【大師匠は大嘘つき】〜俺はデタラメの剣術を教えたはずなのに、今や妹は剣聖と呼ばれています〜

鳥羽フシミ

文字の大きさ
87 / 96
武術大会編

第87話 共闘 その2

しおりを挟む
エイドリアンの杖に、淡い光が灯った。
その光は見る間に細かい粒子となって空間へと染み込み、やがて宙に複雑な紋様を描く魔法陣が浮かび上がる。

「やっとかよ……」

最前線に立ち続けていたエデンが、疲労と苛立ちを滲ませてぼやく。

無理もない。カイルとエイドリアンが言葉を交わしていたそのあいだ、魔人の注意を引きつけ続けていたのは、他ならぬ彼一人だったのだ。

結界の外にいる観客たちは、今もショーン少年の魔術によって守られていたとはいえ、敵との直接の交戦はすべてエデンが担っていたのだ。

肩は荒く上下し、口元からは喘ぐようなかすれた息がこぼれる。額には玉のような汗がにじみ、剣を握る手はかすかに震えていた。

「ったく……あんたらがくだらねえ話してるうちに、もうこいつは人間の面影なんか残っちゃいねえよ。早く参戦してくれってんだ」

その言葉の通りだった。

魔人はすでに異形の存在へと変貌していた。
膨れ上がった肉体、漆黒に染まった肌。全身を覆う毛皮のようなものが逆立ち、体の輪郭はもはや人のそれではない。裂けた口元からは獰猛な牙が覗き、長くしなやかな四肢が地を踏みしめるたび、巨躯の尾が風を切って唸り声を上げた。

まさしく、それは伝承に語られる邪神――テトカポリカの姿だった。

カイルは一歩前へ出て、エデンの肩にそっと手を置いた。

「よく持ちこたえたな。あとは俺たちがやる」

だが、その言葉を聞いても、エデンの表情から緊張は抜けない。

「気をつけろよ。こいつ……いくら斬りつけても怯まねえんだ」

そう言い残してエデンは、肩に乗ったカイルの手を振りはらい、カイルの背中へと一歩下った。

カイルは、おもむろに地面に落ちていた曲刀を拾い上げる。

それは、異形へと変わったドーマが手放した武器。今度はその剣が、邪神と化したドーマ自身へと向けられる番だった。

カイルは庇うようにエイドリアンの前へと出ると、邪神を真正面から見据えた。

「伝説では、テトカポリカは“鏡を持った黒い猫”とされていましたが……今のこれは、もはや猫どころじゃありませんね。これではまるで、巨大な黒いライオンのよう――」

確かにその姿は、王獣ライオンを思わせた。だが、その身体から発せられるオーラは百獣の王の威厳ではなく、破壊と死そのものだった。

――もう、ドーマを救う手段はない。

ここまで完全に姿を変えられてしまっては、戻す術が無いどころか、戻すべき「かつての彼女」の面影すらも全く残っていなかった。

「今さらダークエルフの命がどうとか言うなよ。こいつ、まだ進化の途中なんだろ? 早く止めないと、本当に手遅れになるぞ」

カイルの声は淡々としていたが、その言葉は迷いなく、現実を突きつけるものだった。

「……ええ、わかっています。ドーマさんには、本当に申し訳ないことをしました。でも、だからこそ今は――一刻も早く、テトカポリカを倒すしかありません」

「上出来だ。それだけ聞ければいい。じゃあ、ここからは手加減なしで行くぞ」

そう言い放つや、カイルは地を蹴って邪神の眼前へと躍り出た。

もはや彼は、かつて虚勢ばかりの男ではない。
国を離れていた数年間、自らも『千年九剣』を極め、各地を巡って剣の修行を積んできた。気功もまた、血の滲むような鍛錬の果てに手に入れた力。もはやその剣に、虚飾など一片もなかった。

