深淵のエレナ

水澄りりか

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第一章

第二十五話 予期せぬ訪問者

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アシュベルの声が上ずっている。
こんな様子のアシュベルを見るのは珍しい、リュカが横目に観察するかのような冷静な目を向ける。

「アシュベル様!数日休むってここにいらしてたんですか!?」
「あ、ああ、まあな」
アシュベルの目が泳ぐ。
「何故アシュベル様のような方が訓練場の教官なんて・・・訓練生が羨ましすぎ、いや、そうではなくて
自分聞いてませんよ!隊を離れてまで!どうしてですか!?」
「上には報告してあるし、副隊長にもその旨は伝えてあるんだがな・・」
先程アシュベルにシャルルと呼ばれた茶色の髪に茶色の瞳の青年は、その場の空気も読まずけたたましく彼を責め立てる。近衛隊の隊員のようだがリュカとそれほど年が離れていないように見える。
これはかなり私情が入った説教、と見せかけた私情の入ったクレームだな、リュカがそれとなく二人から距離をとる。下手に関わると厄介、そんな匂いがしてたまらない。
シモンはわなわなと朧げな足取りでアシュベルに近寄っていく。
「隊では・・隊では・・皆隊長のお帰りを待っていたんですよ・・・!なのに、なのにぃ・・・くっ」
まだ続くのか、辟易としたした表情を表に出すまいとリュカが本に目を移す。

――――――― トントン
開ききった扉を軽くノックする音が書庫に居る全員の耳に入る。
「シャルル、騒がしいよ、この書庫には君とアシュベル二人だけの世界じゃないんだから」
涼し気な声とは裏腹にその中には脅迫めいた響きが混じっていた。
薄っすらと笑みを浮かべ佇むその長身の青年は水色、というにはあまりにも冷たい真冬の水底を思わせるゾクリとさせられる切れ長の瞳でシモンを見据えていた。こちらはアシュベルより若干年上に見える。

「隊長、わたしも聞いてないですよ、紙切れに『数日訓練場に行ってくる』という訳の分からないメモを残して失踪。伝えるというレベルではないですよね、明らかに。第一近衛隊隊長がここまで常軌を逸した行動をとるなんて隊員に示しがつかないでしょう」
静かだが刺々しい物言い、上級貴族で第一近衛隊隊長であるアシュベルにここまで言える立場とは、新たな夜更けの来客にリュカは疎外感を感じつつ本を見続ける。

チッ、アシュベルが小さく舌打ちをする。
「副隊長のお前が来ているという事は、第一近衛隊が来ているのかアロ。警備の増員は明日だと聞いていたが」
「ええ、隊長がおられる訓練場で異常事態が発生したと報告を受けましたので、わたしの独断で
第一近衛隊を動かしました。まぁ、勿論上には正式な報告をして了承を得てからですが」
嫌味な奴だ、アシュベルはぐうの音も出ない。
「今回はおふざけが過ぎるのではないですか?上にはわたしからそれなりの理由を取り繕ってセ・イ・シ・キな書状を届けておきましたが」
「そうか、それはご苦労だったなっ」
副隊長であるアロは、細めた水色の瞳でアシュベルに追い打ちをかける。
「なんでも年端もいかない少女に傾倒しているとか、事実ならば寒気のする理由ですね」

――――――― ドンッ!!

リュカの両の拳が机に振り下ろされ、そこに居る者の注意が集まる。

「いい加減にしてください、今は非常事態なんです!」
そう叫ぶリュカの怒号に、虚を突かれたアロとシモンが静止する。

これ程の大声を出すとは、アシュベルはリュカの意外な一面を見たとともに彼に対する気持ちに変化が起きているのを感じた。そう、彼はエレナを案じる同士なのだ。
「リュカ、二人は俺の隊の者だ、騒がせて悪かったな。アロ、シモンお前らも同罪だ」
アロとシモンが口を開こうとした、その時。

「アシュベル様、リュカ!エレナが・・・エレナが!!」

カリーナの切羽詰まった声に、アシュベルの頭には一つの単語しか残っていなかった。
エレナ!

既に走り出している事すら気付かずに。
シャルルを避けアロを突き飛ばし、無様に躓き壁にぶつかりながらもひたすら走る。
音も視界も彼の中から彼の虚構、白い世界に消え去っている。

見えるのはそこに辿り着く道筋。

「エレナっ!!!」
扉の中に入ったアシュベルは愕然とし、目の前のそれに膝をつく。



 ※※※※※※※ ※※※※※※※ ※※※※※※※ ※※※※※※※ ※※※※※  ※※※※※※

アロとシャルルが後を追って来たが、リュカが手前でそれを制する。
やんごとない状況が起きているのだろう、だがここからは踏み込んではならない、そういう気概をこの物静かな訓練生から感じる。そして先程のアシュベルの様子からこれは彼の意でもある。
本来は踏み込むべきであろう状況だがアロは言葉を噤んで撤収の意を示した。
「えっ!いいんですか、アロ様!」
「いいんだよ」
シャルルがアロを見上げて駆けていくリュカと交互に顔を見やる。
そんな部下を見向きもせずにくるりと踵を返すと、飄々とした態度で立ち去っていく。

杞憂 ――――― だったようですね。

水色の奥底に青く揺らめく水底を湛えた瞳のアロは、そこに居ない上司であるアシュベルに言葉を投げかける。
年端も行かない少女に傾倒、そんな様相ではなかった。
あれはそんな軽薄な言葉で表現できる相貌ではない、まぁ、どちらでもよかったが。
厄介ごとは御免被る・・・いや、あの普通ではない激しく燃えるような紅蓮の瞳、こちらの方がよっぽどの厄介ごとなのではないのだろうか ――――― まぁ杞憂だといいのですが。
「ふっ・・・」
意味深に笑うアロにシャルルが首を傾げつつ付いていく。


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