5 / 33
一
一④
しおりを挟む
日が昇っても冷たい秋雨は止んではくれなかった。その日の参拝客はまばらで、穏やかに時間が過ぎていく。ラファエルはいつものように社務所正面にあるベンチの上に、やはり傘も差さずににこにこと笑顔で座っていた。その髪は雨に濡れている様子はなく、柔らかに風になびいている。
(幽霊なら、雨に降られても平気、なのかな?)
気付けば里帆はラファエルのことを考えてしまっていた。そしてその日の業務が終わる頃。いつものように里帆は私服へと着替えると一度境内を通る。するとこれもいつものように、ラファエルが駆け寄ってきた。
一日雨降りだったにも関わらず、傘を差していなかったラファエルは近くで見ても濡れている様子はない。
里帆はそんなラファエルにどう言葉をかけようかしばし逡巡すると、
「ラファエル、今日くらい家に入れてあげても構わないわよ」
「え?」
里帆の言葉が予想外だったのか、この自称天使は間の抜けた声を上げた。その様子に里帆は、
「ほら、朝晩は冷え込んできたし。この雨だから、仕方なく」
なんだかバツが悪くなって徐々に尻つぼみになってしまう里帆に対して、ラファエルはぱあっと表情を明るくさせた。
「優しいね、里帆! ありがとう!」
ラファエルは弾む声でそう言うのだった。
しとしとと降り続く雨の中、家に帰り着いた里帆は中へとラファエルを招き入れた。家の中に入ったラファエルは興味深そうにきょろきょろと辺りを見回している。
「狭い部屋だから、そんなに見るものもないでしょう?」
里帆の問いかけに、ラファエルは相変わらずきょろきょろしながら言葉を返す。
「僕、人間の家に招かれたのは初めてだから、面白いよ」
「そうなの。とりあえず立たれていると落ち着かないわ。適当に座って」
里帆の言葉にラファエルは小さなローテーブルの前に座る。それを確認した里帆はキッチンへと立つと、やかんに水を入れて火にかけた。そして頭上の棚の中を確認すると、
「ラファエル。コーヒーとココア、どっちがいい?」
「ココア!」
里帆の問いかけに間髪入れずにラファエルは答える。里帆がマグカップを二つ用意し、その中にココアパウダーとコーヒーの粉を入れていく。そうしている間に、やかんが水の沸騰を知らせた。
里帆は二つのマグカップに湯を注ぎ、ラファエルの分のココアと自分の分のコーヒーを作った。そしてそれらを手に部屋に戻ると、ローテーブルの上に置き、自分もラファエルの正面に座る。
レースカーテン越しに見える外では、まだ雨が降り続いていた。
「今日は良く降るねぇ」
部屋の中を一通り見回したラファエルが、窓の外を見ながら口を開いた。
「そうね」
里帆はコーヒーに口を付けながら素っ気なく返す。二人の間に沈黙が落ちた。ラファエルもココアに一口、口を付ける。そして怖ず怖ずと言った風に口を開いた。
「ねぇ、里帆」
「何?」
テレビも点いていない室内に、外の雨音が響いているように感じる。そんな中ラファエルは何かを言おうとためらっている様子だ。里帆は視線だけをラファエルに向けると、
「何か言いたいことがあるなら、はっきり伝えて」
里帆の視線と言葉を受けたラファエルは意を決したように口を開いた。
「里帆。怒らないで聞いて欲しいんだけど」
「何?」
「僕たちの神は、里帆が思っているような狭量ではないよ」
ラファエルの口から出た『神』と言う単語に、里帆は目を見開く。
そんな里帆の様子に気付いていないのか、ラファエルは言葉を続けた。
「神は、人間を許す存在だから」
ラファエルに真っ直ぐ見つめられて、里帆は言葉を失う。
この黄色の瞳は一体どこまで見透かしているのだろうか。
里帆はラファエルから視線が外せない。
「何故、今そんな話を……?」
ようやく口をついて出た里帆の言葉に、ラファエルは長い睫毛を伏せて答えた。
「里帆が、苦しんでいるから」
里帆が悔やんでいるから。そして里帆が、全ての責任は自分にあると、自分が全て悪いのだと、責めているから。
「神は、里帆を許すよ。誰も里帆を裁かないよ」
「でも、私のせいで両親が亡くなったのは事実だから」
里帆は手元のマグカップの中で揺れるコーヒーを眺めながら口を開いた。
事故があったあの日、自分が出かけたいと騒がなければ、両親は死なずに済んだかもしれない。
それは里帆を支配する、懺悔にも似た後悔だった。
「生き物は、この世に『生』を受けた以上、『死』からは逃げられないよ」
ぽつりと落とされたラファエルの言葉に里帆ははっとする。ラファエルは続ける。
「『死』はね、最後の敵なんだ」
大切な人との別れ、そんな大切な人がいる世界との別れ。それが『死』であると。遺す側にとってもそれは人生においていちばん辛い出来事となる。そして遺す側の年齢が若ければ若いほど、この最後の敵は強大になる。何をしていても、何を信仰していようとも、肉体は蘇らないのだから。
「だからね、里帆。里帆が生きていく上で、僕たちの神以外の神を信仰して、心が軽くなるのなら、僕らの神は、それを許すよ」
それが『神』と言う存在だから。
(幽霊なら、雨に降られても平気、なのかな?)
気付けば里帆はラファエルのことを考えてしまっていた。そしてその日の業務が終わる頃。いつものように里帆は私服へと着替えると一度境内を通る。するとこれもいつものように、ラファエルが駆け寄ってきた。
一日雨降りだったにも関わらず、傘を差していなかったラファエルは近くで見ても濡れている様子はない。
里帆はそんなラファエルにどう言葉をかけようかしばし逡巡すると、
「ラファエル、今日くらい家に入れてあげても構わないわよ」
「え?」
里帆の言葉が予想外だったのか、この自称天使は間の抜けた声を上げた。その様子に里帆は、
「ほら、朝晩は冷え込んできたし。この雨だから、仕方なく」
なんだかバツが悪くなって徐々に尻つぼみになってしまう里帆に対して、ラファエルはぱあっと表情を明るくさせた。
「優しいね、里帆! ありがとう!」
ラファエルは弾む声でそう言うのだった。
しとしとと降り続く雨の中、家に帰り着いた里帆は中へとラファエルを招き入れた。家の中に入ったラファエルは興味深そうにきょろきょろと辺りを見回している。
「狭い部屋だから、そんなに見るものもないでしょう?」
里帆の問いかけに、ラファエルは相変わらずきょろきょろしながら言葉を返す。
「僕、人間の家に招かれたのは初めてだから、面白いよ」
「そうなの。とりあえず立たれていると落ち着かないわ。適当に座って」
里帆の言葉にラファエルは小さなローテーブルの前に座る。それを確認した里帆はキッチンへと立つと、やかんに水を入れて火にかけた。そして頭上の棚の中を確認すると、
「ラファエル。コーヒーとココア、どっちがいい?」
「ココア!」
里帆の問いかけに間髪入れずにラファエルは答える。里帆がマグカップを二つ用意し、その中にココアパウダーとコーヒーの粉を入れていく。そうしている間に、やかんが水の沸騰を知らせた。
里帆は二つのマグカップに湯を注ぎ、ラファエルの分のココアと自分の分のコーヒーを作った。そしてそれらを手に部屋に戻ると、ローテーブルの上に置き、自分もラファエルの正面に座る。
レースカーテン越しに見える外では、まだ雨が降り続いていた。
「今日は良く降るねぇ」
部屋の中を一通り見回したラファエルが、窓の外を見ながら口を開いた。
「そうね」
里帆はコーヒーに口を付けながら素っ気なく返す。二人の間に沈黙が落ちた。ラファエルもココアに一口、口を付ける。そして怖ず怖ずと言った風に口を開いた。
「ねぇ、里帆」
「何?」
テレビも点いていない室内に、外の雨音が響いているように感じる。そんな中ラファエルは何かを言おうとためらっている様子だ。里帆は視線だけをラファエルに向けると、
「何か言いたいことがあるなら、はっきり伝えて」
里帆の視線と言葉を受けたラファエルは意を決したように口を開いた。
「里帆。怒らないで聞いて欲しいんだけど」
「何?」
「僕たちの神は、里帆が思っているような狭量ではないよ」
ラファエルの口から出た『神』と言う単語に、里帆は目を見開く。
そんな里帆の様子に気付いていないのか、ラファエルは言葉を続けた。
「神は、人間を許す存在だから」
ラファエルに真っ直ぐ見つめられて、里帆は言葉を失う。
この黄色の瞳は一体どこまで見透かしているのだろうか。
里帆はラファエルから視線が外せない。
「何故、今そんな話を……?」
ようやく口をついて出た里帆の言葉に、ラファエルは長い睫毛を伏せて答えた。
「里帆が、苦しんでいるから」
里帆が悔やんでいるから。そして里帆が、全ての責任は自分にあると、自分が全て悪いのだと、責めているから。
「神は、里帆を許すよ。誰も里帆を裁かないよ」
「でも、私のせいで両親が亡くなったのは事実だから」
里帆は手元のマグカップの中で揺れるコーヒーを眺めながら口を開いた。
事故があったあの日、自分が出かけたいと騒がなければ、両親は死なずに済んだかもしれない。
それは里帆を支配する、懺悔にも似た後悔だった。
「生き物は、この世に『生』を受けた以上、『死』からは逃げられないよ」
ぽつりと落とされたラファエルの言葉に里帆ははっとする。ラファエルは続ける。
「『死』はね、最後の敵なんだ」
大切な人との別れ、そんな大切な人がいる世界との別れ。それが『死』であると。遺す側にとってもそれは人生においていちばん辛い出来事となる。そして遺す側の年齢が若ければ若いほど、この最後の敵は強大になる。何をしていても、何を信仰していようとも、肉体は蘇らないのだから。
