深淵のエレナ

水澄りりか

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第一章

第十話 世界が広がる時

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私が強いと認識している・・?

アシュベルの言葉にエレナの頭がまだ追いつかない。
私は私の意地で彼に弱くないことを証明したいだけだった。
そう全て、おじい様と積み上げてきた私の大切な時間の全てを否定されたと感じた時から。

私とおじい様と築いてきた日々・・・。
おじい様と日々剣技を磨き、マナの小ささを補うため体の限界まで体術をとくした。
詰め込みすぎるくらいに戦闘のための知識をこの小さい体に刻み込んできた。
・・・全ての人を救うために。
自分でも理解できないが、いつしか芽生えた宿命とも捉えることができるこの思い。
そのために誰かに頼らない、助けられない、絶対的な強さ。それを追い求めていた。
わたしはそのために強くなくてはならない。



でも・・。

「私が強い・・・?」

アシュベルの先ほどの言葉を反芻する。

『はい、ヒメちゃんの強さなら知っていますけど?』

どう考えても矛盾しているが問わずにはいられない。
エレナはさらに問い詰める。

「嘘です・・強いと言うのならば、何故私を守る必要があるのですか」

予想外の返答がアシュベルの口からストレートに放たれる。

「強くなければ守ってはいけないのですか。」


絶句した。

嘘がないのはこの赤い瞳の奥を見れば分かる。

「ヒメあなたは強い。だからこそ守りたい、盾になりたいんですよ。」

首をひねりがらアシュベルは続ける。

「おかしなことを言っています、俺?」

アシュベルは考える。
俺にも信念はある、主にしたい、いや初めて誰かのために尽くしたい・・・
それも違うな、これはただの俺の我儘だと言えるだろう。
貴族と言えど軍に属している限り誰かの下に付くことになる。しかしそれらのどれ
もが名誉やカ金に目がくらみ欲にまみれ腐りきっているのがアシュベルには一目で分かった。
だから・・彼は命を誰にも預ける事ができなかった、またそれは態度にも現れていただろう。
言うことを聞かない部下である俺が、上役に睨まれるのはもう慣れた。
世の中とはこんなものか・・分かっていたことだが再認識させられた気がして絶望に
のみこまれそうになっていた。

幼い頃にも感じたあの感覚。人が突然強欲にまみれていく様を見せつけられる苦痛。
メイド達の使用人達の・・いや、今は考えないでおこう。


そこにこの少女に出会った。
さらわれた者たちのために盗賊数十人を前に怯むことなく立ち向かうあの姿、真っすぐな瞳。
それは果てしなく汚れた欲が渦巻く世界に居たアシュベルにとって、あまりにも眩しいほどの衝撃だった。
人は犠牲を払えば何かしら代償を求める生き物。
おそらくアシュベルの中にもわずかなだが、そういう感覚はある。

しかし彼女の瞳にはそういうものが一切なかった。
打算のない犠牲を厭わない姿。
エレナの・・この方の傍に仕えたい。そう、これは俺の我儘、俺の欲だ。
しかし彼女にとって俺は不要なのかもしれない・・それでも。

「あなたは強い。・・でも」

アシュベルが再び口を開いた。
エレナは怪訝な顔を隠さない。

「ヒメ、あなたはその強さと正義感で恐らく最前線で戦うでしょう、全ての人を守るためにね。」

アシュベルの真意を探るようにエレナは彼を見つめる。

「そしてこれからヒメは自分の考えている以上の戦闘に巻き込まれていくでしょう、まぁこれは俺の
勘なんですけどね。」

そしてその勘は外れたことがない。

「その特攻隊長を守るのが俺では不足でしょうか?」

エレナの心に僅かながら変化が現れていた、本人に自覚はなかったが。

「では・・・何故先ほど決闘を放棄ほうきしたのですか?私には手を抜いたとしか・・」

「決闘を承諾した覚えはなかったんですけどね・・・」

エレナは思い返していた。あれ・・。
彼は一切言葉を発していなかった、先走り了承を得ずに決闘を決行してしまっていたのだ。
・・・これは私の判断ミスだ。
何て事を・・あまりの恥ずかしさに耳まで赤くなってしまう。

困惑気味にアシュベルは額にこぶしをあてて答える。

「それに主に剣を振る従者なんて失格でしょう?」

エレナは顔を上げる。そんな理由で?言葉を失うとはこの事か・・エレナは心の中でため息をついた。

「まかり間違ったら、あなた命を失っていたかもしれないんですよ・・・」

「命は既に主に預けてありますので。」

あっけらかんといつもの笑みをたたえて返事をかえすアシュベル。
だから・・まだ契約は結んでないと言っているというのに。
この人の表情は本当に読みにくい、心の底からそう思う。
だが、わたしが捕らわれていたものをやすやすと飛び越えていく。
この人はその表情とは裏腹に本気なのだ。
私の予測を外れたところで考えている。

「まぁ、言われるままに刃をヒメちゃんに向けた時点で失格ですけど。」
アシュベルは僅かに顔を曇らせた。

その顔を見たからか、それも無関係なのか、エレナは唐突に様々な思いが一つに重なっていくのを感じた。
私は自分の意地から狭い世界を作り、彼の言葉の真意を見逃していた。
そして彼女は顔を隠すようにそっぽを向いて言った。

「もう、好きにすればいいんじゃないですか?」

アシュベルがそれまで見たことのないような呆けた顔を彼女は見ずに済んだと言えよう。

「でもヒメとかその言葉遣いはやめていただきます。」

「それは・・俺がヒメに仕えることを許していただけた、と思っていいんですか!?」

「言った傍から・・はぁ・・・でも、」

ヒメという呼び方も言葉遣いも何一つ変わっていない。変える気がないのか?

エレナは空を仰ぎ見た。
夜空に星が瞬いている。大いなるこの世界の下で私は何にこだわっていたのだろう。
私の視野はあまりにも矮小な意地に捕われていた。
ふいにエレナは振り返った。

「その通りです。」

ふっ・・と彼女の唇から笑い声が漏れた。
「まだ私は主とか従者とかよく分からないけれど、あなたの提案にのってみようと思います。」
エレナはアシュベルに手を差し出した、握手をするつもりで。
アシュベルは彼女の細い手を取り片膝をつくとそっと口づけをする。
この状況に声も出ないエレナの頭には、人生初めてといえるほどの動揺と錯乱さくらんが走ったのは言うまでもない。

「俺アシュベルは・・エレナ様に永久の忠誠を誓う事を宣言します。」

アシュベルの表情はまあリにも真剣で、これまで見たことのない緊張感のある赤い瞳を向けていた。
エレナもその姿に平静を取り戻り、アシュベルが今まで見たこともない眩い笑顔で答えた。
「アシュベルあなたの忠誠を受け入れます」

そして彼女からもう一言。

「私の世界を広げるお手伝いをしていただけませんか。」

「あ・・はい。俺のできうる限り手伝わせていただきます。」

そう答えつつもアシュベルは下を向いた。
反則だろう・・あんな笑顔をされて。
あのような言葉をかけられるなんて・・・。
彼の顔はほんのり赤らんでいた、いや、これは恋慕などどは違う。畏敬の念だ。
それ以外のなんだというのだ。
そうだ、俺は元来モテる男、笑顔の一つや二つ・・・ふと、ひざまずいた状態でエレナを見る。
恋慕れんぼ畏敬いふと忠誠と主と主従と・・その違いとは何なのか。

これはそうだな、俺の願いが叶ったショックで少し混乱しているんだ。
少し自分の頭を冷やしたほうが良さそうだ。

アシュベルは立ち上がると、複雑な境地のままエレナに会釈して立ち去ろうとした時。

ヒュン!

これは弓矢の放たれる音!
アシュベルは素早く大剣を振り切った。
弓は彼の刃で射られることなく空に散った。

明らかにエレナを狙っている、来るとは思っていたがこれほど早いとは。
アシュベルはエレナを脇に抱えると、訓練場広場の隅にある柱の陰に身を潜めた。

「今のは!?」

「静かに。暗殺者って奴ですよ。」
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