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精霊の村(4)
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「あー。半分だけ正解」
余所者をどこかから様子見しているのかと、私がそわそわし出したところで、頭上からギルの声が降ってきた。
「サラの言うように、ここは人間が住んでた。けど、先代魔王の時代に皆出て行ってしまったんだ」
「あっ、精霊が人口を減らすために魔王を呼んだから」
ギルは先代魔王がオプストフルクトに来たのは、増えすぎた人口を減らすよう精霊から頼まれたからだと話していた。つまり精霊は、意図的に人間を殺そうとしたわけで。確かにそういう状況では、変わらず仲良く共生しましょうというのは難しいだろう。
「まあ全員いなくなった決め手はそれだけど、順序的には逆になるかな」
「逆ですか?」
「そもそも人口がそこまで増える原因になったのが、先に村を出て行った人間だったんだ。それまで人間は、精霊の村にしかいなかった。人間という種族の一生は、この村の中だけで完結していたんだ」
「ここだけで?」
どう見ても集落でしかない規模に、驚く。けれどそれは地球の人間を基準にしたからだと、すぐに思い直した。
地球だって、特定の地域にしか存在しない動物なんてごまんといる。オプストフルクトでは、それが人間だったという話だろう。
「外に出て行った奴らが新しい村を作って。生活範囲を広げたら、範囲に比例して人口も増えて街になった。先代魔王が来た頃には、もう外にいる奴らは先祖が精霊の村にいたことなんて知らない。街になってからの歴史しか知らないで生きてきて、いきなり襲われるとか。いいとばっちりだと思うよ、実際」
「精霊はやっぱり長生きだから、気が付いたら増えてたからバランスを取ろうみたいな……」
「そんな感じ」
「うわー……」
それは本当、とばっちりだ。たまたまその時代に居合わせてしまった人たちが、可哀想。
とはいえ、もし警告なりがあったとして、いきなり人口を増やすなというもの無理だったのかもしれない。人はそこに住んでいるだけで、意志を持って人口を増やそうとしている人なんて、そういないだろうから。
「まあそんな経緯があって、精霊の村に残っていた人間もここを出たんだ。サラが言ったように、袂を分かったとはいえ同胞を多く殺されたからな。で、魔王城の近くにイスカの村を作った。そこなら魔王を恐れる外の連中と、鉢合わせないだろうってことで」
「それが十年前の火事がきっかけで、交流を持つようになったんですね」
「だろうな。それまでも王都に憧れて村を出て行く奴はいたけど、それは禁忌を犯す行為だから、そいつらが戻ってくることはなかった。ずっと長い間、イスカはイスカで完結していたんだ。そのままでいてくれたら、カシムが絡んでくる事態には――ああでも、そうだと俺はサラに会えなかったのか。それは困る」
ギルが「ぐぬぬ」と唸る。本当に困るといった風な顰めっ面をしていたので、私は思わず笑ってしまった。
(そもそも出会ってなければ、その悩みも無かったわけだけど)
笑いは苦笑になって、そして気付けば私は真剣にギルを見つめていた。
(ああ……そっか。私も、もうギルと出会わなかったらということが、考えられない)
魔王城で過ごしていた日常を、ふと思い出す。
百年花を見せてもらった日から、度々ミアさんと中庭で女子トークをする機会があった。
あまりに自然でそのときは気に留めなかったが、ミアさんはまだ見ぬ魔界に対し、「帰る」という表現を使っていた。夫の帰る場所だから、自分が帰るのもそこだと、何の疑いもなく思えているのだろう。
そして私も、そんなミアさんと一緒に魔界の話をしていた。彼女同様、何の疑いもなく自分も魔界で暮らす前提の話を。最初にギルが私を元の世界に帰せると言ったとき、私の中で魔界は現代に戻るための乗り換え駅のようなものだったはずなのに。
(無かったことにしたくない。離れたくない……)
