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『ハナキ』(3)
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「『ハナキ』は、普段使わない言葉で、かつサラが覚えやすいものをと思って。詠唱をサラのファミリーネームにしてみたんだ」
「あ、本当に私の名字から来てたんですね」
私の名字は、初日に一度言ったきりだ。それをギルが覚えていたことに、私はかなり驚いた。その次に、照れ臭い気持ちになった。「使わない」と言った彼が、その使わない言葉を覚えていてくれたことに。
彼の心遣いが感じられる、私のために創られた魔法。それが伝わってくる。
一方、まったく伝わってこないのが――
「創造した意図が、わかりませんが……」
これ。これについて。
カシムを止める魔法ならともかく、味方であるギルを止める魔法がいつ必要なのか。
私が必要でないのなら、止められるギルに必要なのか?
いや、制作者本人が止められることが必要というのも、おかしな話――
「……あ」
『ギルが止められる』という状況を思い浮かべて、前庭での光景を思い出す。
『私』に捕まっていたギル。彼は振り払う素振りも見せなくて。
「ギルには拘束されたい趣味が――」
「無いからっ」
私の「もしや」の推理は、言い終わらない内にギルの返事に掻き消された。
「その、意図は……サラを抱き潰すのを防止するため、だ」
「抱き潰す……」
「抱き潰す」から連想したのは、自分の子供の重みで苦労しているミアさんの話。そう言えば魔法でコントロールしているだけで、本来の体重は数百キロとか数千キロとかそんなのだっけ。そこまで考えたところで、ギルから「多分、また誤解してる」と待ったが入った。
「その……今日は添い寝だけど、そうじゃなくて一緒に寝る日が来たら……つまり、そういうことで……」
「添い寝じゃなくて一緒に……」
何気なくギルの台詞を繰り返して、
「あっ、あ……そう、いう」
ようやく理解した私の顔は、ボムッと沸騰したかのように熱くなった。
「ああ、うん……そう、いう」
今度はギルが私の台詞を繰り返す。
私は俯いて、ますます熱くなった顔を両手で覆った。
そうか。そう言えば夫婦だし、色っぽい意味でも『寝る』のか。というか真っ先に連想しないといけないのは、こっちか。そうか。
(……ん? ということは)
両手の位置を頬までずらし視界を開けて、私はギルを見上げた。
「それってギルは、私とそういうことを……したい?」
――って、口に出すつもりはなかったのに! 自ら羞恥プレイに走るなんて!
(うわわ……何してるんだろう、私)
好奇心が身を滅ぼすとは、こういうことをいうわけだ。穴があったら入りたいの気持ちも、ついでに体験だ。
でも言ってしまったものは、口には戻らない。私は開き直って、ギルの反応を窺った。
バチリと目が合った。と思ったら、ギルのそれがついっと明後日の方角に行――きかけて、私に戻された。
「それは……したい」
「!?」
そして呟かれた彼の言葉に、私の鼓動は跳ね上がった。
これはもしやこのまま桃色展開という奴ですか? 夫婦の営みという奴ですか!? こちらから話を振っておいてなんですが、まったく想定していませんでした!
早過ぎる鼓動に引き摺られ、妙なハイテンションになってくる。
『したい』の脳内リフレインに、もはや心臓が早鐘を打っているのか止まっているのか不明になってくる。
(で、でも……ギルならいい、よね)
ギルならいい。ううん、ギルしか嫌だ。
私は覚悟を決めて、両手を握り込んで――
「けど、初めては『静かな夜にキャンドルの灯りだけの部屋で愛を確かめ合う』って書いてあった」
また開いた手で「ぷ」以降の笑いを口の中に押し戻した。
参考文献がロマンス小説過ぎる件について!
