60 / 105
強制送還(5)
しおりを挟む
「お嬢ちゃん、無事かっ」
ギルの肩からツッチーが顔を覗かせる。
ギルが闇の領域から戻って来ているのは、ツッチーが呼びに行ってくれたのだろうか。
「無事です、ありがとう! ――カシムは!?」
ハッとして、私はカシムを振り返った。
私のやや上方を睨み付けた彼の姿が、目に入る。
カシムの注意はもう、すべてギルに向けられているようだった。
そのことに、胸を撫で下ろす。
と、同時にその『胸』の辺りがスースーとしている現状に気付いた。
(わ、わ、わ)
胸部は辛うじて隠れているものの、そこから下は散々たるものだ。お臍も下着もバッチリ見えている。
私は慌てて、裂けた服の端を掻き合わせた。両手だけではカバーしきれず足は露出したままだが、背に腹はかえられない。
「……サラ?」
落ち着きのない私の動きを不審に思ったのが、ずっとカシムと対峙していたギルが私を見てきた。
(セ、セーフ……)
何とかあのとんでもない格好は見られずに済んだ。
そうホッとしたのも束の間――
「ちょっ、待て、馬鹿魔王!」
何故か突然ツッチーが大声を上げ、
「わぷっ」
そして彼(?)の大きな尻尾が、私の両目を覆った。
直後――
「ぐあぁあああああああ!!」
森にカシムの絶叫が響き渡る。――何かが拉げるような異様な音とともに。
「な、何? どうなってるの?」
見えなくとも、カシムが地面にのたうち回っているのがわかる。彼をそうさせているのが、ギルだということもわかる。
やがてカシムが立てる音は小さくなり――ついにそれは、完全に消えた。
「え……何、ど、どうなったの? カシムは……?」
明らかにおかしな静けさに怖くなり、私はギルの顔があるだろう位置へ顔を向けた。
ツッチーの尻尾は、未だに私の目を覆い隠している。
カシムの悲鳴は尋常ではなかった。
背筋が凍る……そう、まるで断末魔のような。
「……もうここにはいない。多分、王都に強制送還されている」
「強制……送還?」
もしかして「死んだ」と言われるのでは。そう身構えていた私は、ギルの返答に少しだけ力が抜けた。
私の背を支えるギルの手が、そうしたまま私の後ろ頭を彼の方に引き寄せる。私の視界がギルの胸だけになる。ツッチーの尻尾が取り払われても、私はカシムを振り返ることが叶わなかった。
隠された視界でも、無かったはずの鉄錆の匂いは届く。私は血溜まりを想像して、慌ててそれを振り払った。
「一旦、魔王城に戻る。サラはそっちで待っていてくれ。後は俺だけで、ここの用事を済ませるから」
「うん……」
ギルの胸に視界が固定されたままで、森の中を運ばれる。ギルの腕の中で、私は徐々に落ち着きを取り戻していった。
程なくして身体の震えが収まる。だから私は、そこで気付いた。
(ギルが震えている)
カシムを攻撃したくらいだから、怒りからかもしれない。けれど私はどうしてか、それが『不安』からだと確信めいたものがあった。
無意識に、彼の腕に手を伸ばしていた。
伸ばして、私は触れる前に思い留まった。平然を装って話していたギルは、きっとそのことを隠したいはず。
「――ギル。助けてくれて、ありがとう」
「あ、ああ……」
今、あなたはどんな表情をしているのだろう。
私は、顔の見えない彼に尋ねたかった。
ギルの肩からツッチーが顔を覗かせる。
ギルが闇の領域から戻って来ているのは、ツッチーが呼びに行ってくれたのだろうか。
「無事です、ありがとう! ――カシムは!?」
ハッとして、私はカシムを振り返った。
私のやや上方を睨み付けた彼の姿が、目に入る。
カシムの注意はもう、すべてギルに向けられているようだった。
そのことに、胸を撫で下ろす。
と、同時にその『胸』の辺りがスースーとしている現状に気付いた。
(わ、わ、わ)
胸部は辛うじて隠れているものの、そこから下は散々たるものだ。お臍も下着もバッチリ見えている。
私は慌てて、裂けた服の端を掻き合わせた。両手だけではカバーしきれず足は露出したままだが、背に腹はかえられない。
「……サラ?」
落ち着きのない私の動きを不審に思ったのが、ずっとカシムと対峙していたギルが私を見てきた。
(セ、セーフ……)
何とかあのとんでもない格好は見られずに済んだ。
そうホッとしたのも束の間――
「ちょっ、待て、馬鹿魔王!」
何故か突然ツッチーが大声を上げ、
「わぷっ」
そして彼(?)の大きな尻尾が、私の両目を覆った。
直後――
「ぐあぁあああああああ!!」
森にカシムの絶叫が響き渡る。――何かが拉げるような異様な音とともに。
