元伯爵令嬢の結婚生活~幸せな繋がり~

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新婚期

届かなかった花と手紙

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部屋に戻ったマリィアンナは、ベッドにボフッと勢いよく飛び込んだ。
おかげでベッドのヘリに足をぶつけてしまった。

「痛っ!いたた…くぅ…く…ふふふふふ」
痛みを感じつつも、マリィアンナは淑女らしからぬ声で笑いだした。


早く女主人として使用人の整理をしたかった。
だけど、見切り発車では今後の生活もうまくいかない。
我慢に我慢を重ねた。
今まで考えたこともないほどの屈辱も味わった。
けれど、やっと報われた!
…これから『わたくしらしい結婚生活』が始まる!


そう思うとワクワクして足の痛みなど、どうでもよくなった。


ふと、枕に顔をうずめて今日の出来事を思い返す。
失礼なメイドのプティとアルベルトは何も関係なかった。
ただ一方的な思いを抱いていただけ。

アルベルト様が来たときは、困ったことになったと思ったけど…
わたくしの味方をしてくれた。
わたくしのことを少しは信頼してくださってるのかしら?

プティの暴力から守ってくれたアルベルトの顔が頭にふいによぎった。
途端に胸がドキドキし始めた。


確かにかっこよかったわ。守ってくださるなんて思ってもみなかったから余計に…
今日のアルベルト様は不思議なことばかりだったわ。表情も豊かで…あんなにコロコロ表情が変わるものなのね。
新たな一面を垣間見た気がするわ…


マリィアンナは無意識に頬を緩ませてた。
マリィアンナは充足感に包まれながら、幸せそうな顔で目をトロンとさせてすぐに寝息をたてた。



コンコンという控えめなノックの音がするも、マリィアンナは起きなかった。
しばらくしてドアが静かに開けられ、男性が入室してきた。
入ってきたのはアルベルトだった。

アルベルトはベッドに寝ころんだままのマリィアンナを見て、頬をサラリと撫でた。
そしてキョロキョロと辺りを見て『花』が飾ってないことに気づき、眉を下げた。
そしてマリィアンナに気づかれないよう、こっそりと頬に何度もキスをして部屋を静かに出て行った。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
『トントン…トントン』

何の音だろうと、うっすらと目を開ける。

『トントン…トントン…若奥様…』

ドアの外から、女性の声が聞こえる。

「ふぁああい」
ぼんやりしながらマリィアンナは返事をした。

ドアが開けられ、ティナが入ってきた。
「失礼します」

「ん…あ~…おは…よう?」
ベッドの上でもぞもぞしながら、鏡台の前へマリィアンナは座った。

メイドのティナが朝の準備をし始め、ドレスを着せる段階でようやくマリィアンナは目が覚めた。
「もう朝…昨日あのまま寝てしまったのね」
ふぅっとため息を軽くつくと、ティナは
「お夕食時にノックをしましたがお返事がありませんでした…お疲れのようでしたので若旦那様がそのままにするようにと…」
と、少し困った顔で言った。

「あぁ、そうだったの…」


そうだった!アルベルト様が帰って来たんだった…ぐっすり寝てすっかり忘れてたわ。


マリィアンナは久しぶりに会った夫の顔を思い出した。


領地へ飛びまわっていたのに元気だったわね。
若い殿方は馬車移動もなんともないのかしら。
お父様なんて、領地への長期間滞在から帰ってからヘロヘロでいつもお疲れだったのに…


マリィアンナはアルベルトのタフさを関心しながらも、昨日夕食を食べ損ねてお腹がペコペコだったので急ぎ足でホールへと歩いて行った。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
ホールにはすでに義父、アルベルトが座っていた。

「おはよう!マリィ」
「おはようございます。お義父様!」

2人はにっこり笑った。

「おはよう」
「おはようございます。アルベルト様」

マリィアンナはにっこり笑うが、アルベルトは無表情だった。

マリィアンナはいつもの席へと座った。義父と向かい合う席だ。
するとアルベルトはピクリと眉をあげた。

すぐにスープ鍋が運ばれてきて、器へとよそられる。
マリィアンナはお腹がすいていたので思わず口角があがった。

配膳されるとニコニコしながら義父とマリィアンナは手を付けた。
アルベルトは驚いていた。

「今日のスープも美味しいね」
「そうですね。このハーブわたくし大好きですわ」
「そうなんだ」
「ふふ!毎日でもいいくらいですわ」
「毎日じゃ飽きてしまうよ~。せめて3日くらいで!」
「いえいえお義父様!食材を変えれば毎日いただけますわ」
「なるほど~それはいいかもな~」
義父とマリィアンナは終始、楽しそうに話を弾ませた。
それをアルベルトは信じられないと言わんばかりの表情で見ていた。

「…?どうしましたの?アルベルト様?」
「…いや…」
「どうした?アルベルト?温かい食事は美味しくないか?」
不思議そうにドランジェ伯爵はアルベルトに尋ねた。
「…少々…熱いかと」
アルベルトの答えに、伯爵は
「私も最初は熱くて食べれないと思ったんだが、マリィアンナが生家ではこのように食事をしていたそうで試してみたら…もう温かい食事しか食べれないくらいに気に入ってな。今ではあの冷めた食事になど戻れないくらいだ!」
にこにこしながら答えた。
「そう…ですか…」
「アルベルト様、熱かったら息を吹きかけたり…スープを混ぜたらよろしいかと。そうすれば少しは冷めますわ」
マリィアンナは微笑んで、アルベルトへアドバイスをした。
「む…そうか」
アルベルトは素直にアドバイス通りにスープに息をふいた。


