深淵のエレナ

水澄りりか

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第三章

第十八話 第一近衛隊隊長解任!?

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謁見の間は、驚くほど静寂に満ち、今までの騒動が嘘のように思える。

自分の足音が響く中、赤い絨毯を踏みしめ女王の居る最奥へと進む、見えてきたのは玉座に新女王となったララが見違えるように威厳を醸し出し座る姿、そしてその横には王族となったエレナの高貴ないで立ち。

その風貌からして自分とは違う世界に踏み入れたエレナに、思わず自ら距離をとってしまう。

「第一近衛隊隊長アシュベル、女王の命により参りました」

アシュベルは片膝をつき、右腕を胸にあてる。

「ふふ、アシュ、なんだかとても他人行儀だわ、ね、ララ」

エレナはいつも通りアシュベルに笑いかける、だが彼女は女王の姉、そしてその姿こそが全てを物語っている。エレナの装いは王家の者のみが許される宝飾を身にまとい、額には王族の証である世界でも珍しい青いダイヤが彼女の美しさをなお引き立てている、それを見るにつけ、エレナとは一線を隔した身分なのだと思い知らされる。

「お姉さま、アシュベル様はわたくしがお呼びしたのよ、茶化さないでくださいね!」

ララ女王には珍しくエレナをけん制するような態度をとる。
どうやら思っていた以上に姉妹の間柄はとても順調に身近なものとなっているようだ。

「アシュベル様、あなたの功績を考えて公爵の爵位を与えます。聞けばオーギュト公爵の長男にその爵位を譲るとか、そのおかげでわたくしはセーデルから幾ばくか解放され時間の余裕ができました・・・ならばわたくしがあなたのためだけに公爵という爵位を授けようと思います、異論は受け付けません、女王の座についたらわたくしはこの事を一番最初に行おうと決めていました」

それは身に余る光栄、だがエレナを失う彼にとってはなんの意味も持たない。

「なんて顔をなさっているの、公爵の爵位を授けられることは大変名誉だと皆が思うというのに、わたくしはセーデルの監視のもとで育ったおかげかとても打算的なのです、お姉さまの身近にいたいと思うならもっと貪欲にならなければとてもあなたにお姉さまをお任せできません」

「え・・今なんと・・」

跪いていたアシュベルが思わず立ち上がり、今言ったララ女王の言葉に縋りつく。

「爵位は確かにある意味無価値・・・ですがそれでもそれを重視する者が大半です、お姉さまの側近でそしてこれから行動をともにするというのならば、手に入れても不足はないもの、そうではないですか」

唖然とするアシュベル、ただこの目の前にいるララ女王は、もう昨日までの王女ではない。
言葉のひとつひとつに重みがある。

「アシュ、わたしはこれからこのグラディス国のために世界に出る、戦乱で苦しむ国もあるだろうしこの機に乗じて邪な考えを持つ国もあるだろう、わたしはそれをこの目で見て正していきたい、綺麗ごとに聞こえるかもしれないがこれが今のわたしの役割だと思っている」

そのエレナの事にララ女王は深くため息をつく、そしてアシュベルへと目を向ける。

「わたくしのお姉さまはこのように一つの国におさまらない程の方、わたくしとしてはグラディス国に居てほしいけれど、これも天啓なのかもしれません。ですが、お姉さまを護る者にわたくしは信頼のおけるものを・・・傍に付けたいと思っています、アシュベル様、あなたはどうお考えですか」

「・・・・わたしは出会った頃に誓いました、この方を主とすることを。今もその気持ちはかわっておりません、わたしは、まだエレナ様のおそばにいてもいいのでしょうか・・・」

王族となった彼女には本来果てしない程の役割があるだろう。
だが、ララ女王はエレナの気持ちに応えたい、その切なる願いがアシュベルをも飲み込む。

「ならば、安心ですね、お姉さまをよろしくお願いします、あ、それからアロ、シャルル、リュカ、カリーナにも爵位は用意しました、カリーナは子爵の跡継ぎですから彼女の父君に伯爵になることを条件にわたくしの指南役を引き受けてもらいました、セーデルと対立していた頃より彼には多くの知識と見分があると思っていましたから・・・」

そういうと謁見の間の影になっているところから今女王が口にした名前の者が、現れた・・・これはどうなっているのか、先程アロには近衛隊の事を任せたはずだし、皆役目を果たしている筈・・・。

「コホン、アシュベル様何も申し上げずすみません、女王から招集がかかっていたのはわたしたちも同じで・・・ですが公爵という爵位をあなたが素直に受け入れるか女王陛下は危惧されておりました、なので我々の知恵を絞りあなたがそれを受け入れる方法を事前に陛下に相談されていたのです」


アロの言い訳、否、釈明を聞きながら、なんだ、この間抜けな俺の立場は、アシュベルは怒っていいのか喜んでいいのかどちらも選べないまま、言葉を無くす。

「エレナ様、ララ女王、これは一体・・・」

「アシュ、敬称は無しだ、そうわたし達の間で取り決めたでしょ」

「ですが、エレナ様、いえ、エル様は既に王族の一員となられています、そのご身分は尊重しないと・・・・」

「ああもう、意外と固いのね、わたしは王族には戻ったけれど、その前にこの仲間たちと旅した一員でもあるわ、わたしにはその立場の方がとても大きく意義深い・・・わたしはそのつもりだったけどあなたには違ったのかしら」

わかっている、エレナの言葉の意味、なにを求められているのかも。
だがまたそこに自分が飛び込んでいいのだろうか、以前とはまるで状況が違う、彼女は王族なのだ貴族などとは一線を隔す存在であり雲の上の人になったのだから。

「俺は・・・傍にいてもいいのでしょうか」

「いいかって?どうしてそう思うの、あなたはわたしと主従関係をむすんだのでは?それとももっと口説かなくてはだめかしら、」

自分の夢がかなう?本当に?
俺は誰のために何かを成し遂げたことなど一度としてない、ただ、エレナに出会って彼女の宿命に立ち向かう潔さと勇気が俺の気持ちを変えた、それでも俺自身は変わっていない、恵まれた環境とその容姿をいかして人も信用せず容量よく世間を渡る、あの時の自分がまだ奥底に居る気がしてならない。


でも彼女のために俺の持つすべてをもって手助けしたい、その気持ちだけは強くある・・・・。

それでもエレナにつく事を許されるのだろうか。

「いい顔になったわね、アシュベル様、そろそろ返事を聞かせていただけるかしら」

「わたしは、わたしの望みはエレナの側で彼女を護りたいということ、その気持ちは他の誰にも負ける事は無い、必ずララ女王陛下のお気持ちに沿う事ができることを誓います、そしてエレナ、俺は君に様々な感情を引き出された、君は出会った頃よりも数倍も成長している、それを目の当たりにしてきた、けれど俺は、」

「―――――――あった時からアシュはアシュだよ」

「え」

「なんだか、今の方がアシュらしくないよ、出会った頃のまま高慢で聡明で自信たっぷり、でも世間知らずなわたしをちゃんと大人扱いしてくれた、それがあなただよ」

そんな事でいいのか――――それだけの理由。
アシュベルは思わず吹き出しそうになるのを、我慢する。

「わたくしアシュベル・オーギュストは女王陛下からの申し出を謹んでお受けいたします、」

「なら、ちゃっちゃとやっちゃいましょうか」

意気込んでいたアシュベルの心を簡単に折るように、ララ王女が間髪入れず彼の前に進み出る。
ララ女王はもっとおっとりした感じの女性だったはず、それが立場が周りが彼女を変えたのか、そもそもの性格だったのか、物言いが、とてもはきはきしたものになっている、それも優雅さをともなっていることが驚きだ。
アシュベルの驚きをよそに、ララ女王はすべきことを行ってゆく。

彼女は王族のみが使える魔防円陣を眼前に呼び出す。
それは黄金に輝く王の象徴であるように、高貴で美しいものだった。
本来、この魔防円陣にて王に祝福されたものが爵位を授かることができる。
いつの間に習得したのか、ララは女王であるという事を誰よりも認識しているのかもしれない。

「アシュベル・オーギュスト、今ここでわたくしララ・ローサの命により公爵の爵位を授けます」

そういうとその黄金に輝く魔防円陣はガラス細工が砕けるように、繊細な音を立て祝福するようにアシュベルに降り注いだ。

「おめでとうアシュベル公爵、でもアシュがこうも抵抗するとは思わなかったわ、」

エレナが肩をすくめて笑っている。
アシュベルが思わず反論しそうになる。

これほど大事に思った人はいなかった、肉親でさえ彼の心に入り込んでくる者はいなかった、人が信用できなかった。エレナは彼の心に入り込み彼の心を支配した、それはとても心地よく人とのつながりを喜びに変えた。
だからこそ、臆病になってしまうのだ。
立場が変わっても、そのつながりは変わってしまわないのか。
こちらが変わっていないと思っても、相手が変わってしまうかもしれない、そう、最悪の事態を考えてしまう。

この気持ちをとても言えるわけがないのだが・・・。

「さて、アシュベル様があまりに融通の利かない方だったので少々時間が掛かってしまいましたが、次の議題に移ります、皆さまの今後のことについて、あなた方は全て今就いている任から退いてもらいます、アシュベル様、アロ、あなた方の近衛隊隊長、副隊長からも、です」

この女王は何を言い出すのか、そんな事一存では決められない筈、だがこれも何か理由があっての事だろう。それにしても大胆なリストラだ。

「あなた方にはお姉さまと共に、世界中を旅してきてもらいたいのです、そう・・ですね、いわば、わたくし女王の特使になっていただきたいと思っております」

特使・・・それは今解任された第一近衛隊隊長よりもはるかに重要ではるかに有力なポストだ、それを断るものなどどこにいるのだろうか。
ましてやエレナがその一行には居る、皆受け入れる事は明白だ。

「世界を巡ってその文化や風習、そこでしか得られないものを見て感じ、このグラディス国がさらなる発展をとげる手助けとなってほしいのです、そして国同士が助け合えるよう懸け橋になってほしいと思っています、これはたいへん重大な任務、どうでしょう、受けてくださいますか」

その女王の真に迫った言葉に異論を唱える者などいない。
全員が膝を着き、その命を受けるという姿勢を見せる。

ララ女王はエレナを振り返り微笑む。

誰にもわからないような寂しさを含ませた笑顔で。
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