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第一章
第九話 行き過ぎた結末と真実の行方
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「はぁ、はぁ」
額から大粒の汗が流れてくる。
エレナはその汗を拭う余裕もない。
肩を揺らしながら息をする。
此処数日のアシュベルからの包囲網が続きエレナは他の訓練生と今だ組ませてもらえていない。
教官と訓練生の立場上、そこから抜け出せないでいる。
アシュベルは城の近衛隊長だ、しかし都から遥か遠い小さな村に住んでいたエレナにとってその地位がその立場がどれほどのものかはわからない。
だがあの周囲の反応、マナの大きさ、加えてこの目で見た圧倒的な戦闘能力。
盗賊と戦っていた姿はおおざっぱに見えて――――緻密。
部下の動きを把握し、その上で自身の行動の選択肢を誤らず大きな歯車として役割を果たしている事は確かだ。
そんな人がどうしてわたしなんかに固執するのだろう。
わたしなどマナの小さな名もない剣士、いやまだ剣士ですらない・・・。
自分が王女だから?
わたしの身分が王族だから、彼はわたしに執着するのだろうか。
『でも、そういう人ではないと思う』
ただの勘。
それともわたしが小さな少女だから、細くか弱く見えるから手を差し伸べてくれているつもりなのだろうか。
だが、それはエレナにとって侮辱以外のなにものでもない。
どちらにしてもエレナは主従関係など結ぶ気はない。
この状況を打破できるなら何でもしてやる。
エレナは目の前で木刀を構えているアシュベルを不機嫌そうに見た。
ギリギリと木刀同士がきしむ音がする中、アシュベルの顔が近づく。
「さっきからご機嫌斜めですね、ヒメちゃん」
「当たり前じゃないですか」
こんな状況を生み出しておいて、よく平然としていられるものだ。
ふーん、とアシュベルの赤い瞳が細く揺らめいた。
それを咄嗟に察知し、持ち前の身軽さで身をひるがえし地面に手をつき後方に飛びのいた。
来る・・!
アシュベルが木刀を振りかざそうと動く瞬間。
体制を立て直したエレナは即座に走り出しアシュベルの眼前でその肩に飛び移る。
やはり軽い・・。
以前にもされたが肩に乗られた感覚はあるものの人一人の重さではない。
ふと思い出していたのはほんの一瞬だけ。だがエレナの姿を不覚にも見失っていた。
風の音が聞こえる。後方を取りに来たか・・。
上に飛んだはずだから降りてくるのを・・アシュベルは振り返りざま視線を走らせる。
「まさか、そっちに・・!」
刹那。彼は空で木刀を回転させ握り変え、そのまま一気に下に向かって振り下ろす。
ガツッ、とアシュベルは木刀を地面に突き刺していた。
鈍い音が響き、その音でアシュベルは間に合ったことを知る。
地面に突き刺さった木刀は、地面すれすれでエレナの木刀を受け止めていた。
エレナはアシュベルの視界に入らないよう最小限にかがみ彼の足を払おうとしていたのだ。
正直危なかった、これほど瞬時に移動していたとは。
「だまし討ちですか」
「―――別に」
瞬時にエレナは距離をとり、木刀を構えなおす。
「ヒメちゃん理解してます?これ剣を受け止める訓練なんですよ、確か」
じりじりと詰め寄っていくアシュベル。
「わたしは受け止めない」
真顔で即答するエレナ。
「いや、そこは訓練なんで・・」
笑顔で間合いを詰めてくるアシュベルに、エレナは微動だにしない。
「やってもらわないとっ・・」
アシュベルは豪快にも真正面から木刀を振り下ろす。風が切断される音が訓練場広場に響き渡る。
が、エレナは直前ですっと横にずれていた。
見越していたのか続けざまに、そのままの勢いでエレナの方へ木刀をふるう。
エレナもその動きを見逃さず、アシュベルの木刀を寸前で飛び地面に手をついて避けてみせた。
「だーかーら、避けちゃダメなんですよ、ヒメちゃん」
「あなたは本来大剣持ちだから、受け止めたらわたしが死にます」
エレナは冷静に答える。
「わたしは自分が死ぬ戦い方はしない」
きっぱりとエレナは言い放つ。
