モノクロ怪奇譚

彩女莉瑠

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 それから僕は寝食を忘れて原稿用紙に向かって書き続けた。もう何日が経ったのか分からなくなった頃、

「出来た……」

 それは完成した。
 里見さとみを主人公とした小説は、編集者である男が病を克服し、新しい命の誕生に立ち会う。そうして子供の成長を見守ると共に、年を取っていき、最期さいごは家族に看取られて往くのだ。

 小説の中身としてはきっと、大きな山場もなくお粗末なものだっただろう。しかし一人の人間の人生としては大往生で幸せなものに仕上がったと思う。
 僕が出来上がった原稿を前に一息ついていると、

島崎しまざきーっ! いるかー?」

 玄関から声が聞こえてきた。この声はきっと、里見のものだろう。僕は立ち上がると、少しふらつく足で玄関へと向かった。

「よう、島崎。って、お前、大丈夫か?」

 里見は僕の顔を見るなりそう言う。そんなにも僕は酷い顔をしているのだろうか。
 僕が里見の方を見やると、その右肩にあったはずの死の象徴が見えなくなっていることに僕は驚いた。そうして目を丸くしている僕に、里見が不思議そうに声をかけてくる。

「俺の右肩が、どうかしたか?」
「あ、いや。風邪の具合はどうだ? 里見」
「お陰様でもう、すっかり良くなったよ」

 そんなことよりも、と里見は続ける。

「今夜が例の晩餐会だが……って、おい! 島崎っ? 島崎、おいっ!」

 僕は里見の言葉に安心し、気付けば意識を手放していた。



 意識が戻ったとき、僕はいつか見たソメイヨシノの大木の下にいた。

(相変わらず、ここの景色は絶景だな……)

 僕はそんなことを思いながらむくりと身体を起こして立ち上がる。その時ひとつの視線を感じて、僕は背後に広がるであろうソメイヨシノの桜並木の方を振り返った。
 そこに立っていた視線の主は、以前僕を現世へと送り返したであろう、白の角袖外套かくそでがいとうを身につけ、片手に神楽鈴かぐらすずを持っている人物だった。以前ははっきりとしなかったその顔の造形は今、おぼろげながら少女のもののように感じられる。

「君は……」
「自分のなすべきこと、なせることが分かったな?」

 高く澄んだその声も、間違いなく少女のものだ。少女は見事なソメイヨシノの桜並木を背景に、しっかりと僕を見つめている。
 そんな少女の声に、僕は聞き覚えがあった。否、酷く印象に残っていたと言った方が良いだろう。そう、この目の前の少女こそ、その姿は違えど『前世の記憶』の中の僕を橋の上で祓った少女なのだ。
 そんな少女の問いかけに僕は大きく頷く。

「多くを生かす。そのために僕は、生きていく」
「そう、君は生きていかなくてはいけない」

 僕の言葉に返す少女の影が少し揺らぎ、その後ろに章子の姿を映したような気がした。しかしそれはほんの一瞬の出来事で、すぐに少女の姿が引き戻される。僕がそれに目をしばたたかせていると、

「今度は己の足で、歩いて行ってね」

 鈴が鳴るような声でそう言われた僕は、章子の面影に首を振った。

(僕はあの、荒ぶる髑髏されこうべをどうにかしないといけないのだ。だからそれまで、章子の面影を追うのはやめよう……!)

 そう決意した僕に、少女が少し微笑んだような気がした。
 僕はそのまま少女に背を向けると、死へと続く桜並木とは正反対の道をゆっくりと歩いて行く。そしてそのまま、白い光の中へと溶け込むように歩みを進める。そんな僕の背後からは、



 シャラン……!



 その神楽鈴かぐらすずの音色は、新しい僕の人生の門出を、祝っているかのようだった。



 そうして再び目が覚めた時、僕は自分の寝床で横になっていた。視界の端でウトウトとしている里見の姿が目に入る。

「里見……?」
「お……? あぁ、目が覚めたか?」

 一瞬視線を彷徨わせた里見と目が合う。僕が身体を起こそうとすると、

「寝とけって。お前、過労と睡眠不足でぶっ倒れたんだからな」

 そう言って里見に止められてしまう。

「全く。そうなるまで一体何をしていたんだ? まさかまた、変な気を起こして……」
「違うよ」
「そうか? なら良いのだが……」

 僕が即答するのに、里見は鼻の頭を掻きながら答えた。僕はしばらくそのままぼーっとしていたのだが、ふと気付いて里見に声をかける。

「そういえば、今夜は例の晩餐会だって……」
「あー、そのことはもう気にするな。会場の方には俺から欠席の連絡を入れてやる」

 そう言う里見の言葉に僕は飛び起きた。あの晩餐会を僕が欠席しては、社内での里見の立場も危うくなるだろう。僕の一身上の都合で、里見に迷惑はかけられない。
 里見は突然上体を起こした僕に驚いたようだった。目を丸くしてこちらを見ているが、僕はその視線に構わずに支度を始める。

「里見っ! 今から行っても間に合うよな?」
「あ、あぁ……。って、お前まさか、行く気なのか?」
「僕が顔を出さないと、里見の立場がまずくなるんだろう?」

 僕の問いかけに里見は黙ってしまう。どうやら図星のようだ。僕が支度を手伝ってくれと里見に頼むと、里見は渋々と言った風に立ち上がった。

「お前、途中で倒れても次はもう、俺は知らないからな?」
「分かった、分かった」
「本当に分かっているのかねぇ……」

 呆れかえった様子の里見をよそに、僕は晩餐会へ出席するべく、支度を進めていくのだった。

 その日の晩餐会は滞りなく進んでいった。里見が僕を連れてきたことで何人か驚いている輩がいたが、それ以上のことはなく会は進んでいく。
 会場の中にはあの白黒の髑髏の姿がいくつか見られ、僕は心が痛んだが、あれらを鎮めることが僕の今の役目だと思い至った。

 そう、あれを鎮める良い方法は何かないだろうか?

 里見の時のように個人を主人公にしたものはいくら書いても間に合わないし、根本的な解決には至らない。
 僕は晩餐会の会場にいる白黒の髑髏を眺めながら考えを巡らせる。そうしていると一つの妙案を思いついた。僕は急いで里見を探し出すと、

「悪い、里見! 僕はこれで失礼するよ!」
「あ、おいっ! 島崎っ?」

 僕を呼び止める里見の声を背に、僕は思い浮かんだ妙案が消えないように足早に会場を後にする。
 そもそも何故白黒の髑髏が現れるのか、と言うことだ。それは病や事故、事件などの突然死を意味しているのだ。

(だったら、主人公は白黒の髑髏を持つ人、全てだ……!)

 そう、そしてこの不慮の死に立ち向かい、打ち勝つことで全ては解決されるのではないだろうか。
 それは途方もない願いのようにも感じられた。
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