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新婚期
プティの罪
しおりを挟むドアの向こうからここまで瞬時にこれるなんてすごいわ!アンデル!
マリィアンナがアンデルのたぐいまれな反射神経と騎士としての判断を心の中でほめたたえていると、バタバタと足音がしてプティの両サイドに胸に甲冑をつけた人間が立ってプティを押さえつけた。
アンデルは押さえつけていたプティの腕をスッと離して、2人へと引き継いだ。
「ちょ!なにすんの!やめて!痛い!」
あばれるプティだが、屈強な2人に押さえつけられびくともしなかった。
周りの使用人はざわつきはじめた。
「え?あれって…警ら兵でしょ…なんで」
「警ら兵がなんで…」
「警ら兵って…人殺しとか犯罪行為を取り締まるやつでしょ?なんでこんなところに…」
ざわつく中、マリィアンナは、アルベルトの胸から離れてプティへ
「私の大事な物を返しなさい」
と、告げた。
プティはビクリと震えた。
マリィアンナは再度言った。
「私の、大事な物を、返しなさい。貴方が盗んだことはもうわかっているの」
盗んだという言葉にザワザワと声が増した。
しかしプティは
「盗んでなんかない!違う!私じゃない!」
と、じたばたと暴れた。
「いいえ、貴方だわ。…持ってるでしょう」
「…」
「返しなさい」
「…」
無言で抵抗するプティにしびれを切らしてマリィアンナは
「所持品のあらためをお願いします」と警ら兵に言った。
1人が抑え込み、もう1人がプティの服のポケットを探りだした。
プティは顔をゆがませて
「テレズ!青いネックレスはテレズが持ってる!」
そう叫んだ。
思わず皆が一斉にテレズを見た。
テレズはビクリと体をふるわした。
「アンタが青いネックレス持ってるの私見たんだから!私じゃない!私じゃないの!」
プティは体をねじりながら言った。
テレズは皆の視線を感じ、いつもの無表情気味の顔に不安をにじませた。
マリィアンナはテレズにやさしく
「見せてくれる?テレズ」
と、言った。
テレズは「かしこまりました」と、マリィアンナにポケットから出した『キラキラ』と輝く青いネックレスを手渡した。
「それで?このネックレスが何?」
「え?だからそれがそのアンタのネックレスでしょ!」
「違うわ」
「え…そんなはずないわ!だって一緒だもの!青くてキラキラしてたもの!」
「なぜ一緒だと思ったの?」
「…え?」
「わたくしは大事な物を返しなさいと言ったのよ」
プティはマリィアンナの言葉に血の気が引いた。
マリィアンナはテレズのネックレスを少し上に掲げながら
「それに…このネックレスは…ガラス製だわ」
と、断言した。
「…え?」
皆、そのネックレスに釘付けになった。
「ガラス…製?」
「そうよ。わたくしの従妹はガラス愛好家ですの。その従妹曰く、ガラスを極限まで研磨するとこのように宝石より『キラキラ』輝くそうよ」
アルベルトはネックレスを不思議そうに見ていた。
マリィアンナはさらに続けた。
「このネックレスはさぞ高価なのでしょうね。でも成人女性のテレズが付けるにはガラスという素材ではそぐわないわ。おそらく…亡くなったテレズの妹の形見なのではないかしら?」
プリマの報告書によれば、テレズは没落貴族で邸宅にくる前に家族を事故で亡くしていた。
高価なガラスのネックレスはプレゼントとしてはほとんど送らないものだ。
もしかしたらテレズの親が妹に贈ったのか、妹が親にねだったものだったのかもしれない。このガラスのネックレスは親と妹の思いが重なった唯一の形見なのかもしれないと、マリィアンナはふと思った。
テレズは今にも泣きそうな顔で小さく頷いて、マリィアンナの顔を見た。
マリィアンナは両手で大事に包みながらネックレスをテレズへと渡した。
「大事な形見を見せてくれてありがとう」
テレズも両手で受け取り、俯いて涙をポロポロ流した。
マリィアンナは再度
「警ら兵さんお願いします」
と、促した。
警ら兵がプティを立たせてポケットを探ると、小さな袋が出てきた。
「ちょ!やめ!!やめて!だめ!」
プティの抵抗もものともせず、警ら兵は小さな袋を取り上げて紐を引いて中身を確認した。
中には見るからに高価な青いネックレスが入っていた。
アルベルトはそれをみて、マリィアンナの顔とネックレスを交互に見た。
「やはりありましたね。もう言い逃れはできませんわ」
マリィアンナはそのネックレスを受け取ろうとした。
しかし、プティはあきらめ悪く叫んだ。
「違う!違う!違う!!それは私の!私だけのものなの!アンタのじゃない!」
マリィアンナはうんざりしたようにプティを見た。
「もうおやめなさい。これ以上どうにもなりませんわよ」
プティは「ウー!ウー!」と、うなり声をあげてヒステリーに叫んだ。
「ア…アン…アンタのだって!証拠もない!言ったもん勝ちじゃない!冤罪よ!私に罪をなすりつけようとしてるの!おかしいわ!!」
「…いい加減にしなさい。もうわたくしも付き合ってられませんわ」
マリィアンナはため息を吐いて呟いた。
「私は盗んでない!盗んでないんだから!」
