魔王の花嫁 ~夫な魔王が魔界に帰りたいそうなので助力します~

月親

文字の大きさ
48 / 105

始まりの日(2) -カシム視点-

しおりを挟む
「ふむ……魔王城の周辺に、魔物の街が出現していたと」

 見回りから戻った俺の報告に、おさが豊かな白髭を撫でながら言う。
 その口調は、信じ難いといったものだ。無理もない。
 遺跡を利用した魔物の住処自体は、以前から存在した。しかし、ほんの数日前まで、それは街という規模ではなかったはずだった。
 長が口にした『出現』という表現が、適当だろう。それはこつぜんと姿を現した。

「確かに、この目で見ました」
「よくできた幻の術という可能性も……」
「僕はカシムが見たのは、本物だと思うけど?」

 お互いに立ったまま話していた俺たちの横から、別の人間の声が飛んでくる。
 長の屋敷には先客があったようだ。長椅子に深く腰掛け、上半身だけをこちらに向けた少年と目が合った。
 年の頃は十四、五。肩で切り揃えた真っ直ぐな金髪に、赤ワインのような濃紅色の瞳。純白の布地に金の刺繍が施されたローブを身に着けた彼には、見覚えがあった。
 宮廷魔術士ジラフ。イスカの村に、十年前に暫く滞在していたことがあった。そのときと寸分も違わない容姿であることから、実際には少年という歳ではないのだろう。
 十年前、普段王都にいる彼が村を訪れた理由は、火事でその大半が焼けた村の再建のためだった。王家から任されたというジラフ自身も、王家に名を連ねる者だという。
 長椅子から立ち上がったジラフが、出入口付近で話していた俺たちの側まで来る。俺は昔から、勝手気ままな気質を隠そうともしないこの魔術士が苦手だった。

「カシムがその街で見たっていう魔物は、どれも優秀な素材として有名な種族。でもって、そいつらは最近、元の生息地から突然姿を消したって話だ。突然現れた街に、突然消えた魔物の姿。偶然なわけないよね」
「狙われやすい魔物を、魔王が手元に呼び寄せ保護している……ということですか?」

 俺の質問に、ジラフが「だろうね」と顎に指を当てる。

「新しい魔王は、情に厚い奴なのかな。けど、浅慮ともいえる。幾ら今いる魔物を護っても、適した生息地じゃないと増えなくて先細りするはずだよ。一時的な対処なら、いざ知らず」
「一時的……」

 ジラフの返答に、ギクリとする。
 十年前の、炎に巻かれた村の光景が蘇る。
 あのとき、俺は魔王と対峙しながら、奴など見ていなかった。俺の五感すべては、村に向けられていた。だから俺は、俺をあしらった魔王の気まぐれを、好都合だとしか思わなかった。
 その時点で村にとって、魔王や魔物は害を及ぼす存在でしかなかったという背景もある。だが、村の再建の際に魔物素材を多く取り入れたとき、俺は気付くべきだった。追考するべきだった。
 そうだ。魔王ギルガディスは、確かに言っていた。

「一時的、なのだと思います。魔王は、この世界を去ると言っていた」
「え?」

 ジラフが、キョトンとした顔でこちらを見る。
 王家の情報網に引っ掛かっていないのなら、人間側で知っていたのは俺だけだったのだろう。

「ご報告が今になってしまい、申し訳ございません。十年前、村が火事に遭った日、私は森で魔王ギルガディスと遭遇しました。その際に魔王が、自分は近く魔界に引き上げるから構うなと言ったのです」
「魔王が魔界に引き上げるだって? ――まあ、向こうから来たのなら、当然帰ることもできるんだろうけどさ」
「今回の事態は、相見あいまみえながら取り逃がした私の責任です。重ねてお詫び申し上げます」
「いや、仕方ないよ。そのときの君は、その辺の子供と変わらなかったわけだし。寧ろ、無駄死にしなくて良かったんじゃない?」

 ジラフが俺に肩を竦めてみせる。
 そんな俺たちの遣り取りを聞いていた長が、焦った口調で「ジラフ様!」と声を上げた。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

辺境のスローライフを満喫したいのに、料理が絶品すぎて冷酷騎士団長に囲い込まれました

腐ったバナナ
恋愛
異世界に転移した元会社員のミサキは、現代の調味料と調理技術というチート能力を駆使し、辺境の森で誰にも邪魔されない静かなスローライフを送ることを目指していた。 しかし、彼女の作る絶品の料理の香りは、辺境を守る冷酷な「鉄血」騎士団長ガイウスを引き寄せてしまった。

一夜限りの関係だったはずなのに、責任を取れと迫られてます。

甘寧
恋愛
魔女であるシャルロッテは、偉才と呼ばれる魔導師ルイースとひょんなことから身体の関係を持ってしまう。 だがそれはお互いに同意の上で一夜限りという約束だった。 それなのに、ルイースはシャルロッテの元を訪れ「責任を取ってもらう」と言い出した。 後腐れのない関係を好むシャルロッテは、何とかして逃げようと考える。しかし、逃げれば逃げるだけ愛が重くなっていくルイース… 身体から始まる恋愛模様◎ ※タイトル一部変更しました。

せっかく転生したのにモブにすらなれない……はずが溺愛ルートなんて信じられません

嘉月
恋愛
隣国の貴族令嬢である主人公は交換留学生としてやってきた学園でイケメン達と恋に落ちていく。 人気の乙女ゲーム「秘密のエルドラド」のメイン攻略キャラは王立学園の生徒会長にして王弟、氷の殿下こと、クライブ・フォン・ガウンデール。 転生したのはそのゲームの世界なのに……私はモブですらないらしい。 せめて学園の生徒1くらいにはなりたかったけど、どうしようもないので地に足つけてしっかり生きていくつもりです。 少しだけ改題しました。ご迷惑をお掛けしますがよろしくお願いします。

偉物騎士様の裏の顔~告白を断ったらムカつく程に執着されたので、徹底的に拒絶した結果~

甘寧
恋愛
「結婚を前提にお付き合いを─」 「全力でお断りします」 主人公であるティナは、園遊会と言う公の場で色気と魅了が服を着ていると言われるユリウスに告白される。 だが、それは罰ゲームで言わされていると言うことを知っているティナは即答で断りを入れた。 …それがよくなかった。プライドを傷けられたユリウスはティナに執着するようになる。そうティナは解釈していたが、ユリウスの本心は違う様で… 一方、ユリウスに関心を持たれたティナの事を面白くないと思う令嬢がいるのも必然。 令嬢達からの嫌がらせと、ユリウスの病的までの執着から逃げる日々だったが……

【本編完結】伯爵令嬢に転生して命拾いしたけどお嬢様に興味ありません!

ななのん
恋愛
早川梅乃、享年25才。お祭りの日に通り魔に刺されて死亡…したはずだった。死後の世界と思いしや目が覚めたらシルキア伯爵の一人娘、クリスティナに転生!きらきら~もふわふわ~もまったく興味がなく本ばかり読んでいるクリスティナだが幼い頃のお茶会での暴走で王子に気に入られ婚約者候補にされてしまう。つまらない生活ということ以外は伯爵令嬢として不自由ない毎日を送っていたが、シルキア家に養女が来た時からクリスティナの知らぬところで運命が動き出す。気がついた時には退学処分、伯爵家追放、婚約者候補からの除外…―― それでもクリスティナはやっと人生が楽しくなってきた!と前を向いて生きていく。 ※本編完結してます。たまに番外編などを更新してます。

転生したら地味ダサ令嬢でしたが王子様に助けられて何故か執着されました

古里@3巻電子書籍化『王子に婚約破棄され
恋愛
皆様の応援のおかげでHOT女性向けランキング第7位獲得しました。 前世病弱だったニーナは転生したら周りから地味でダサいとバカにされる令嬢(もっとも平民)になっていた。「王女様とか公爵令嬢に転生したかった」と祖母に愚痴ったら叱られた。そんなニーナが祖母が死んで冒険者崩れに襲われた時に助けてくれたのが、ウィルと呼ばれる貴公子だった。 恋に落ちたニーナだが、平民の自分が二度と会うことはないだろうと思ったのも、束の間。魔法が使えることがバレて、晴れて貴族がいっぱいいる王立学園に入ることに! しかし、そこにはウィルはいなかったけれど、何故か生徒会長ら高位貴族に絡まれて学園生活を送ることに…… 見た目は地味ダサ、でも、行動力はピカ一の地味ダサ令嬢の巻き起こす波乱万丈学園恋愛物語の始まりです!? 小説家になろうでも公開しています。 第9回カクヨムWeb小説コンテスト中間選考通過作品

異世界に落ちて、溺愛されました。

恋愛
満月の月明かりの中、自宅への帰り道に、穴に落ちた私。 落ちた先は異世界。そこで、私を番と話す人に溺愛されました。

そのご寵愛、理由が分かりません

秋月真鳥
恋愛
貧乏子爵家の長女、レイシーは刺繍で家計を支える庶民派令嬢。 幼いころから前世の夢を見ていて、その技術を活かして地道に慎ましく生きていくつもりだったのに—— 「君との婚約はなかったことに」 卒業パーティーで、婚約者が突然の裏切り! え? 政略結婚しなくていいの? ラッキー! 領地に帰ってスローライフしよう! そう思っていたのに、皇帝陛下が現れて—— 「婚約破棄されたのなら、わたしが求婚してもいいよね?」 ……は??? お金持ちどころか、国ごと背負ってる人が、なんでわたくしに!? 刺繍を褒められ、皇宮に連れて行かれ、気づけば妃教育まで始まり—— 気高く冷静な陛下が、なぜかわたくしにだけ甘い。 でもその瞳、どこか昔、夢で見た“あの少年”に似ていて……? 夢と現実が交差する、とんでもスピード婚約ラブストーリー! 理由は分からないけど——わたくし、寵愛されてます。 ※毎朝6時、夕方18時更新! ※他のサイトにも掲載しています。

処理中です...