「な、何? どうなってるの?」
見えなくとも、カシムが地面にのたうち回っているのがわかる。彼をそうさせているのが、ギルだということもわかる。
やがてカシムが立てる音は小さくなり――ついにそれは、完全に消えた。
「え……何、ど、どうなったの? カシムは……?」
明らかにおかしな静けさに怖くなり、私はギルの顔があるだろう位置へ顔を向けた。
ツッチーの尻尾は、未だに私の目を覆い隠している。
カシムの悲鳴は尋常ではなかった。
背筋が凍る……そう、まるで断末魔のような。
「……もうここにはいない。多分、王都に強制送還されている」
「強制……送還?」
もしかして「死んだ」と言われるのでは。そう身構えていた私は、ギルの返答に少しだけ力が抜けた。
私の背を支えるギルの手が、そうしたまま私の後ろ頭を彼の方に引き寄せる。私の視界がギルの胸だけになる。ツッチーの尻尾が取り払われても、私はカシムを振り返ることが叶わなかった。
隠された視界でも、無かったはずの鉄錆の匂いは届く。私は血溜まりを想像して、慌ててそれを振り払った。
「一旦、魔王城に戻る。サラはそっちで待っていてくれ。後は俺だけで、ここの用事を済ませるから」
「うん……」
ギルの胸に視界が固定されたままで、森の中を運ばれる。ギルの腕の中で、私は徐々に落ち着きを取り戻していった。
程なくして身体の震えが収まる。だから私は、そこで気付いた。
(ギルが震えている)
カシムを攻撃したくらいだから、怒りからかもしれない。けれど私はどうしてか、それが『不安』からだと確信めいたものがあった。
無意識に、彼の腕に手を伸ばしていた。
伸ばして、私は触れる前に思い留まった。平然を装って話していたギルは、きっとそのことを隠したいはず。
「――ギル。助けてくれて、ありがとう」
「あ、ああ……」
今、あなたはどんな表情をしているのだろう。
私は、顔の見えない彼に尋ねたかった。
0
あなたにおすすめの小説
辺境のスローライフを満喫したいのに、料理が絶品すぎて冷酷騎士団長に囲い込まれました
腐ったバナナ
恋愛
異世界に転移した元会社員のミサキは、現代の調味料と調理技術というチート能力を駆使し、辺境の森で誰にも邪魔されない静かなスローライフを送ることを目指していた。
しかし、彼女の作る絶品の料理の香りは、辺境を守る冷酷な「鉄血」騎士団長ガイウスを引き寄せてしまった。
一夜限りの関係だったはずなのに、責任を取れと迫られてます。
甘寧
恋愛
魔女であるシャルロッテは、偉才と呼ばれる魔導師ルイースとひょんなことから身体の関係を持ってしまう。
だがそれはお互いに同意の上で一夜限りという約束だった。
それなのに、ルイースはシャルロッテの元を訪れ「責任を取ってもらう」と言い出した。
後腐れのない関係を好むシャルロッテは、何とかして逃げようと考える。しかし、逃げれば逃げるだけ愛が重くなっていくルイース…
身体から始まる恋愛模様◎
※タイトル一部変更しました。
せっかく転生したのにモブにすらなれない……はずが溺愛ルートなんて信じられません
嘉月
恋愛
隣国の貴族令嬢である主人公は交換留学生としてやってきた学園でイケメン達と恋に落ちていく。
人気の乙女ゲーム「秘密のエルドラド」のメイン攻略キャラは王立学園の生徒会長にして王弟、氷の殿下こと、クライブ・フォン・ガウンデール。
転生したのはそのゲームの世界なのに……私はモブですらないらしい。
せめて学園の生徒1くらいにはなりたかったけど、どうしようもないので地に足つけてしっかり生きていくつもりです。
少しだけ改題しました。ご迷惑をお掛けしますがよろしくお願いします。
偉物騎士様の裏の顔~告白を断ったらムカつく程に執着されたので、徹底的に拒絶した結果~
甘寧
恋愛
「結婚を前提にお付き合いを─」
「全力でお断りします」
主人公であるティナは、園遊会と言う公の場で色気と魅了が服を着ていると言われるユリウスに告白される。
だが、それは罰ゲームで言わされていると言うことを知っているティナは即答で断りを入れた。
…それがよくなかった。プライドを傷けられたユリウスはティナに執着するようになる。そうティナは解釈していたが、ユリウスの本心は違う様で…
一方、ユリウスに関心を持たれたティナの事を面白くないと思う令嬢がいるのも必然。
令嬢達からの嫌がらせと、ユリウスの病的までの執着から逃げる日々だったが……
【本編完結】伯爵令嬢に転生して命拾いしたけどお嬢様に興味ありません!