「だからね、里帆。里帆が生きていく上で、僕たちの神以外の神を信仰して、心が軽くなるのなら、僕らの神は、それを許すよ」
それが『神』と言う存在だから。
0
あなたにおすすめの小説
熟女愛好家ユウスケの青春(熟女漁り)
MisakiNonagase
恋愛
高校まで勉強一筋で大学デビューをしたユウスケは家庭教師の教え子の母親と不倫交際するが、彼にとって彼女とが初の男女交際。そこでユウスケは自分が熟女好きだと自覚する。それからユウスケは戦略と実戦を重ねて、清潔感と聞き上手を武器にたくさんの熟女と付き合うことになるストーリーです。
春の雨はあたたかいー家出JKがオッサンの嫁になって女子大生になるまでのお話
登夢
恋愛
春の雨の夜に出会った訳あり家出JKと真面目な独身サラリーマンの1年間の同居生活を綴ったラブストーリーです。私は家出JKで春の雨の日の夜に駅前にいたところオッサンに拾われて家に連れ帰ってもらった。家出の訳を聞いたオッサンは、自分と同じに境遇に同情して私を同居させてくれた。同居の代わりに私は家事を引き受けることにしたが、真面目なオッサンは私を抱こうとしなかった。18歳になったときオッサンにプロポーズされる。
一億円の花嫁
藤谷 郁
恋愛
奈々子は家族の中の落ちこぼれ。
父親がすすめる縁談を断り切れず、望まぬ結婚をすることになった。
もうすぐ自由が無くなる。せめて最後に、思いきり贅沢な時間を過ごそう。
「きっと、素晴らしい旅になる」
ずっと憧れていた高級ホテルに到着し、わくわくする奈々子だが……
幸か不幸か!?
思いもよらぬ、運命の出会いが待っていた。
※エブリスタさまにも掲載
愛されないと吹っ切れたら騎士の旦那様が豹変しました
蜂蜜あやね
恋愛
隣国オデッセアから嫁いできたマリーは次期公爵レオンの妻となる。初夜は真っ暗闇の中で。
そしてその初夜以降レオンはマリーを1年半もの長い間抱くこともしなかった。
どんなに求めても無視され続ける日々についにマリーの糸はプツリと切れる。
離縁するならレオンの方から、私の方からは離縁は絶対にしない。負けたくない!
夫を諦めて吹っ切れた妻と妻のもう一つの姿に惹かれていく夫の遠回り恋愛(結婚)ストーリー
※本作には、性的行為やそれに準ずる描写、ならびに一部に性加害的・非合意的と受け取れる表現が含まれます。苦手な方はご注意ください。
※ムーンライトノベルズでも投稿している同一作品です。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される
奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。
けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。
そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。
2人の出会いを描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630
2人の誓約の儀を描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」
https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041
人狼な幼妻は夫が変態で困り果てている
井中かわず
恋愛
古い魔法契約によって強制的に結ばれたマリアとシュヤンの14歳年の離れた夫婦。それでも、シュヤンはマリアを愛していた。
それはもう深く愛していた。
変質的、偏執的、なんとも形容しがたいほどの狂気の愛情を注ぐシュヤン。異常さを感じながらも、なんだかんだでシュヤンが好きなマリア。
これもひとつの夫婦愛の形…なのかもしれない。
全3章、1日1章更新、完結済
※特に物語と言う物語はありません
※オチもありません
※ただひたすら時系列に沿って変態したりイチャイチャしたりする話が続きます。
※主人公の1人(夫)が気持ち悪いです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる