ではない。
国を離れていた数年間、自らも『千年九剣』を極め、各地を巡って剣の修行を積んできた。気功もまた、血の滲むような鍛錬の果てに手に入れた力。もはやその剣に、虚飾など一片もなかった。
今度は彼が、エイドリアンの魔法陣が完成するまでの盾となる番である。
次々と繰り出される邪神の鋭い爪。その一撃一撃が、もはやエデンに任せられる代物ではない。
真正面から喰らえば、いかにドーマの刀が業物であれ、一瞬で砕け散るだろう。
エデン少年の言うように、この異形の怪物は確実に邪神テトカポリカとしての力を取り戻しつつあった。
「お前が全ての力を取り戻す前に、さっさと仕留めてやるぜ!」
カイルはそう叫ぶと、エイドリアンの魔法など全く必用無い――とでも言わんばかりに、邪神の爪の攻撃をいなしながら、その懐深くへとその身体をねじ込んで行く。
「邪魔をしないで!あなたは気だけを引き付けとけば良いんだから」
カイルの背後からは、苛立ちを隠しもしないエイドリアンの声。
だが、その声はカイルにとってはまたとない最高の助太刀であった。
邪神はその一瞬、杖に集まる魔力とエイドリアンの声に気を奪われた。
巨体は正面にいたカイルを無視し、エイドリアンへと向かおうと大きく上体を持ち上げる。
――その隙を、カイルが逃すはずがない。
「お前の相手は――この俺だ!」
叫ぶと同時に、彼の刀が邪神の喉元へと走る。
いくら邪神とて、急所を斬られれば無傷では済まないはずだった。
だが――
カイルの剣は、虚しく宙を切り裂いただけだった。
確かに喉もとを捉えたはずなのに、まるで虚空に刀を振るったかのように手応えが全くしない。
その瞬間、絶好のチャンスは一転、最悪の窮地へと化した。
ほんの刹那、逸れていた邪神の注意が、再びカイルへと向けられる。
即座にその変化を察知したカイルが顔を上げると、邪神の前脚が頭上高く振りかぶられていた。
獰猛な爪が、今まさに振り下ろされようとしている。
――まずい。
そう思ったそのとき。
突然、カイル視界の端を一閃の光が横切る。
そして、それとほぼ同時にカイルの頭上で何かが爆発しような眩い閃光を放つ。
カイルは言葉を失った――
その瞬間。エイドリアンの放った魔法によって邪神の巨大な頭部が跡形もなく消し飛んでいたのだ。
その光は見る間に細かい粒子となって空間へと染み込み、やがて宙に複雑な紋様を描く魔法陣が浮かび上がる。
「やっとかよ……」
最前線に立ち続けていたエデンが、疲労と苛立ちを滲ませてぼやく。
無理もない。カイルとエイドリアンが言葉を交わしていたそのあいだ、魔人の注意を引きつけ続けていたのは、他ならぬ彼一人だったのだ。
結界の外にいる観客たちは、今もショーン少年の魔術によって守られていたとはいえ、敵との直接の交戦はすべてエデンが担っていたのだ。
肩は荒く上下し、口元からは喘ぐようなかすれた息がこぼれる。額には玉のような汗がにじみ、剣を握る手はかすかに震えていた。
「ったく……あんたらがくだらねえ話してるうちに、もうこいつは人間の面影なんか残っちゃいねえよ。早く参戦してくれってんだ」
その言葉の通りだった。
魔人はすでに異形の存在へと変貌していた。
膨れ上がった肉体、漆黒に染まった肌。全身を覆う毛皮のようなものが逆立ち、体の輪郭はもはや人のそれではない。裂けた口元からは獰猛な牙が覗き、長くしなやかな四肢が地を踏みしめるたび、巨躯の尾が風を切って唸り声を上げた。
まさしく、それは伝承に語られる邪神――テトカポリカの姿だった。
カイルは一歩前へ出て、エデンの肩にそっと手を置いた。
「よく持ちこたえたな。あとは俺たちがやる」
だが、その言葉を聞いても、エデンの表情から緊張は抜けない。
「気をつけろよ。こいつ……いくら斬りつけても怯まねえんだ」
そう言い残してエデンは、肩に乗ったカイルの手を振りはらい、カイルの背中へと一歩下った。