ななのん
恋愛
早川梅乃、享年25才。お祭りの日に通り魔に刺されて死亡…したはずだった。死後の世界と思いしや目が覚めたらシルキア伯爵の一人娘、クリスティナに転生!きらきら~もふわふわ~もまったく興味がなく本ばかり読んでいるクリスティナだが幼い頃のお茶会での暴走で王子に気に入られ婚約者候補にされてしまう。つまらない生活ということ以外は伯爵令嬢として不自由ない毎日を送っていたが、シルキア家に養女が来た時からクリスティナの知らぬところで運命が動き出す。気がついた時には退学処分、伯爵家追放、婚約者候補からの除外…―― それでもクリスティナはやっと人生が楽しくなってきた!と前を向いて生きていく。
※本編完結してます。たまに番外編などを更新してます。
転生したら地味ダサ令嬢でしたが王子様に助けられて何故か執着されました
古里@3巻電子書籍化『王子に婚約破棄され
恋愛
皆様の応援のおかげでHOT女性向けランキング第7位獲得しました。
前世病弱だったニーナは転生したら周りから地味でダサいとバカにされる令嬢(もっとも平民)になっていた。「王女様とか公爵令嬢に転生したかった」と祖母に愚痴ったら叱られた。そんなニーナが祖母が死んで冒険者崩れに襲われた時に助けてくれたのが、ウィルと呼ばれる貴公子だった。
恋に落ちたニーナだが、平民の自分が二度と会うことはないだろうと思ったのも、束の間。魔法が使えることがバレて、晴れて貴族がいっぱいいる王立学園に入ることに!
しかし、そこにはウィルはいなかったけれど、何故か生徒会長ら高位貴族に絡まれて学園生活を送ることに……
見た目は地味ダサ、でも、行動力はピカ一の地味ダサ令嬢の巻き起こす波乱万丈学園恋愛物語の始まりです!?
小説家になろうでも公開しています。
第9回カクヨムWeb小説コンテスト中間選考通過作品
そのご寵愛、理由が分かりません
秋月真鳥
恋愛
貧乏子爵家の長女、レイシーは刺繍で家計を支える庶民派令嬢。
幼いころから前世の夢を見ていて、その技術を活かして地道に慎ましく生きていくつもりだったのに——
「君との婚約はなかったことに」
卒業パーティーで、婚約者が突然の裏切り!
え? 政略結婚しなくていいの? ラッキー!
領地に帰ってスローライフしよう!
そう思っていたのに、皇帝陛下が現れて——
「婚約破棄されたのなら、わたしが求婚してもいいよね?」
……は???
お金持ちどころか、国ごと背負ってる人が、なんでわたくしに!?
刺繍を褒められ、皇宮に連れて行かれ、気づけば妃教育まで始まり——
気高く冷静な陛下が、なぜかわたくしにだけ甘い。
でもその瞳、どこか昔、夢で見た“あの少年”に似ていて……?
夢と現実が交差する、とんでもスピード婚約ラブストーリー!
理由は分からないけど——わたくし、寵愛されてます。
※毎朝6時、夕方18時更新!
※他のサイトにも掲載しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる