元伯爵令嬢の結婚生活~幸せな繋がり~

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新婚期

大公園と画家

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カフェを後にして家具屋と布屋へ契約書を取りに行き、すぐに大公園へ向かった。
しかしマリィアンナは急にピタリと足を止めた。

「…?どういたしましたか?若奥様」
ティナが不思議そうにマリィアンナに尋ねた。

「…ふぅ…ケーキ美味しかったけど量が多かったから少し苦しいの」
「!…大丈夫でございますか?」
「大丈夫。少し休めば…ねぇテレズ…」
「なんでしょうか?若奥様」
「貴方、邸宅へ戻って料理長に「ディナーは不要」、伯爵様に「帰りは日が暮れる頃になります」、プリマに「帰宅後、すぐ湯あみをする」と伝えて頂戴」
「はい。かしこまりました」
テレズはきびきびと答えた。
マリィアンナは銅貨を数枚渡して「これで辻馬車を拾いなさい。邸宅に着いたら、わたくしが帰るまでは他の仕事をしないで自由にしていていいわ」
「はい」
テレズは銅貨を受け取り、歩いて行った。

テレズと別れた後、マリィアンナはティナに案内させ大公園へと向かった。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
大公園の並木通りは、ティナの言うように素晴らしいものだった。

貴族らしい人はおらず、風景画を描いている平民がいるくらいで木漏れ日をゆっくり堪能するには十分だった。

「素敵ね…今度来るときは座ってのんびりしたいわ」
「かしこまりました」

木や土のにおいをかぎながら目を閉じ深呼吸をして、マリィアンナは遠くを眺めた。


ここ数か月で一番安らいだかもしれないわ…


生活が激変して目まぐるしい変化に耐えているマリィアンナにとって、何も言わない木々やあたたかくおだやかな光はこれからも続く生活への活力となった。

心に少しの余裕ができたマリィアンナは、風景画を描いていた平民らしい男性に後ろからそっと近づいた。
男性は集中しているらしく気づかず、描き続ける。

その時、ざあああああぁっと木々の葉を大きく揺らす風が吹いた。
平民男性のカバンの上に置いてあった粗末な紙の束が、ふわっと浮いて軽く飛んでしまう瞬間にマリィアンナは思わず
「アンデル!捕まえて!」
と、声を出した。
アンデルは反射的にパシッと紙の束をつかんだ。
そして「承知…しまし…た?」と、掴んでから声が遅れて出た。

マリィアンナは思わず目を点にして
「ぷっ!ふふふっアンデルは素晴らしい反射神経を持っているのね…ふふっ」
笑いをこぼしながら言った。
ティナも笑いながら
「アンデル様は素晴らしいですね!さすが騎士様!頼もしいです!」
と、持ち上げた。
アンデルは少しだけバツが悪そうに「ははっ」と笑った。

絵を描いていた男性はびっくりしていたがハッと気づき
「あ…ありがとうございます!!!」と、帽子を脱いで礼をした。
アンデルから紙の束を受け取りながらうつむいた男性に、マリィアンナは
「ねぇ、貴方ここで何を描いているの?」
たずねた。
「え…あ…その…木と親子連れを…」
胸に持っていた絵をおずおずとマリィアンナに見せた。
「…」
マリィアンナは無言でその絵を見つめた。
木々の間から漏れる木漏れ日を背景に、母親と子供が歩いている後ろ姿が描かれていた。

男性は帽子を両手で握りしめながら伺うようにマリィアンナの顔を見ていた。
しばらくして
「いい絵ね…」
ポツリとマリィアンナはこぼし、絵に手を伸ばし描かれた人物をなぞった。

「あっ!」
男性はびっくりしてマリィアンナを見つめた。
「申し訳ございません!お手が…」
「?」
マリィアンナは不思議になり、自分の手をしげしげと見つめた。
絵をなぞったマリィアンナの手には黒い色が付いていた。
「まぁ!若奥様!」
ティナは慌ててハンカチを出し、マリィアンナへ手渡した。

オロオロとする男性を見やると、男性の手は指先と手の平の側面が黒く汚れていた。
「どうしてそんなにあなたの手は黒くなっているのかしら?」
マリィアンナは疑問をぶつけてみると、男性ははにかみながら
「書き物筆はこのように黒いですので…持つだけでも色が指に移ってしまうのです…」
と、マリィアンナの前に筆を見せた。

筆は黒く細い棒で、持つだけでさらにマリィアンナの白く細い指を黒く汚した。
「そうなの…」
筆を男性に返すと、マリィアンナはハンカチで汚れを落としながら
「ここにわたくしがいてもいいかしら。少し休憩がしたいのだけど予定外にここに寄ったから座る場所がなくて…」
ちらっと目線で、男性が敷いたシートを見ていると

男性は慌てて
「え!ええ!こんな私の敷物でよかったら…ど!どうぞ!」
「ふふ、ありがとう」

マリィアンナはふわっとドレスをまとめ、男性の敷物に座り
「わたくしのことは気にせず絵を描いて頂戴」
微笑んだマリィアンナを見て男性は顔を真っ赤にして「は…はい!!」と大きい声を出して絵の続きを書き始めた。


絵を描く男性を見ながらマリィアンナはため息をついた。


解放感あふれる公園の木漏れ日を歩く親子の絵を描く画家…まるでわたくし一枚の絵を見ているみたいだわ。
この構図、とっても素敵だわ…


しばらく、マリィアンナはうっとりとした顔で目の前の光景を眺めた。


そんなマリィアンナを木陰から淡い青の髪を持つ緑の瞳の女性が見ていたことを、マリィアンナは知らなかった。

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