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其の二 王政復古の大号令
其の二 王政復古の大号令②
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「ここは、明治元年の京都ですたい」
そんな2人に謙四郎が言葉を重ねてくる。
(明治……元年?)
「えぇー?」
にわかには信じられないその言葉に、沙夜は思わず声をあげていた。そんな沙夜に目の前の好々爺は真顔になって頷く。
「沙夜さんは初めてやっけん、すぐには信じられんでしょう。でもつき子さんは……」
そう言って謙四郎はつき子さんを見やる。その視線を受けたつき子さんがその端正な顔をゆがめた。
「つき子さん?大丈夫?」
「大丈夫です……」
そうは言うものの、つき子さんの呼吸は荒く、苦しそうだ。
「つき子さんは、覚えとらんとですね」
少し悲しそうな、寂しそうな声音で言う謙四郎を見つめて沙夜が口を開く。
「そもそもどうして、おじいさんはつき子さんが見えているの?」
沙夜は今までずっとつき子さんと一緒だった。しかし社会人になった今までにつき子さんの存在を認めるものは皆無だった。きっとこのまま一生、つき子さんの存在を認める者は現れないだろうと、そう漠然と思っていただけに謙四郎への疑問は沙夜にとって当然のものだった。
沙夜の言葉を受けた謙四郎は自分の後ろへとゆっくり目をやった。沙夜は自然とその視線を追って謙四郎の背後に目をこらす。
「私にも、憑いとっとですよ」
謙四郎の言葉に、謙四郎の背後の暗闇が揺れて人の形を作る。そして1人の若い青年の姿を浮かび上がらせた。
「これが私の、鏡からなった付喪神ですたい」
「付喪神……」
沙夜の呟きに、鏡の付喪神と紹介された青年が目だけで会釈をする。謙四郎は沙夜の方に向き直ると、自分とこの付喪神との出会いを語りだした。
それは謙四郎がまだ若く、長崎県の小さな会社に勤めていた頃だった。仕事の合間にふらりと立ち寄った骨董品屋で古い鏡を見つけた謙四郎は、その鏡に吸い寄せられるように近寄った。そして気付けばその鏡を購入していたと言う。
「そん鏡が付喪神になったとです」
沙夜はそんな謙四郎の話が妙にすんなりと腑に落ちていた。幼い沙夜に櫛を渡してきた母親が口癖のように言っていた言葉を思い出す。
『長い年月、大事に扱われた道具は神様になって、沙夜をずっと守ってくれるの』
だから、どんなに古い道具でも大切に扱いなさい、と。
幼い沙夜はとりわけ母から貰った古びた櫛を大事にしていた。
(はやく、神さまになってください)
幼い沙夜の気持ちに応えるように、ある日つき子さんは現れたのだった。
「恥ずかしながら、私はこの付喪神に会うまで、その存在ば知らんで生きてきたとです」
だから謙四郎は最初は戸惑い、困惑し、そして購入した鏡を捨てようとまで考えた。その時、口数の少ない無表情の付喪神が言ったのだ。
「神を捨てるのか、と」
その言葉を聞いた謙四郎は恐れおののき、神と共に生きることを決めたそうだ。
「でもどうして、私とつき子さんが明治の京都に?」
沙夜の率直な疑問に答えたのは意外な人物だった。
「歴史を、守るため」
「つき子さん?」
つき子さんは苦しそうに呼吸をしながら答えた。
「思い出したとですか?つき子さん」
つき子さんの言葉を聞いた謙四郎の声が弾む。尋ねられたつき子さんは乱れた呼吸を整えると、微苦笑して言った。
「いいえ、はっきりとは……」
「そうですか」
少し残念そうな謙四郎の声だったが、
「そのうち、はっきり思い出していくでしょう」
そう言ってにこにこの笑顔になった。
「つき子さん、歴史を守るって、何?」
「それは……」
沙夜の当然の質問に口ごもってしまうつき子さんに代わって、謙四郎が口を開いた。
「歴史を守る。言葉の通りですたい」
きょとんする沙夜に向かって、謙四郎は言葉を続けた。
「沙夜さんは、八百万の神ばご存知ですか?」
謙四郎の問いかけに沙夜は首を横に振って答えた。
八百万の神、それは日本古来から伝わる神々のことを指す。全ての物や自然に神が宿ると考えたもので、その神々のことを八百万の神と呼ぶのだと、謙四郎は説明した。
「その八百万の神とは別にですね、日本には人間が神になった人神と言う神も存在しちょります」
人神として有名で大きなものは、靖国神社に祀られている戦時中に亡くなった兵士たちだろうと謙四郎は続けた。
「その人神が中心になって、日本の歴史ば少し変えようとするとです」
その人神の行いを止め、正しい歴史に修正すること、それが歴史を守ることなのだと謙四郎は説明した。
そこで言葉を区切った謙四郎は窓から外を見る。
「少し話し疲れたけん、今日はもう寝ましょう」
話はこれで終わりと言うように、謙四郎は沙夜たちに背中を向ける。そんな謙四郎の姿に、沙夜はつき子さんを見上げた。
「頭の中ば整理したかでしょうから、隣の空き家ば使ってください」
謙四郎は寝床の準備に取り掛かりながら沙夜たちに言葉を投げた。
「色々と、ありがとうございます」
「良かとです。困っとる時はお互い様やっけん」
沙夜の言葉に謙四郎は寝床の用意の手を止めてにこにこと返した。
沙夜とつき子さんはそのままがらりと引き戸を開けると、隣の空き家へと向かった。空を見上げると明るい月が出ている。
「夜空って、明るいけど、やっぱり暗いな」
なんだか矛盾した感想を言う沙夜に、
「沙夜、夜は危険です。早く中に入りましょう」
つき子さんの言葉に促された沙夜は空き家へと入っていくのだった。
そんな2人に謙四郎が言葉を重ねてくる。
(明治……元年?)
