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婚約期
お父様と共に
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「お嬢様、お目覚めのお時間でございます」
メイドの優しい声からマリィアンナの朝は始まった。
少しぼんやりして、いつものように何度かメイドに急かされてやっと目をこすりながらベッドから気だるげに降りた。
そして、メイドが用意したやや平な水瓶から水をすくい顔を洗った。
水は人肌よりほんの少し温かく、マリィアンナの心を安心させた。
そして鏡を見て自分の目が少し腫れぼったいのを苦笑しながら、メイドに手伝ってもらい外出用のドレスへと着替えた。
着替え終わったらすぐに自室でメイドに紅茶を入れてもらいつつ朝の食事を済ませる。
今日からしばらく馬車の移動であるため、ほんの少しのパンとドライフルーツと紅茶を胃袋に手早く収めた。
メイドが食器やカップやソーサーなどをカートに乗せ、部屋を退出してしばらくするとメイドがノックをして声をかけた。
「お嬢様、先ほどお手紙が…」
「こんな早い時間に?」
「速達とのことですのでお急ぎのご用件かと」
手紙を受け取るとペーパーナイフでやや乱暴に開封する。
「まぁ……いい事だけど…少しだけ…残念ね」
メイドが退出した後、マリィアンナはソファーからスッと優雅に立ち上がりドアの付近で部屋をグルリと見渡した。
「さようなら、わたくしのお部屋。さようなら、少女のわたくし」
困ったように微笑み、目を伏せてマリィアンナは自室と過去の自分へと別れを告げて部屋を出て行った。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
階段の前には乳母のメルが目を潤ませていた。
「メル…」
「お嬢様…メルはここでお嬢様のお幸せをいつまでもいつまでも…祈っていますよ」
「…ありがとうメル…メルも元気で…ね?」
「はい…お嬢様!」
メルは、くしゃりと笑って答えた。
マリィアンナはドレスを軽くつまみながら優雅に階段を下りて行った。
エントランスには父・クステルタ伯爵が家令と書類を見ながら話をしていた。
階段から降りてくるマリィアンナに気づくと、眉を下げ困った顔と微笑みをないまぜにした複雑な表情でマリィアンナを迎えた。
「マリィアンナ、準備はできているか?」
「はい、お父様」
「では先へ行く」
そういって父は馬車へと向かった。
マリィアンナが進む玄関までの通り道の両側には伯爵邸の使用人が奇麗に並んでいた。
階段を降りてすぐの場所には義母がおり、両手を祈るように握っていた。
「マリィアンナ、気を付けて行くのよ。わたくしも美しく気高い貴女の姿を…見たかったわ…」
義母のダリアは双子の息子が幼いので長い馬車移動が難しく連れていけないこともあり、父・クステルタ伯爵の指示により家令と共に1週間ほどの伯爵不在の邸宅を守る事になった。
マリィアンナは少し腫れた目元を義母や使用人に見せないようにエントランス付近まで少し速足で歩き進め、背後の義母へ返事をした。
「お義母様、わたくし、行ってきますわ」
凛として淑女らしく背筋を伸ばし、手をお腹の前で軽く組み優雅に歩き出し、1度も振り返ることなくマリィアンナは従者にエスコートされて父が乗った馬車へと乗り込んでった。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
3台の馬車がガタガタゴトゴトと道を進んでいく。
どの馬車にも馬を操る従者と護衛の騎士がそれぞれの馬車の前方に座り、伯爵と令嬢の乗る馬車の後に伯爵達の護衛の騎士やメイドが乗っている馬車が続く。
最後に結婚式の衣装や装具や旅の途中に必要な道具などと、それらを守る役目を担った騎士が乗った馬車が続いていく。
貴族の使う馬車は高性能であるが多少は揺れてしまう。
だが、ベテランの域にある従者は丁度良いスピードを維持して揺れを上手に軽減して馬車の中でも会話を可能にした。
「お父様とこのような馬車旅など初めてですね」
「あぁ、そうだったな…」
「お義母様とベルントやジュールがいたらもっと賑やかでしたでしょうね」
「そうだな…」
クステルタ伯爵は優しく笑った。
「お父様、領地の視察の時に馬車の中ではどんなことをしますの?」
「そうだな…書類を見ることもあるが、外を眺めたり寝入ったりするが…」
キョトンとマリィアンナは目を丸くした。
「お父様が…馬車で寝る…のですか?」
「あぁ、デグラの馬の扱いは上手でな。つい寝入ってしまう」
「まぁ!そうなんですの」
「領地では盗賊に出くわすことは滅多になかったからな」
「ふふっ、お父様を寝かしてしまうなんてデグラはすごいのですね」
マリィアンナは屋敷の外に出ることがなかった為、父と会話をしつつも馬車の窓から暇さえあれば外を眺めた。
移ろっていく景色や木々
遠く彼方に見える山々
子供がおしゃべりをしながら手をつないで歩く光景
マリィアンナにとってすべて新鮮で面白いものだった。
途中の川沿いで紅茶を飲み、馬車から降りて新鮮な空気を吸い込み気分転換を挟みつつ馬車は1日目の貴族専用の宿へと到着した。
部屋へ入るとマリィアンナはメイドに手伝ってもらいながら簡易のドレスに着替え、夕飯もそこそこにベッドへフラフラと倒れ、泥のように眠った。
翌朝、カーテン越しの窓から柔らかい日差しを感じ、マリィアンナは目覚めた。
昨日は刺激が多い1日だったので、マリィアンナの体は電池切れの様にベットに突っ伏して十分寝れたおかげで、お尻の筋肉以外は十分元気になった。
お尻が痛いわ…クッションをはさめば少しは楽になるかしら?
一抹の不安を感じながらマリィアンナは宿の朝食をペロリと完食した。
馬車はなんのトラブルもなく順調に進んだ。
休憩も最低限で済み、マリィアンナは馬車酔いもぜず落ち着いた馬車旅を楽しんだ。
途中にある大きな町では、立派なオブジェや騎士達がせわしなく町をみまわっている姿が目に入った。
そんな時、道端にボサボサな髪をした子供が数人座っていた。
「お父様、あの方たちはどうしてあのようにボロボロで…」
「…あぁ、孤児だね。親がいない子供は生活ができないのだ」
「生活が…できない?」
「守ってくれる親や大人がいなければ食べるものがなかったり…生きてはいけないそのような子供はこの町は多いようだな…」
道を挟む小道には子供が固まって何かしてるようだった。
どの子も粗末な服を着て、やせ細っていた。
マリィアンナには衝撃的であった。食べ物がないなど考えたことすらなかったからだ。
「なぜ大人は助けてくださらないの?」
「皆、自分の生活で精一杯なのだ。他人や子供を助ける余力がなければ助けようと思えないだろう」
「お父様…」
「領地をどれほど豊かにしてもあのような子供はなくならないだろう。難しい問題だ」
「…」
マリィアンナは父の暗くなってしまった顔をバツが悪そうに眺めてから路地へと駆け出した孤児の後ろ姿をいつまでもぼんやり見ていた。
町を抜けて辺りも徐々に暗くなってきた時、外を眺めていたマリィアンナが馬車内を見やると、父は腕を組み首を少しかしげながらコクリコクリと舟を漕いでいた。
お父様が寝ていらっしゃるわ!本当に馬車で寝られるのね…
父の顔にはしわが数本深く刻まれていた。
お父様はこれからも伯爵位と領地を守り続けながらお歳を召していくのね。
わたくしはもう…おそばにいられないのね…。お父様のお力にもなれない…。
お父様、願わくばいつまでもお体をお大事になさってくださいませ…
父の寝顔をぼんやり眺めながら、マリィアンナは父の苦労を顔からひしひしと感じながら寂しさを押し殺した。
メイドの優しい声からマリィアンナの朝は始まった。
少しぼんやりして、いつものように何度かメイドに急かされてやっと目をこすりながらベッドから気だるげに降りた。
そして、メイドが用意したやや平な水瓶から水をすくい顔を洗った。
水は人肌よりほんの少し温かく、マリィアンナの心を安心させた。
そして鏡を見て自分の目が少し腫れぼったいのを苦笑しながら、メイドに手伝ってもらい外出用のドレスへと着替えた。
着替え終わったらすぐに自室でメイドに紅茶を入れてもらいつつ朝の食事を済ませる。
今日からしばらく馬車の移動であるため、ほんの少しのパンとドライフルーツと紅茶を胃袋に手早く収めた。
メイドが食器やカップやソーサーなどをカートに乗せ、部屋を退出してしばらくするとメイドがノックをして声をかけた。
「お嬢様、先ほどお手紙が…」
「こんな早い時間に?」
「速達とのことですのでお急ぎのご用件かと」
手紙を受け取るとペーパーナイフでやや乱暴に開封する。
「まぁ……いい事だけど…少しだけ…残念ね」
メイドが退出した後、マリィアンナはソファーからスッと優雅に立ち上がりドアの付近で部屋をグルリと見渡した。
「さようなら、わたくしのお部屋。さようなら、少女のわたくし」
困ったように微笑み、目を伏せてマリィアンナは自室と過去の自分へと別れを告げて部屋を出て行った。
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階段の前には乳母のメルが目を潤ませていた。
「メル…」
「お嬢様…メルはここでお嬢様のお幸せをいつまでもいつまでも…祈っていますよ」
「…ありがとうメル…メルも元気で…ね?」
「はい…お嬢様!」
メルは、くしゃりと笑って答えた。
マリィアンナはドレスを軽くつまみながら優雅に階段を下りて行った。
エントランスには父・クステルタ伯爵が家令と書類を見ながら話をしていた。
階段から降りてくるマリィアンナに気づくと、眉を下げ困った顔と微笑みをないまぜにした複雑な表情でマリィアンナを迎えた。
「マリィアンナ、準備はできているか?」
「はい、お父様」
「では先へ行く」
そういって父は馬車へと向かった。
マリィアンナが進む玄関までの通り道の両側には伯爵邸の使用人が奇麗に並んでいた。
階段を降りてすぐの場所には義母がおり、両手を祈るように握っていた。
「マリィアンナ、気を付けて行くのよ。わたくしも美しく気高い貴女の姿を…見たかったわ…」
義母のダリアは双子の息子が幼いので長い馬車移動が難しく連れていけないこともあり、父・クステルタ伯爵の指示により家令と共に1週間ほどの伯爵不在の邸宅を守る事になった。
マリィアンナは少し腫れた目元を義母や使用人に見せないようにエントランス付近まで少し速足で歩き進め、背後の義母へ返事をした。
「お義母様、わたくし、行ってきますわ」
凛として淑女らしく背筋を伸ばし、手をお腹の前で軽く組み優雅に歩き出し、1度も振り返ることなくマリィアンナは従者にエスコートされて父が乗った馬車へと乗り込んでった。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
3台の馬車がガタガタゴトゴトと道を進んでいく。
どの馬車にも馬を操る従者と護衛の騎士がそれぞれの馬車の前方に座り、伯爵と令嬢の乗る馬車の後に伯爵達の護衛の騎士やメイドが乗っている馬車が続く。
最後に結婚式の衣装や装具や旅の途中に必要な道具などと、それらを守る役目を担った騎士が乗った馬車が続いていく。
貴族の使う馬車は高性能であるが多少は揺れてしまう。
だが、ベテランの域にある従者は丁度良いスピードを維持して揺れを上手に軽減して馬車の中でも会話を可能にした。
「お父様とこのような馬車旅など初めてですね」
「あぁ、そうだったな…」
「お義母様とベルントやジュールがいたらもっと賑やかでしたでしょうね」
「そうだな…」
クステルタ伯爵は優しく笑った。
「お父様、領地の視察の時に馬車の中ではどんなことをしますの?」
「そうだな…書類を見ることもあるが、外を眺めたり寝入ったりするが…」
キョトンとマリィアンナは目を丸くした。
「お父様が…馬車で寝る…のですか?」
「あぁ、デグラの馬の扱いは上手でな。つい寝入ってしまう」
「まぁ!そうなんですの」
「領地では盗賊に出くわすことは滅多になかったからな」
「ふふっ、お父様を寝かしてしまうなんてデグラはすごいのですね」
マリィアンナは屋敷の外に出ることがなかった為、父と会話をしつつも馬車の窓から暇さえあれば外を眺めた。
移ろっていく景色や木々
遠く彼方に見える山々
子供がおしゃべりをしながら手をつないで歩く光景
マリィアンナにとってすべて新鮮で面白いものだった。
途中の川沿いで紅茶を飲み、馬車から降りて新鮮な空気を吸い込み気分転換を挟みつつ馬車は1日目の貴族専用の宿へと到着した。
部屋へ入るとマリィアンナはメイドに手伝ってもらいながら簡易のドレスに着替え、夕飯もそこそこにベッドへフラフラと倒れ、泥のように眠った。
翌朝、カーテン越しの窓から柔らかい日差しを感じ、マリィアンナは目覚めた。
昨日は刺激が多い1日だったので、マリィアンナの体は電池切れの様にベットに突っ伏して十分寝れたおかげで、お尻の筋肉以外は十分元気になった。
お尻が痛いわ…クッションをはさめば少しは楽になるかしら?
一抹の不安を感じながらマリィアンナは宿の朝食をペロリと完食した。
馬車はなんのトラブルもなく順調に進んだ。
休憩も最低限で済み、マリィアンナは馬車酔いもぜず落ち着いた馬車旅を楽しんだ。
途中にある大きな町では、立派なオブジェや騎士達がせわしなく町をみまわっている姿が目に入った。
そんな時、道端にボサボサな髪をした子供が数人座っていた。
「お父様、あの方たちはどうしてあのようにボロボロで…」
「…あぁ、孤児だね。親がいない子供は生活ができないのだ」
「生活が…できない?」
「守ってくれる親や大人がいなければ食べるものがなかったり…生きてはいけないそのような子供はこの町は多いようだな…」
道を挟む小道には子供が固まって何かしてるようだった。
どの子も粗末な服を着て、やせ細っていた。
マリィアンナには衝撃的であった。食べ物がないなど考えたことすらなかったからだ。
「なぜ大人は助けてくださらないの?」
「皆、自分の生活で精一杯なのだ。他人や子供を助ける余力がなければ助けようと思えないだろう」
「お父様…」
「領地をどれほど豊かにしてもあのような子供はなくならないだろう。難しい問題だ」
「…」
マリィアンナは父の暗くなってしまった顔をバツが悪そうに眺めてから路地へと駆け出した孤児の後ろ姿をいつまでもぼんやり見ていた。
町を抜けて辺りも徐々に暗くなってきた時、外を眺めていたマリィアンナが馬車内を見やると、父は腕を組み首を少しかしげながらコクリコクリと舟を漕いでいた。
お父様が寝ていらっしゃるわ!本当に馬車で寝られるのね…
父の顔にはしわが数本深く刻まれていた。
お父様はこれからも伯爵位と領地を守り続けながらお歳を召していくのね。
わたくしはもう…おそばにいられないのね…。お父様のお力にもなれない…。
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