カイルは、おもむろに地面に落ちていた曲刀を拾い上げる。
それは、異形へと変わったドーマが手放した武器。今度はその剣が、邪神と化したドーマ自身へと向けられる番だった。
カイルは庇うようにエイドリアンの前へと出ると、邪神を真正面から見据えた。
「伝説では、テトカポリカは“鏡を持った黒い猫”とされていましたが……今のこれは、もはや猫どころじゃありませんね。これではまるで、巨大な黒いライオンのよう――」
確かにその姿は、王獣ライオンを思わせた。だが、その身体から発せられるオーラは百獣の王の威厳ではなく、破壊と死そのものだった。
――もう、ドーマを救う手段はない。
ここまで完全に姿を変えられてしまっては、戻す術が無いどころか、戻すべき「かつての彼女」の面影すらも全く残っていなかった。
「今さらダークエルフの命がどうとか言うなよ。こいつ、まだ進化の途中なんだろ? 早く止めないと、本当に手遅れになるぞ」
カイルの声は淡々としていたが、その言葉は迷いなく、現実を突きつけるものだった。
「……ええ、わかっています。ドーマさんには、本当に申し訳ないことをしました。でも、だからこそ今は――一刻も早く、テトカポリカを倒すしかありません」
「上出来だ。それだけ聞ければいい。じゃあ、ここからは手加減なしで行くぞ」
そう言い放つや、カイルは地を蹴って邪神の眼前へと躍り出た。
もはや彼は、かつて虚勢ばかりの男ではない。
国を離れていた数年間、自らも『千年九剣』を極め、各地を巡って剣の修行を積んできた。気功もまた、血の滲むような鍛錬の果てに手に入れた力。もはやその剣に、虚飾など一片もなかった。
今度は彼が、エイドリアンの魔法陣が完成するまでの盾となる番である。
次々と繰り出される邪神の鋭い爪。その一撃一撃が、もはやエデンに任せられる代物ではない。
真正面から喰らえば、いかにドーマの刀が業物であれ、一瞬で砕け散るだろう。
エデン少年の言うように、この異形の怪物は確実に邪神テトカポリカとしての力を取り戻しつつあった。
「お前が全ての力を取り戻す前に、さっさと仕留めてやるぜ!」
カイルはそう叫ぶと、エイドリアンの魔法など全く必用無い――とでも言わんばかりに、邪神の爪の攻撃をいなしながら、その懐深くへとその身体をねじ込んで行く。
「邪魔をしないで!あなたは気だけを引き付けとけば良いんだから」
カイルの背後からは、苛立ちを隠しもしないエイドリアンの声。
だが、その声はカイルにとってはまたとない最高の助太刀であった。
邪神はその一瞬、杖に集まる魔力とエイドリアンの声に気を奪われた。
巨体は正面にいたカイルを無視し、エイドリアンへと向かおうと大きく上体を持ち上げる。
――その隙を、カイルが逃すはずがない。
「お前の相手は――この俺だ!」
叫ぶと同時に、彼の刀が邪神の喉元へと走る。
いくら邪神とて、急所を斬られれば無傷では済まないはずだった。
だが――
カイルの剣は、虚しく宙を切り裂いただけだった。
確かに喉もとを捉えたはずなのに、まるで虚空に刀を振るったかのように手応えが全くしない。
その瞬間、絶好のチャンスは一転、最悪の窮地へと化した。
ほんの刹那、逸れていた邪神の注意が、再びカイルへと向けられる。
即座にその変化を察知したカイルが顔を上げると、邪神の前脚が頭上高く振りかぶられていた。
獰猛な爪が、今まさに振り下ろされようとしている。
――まずい。
そう思ったそのとき。
突然、カイル視界の端を一閃の光が横切る。
そして、それとほぼ同時にカイルの頭上で何かが爆発しような眩い閃光を放つ。
カイルは言葉を失った――
その瞬間。エイドリアンの放った魔法によって邪神の巨大な頭部が跡形もなく消し飛んでいたのだ。
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