お義父様と同じで、アルベルト様も温かい食べ物に慣れてないのね。
わたくしのアドバイスを素直に聞いて下さるなんて…意外だわ。
昨日の事といい、わたくしに少しは好意を持ってくださっているのかしら?
それにしても…アルベルト様が一生懸命フーフーしてる姿…なんだか可愛いわ…


温かい食事に慣れるまで、この姿が頻繁にみられるとマリィアンナはワクワクしながら食事を口へと運んだのだった。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「今日は、仕事が立て込んでてね。私はもう執務にとりかかるよ」
「まぁ、残念ですわ」
義父は食事を終え、すぐに席をたった。

「アルベルト、疲れただろうから1週間ほどは仕事量を抑えて割り振ってやろう」
「え?」
アルベルトは予想外の言葉に驚いていた。

「蜜月を蜜月らしく過ごせなかったからね。1週間が限界だが、仕事は午前だけ終わる分だけでいい」
そう言ってアルベルトの肩をポンと叩いて小声で何かをアルベルトの耳元でつぶやいた。

アルベルトはビクリと体をふるわせ、ホールから出て行ったドランジェ伯爵を恨めしそうにみた。




その後、マリィアンナはアルベルトに誘われてサロンへ移動し、お茶を飲むことにした。
2人は向かい合い、メイドの入れた紅茶を堪能した。


「お義父様に何と言われましたの?」
「…大したことじゃない」
「そうですか?」
マリィアンナは不思議に思いながら紅茶を飲もうとカップをもちあげた。
アルベルトは紅茶のカップを持ちながらじーっとマリィアンナを見つめた。

「…?何か?」
視線に気づいたマリィアンナが聞くと、アルベルトは目線を外して絞りだしたような声で小さく
「花、気に入らなかったの…か?」
と、聞いた。

「え?花…ですか?」
「そ…そうだ」
「花がどうかしましたか?」
「!!」
「?」

少しの沈黙の後、アルベルトは膝に置いた拳をぎゅうと握りながら
「花を!…送ったのだが部屋に飾ってなかっただろう?貴方のお気に召さなかったということだろうか。貴方は…どんな花が好きなのだ?」
と、一気に勢いよく言った。

マリィアンナはキョトンとしながらアルベルトの言葉を考えた。


はな…はな?花を贈った…贈られてないんだけど…
誰かと間違えているのかしら?


不思議そうな顔でマリィアンナは
「わたくし、殿方から花をもらったことなどありませんわ」
と答えた。

「は?」
「どなたかとお間違えなのでは…?」
「いや!でも…昨日受け取ったと…」
「昨日…?」
「そうだ!昨日貴方が…」

マリィアンナはようやく昨日、アルベルトと花について会話した事を思い出した。

「あー…赤い模様の…ピンクのバラ?」
「そうだ!」
「あの…申し上げにくいのですが…アルベルト様が送ったお花は…」
「気に入らなかったのか…。貴方はバラが嫌いだったのか…」
うつむいてしまったアルベルトにマリィアンナは必死に否定しようとした。
「あ!いえ、バラは好きですわ!綺麗ですし!でもそのー」

マリィアンナの言葉にかぶせるようにアルベルトは言葉続けた。
「もしや…蜜月にこんなにも長く離れたから…花ではなくもっと別のものを贈るべきだったか…」
「いえ、お仕事ですから仕方ありませんし…そうではなくてー」
「花ではなく…もっと気が利いたものを贈るべきだったか…」


全然聞いてくれない…もう!
仕方ない!



ぼそぼそと呟くアルベルトにマリィアンナは意を決して席を立ってアルベルトの横に立ち、肩をつかんで強引に体を向けさせた。
「アルベルト様、違うのです!わたくし、お花を受け取ってないのです!」

アルベルトはポカンとした顔でマリィアンナを見上げた。

「え…?受け取ってない?」
「はい」
「しかし、昨日は…」
「わたくし、昨日はピンクのバラに赤い模様といいましたわ」
「そうだ。私が領地で送った花だ!」
「でも、わたくし受け取ってないのです。その花は…プティの胸のブローチについていた生花です」
「は…ではあの女が…!!」
「おそらく…プティが受け取ったかと…」
「そ…そうだったのか…」
アルベルトは複雑そうな顔をした。だがすぐに眉間に深いしわをつくり、じっとマリィアンナを見つめながら
「あ…じゃあ手紙も!?」
と、聞いた。
「手紙…ですか?」
「花を受け取ってないということは手紙も…あの女ぁあああ」
アルベルトは怒りを顔に滲ませた。

そして息を荒くさせてから、マリィアンナの手をギュッと握ったあと
すっくと立って
「出てくる!!」
と、勢いよくサロンを出て行った。


「え?」
マリィアンナはポカンとあっけにとられてアルベルトの出て行ったドアを見つめた。


わたくしが花と手紙を受け取ってないことがそんなに大事なことだった…のかしら?


アルベルトの真意がわからず、マリィアンナは首をかしげながらぬるくなった紅茶の残りをグイっと飲んだ。
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