今度は彼が、エイドリアンの魔法陣が完成するまでの盾となる番である。

次々と繰り出される邪神の鋭い爪。その一撃一撃が、もはやエデンに任せられる代物ではない。
真正面から喰らえば、いかにドーマの刀が業物であれ、一瞬で砕け散るだろう。

エデン少年の言うように、この異形の怪物は確実に邪神テトカポリカとしての力を取り戻しつつあった。

「お前が全ての力を取り戻す前に、さっさと仕留めてやるぜ!」

カイルはそう叫ぶと、エイドリアンの魔法など全く必用無い――とでも言わんばかりに、邪神の爪の攻撃をいなしながら、その懐深くへとその身体をねじ込んで行く。

「邪魔をしないで!あなたは気だけを引き付けとけば良いんだから」

カイルの背後からは、苛立ちを隠しもしないエイドリアンの声。

だが、その声はカイルにとってはまたとない最高の助太刀であった。

邪神はその一瞬、杖に集まる魔力とエイドリアンの声に気を奪われた。

巨体は正面にいたカイルを無視し、エイドリアンへと向かおうと大きく上体を持ち上げる。

――その隙を、カイルが逃すはずがない。

「お前の相手は――この俺だ!」

叫ぶと同時に、彼の刀が邪神の喉元へと走る。
いくら邪神とて、急所を斬られれば無傷では済まないはずだった。

だが――

カイルの剣は、虚しく宙を切り裂いただけだった。
確かに喉もとを捉えたはずなのに、まるで虚空に刀を振るったかのように手応えが全くしない。

その瞬間、絶好のチャンスは一転、最悪の窮地へと化した。

ほんの刹那、逸れていた邪神の注意が、再びカイルへと向けられる。

即座にその変化を察知したカイルが顔を上げると、邪神の前脚が頭上高く振りかぶられていた。
獰猛な爪が、今まさに振り下ろされようとしている。

――まずい。

そう思ったそのとき。

突然、カイル視界の端を一閃の光が横切る。

そして、それとほぼ同時にカイルの頭上で何かが爆発しような眩い閃光を放つ。



カイルは言葉を失った――

その瞬間。エイドリアンの放った魔法によって邪神の巨大な頭部が跡形もなく消し飛んでいたのだ。
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。

ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。 真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。 引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。 偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。 ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。 優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。 大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

ヤンデレ美少女転校生と共に体育倉庫に閉じ込められ、大問題になりましたが『結婚しています!』で乗り切った嘘のような本当の話

桜井正宗@オートスキル第1巻発売中
青春
 ――結婚しています!  それは二人だけの秘密。  高校二年の遙と遥は結婚した。  近年法律が変わり、高校生(十六歳)からでも結婚できるようになっていた。だから、問題はなかった。  キッカケは、体育倉庫に閉じ込められた事件から始まった。校長先生に問い詰められ、とっさに誤魔化した。二人は退学の危機を乗り越える為に本当に結婚することにした。  ワケありヤンデレ美少女転校生の『小桜 遥』と”新婚生活”を開始する――。 *結婚要素あり *ヤンデレ要素あり

戦場帰りの俺が隠居しようとしたら、最強の美少女たちに囲まれて逃げ場がなくなった件

さん
ファンタジー
戦場で命を削り、帝国最強部隊を率いた男――ラル。 数々の激戦を生き抜き、任務を終えた彼は、 今は辺境の地に建てられた静かな屋敷で、 わずかな安寧を求めて暮らしている……はずだった。 彼のそばには、かつて命を懸けて彼を支えた、最強の少女たち。 それぞれの立場で戦い、支え、尽くしてきた――ただ、すべてはラルのために。 今では彼の屋敷に集い、仕え、そして溺愛している。   「ラルさまさえいれば、わたくしは他に何もいりませんわ!」 「ラル様…私だけを見ていてください。誰よりも、ずっとずっと……」 「ねぇラル君、その人の名前……まだ覚えてるの?」 「ラル、そんなに気にしなくていいよ!ミアがいるから大丈夫だよねっ!」   命がけの戦場より、ヒロインたちの“甘くて圧が強い愛情”のほうが数倍キケン!? 順番待ちの寝床争奪戦、過去の恋の追及、圧バトル修羅場―― ラルの平穏な日常は、最強で一途な彼女たちに包囲されて崩壊寸前。   これは―― 【過去の傷を背負い静かに生きようとする男】と 【彼を神のように慕う最強少女たち】が織りなす、 “甘くて逃げ場のない生活”の物語。   ――戦場よりも生き延びるのが難しいのは、愛されすぎる日常だった。 ※表紙のキャラはエリスのイメージ画です。

セクスカリバーをヌキました!

ファンタジー
とある世界の森の奥地に真の勇者だけに抜けると言い伝えられている聖剣「セクスカリバー」が岩に刺さって存在していた。 国一番の剣士の少女ステラはセクスカリバーを抜くことに成功するが、セクスカリバーはステラの膣を鞘代わりにして収まってしまう。 ステラはセクスカリバーを抜けないまま武闘会に出場して……

最低のEランクと追放されたけど、実はEXランクの無限増殖で最強でした。

MP
ファンタジー
高校2年の夏。 高木華音【男】は夏休みに入る前日のホームルーム中にクラスメイトと共に異世界にある帝国【ゼロムス】に魔王討伐の為に集団転移させれた。 地球人が異世界転移すると必ずDランクからAランクの固有スキルという世界に1人しか持てないレアスキルを授かるのだが、華音だけはEランク・【ムゲン】という存在しない最低ランクの固有スキルを授かったと、帝国により死の森へ捨てられる。 しかし、華音の授かった固有スキルはEXランクの無限増殖という最強のスキルだったが、本人は弱いと思い込み、死の森を生き抜く為に無双する。

至れり尽くせり!僕専用メイドの全員が溺愛してくる件

こうたろ
青春
普通の大学生・佐藤健太は目覚めると、自宅が豪華な洋館に変わり10人の美人メイドたちに「お目覚めですか、ご主人様?」と一斉に迎えられる。いつの間にか彼らの“専属主人”になっていた健太は戸惑う間もなく、朝から晩までメイドたちの超至れり尽くせりな奉仕を受け始める。

処理中です...