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亡国の姫君編

第66話 Sun Set Start

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イージス艦の操舵室の大きな窓には、赤く染まる空を背景に夕日が徐々に湖面に削られながら沈んでいく。
一日の終わりと共にこの作戦の開始を暗示させるかのように黄昏が暗転し、星空が顔を出し始めるのを大勢の人々がある人物の背景として見届けていた。

背景が跡形もなく漆黒に塗りつぶされたのを確認したその人物は一息置いて、大勢の目の前で作戦の開始を合図した。
「それでは作戦を開始しますね。」

待っていましたと言わんばかりに、その言葉を聞いた周りの人々は真剣な表情でうなずいた。

蛍光灯の光でそこだけ明るく照らされた操舵室のモニターには今回の目標である奪取者の現在位置と周辺情報が表示されている。
その情報を見る限り周りに奪取者以外の敵影はない、どうやら単独状態でこちらに向かっていているようだった。
電子戦はこういった正確な情報を簡単に安全に得ることが出来る、それが王女の目に止まったらしい。

モニターを見ながら王女は最初のタスクを口頭で魔王に指示した。
「距離200、ちょうどですね。魔王様・・・核弾頭を発射してください。予備として2発お願いします。」

「うむ!」

平然とした王女から飛び出た言葉に俺は驚いた。
作戦内容は初めに最大火力を敵に叩き込み、奪取者が生き残った場合にグラス、出てきた雑兵には俺達が対処するという予定だ。
しかし、その最大火力がこの異世界において過剰火力オーバーキルに近い核兵器だという情報は聞いていなかった、そして前世でそれを唯一知る人物達はようやく言葉にし始めた。

「核兵器だと!?」
「核兵器にゃ!?」

「核と言ってもそれに近しい魔法を利用し再現した武器じゃ!まぁ100人ほどの魔法使いが一年ほど練り上げて作る物じゃから、そう簡単には悪用されぬとは思うがの」

どうやらそれに心当たりがあった人物は重い口を開き、その武器タネを明かした。
「んなわけあるかよ・・・。最悪の大量破壊魔法・・・バクだろ」
その表情から読み取るに素晴らしい魔法というわけでもなさそうであった。

「バクにゃ!?」

「バク?」

「あぁ、100年後ワシらの時代では各国が使用を制限しておる魔法の一種じゃ。」

「いや、最強の魔法使いが作り出した最悪の魔法の一つだ。」

その言葉を聞いた獣人は全身の毛を逆立てながら男の首元を掴んだ。
「グラス!!アイツはそんなことのためにこの魔法を作り出したんじゃないにゃい!!私達を・・・」

「あぁ、分かってるさ姉御・・。みんな純粋な気持ちで魔学を志すんだよな・・・。」

男は表情を安らかにしたかと思えば、獣人の首元を掴み声を荒げた。
「でもな、それのせいで俺の故郷がどうなった?なんでたった1人の魔法使いのせいで消失したんだ!?」

「それは・・・」
「グラス、どういう事だ!?」

「バクは1人でも命を引き換えに発動可能なんだ、当然それに合わせた作戦もな。」
「まさか!?」
「自爆特攻にゃ・・・。」

「くくっ、そんなの荷物に紛れて一ヶ月ほど唱え続ければ簡単に村一つは吹きとばせるぜ・・。」

「それが昔、各地で横行したんだにゃ・・。当然世界は恐怖のそこへと落ちたにゃ・・・。」

「おかしいのじゃ!先程も言ったとおりそれは100人でやっと・・・。」

「それは最高の魔法使いに頼み込んで魔法の仕様の一部を書き換えてもらったからにゃ・・。」

「そんな事が出来るのかのう!?」
「そういう事か・・・。」

魔法を転生特典としてこの世界に導入したのが最高の魔法使いであり、攻撃魔法を含めた全ての魔法はその特典によって発動される。
おそらくはその転生特典を通して発動に必要な細かな条件を決めることが出来るのだろうが、その魔法はゲームによくある仕様上の設計ミスと言うやつだ。
最強の魔法使いが作り出した魔法バクはどうやらバグとして、国家だけが持てる魔法へと仕様変更アップデートされたようだ。

操舵室には男の悲痛な叫びが木霊した。
「魔法を書き換えてもらってもな、結果は変わらねえ・・・俺の故郷も知人も帰ってこねえんだよ!」

「そう・・にゃね・・。」
「グラスさん、そんな事が・・・。」

「だから、お嬢ちゃんには幸せになってもらいてえんだ。コウ泣かせたら許さねえからな!」

「あぁ。」

モニカはいつもの調子でこちらに抱きついてくる。
「どうせなら、ベッドの上で泣かせてくださいね。」

「なぬ!?」
「台無しだな・・・。」

「ははっ!そりゃいい!お嬢ちゃんその調子で行け!」

「はい!」
少女の言葉によって場は仕切り直したかのように明るくなった。

「でも、ロミウル王国はイージス艦に配備するぐらいに所有しているってことだよな・・・。」

「当然それを見越して統治しておる!安心するのじゃ。」

ようやく政治の背景、この世界のパワーバランスというものが見えてきた。
100年前から存在しているロミウル王国が現代知識の優位性を用いて侵略を行っていない理由、それはその魔法によって各国が同等の抑止力を保有しうまく均衡が取れているからだ。
そして元の時代では目の前の少女が上手く立ち回り政治を行っていたようで魔王という存在も恐怖の対象から脱却したらしい。

「魔王のお嬢ちゃん・・・俺達の未来を作ってくれてありがとうな。」

「礼には及ばん!ワシは昔、施された礼を返しておるだけじゃ。」

「昔?」

「乙女の秘密じゃ。そんな事より、ポイント20番と14番から発射したものは、着弾まであと2分と言ったところかの・・。」

「ありがとうございます。」

「にしても、ギリギリまで作戦内容の詳細は伝えないんだな。」

「味方とは言え作戦内容は直前まで極秘というのが我々の国では常識でして・・・申し訳ありません。」

「それにしても驚いたよ、いきなり核弾頭とは本気だな・・・。」

「えぇ、初めから本気で行きます・・・というか私はいつも本気ですよ!」

すると王女の表情が変わり、こちらの目の前に立ちはだかったかと思えば、真剣な眼差しでこちらを見つめてきた。
その言葉が彼女の心に引っ掛かり、先程の話から火種が燃え移り新たな火蓋が切って落とされたことだけは分かった。

「良いですかコウ。私達が本気を出さなかったせいで苦しむのは罪のない普通の人々なのですよ。」

「それは・・・。そうだよな・・・」

「本当なら本気を出せたなどは負けた言い訳に過ぎません。この時代・・・いえ、どの時代も、生きるか死ぬかなのです。」

俺は彼女の真っ直ぐな表情とその訴えにまともに返答する事が出来なかった。
むしろ、いつの間にか失っていた本気というものをそこで意識し始めて探していたのかもしれない。

「王女様、それぐらいにして作戦に集中して欲しいのじゃ・・・。」

「貴女もです魔王様!コウ様を落とされるのであればあのような回りくどいやり方ではなく、真剣に思いを伝えてもらわないと!」
こちらの発言によって王女の堪忍袋の尾が解けたようで、作戦中にも関わらず溜まった不満が漏れ出していた。

「ワシはいつも真剣で・・・。」

「本当にですか!?」

「うぅ・・・。」

今や操舵室の雰囲気に溶け込んだスクール水着を着た少女は、母親から説教を受けたかのように今にも泣き出しそうな表情で涙を浮かべていた。
王女はその様子を見てため息を付いた後、視線をこちらに合わせたのを見て、次のターゲットがこちらだという事が分かった。

「あなた方は自身の能力をちゃんと見極めていないので申し上げますと、世界を救う力があるのになぜ使わないんですか?」

そして案の定、突拍子もない言葉が飛び出してきた。
誰もが考える絵空事はどうやら王女が成し遂げたい夢のようで、あれ程の資産と兵士、名声を持ってしても難しいらしい。
「俺にはそんな力は無い・・・からこそ此処まで来たんだ。王女様のほうが断然・・・」

「いいえ、そんな事はありません。足り得ないのですよ・・・何もかもが・・。」

先程まで両者が喧嘩する様に見つめ合ったかと思えば、詫びるように下を向いていた。
そんな様子を見ていた少女達は呆れながら言葉を掛けた。

「しみったれてるにゃぁ・・・。」
「ちょっと暗いよ二人とも!本気ならここで明るく前向きに行かないと!」

「こほん!説教臭くなってしまいましたね。100年前に実在した王女の戯言たわごとだと思って受け止めてくださればと思います。」

「ごめん・・・・いや、ありがとうか・・・。」

「今とは言いませんが、世界を救ってくださいね。」

「あぁ。約束するよ。」

「それよりも、着弾したみたいにゃ!」

「結果は!?」

モニターにはゆっくりと灼熱の大地で立ち上がる奪取者の様子が映し出されていた。
「馬鹿な!核と同じ威力じゃぞ!」

「やはり、俺らの世界の常識はここでは通用しないようだな・・。」

「おかしいですね・・。これで仕留められたはずなのですが・・・。」

壁に立て掛けてあった鎚を背中に背負い男は腕を回す。
「らしくねえと言いたい所だが・・・まぁ想定外は何処にでも起こりうるからな。んじゃ俺らの出番か?」

「いいえ、予定通り続けざまに全弾発射してください!」

「やっておるわ!しかし突如現れた別のやつに防がれておる!」

「まぁ、やっこさんもそれなりに準備してきてるってこったろ・・・・無駄玉だな。もういい俺が行く!」

先程まで奪取者だけだったモニターには別の人物が映し出されていた。
どうやら白色のローブを羽織った人物によって、ほとんどのミサイルが空中で撃墜されているようだった。
「こいつ・・・最強の魔法使いにゃね・・・。」

その言葉に男も同様を隠せないようだった。
「何だと!?そういやぁ行方不明の奴がいたか・・・。」

「最強の魔法使い!?」
「パズルで支配済みにゃね・・・。」

「すいません。先程、先陣を切って偉そうに言っておきながら読み切れずに・・・所詮私もこのザマなのです・・・。」

「いや、まだ作戦の範囲内だ、それに王女様は俺達が活躍出来るように上手くやってくれてるよ・・・・。」
「そうにゃ!あとは私達の仕事にゃ!」

「そう言っていただけると助かります・・・気をつけて。・・・マイルも」

「はっ!姫様!」

追い打ちを掛けるかのように次々とモニターに人影が現れだした。
蜂の巣を突付いたかのようにこちらの攻撃を受けた奪取者がパズルで支配した人々を召喚しているようだ。

「雑兵共が出てきておるようじゃ!」

「そのようだな。王女様、転移を!!」
「はい!」
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