深淵のエレナ

水澄りりか

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第一章

第十六話 新しい出会い

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トントン。

扉の向こうから警備の者がおずおずと声を掛ける。
「もしエレナ殿の体調がよければ訓練が第二会場で行われるそうです。」
「わたし、訓練受けます!」
こんな時でもヒメの知識への貪欲さは止められない。
セーデルの件もあるが俺が近くで守っていれば大丈夫だろう。
気を抜かなければ・・。
こうして会場に足を踏み入れた。

矢を射る的が十数個並んでいる。
「今日の訓練では魔力の具現化を練習します。」
訓練教官が説明している。
マナの具現化には一定の条件がいる。
ただ単にマナがあればできる訳ではない、集中力、センス、魔力の操作性、
それらが合わさって初めて具現化が成功する。

ただ、一つ問題がある。これはある程度のマナがなければ、できないという難点がある。
エレナにとっては鬼門である。
できないことをやれと言われているようなものだ。

それは教官の方も理解していて、自信がない者は、端で見学していてもいい、との事だった。
勿論エレナも見学組の方へ行くべきだが・・。

エレナは進んで的の前へ向かった。
教官も引き留めるのが気まずかったのか何も言わない。
「では、参加者は的の15m前に並んで下さい。」
訓練生の辺りを歩きながら説明をつづける。
「目の前の的に魔力を具現化して傷をつけるか、最低限当てるだけでもいいです。
最初からできる人の方が少ないので、慌てず集中してやっていきましょう。」
なるほど・・教官の気遣う言葉からすると最初の難関というところか。
エレナも自信はないが、挑戦しないと経験はできない。

「ヒメちゃーんがんばってー!」
この緊張感をこうも気軽に壊してくるアシュベルの厚顔さに、羨ましさすら感じる。
エレナは列に並んだ。
「はい、はじめ!」
教官の声とともに訓練生たちが魔力を解放し始める。

エレナも剣を抜きマナから魔力を放つ。
「闇よ、我の剣に宿りて力を示せ。」
彼女の足元から風が巻き上がり、体から幾つもの黒い龍のような渦が勢いよく腕を通して
剣に染み込んでいく。
それを見届けてエレナはそれを一振りする。
自分が一人でできるのはここまでだ。
これ以上の技術を何千回練習しても、一度たりと成功したことはない。

彼女は覚えていないのだ、瘴気を放つ妖魔を倒した時のことを。
その時、彼女が魔力を具現化したことを。

ガンッ!
エレナの隣で見覚えのある青年がいとも簡単に的を貫いた。
他の生徒も注目している。

「今の、どうやったんです!?」
エレナは思わずその水色の瞳の青年に叫んでいた。
後方でアシュベルが舌打ちしているのを、誰も気づかない。

その青年は眼鏡をかけ瞳はガラスのように透明な水色、その瞳でエレナを蔑む様に
見ている。
エレナは意に介していない、それどころか。
「もう一回やってください!」
嫌がる訳でもなく彼は手を前方へ向け、小さく呟くと鋭い何かが飛んで行き
あっという間に的に穴が開いた。
「君には無理でしょ」
水色の瞳の青年はやはり見下したようにエレナに告げたが
エレナは的を見つめていた。
「氷・・・」
青年は彼女の言葉に少し驚いた。水でもあの的を貫くことはできる。
だが今使ったのは氷。あの速さで判別できる訳がない・・。

エレナは分かりやすく考え込んでいる。他の能力者に触れれば何かを掴める気がしたのだが。
「何かコツがあるんですか?」
彼女は青年に縋りつく。
明らかに青年は迷惑そうな表情を隠そうとしていない。
出来ないものをやる意味が分からない、出来ないものは努力したって手に入らないんだ。
「君のマナでははなから無理でしょ。」
一刀両断とはこの事、しかし彼女は分かってて挑戦しているのだ。
「知ってます。でもやらなければ出来ることも出来ないと、私は思うんです。」
青年は不思議だった、この常識を覆した者はいないのに、ばかなのか。
・・この少女に思い知らせてやるべきか。
努力したって辿り着く事ができない場所があるって事を。


「誰か大切な人を思い浮かべるんだ。」
青年が小さな声で言う。
「その人の命が危なくて、助けられる人が自分だけだったら・・・」
彼は言い終わらないうちに、見開かれた彼女の黒い瞳がひと際煌めいたのを見た。

控えていたアシュベルが意味有り気にやりと笑う。

思い出すように丁寧に小さな声で。
「黒き闇の薔薇よ、力を解放せよ。」
すっと細い剣を的へ向けた。
彼女の体から闇の華を咲かせた蔓が一直線に的に絡みついた。
エレナが目を細める「吸い尽くせ!」彼女の叫びと同時に棘が延び的を勢いよく砕いた。

的は粉々になって飛び散っていった。
粉砕?・・・そんなことが新人の魔法剣士にできる事なのか。
教官たちの中で驚愕の言葉が漏れた。

静寂がその場に満ちていた。
訓練性もその場に居る誰もが口を開かない。

こんな事が可能なのか、あの小さいマナしか持てない少女に。
過去の事例からあの程度のマナでは魔力が具現化することなど不可能、なのだ。
これは初歩の魔力への知識を学べば常識だと理解できる事。
だから・・天地がひっくり返る事があっても彼女のマナでは魔力を具現化できない。

それなのに・・。

これは歴史に残る、文献に残る程の事象なのではないのか・・。
他の者は非現実な出来事を見せられて気づいてないのか。
本当に・・この少女は何者なんだ。

「リュカ!できたよ!リュカのおかげです!」
話しかけれて現実に戻る。
「いや、僕は別に・・」
眼鏡の位置を直し、後ろに下がるリュカ。

その近くにあのチャラ男・・ではなくアシュベル様が控えていた。
「どうよ、俺のヒメちゃん、君の想像を楽々越えていくでしょ。」
「そうですね。」
リュカは不愛想に答える。
「うわー、可愛くないねぇ」
からかうようにアシュベルは叩き込む。
「君の常識を覆したは確かでしょ。」
「・・・だからって僕には関係ないですから」
「そう?その割には的確なアドバイスしてたじゃないの」
リュカは無視を決め込む。
「つまらない奴だな。」
それを受けてリュカが答える。
「アシュベル様・・エレナに目を掛けてる理由は何ですか。」
「あれぇ、興味あるんだリュカ君」
アシュベルの挑発にリュカはくるりと背を向け立ち去る。
「素直じゃないねー、あんまり素直になられてもお兄さん困るけど。」
立ち去るリュカの背中を目で追い、独り言のように呟く。
「ヒメちゃんに注目が集まるのも、やっかいだな・・」


アシュベルが喜ぶエレナを見つめる。
俺はヒメへ忠誠を誓った者、それ以外の何物でもない・・・彼女の
目標を命を懸けて手助けするだけ。
それ以外の何をも彼女に手出しさせないのが俺の役目だ。




「すっごいじゃん!!今のかっこいいよ!」
甲高い声が静けさの中を貫くように響き渡った。
その声の主はエレナの左側に居た、気の強そうな少女。
如何にもお嬢様、といった雰囲気をかもしだしているが、割と親しみやすそうな
・・・いや、これは違う。
お嬢様だからこそ常識を超えた距離感を保てない性格の現れ。

「実はさっきから気になってたんだけどさ、そのブレスレット!」
エレナは手首に重なるブレスレットを掲げてみた。
それは、虹色に輝く玉が連なって出来たものだ。
「そう、それ!あたしも持ってるんだー!」
そう言って自身の手首をエレナに見せる。
そこにはエレナと同じブレスレットが彼女の手首を飾っていた。
「何ヵ月前か、地方から来た商人さんから買ったの、一目ぼれでー!
でも、友達は宝石にしか興味がなくって。」
その少女は少し寂し気な顔をした、
しかし、すぐにエレナに詰め寄って来た。
「これあたしのお気に入りなんだ。あなたがそれ着けているのを見て嬉しくって!!」

その言葉を聞いてエレナの顔が綻んだ。
「これ実は種なんです。わたしの故郷の山で秋になると種が沢山採れて、
それを一年薬用液に漬け込み、その後陰干しして完成するんです。故郷では魔除けとして
身に着けている人も多いんですよ。・・・」

しまった。
嬉しさで少し話過ぎたかもしれない、同年齢と話し慣れてないエレナは不安げに少女を見る。

「そっかぁ、手間暇かかってるんだね。だからこんな複雑で美しい色が出るのかな。」
彼女は愛おしそうに眺めていたが、エレナの視線に気づくと。
「あ、あたし名前も名乗ってなかったね、カリーナって言うの。下っ端の貴族なんだけど
あなたも貴族の出身でしょ?」
え・・何故カリーナはそう思ったのか、エレナの頭には疑問しかなかった。
「いえ、わたしは国の端にある小さな村で育ったんです。」
カリーナは目いっぱい目を見開き、驚きの表情を隠さない。
「えー、それ本当!?エレナの立ち居振る舞いは
下手すると上級貴族の娘なんかより綺麗だよ。私が見習いたい位!」
少し恥ずかしそうにカリーナは笑う。

これはおじい様の教育の賜物か・・。

「エレナかっこいいなぁ、あたしと友達になってくれない?」


友達・・?


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