「このネックレスはアルベルト様に初めて買っていただいたネックレスで間違いありませんわ」
「違う!私のだもの!これは私の!」
水掛け論が始まり、このまま決着がつかないと誰もが思っていたが…マリィアンナはプティに最後通告を突き付けた。
「では貴方は自分のだと言い張るのですね?」
「えぇ!そ~よ!私のよ!」
「そうですか。貴方の言い分はわかりました」
「フン!」
「そのネックレス、おいくらしたんですの?」
「は?そんなの知らないわ!もらったんだから!」
「そうですか。どなたにもらったんですか?」
「それは…もう忘れちゃったわよ!そんなの!」
「そうですか。警ら兵さん。ネックレスの横にあるとっても小さな突起を押してください。その中に絵が入っています」
「は?」
プティは眉をひそめた。
警ら兵はマリィアンナの言う通り、ネックレスの横にある突起を爪でぐぐっと押した。
するとネックレスはパカッと2つに割れた。
「!!!」
警ら兵はびっくりしながらも割れたネックレスを手のひらで支えた。
ネックレスの中にはマリィアンナの言った通りに1枚の絵が入っていた。
女性がドレス姿で微笑んでいる、とても精密に描かれた転写絵だった。
「これは…」
アルベルトは転写絵を見ながら驚いた。
写真の女性はマリィアンナに似ていた。
「このネックレスの中に入っている転写絵はわたくしの亡くなった母です。その証拠に母のドレスの胸元に我が家門の『逆さ剣2本』が刺繍されています」
プティの顔はみるみる青くなった。
「わたくしの母の転写絵が入った高価なネックレスを誰からもらったんですか?ありえないですわよね?」
プティはかろうじて立っていた足をガクガクとさせて、へたり込んだ。
「わたくしの大事な物を盗んだ貴方、絶対許しません。厳罰を望みます」
静かにマリィアンナは言った。
普通の窃盗でも刑は重いが、貴族の物を盗むと厳罰は逃れられない。
もはやプティは『盗んだ手を切り落とす』か、『一生牢獄』か『処刑』の3択しかなくなった。
プティは頭を抱え、涙をボロボロ流して
「嫌…そんな…嫌よ…嫌ぁあああああぁああ!」
と叫び、床に突っ伏して嗚咽をこぼし続けた。
そしてそのまま警ら兵に引きずられるように外へと連れていかれた。
解雇を言い渡された使用人達は、紹介状ももらえずトボトボと邸宅から出て行った。
マリィアンナは新しい使用人達の教育スケジュールと、部屋割に関する書類をプリマに渡してダンスフロアを出て行った。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「父上に報告に行くのか?」
廊下を歩いていると後ろからアルベルトの声がした。
振り返り「えぇ」と短く答えると「私も行く」とアルベルトは答えた。
2人で並んで伯爵の執務室へ歩みを進めるが沈黙が続いた。
しばらく歩いているとアルベルトが沈黙をやぶった。
「マリィアンナ、花は…どうだった?」
「花…ですか…」
マリィアンナはなかなかピンとこなかったが、ようやく『花』という事柄に思い当たった。
そういえばプティがこれ見よがしに胸に花をさしてたわね。確か…
「ピンクのバラに赤い模様が入った…」
「!そうだ!その花だ!気に入ったか!」
うれしそうにアルベルトは言った。
マリィアンナはうれしそうなアルベルトを見てびっくりして
「え?」
と、しか声が出なかった。
「そうか!そうか!」
何か誤解があるようで、マリィアンナは
「いえ、花は受け取って…」
『ない』と言いかけた時、執務室のドアが偶然スッと空いた。
中には伯爵と執事がいた。
「あぁ、よくきた。2人とも。座って」
2人はソファーに並んで座った。
「どうだった?首尾よくできたかい?」
マリィアンナはにっこり笑って
「はい。予想外の事もありましたが、予定通りにいきましたわ」
と、答えた。
「そうかそうか。マリィの思い通りにいってよかった」
伯爵の言葉にアルベルトはピクリと眉をあげ、手をぎゅぅうっと握りしめた。
「今日は色々と疲れましたから、お部屋で休ませていただきますわ」
マリィアンナがふぅっとため息をついて言うと、伯爵は微笑んだ。
「そうか。ゆっくりするといい。ではアルベルト、報告を頼む…って…おい?」
「…は?何ですか父上…」
アルベルトの眉間にはくっきりと皺ができていた。
マリィアンナはそんなアルベルトを不思議に思いながらも、部屋へと戻って行った。
執務室のドアが静かに閉められた後、伯爵がアルベルトに
「すごい…顔してるが…なんだ。何かあったのか?」
と尋ねた。アルベルトは
「いえ、べつに、何も、ありません」
と怒りを滲みだしながら答えた。
伯爵は苦々しい顔をした息子をみつつ、ピンときた。
そして笑いをこらえながら息子の顔を眺めた。
アルベルト、若いね!
一丁前に独占欲か!
伯爵は心の中でアルベルトの態度にニヤニヤしつつ、顔は平然を保ったままアルベルトと書類精査に向き合った。
アルベルトはその後も執務室ではムッとした顔で父の伯爵へまとめた報告書の内容を伝え続けたのだった。
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