繋いだギルの手を、一度キュッと握る。
それから私は、最後のワープ地点へと踏み出した。
余所者をどこかから様子見しているのかと、私がそわそわし出したところで、頭上からギルの声が降ってきた。
「サラの言うように、ここは人間が住んでた。けど、先代魔王の時代に皆出て行ってしまったんだ」
「あっ、精霊が人口を減らすために魔王を呼んだから」
ギルは先代魔王がオプストフルクトに来たのは、増えすぎた人口を減らすよう精霊から頼まれたからだと話していた。つまり精霊は、意図的に人間を殺そうとしたわけで。確かにそういう状況では、変わらず仲良く共生しましょうというのは難しいだろう。
「まあ全員いなくなった決め手はそれだけど、順序的には逆になるかな」
「逆ですか?」
「そもそも人口がそこまで増える原因になったのが、先に村を出て行った人間だったんだ。それまで人間は、精霊の村にしかいなかった。人間という種族の一生は、この村の中だけで完結していたんだ」
「ここだけで?」
どう見ても集落でしかない規模に、驚く。けれどそれは地球の人間を基準にしたからだと、すぐに思い直した。
地球だって、特定の地域にしか存在しない動物なんてごまんといる。オプストフルクトでは、それが人間だったという話だろう。
「外に出て行った奴らが新しい村を作って。生活範囲を広げたら、範囲に比例して人口も増えて街になった。先代魔王が来た頃には、もう外にいる奴らは先祖が精霊の村にいたことなんて知らない。街になってからの歴史しか知らないで生きてきて、いきなり襲われるとか。いいとばっちりだと思うよ、実際」
「精霊はやっぱり長生きだから、気が付いたら増えてたからバランスを取ろうみたいな……」
「そんな感じ」
「うわー……」
それは本当、とばっちりだ。たまたまその時代に居合わせてしまった人たちが、可哀想。
とはいえ、もし警告なりがあったとして、いきなり人口を増やすなというもの無理だったのかもしれない。人はそこに住んでいるだけで、意志を持って人口を増やそうとしている人なんて、そういないだろうから。
「まあそんな経緯があって、精霊の村に残っていた人間もここを出たんだ。サラが言ったように、袂を分かったとはいえ同胞を多く殺されたからな。で、魔王城の近くにイスカの村を作った。そこなら魔王を恐れる外の連中と、鉢合わせないだろうってことで」
「それが十年前の火事がきっかけで、交流を持つようになったんですね」
「だろうな。それまでも王都に憧れて村を出て行く奴はいたけど、それは禁忌を犯す行為だから、そいつらが戻ってくることはなかった。ずっと長い間、イスカはイスカで完結していたんだ。そのままでいてくれたら、カシムが絡んでくる事態には――ああでも、そうだと俺はサラに会えなかったのか。それは困る」
ギルが「ぐぬぬ」と唸る。本当に困るといった風な顰めっ面をしていたので、私は思わず笑ってしまった。
(そもそも出会ってなければ、その悩みも無かったわけだけど)
笑いは苦笑になって、そして気付けば私は真剣にギルを見つめていた。
(ああ……そっか。私も、もうギルと出会わなかったらということが、考えられない)
魔王城で過ごしていた日常を、ふと思い出す。
百年花を見せてもらった日から、度々ミアさんと中庭で女子トークをする機会があった。
あまりに自然でそのときは気に留めなかったが、ミアさんはまだ見ぬ魔界に対し、「帰る」という表現を使っていた。夫の帰る場所だから、自分が帰るのもそこだと、何の疑いもなく思えているのだろう。
そして私も、そんなミアさんと一緒に魔界の話をしていた。彼女同様、何の疑いもなく自分も魔界で暮らす前提の話を。最初にギルが私を元の世界に帰せると言ったとき、私の中で魔界は現代に戻るための乗り換え駅のようなものだったはずなのに。
(無かったことにしたくない。離れたくない……)
繋いだギルの手を、一度キュッと握る。
それから私は、最後のワープ地点へと踏み出した。
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