アシュベルにはその言葉が理解できた、生きていればより多くの者が救えるはずなのだと考えているのだろう。
だが彼女は見捨てるという意味での『死ぬ戦いはしない』と言っているのではない。
あくまでも自身の弱点を理解し、その上で全力で彼女の思う最善の戦い方を貫こうとしているのだ。
この訓練場で今木刀を交えている者は、アシュベルとエレナしかいなかった。
二人の殺伐とした、そしてハイレベルな対決じみた剣技に訓練生全てが手を止め見入っていた。
ただ一人、水色の瞳の青年だけを除いて・・・。
どのくらい時間が経ったのか・・とにかくその戦闘はしばらく続いた。
どちらも動きは衰えず、それどころか加速しているように見える。
パンッ!その雰囲気にのまれていた女性教官が、我に返り慌てて手を鳴らした。
「そこまで!少し休憩いれましょう。」
ふぅ、と肩の力を抜いてその場を離れようとするエレナにアシュベルがすれ違いざまに言葉をかける。
「本気でヒメにあてる気なんてありませんでしたよ、俺の主になる人なんですから。大切なヒメちゃんにケガさせるわけないでしょう」
忠誠を表す言葉・・そのつもりでアシュベルは言ったはずだった。
だが、これが彼女の気持ちを逆なでる結果になるとは知らずに・・・。
彼の頭の中は彼女に自分という存在を認めてもらい、エレナと主従関係を結びたい、その思いしかなかった。
まあ、俺としては既にエレナに命を預ける覚悟はとうにできているのだが。
しかし木刀とはいえエレナのそれは恐ろしいほどの剣のキレ・・こちらも本気でなければ双方今頃。
剣技という点では現役の剣士どころか名の知れた剣士をも上回る実力がエレナにはある。
小さな体を最大限に生かすために特化した独特の動き。
一方でエレナはアシュベルにかけられた言葉にある決意を抱いていた。
手を抜かなければならないほど、弱いというのか。
木刀での試合でも、こちらは本気で自身の強さを示したつもりだった、自分は『弱く』はないと。
それでもアシュベルには伝わらない。
私以上に強い剣士など居るのは百も承知だ。
しかし私も守られなければならないほど弱くはない、なのになぜアシュベルはこれほど認めさせようとしているのか。
すれ違っていく。アシュベルとエレナの考えが広がっていく。
エレナの中で一つの結論が出た。
この人と関わるには全力でいかないとダメなようだ。
多少無茶をしようが、例えこちらが多少の傷を負うが。
私の剣がアシュベルの急所を捕らえれば、私を守る必要がないとわかるはず。
エレナはアシュベルに駆け寄り彼の腕を掴んだ。
「今日の訓練が終わったら、ここに来てください。」
アシュベルは唐突なお誘いに少し困惑したが、これは俺に関心を向けてもらえたと
嬉しさがこみ上げていた。
「ヒメちゃんの御言葉のままに。」
その表情はやはりいつも通り。
エレナが掴んだ腕を離すとアシュベルはそのまま立ち去って行った。
※※※※ ※※※ ※※※
夕暮れ時も過ぎ、薄暗くなっていく中、エレナは剣を腰に携えてゆっくりと歩いて来た。
既にアシュベルはそこに居た、彼にしては不思議とエレナが近づいているのが察知できなかったのか
それとも目を会わせたくなかったのか、遠くを見てこちらに気づいてないようだった。
「お待たせしました、アシュベル」
やはり最初から気づいていたようで、驚く様子なくこちらに視線を合わせる。
「いえ、こちらも今来たばかりですから」
本当にこの男は息を吸うように嘘をつく。
「あなたの大剣・・」
エレナはアシュベルの帯刀している大剣に目をやる。
「・・は、お持ちのようですね、それを構えて見せてくれませんか?」
アシュベルは彼女の態度から、何かあるとは思っていたがそんなことか・・いや、違うな。
しかし、エレナが自分を呼び出した動機を知りたくて、彼女の期待に応えるべく大剣を抜いて見せる。
「ありがとうございます。」
それを見届けて、エレナは自身の細い剣をスラリと抜いた。
「真剣勝負しましょう」
沈黙、沈黙――そして沈黙。
アシュベルは何も答えない。まぁ、そうだろう、こんな状況は想定していなかったはずだ。
「この勝負で、ヒメという呼び方も言葉遣いも、あの盾になるとかいう・・あの約束も全て反故にしてください。」
エレナはその直後不可思議な顔をして言った。
「いえ・・大体あなたと約束などしていない。訂正です、そういう言動全て禁じていただきます」
彼女の黒い瞳が、建物の廊下に設置されている灯が映り込んでゆらゆらと煌めいていた。
宣戦布告されている、それは理解していた、しかし・・。
俺は飲み込まれたんだろうな、この深い闇の海に・・これほど緊張感のある、これほど剣を構えたエレナに殺気を向けられた中でも、その美しさしか入ってこない。
「わたしはマナが小さい。それを今更後悔もしないし否定もしない。でも故に剣に宿せる魔力の量と強さは限られてしまいます」
エレナが伏し目がちだった瞼を見開き、強い意志をもってこちらを見た。
「それとは別に戦闘方法や技術を加え補うことに努めてきした。アシュベルは午前中の訓練で剣を受け止めろと言いましたね。」
少し間を置いてエレナは続ける。
「あの戦法が正しいとは思えない。いえ、正しくはわたしには、です。特に細い剣を持つ私には私のやり方ではあなたに勝てない」
その言葉を聞いてるはずのアシュベルの顔が、、気持ちが、高揚しているのをエレナは知らずにいた。
「ヒメのお考え通りです。あなたは剣を受け止めるべきではない」
ぴくり、とエレナの剣を持つ指が動く。
それとは別にアシュベルには心のもやが晴れて行くような気がした。
彼女がこちらに真剣に向き合ってくれている。
どんな気持でもいい、兎に角今は自分と向き合っては話してくれている。
これはアシュベルには前進のように思えて素直に嬉しく感じた。
「私は強いです。この決闘はそれをあなたに分かっているもらうためのものです」
エレナはぐっと鞘を握りしめた。
彼の性格上、手を抜いてくるとは思えない。やるからには全力だろう。
あの構えからは、どこから振り下ろされるのは分からないが、必ず隙はあるはずだ。
そしてエレナにはそれを見極める自信が絶対的にある。
「では、参ります」
エレナは走り出す、冷静に・五感を駆使して。
黒い瞳にアシュベルの大きくて屈強な大剣が映る。
どう動く・・どう阻む・・どう斬ってくる・・。
その黒い瞳に映る大剣は今だ微動だにしない、これほど近づいているのにまだ動きがない。
・・というかまるで動きがない。瞳の中に映るのはそれだけではなかった。
それどころか構えているふうをとりながら腕や指先に力が入ってないように見える。
エレナの方は駆け出した瞬間すでに力を溜めている。
至近距離になってエレナの予想外の展開になっているとは思わなかった。
反撃こそすれかわすだろうと・・・。
だめだ・・・ケガなどさせるつもりは最初からエレナにはなかった。
ただ自分の強さをアシュベルに認めさせるようにするためのものだった。
だから・・。
「・・かわせ!‼」
唐突にエレナは焦燥をはらんだ声で叫んだ。
アシュベルの頬に薄い線が入り赤い液体が僅かだが散った。
はぁ・・エレナは背中合わせのアシュベルに問いかけた。
わたしが直前で気づかなかったら、私が全力で剣筋を軌道修正しなければ、どうなっていたのか
わかっているのか、と。
おかしい。何か静かだ、ああそうか、私の声が出ていないんだ。
「ヒメちゃん、俺は合格ですか?」
この場にそぐわない緊迫感のない、いつもの調子でアシュベルが聞いてきた。
「何故、避けなかったんです」
「何故ってヒメが主だからじゃないですか。」
それだけの事で自分の命をかえりみないと・・・しかもまだ私は承諾していない。
おかしいんじゃないのか、この男は。そう思ってゆっくりと振り返って彼を見る。
アシュベルの方はとっくに振り返っていて、いつも通りの笑顔でこちらを向いている
・・頬の傷を除いては。
「あなたは私を守ると言いました、でも私はこれでも剣には自信があります。だから
あなたの主になる必要はないと断言します。」
アシュベルはうんうんと頷いて見せる、がなにか戸惑っている様子でもある。
「俺まぁモテる方ではあると思うんですけど、何年経っても女性の考えてることがよくわからないんですけど・・」
なにかイラっとしながらエレナは言い放つ。
「だから、私は強いと言っているんです。」
「はい、ヒメちゃんの強さなら知っていますけど?」
・・・は?
「ヒメちゃんはちゃんと強い、真剣勝負すれば俺でも危ない」
意外なアシュベルの言葉。
「貴方は」
一呼吸置き力強く言い放つ。
「――――強いよ」
額から大粒の汗が流れてくる。
エレナはその汗を拭う余裕もない。
肩を揺らしながら息をする。
此処数日のアシュベルからの包囲網が続きエレナは他の訓練生と今だ組ませてもらえていない。
教官と訓練生の立場上、そこから抜け出せないでいる。
アシュベルは城の近衛隊長だ、しかし都から遥か遠い小さな村に住んでいたエレナにとってその地位がその立場がどれほどのものかはわからない。
だがあの周囲の反応、マナの大きさ、加えてこの目で見た圧倒的な戦闘能力。
盗賊と戦っていた姿はおおざっぱに見えて――――緻密。
部下の動きを把握し、その上で自身の行動の選択肢を誤らず大きな歯車として役割を果たしている事は確かだ。
そんな人がどうしてわたしなんかに固執するのだろう。
わたしなどマナの小さな名もない剣士、いやまだ剣士ですらない・・・。
自分が王女だから?
わたしの身分が王族だから、彼はわたしに執着するのだろうか。
『でも、そういう人ではないと思う』
ただの勘。
それともわたしが小さな少女だから、細くか弱く見えるから手を差し伸べてくれているつもりなのだろうか。
だが、それはエレナにとって侮辱以外のなにものでもない。
どちらにしてもエレナは主従関係など結ぶ気はない。
この状況を打破できるなら何でもしてやる。
エレナは目の前で木刀を構えているアシュベルを不機嫌そうに見た。
ギリギリと木刀同士がきしむ音がする中、アシュベルの顔が近づく。
「さっきからご機嫌斜めですね、ヒメちゃん」
「当たり前じゃないですか」
こんな状況を生み出しておいて、よく平然としていられるものだ。
ふーん、とアシュベルの赤い瞳が細く揺らめいた。
それを咄嗟に察知し、持ち前の身軽さで身をひるがえし地面に手をつき後方に飛びのいた。
来る・・!
アシュベルが木刀を振りかざそうと動く瞬間。
体制を立て直したエレナは即座に走り出しアシュベルの眼前でその肩に飛び移る。
やはり軽い・・。
以前にもされたが肩に乗られた感覚はあるものの人一人の重さではない。
ふと思い出していたのはほんの一瞬だけ。だがエレナの姿を不覚にも見失っていた。
風の音が聞こえる。後方を取りに来たか・・。
上に飛んだはずだから降りてくるのを・・アシュベルは振り返りざま視線を走らせる。
「まさか、そっちに・・!」
刹那。彼は空で木刀を回転させ握り変え、そのまま一気に下に向かって振り下ろす。
ガツッ、とアシュベルは木刀を地面に突き刺していた。
鈍い音が響き、その音でアシュベルは間に合ったことを知る。
地面に突き刺さった木刀は、地面すれすれでエレナの木刀を受け止めていた。
エレナはアシュベルの視界に入らないよう最小限にかがみ彼の足を払おうとしていたのだ。
正直危なかった、これほど瞬時に移動していたとは。
「だまし討ちですか」
「―――別に」
瞬時にエレナは距離をとり、木刀を構えなおす。
「ヒメちゃん理解してます?これ剣を受け止める訓練なんですよ、確か」
じりじりと詰め寄っていくアシュベル。
「わたしは受け止めない」
真顔で即答するエレナ。
「いや、そこは訓練なんで・・」
笑顔で間合いを詰めてくるアシュベルに、エレナは微動だにしない。
「やってもらわないとっ・・」
アシュベルは豪快にも真正面から木刀を振り下ろす。風が切断される音が訓練場広場に響き渡る。
が、エレナは直前ですっと横にずれていた。
見越していたのか続けざまに、そのままの勢いでエレナの方へ木刀をふるう。
エレナもその動きを見逃さず、アシュベルの木刀を寸前で飛び地面に手をついて避けてみせた。
「だーかーら、避けちゃダメなんですよ、ヒメちゃん」
「あなたは本来大剣持ちだから、受け止めたらわたしが死にます」
エレナは冷静に答える。
「わたしは自分が死ぬ戦い方はしない」
きっぱりとエレナは言い放つ。
アシュベルにはその言葉が理解できた、生きていればより多くの者が救えるはずなのだと考えているのだろう。
だが彼女は見捨てるという意味での『死ぬ戦いはしない』と言っているのではない。
あくまでも自身の弱点を理解し、その上で全力で彼女の思う最善の戦い方を貫こうとしているのだ。
この訓練場で今木刀を交えている者は、アシュベルとエレナしかいなかった。
二人の殺伐とした、そしてハイレベルな対決じみた剣技に訓練生全てが手を止め見入っていた。
ただ一人、水色の瞳の青年だけを除いて・・・。
どのくらい時間が経ったのか・・とにかくその戦闘はしばらく続いた。
どちらも動きは衰えず、それどころか加速しているように見える。
パンッ!その雰囲気にのまれていた女性教官が、我に返り慌てて手を鳴らした。
「そこまで!少し休憩いれましょう。」
ふぅ、と肩の力を抜いてその場を離れようとするエレナにアシュベルがすれ違いざまに言葉をかける。
「本気でヒメにあてる気なんてありませんでしたよ、俺の主になる人なんですから。大切なヒメちゃんにケガさせるわけないでしょう」
忠誠を表す言葉・・そのつもりでアシュベルは言ったはずだった。
だが、これが彼女の気持ちを逆なでる結果になるとは知らずに・・・。
彼の頭の中は彼女に自分という存在を認めてもらい、エレナと主従関係を結びたい、その思いしかなかった。
まあ、俺としては既にエレナに命を預ける覚悟はとうにできているのだが。
しかし木刀とはいえエレナのそれは恐ろしいほどの剣のキレ・・こちらも本気でなければ双方今頃。
剣技という点では現役の剣士どころか名の知れた剣士をも上回る実力がエレナにはある。
小さな体を最大限に生かすために特化した独特の動き。
一方でエレナはアシュベルにかけられた言葉にある決意を抱いていた。
手を抜かなければならないほど、弱いというのか。
木刀での試合でも、こちらは本気で自身の強さを示したつもりだった、自分は『弱く』はないと。
それでもアシュベルには伝わらない。
私以上に強い剣士など居るのは百も承知だ。
しかし私も守られなければならないほど弱くはない、なのになぜアシュベルはこれほど認めさせようとしているのか。
すれ違っていく。アシュベルとエレナの考えが広がっていく。
エレナの中で一つの結論が出た。
この人と関わるには全力でいかないとダメなようだ。
多少無茶をしようが、例えこちらが多少の傷を負うが。
私の剣がアシュベルの急所を捕らえれば、私を守る必要がないとわかるはず。
エレナはアシュベルに駆け寄り彼の腕を掴んだ。
「今日の訓練が終わったら、ここに来てください。」
アシュベルは唐突なお誘いに少し困惑したが、これは俺に関心を向けてもらえたと
嬉しさがこみ上げていた。
「ヒメちゃんの御言葉のままに。」
その表情はやはりいつも通り。
エレナが掴んだ腕を離すとアシュベルはそのまま立ち去って行った。
※※※※ ※※※ ※※※
夕暮れ時も過ぎ、薄暗くなっていく中、エレナは剣を腰に携えてゆっくりと歩いて来た。
既にアシュベルはそこに居た、彼にしては不思議とエレナが近づいているのが察知できなかったのか
それとも目を会わせたくなかったのか、遠くを見てこちらに気づいてないようだった。
「お待たせしました、アシュベル」
やはり最初から気づいていたようで、驚く様子なくこちらに視線を合わせる。
「いえ、こちらも今来たばかりですから」
本当にこの男は息を吸うように嘘をつく。
「あなたの大剣・・」
エレナはアシュベルの帯刀している大剣に目をやる。
「・・は、お持ちのようですね、それを構えて見せてくれませんか?」
アシュベルは彼女の態度から、何かあるとは思っていたがそんなことか・・いや、違うな。
しかし、エレナが自分を呼び出した動機を知りたくて、彼女の期待に応えるべく大剣を抜いて見せる。
「ありがとうございます。」
それを見届けて、エレナは自身の細い剣をスラリと抜いた。
「真剣勝負しましょう」
沈黙、沈黙――そして沈黙。
アシュベルは何も答えない。まぁ、そうだろう、こんな状況は想定していなかったはずだ。
「この勝負で、ヒメという呼び方も言葉遣いも、あの盾になるとかいう・・あの約束も全て反故にしてください。」
エレナはその直後不可思議な顔をして言った。
「いえ・・大体あなたと約束などしていない。訂正です、そういう言動全て禁じていただきます」
彼女の黒い瞳が、建物の廊下に設置されている灯が映り込んでゆらゆらと煌めいていた。
宣戦布告されている、それは理解していた、しかし・・。
俺は飲み込まれたんだろうな、この深い闇の海に・・これほど緊張感のある、これほど剣を構えたエレナに殺気を向けられた中でも、その美しさしか入ってこない。
「わたしはマナが小さい。それを今更後悔もしないし否定もしない。でも故に剣に宿せる魔力の量と強さは限られてしまいます」
エレナが伏し目がちだった瞼を見開き、強い意志をもってこちらを見た。
「それとは別に戦闘方法や技術を加え補うことに努めてきした。アシュベルは午前中の訓練で剣を受け止めろと言いましたね。」
少し間を置いてエレナは続ける。
「あの戦法が正しいとは思えない。いえ、正しくはわたしには、です。特に細い剣を持つ私には私のやり方ではあなたに勝てない」
その言葉を聞いてるはずのアシュベルの顔が、、気持ちが、高揚しているのをエレナは知らずにいた。
「ヒメのお考え通りです。あなたは剣を受け止めるべきではない」
ぴくり、とエレナの剣を持つ指が動く。
それとは別にアシュベルには心のもやが晴れて行くような気がした。
彼女がこちらに真剣に向き合ってくれている。
どんな気持でもいい、兎に角今は自分と向き合っては話してくれている。
これはアシュベルには前進のように思えて素直に嬉しく感じた。
「私は強いです。この決闘はそれをあなたに分かっているもらうためのものです」
エレナはぐっと鞘を握りしめた。
彼の性格上、手を抜いてくるとは思えない。やるからには全力だろう。
あの構えからは、どこから振り下ろされるのは分からないが、必ず隙はあるはずだ。
そしてエレナにはそれを見極める自信が絶対的にある。
「では、参ります」
エレナは走り出す、冷静に・五感を駆使して。
黒い瞳にアシュベルの大きくて屈強な大剣が映る。
どう動く・・どう阻む・・どう斬ってくる・・。
その黒い瞳に映る大剣は今だ微動だにしない、これほど近づいているのにまだ動きがない。
・・というかまるで動きがない。瞳の中に映るのはそれだけではなかった。
それどころか構えているふうをとりながら腕や指先に力が入ってないように見える。
エレナの方は駆け出した瞬間すでに力を溜めている。
至近距離になってエレナの予想外の展開になっているとは思わなかった。
反撃こそすれかわすだろうと・・・。
だめだ・・・ケガなどさせるつもりは最初からエレナにはなかった。
ただ自分の強さをアシュベルに認めさせるようにするためのものだった。
だから・・。
「・・かわせ!‼」
唐突にエレナは焦燥をはらんだ声で叫んだ。
アシュベルの頬に薄い線が入り赤い液体が僅かだが散った。
はぁ・・エレナは背中合わせのアシュベルに問いかけた。
わたしが直前で気づかなかったら、私が全力で剣筋を軌道修正しなければ、どうなっていたのか
わかっているのか、と。
おかしい。何か静かだ、ああそうか、私の声が出ていないんだ。
「ヒメちゃん、俺は合格ですか?」
この場にそぐわない緊迫感のない、いつもの調子でアシュベルが聞いてきた。
「何故、避けなかったんです」
「何故ってヒメが主だからじゃないですか。」
それだけの事で自分の命をかえりみないと・・・しかもまだ私は承諾していない。
おかしいんじゃないのか、この男は。そう思ってゆっくりと振り返って彼を見る。
アシュベルの方はとっくに振り返っていて、いつも通りの笑顔でこちらを向いている
・・頬の傷を除いては。
「あなたは私を守ると言いました、でも私はこれでも剣には自信があります。だから
あなたの主になる必要はないと断言します。」
アシュベルはうんうんと頷いて見せる、がなにか戸惑っている様子でもある。
「俺まぁモテる方ではあると思うんですけど、何年経っても女性の考えてることがよくわからないんですけど・・」
なにかイラっとしながらエレナは言い放つ。
「だから、私は強いと言っているんです。」
「はい、ヒメちゃんの強さなら知っていますけど?」
・・・は?
「ヒメちゃんはちゃんと強い、真剣勝負すれば俺でも危ない」
意外なアシュベルの言葉。
「貴方は」
一呼吸置き力強く言い放つ。
「――――強いよ」
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