「えぇー?」
にわかには信じられないその言葉に、沙夜は思わず声をあげていた。そんな沙夜に目の前の好々爺は真顔になって頷く。
「沙夜さんは初めてやっけん、すぐには信じられんでしょう。でもつき子さんは……」
そう言って謙四郎はつき子さんを見やる。その視線を受けたつき子さんがその端正な顔をゆがめた。
「つき子さん?大丈夫?」
「大丈夫です……」
そうは言うものの、つき子さんの呼吸は荒く、苦しそうだ。
「つき子さんは、覚えとらんとですね」
少し悲しそうな、寂しそうな声音で言う謙四郎を見つめて沙夜が口を開く。
「そもそもどうして、おじいさんはつき子さんが見えているの?」
沙夜は今までずっとつき子さんと一緒だった。しかし社会人になった今までにつき子さんの存在を認めるものは皆無だった。きっとこのまま一生、つき子さんの存在を認める者は現れないだろうと、そう漠然と思っていただけに謙四郎への疑問は沙夜にとって当然のものだった。
沙夜の言葉を受けた謙四郎は自分の後ろへとゆっくり目をやった。沙夜は自然とその視線を追って謙四郎の背後に目をこらす。
「私にも、憑いとっとですよ」
謙四郎の言葉に、謙四郎の背後の暗闇が揺れて人の形を作る。そして1人の若い青年の姿を浮かび上がらせた。
「これが私の、鏡からなった付喪神ですたい」
「付喪神……」
沙夜の呟きに、鏡の付喪神と紹介された青年が目だけで会釈をする。謙四郎は沙夜の方に向き直ると、自分とこの付喪神との出会いを語りだした。
それは謙四郎がまだ若く、長崎県の小さな会社に勤めていた頃だった。仕事の合間にふらりと立ち寄った骨董品屋で古い鏡を見つけた謙四郎は、その鏡に吸い寄せられるように近寄った。そして気付けばその鏡を購入していたと言う。
「そん鏡が付喪神になったとです」
沙夜はそんな謙四郎の話が妙にすんなりと腑に落ちていた。幼い沙夜に櫛を渡してきた母親が口癖のように言っていた言葉を思い出す。
『長い年月、大事に扱われた道具は神様になって、沙夜をずっと守ってくれるの』
だから、どんなに古い道具でも大切に扱いなさい、と。
幼い沙夜はとりわけ母から貰った古びた櫛を大事にしていた。
(はやく、神さまになってください)
幼い沙夜の気持ちに応えるように、ある日つき子さんは現れたのだった。
「恥ずかしながら、私はこの付喪神に会うまで、その存在ば知らんで生きてきたとです」
だから謙四郎は最初は戸惑い、困惑し、そして購入した鏡を捨てようとまで考えた。その時、口数の少ない無表情の付喪神が言ったのだ。
「神を捨てるのか、と」
その言葉を聞いた謙四郎は恐れおののき、神と共に生きることを決めたそうだ。
「でもどうして、私とつき子さんが明治の京都に?」
沙夜の率直な疑問に答えたのは意外な人物だった。
「歴史を、守るため」
「つき子さん?」
つき子さんは苦しそうに呼吸をしながら答えた。
「思い出したとですか?つき子さん」
つき子さんの言葉を聞いた謙四郎の声が弾む。尋ねられたつき子さんは乱れた呼吸を整えると、微苦笑して言った。
「いいえ、はっきりとは……」
「そうですか」
少し残念そうな謙四郎の声だったが、
「そのうち、はっきり思い出していくでしょう」
そう言ってにこにこの笑顔になった。
「つき子さん、歴史を守るって、何?」
「それは……」
沙夜の当然の質問に口ごもってしまうつき子さんに代わって、謙四郎が口を開いた。
「歴史を守る。言葉の通りですたい」
きょとんする沙夜に向かって、謙四郎は言葉を続けた。
「沙夜さんは、八百万の神ばご存知ですか?」
謙四郎の問いかけに沙夜は首を横に振って答えた。
八百万の神、それは日本古来から伝わる神々のことを指す。全ての物や自然に神が宿ると考えたもので、その神々のことを八百万の神と呼ぶのだと、謙四郎は説明した。
「その八百万の神とは別にですね、日本には人間が神になった人神と言う神も存在しちょります」
人神として有名で大きなものは、靖国神社に祀られている戦時中に亡くなった兵士たちだろうと謙四郎は続けた。
「その人神が中心になって、日本の歴史ば少し変えようとするとです」
その人神の行いを止め、正しい歴史に修正すること、それが歴史を守ることなのだと謙四郎は説明した。
そこで言葉を区切った謙四郎は窓から外を見る。
「少し話し疲れたけん、今日はもう寝ましょう」
話はこれで終わりと言うように、謙四郎は沙夜たちに背中を向ける。そんな謙四郎の姿に、沙夜はつき子さんを見上げた。
「頭の中ば整理したかでしょうから、隣の空き家ば使ってください」
謙四郎は寝床の準備に取り掛かりながら沙夜たちに言葉を投げた。
「色々と、ありがとうございます」
「良かとです。困っとる時はお互い様やっけん」
沙夜の言葉に謙四郎は寝床の用意の手を止めてにこにこと返した。
沙夜とつき子さんはそのままがらりと引き戸を開けると、隣の空き家へと向かった。空を見上げると明るい月が出ている。
「夜空って、明るいけど、やっぱり暗いな」
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