(でもお陰で、私のやってしまった感は雲散したかも)
笑ったことで、すっかり気が抜けてしまった。白けたわけではなく、良い意味で。
私は今度は口元だけで笑って、両手を身体の後方――ベッドの上に着いた。
ギルが私との間にある片手を、同じようにする。そうしたことで彼の上体は、私の方へと少し傾いた。
「あ、本当に私の名字から来てたんですね」
私の名字は、初日に一度言ったきりだ。それをギルが覚えていたことに、私はかなり驚いた。その次に、照れ臭い気持ちになった。「使わない」と言った彼が、その使わない言葉を覚えていてくれたことに。
彼の心遣いが感じられる、私のために創られた魔法。それが伝わってくる。
一方、まったく伝わってこないのが――
「創造した意図が、わかりませんが……」
これ。これについて。
カシムを止める魔法ならともかく、味方であるギルを止める魔法がいつ必要なのか。
私が必要でないのなら、止められるギルに必要なのか?
いや、制作者本人が止められることが必要というのも、おかしな話――
「……あ」
『ギルが止められる』という状況を思い浮かべて、前庭での光景を思い出す。
『私』に捕まっていたギル。彼は振り払う素振りも見せなくて。
「ギルには拘束されたい趣味が――」
「無いからっ」
私の「もしや」の推理は、言い終わらない内にギルの返事に掻き消された。
「その、意図は……サラを抱き潰すのを防止するため、だ」
「抱き潰す……」
「抱き潰す」から連想したのは、自分の子供の重みで苦労しているミアさんの話。そう言えば魔法でコントロールしているだけで、本来の体重は数百キロとか数千キロとかそんなのだっけ。そこまで考えたところで、ギルから「多分、また誤解してる」と待ったが入った。
「その……今日は添い寝だけど、そうじゃなくて一緒に寝る日が来たら……つまり、そういうことで……」
「添い寝じゃなくて一緒に……」
何気なくギルの台詞を繰り返して、
「あっ、あ……そう、いう」
ようやく理解した私の顔は、ボムッと沸騰したかのように熱くなった。
「ああ、うん……そう、いう」
今度はギルが私の台詞を繰り返す。
私は俯いて、ますます熱くなった顔を両手で覆った。
そうか。そう言えば夫婦だし、色っぽい意味でも『寝る』のか。というか真っ先に連想しないといけないのは、こっちか。そうか。
(……ん? ということは)
両手の位置を頬までずらし視界を開けて、私はギルを見上げた。
「それってギルは、私とそういうことを……したい?」
――って、口に出すつもりはなかったのに! 自ら羞恥プレイに走るなんて!
(うわわ……何してるんだろう、私)
好奇心が身を滅ぼすとは、こういうことをいうわけだ。穴があったら入りたいの気持ちも、ついでに体験だ。
でも言ってしまったものは、口には戻らない。私は開き直って、ギルの反応を窺った。
バチリと目が合った。と思ったら、ギルのそれがついっと明後日の方角に行――きかけて、私に戻された。
「それは……したい」
「!?」
そして呟かれた彼の言葉に、私の鼓動は跳ね上がった。
これはもしやこのまま桃色展開という奴ですか? 夫婦の営みという奴ですか!? こちらから話を振っておいてなんですが、まったく想定していませんでした!
早過ぎる鼓動に引き摺られ、妙なハイテンションになってくる。
『したい』の脳内リフレインに、もはや心臓が早鐘を打っているのか止まっているのか不明になってくる。
(で、でも……ギルならいい、よね)
ギルならいい。ううん、ギルしか嫌だ。
私は覚悟を決めて、両手を握り込んで――
「けど、初めては『静かな夜にキャンドルの灯りだけの部屋で愛を確かめ合う』って書いてあった」
また開いた手で「ぷ」以降の笑いを口の中に押し戻した。
参考文献がロマンス小説過ぎる件について!
(でもお陰で、私のやってしまった感は雲散したかも)
笑ったことで、すっかり気が抜けてしまった。白けたわけではなく、良い意味で。
私は今度は口元だけで笑って、両手を身体の後方――ベッドの上に着いた。
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