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Blood X`mas

Blood X`mas Ⅵ

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「それじゃ、順番にデートしよっか!!」

 目尻を赤く染めている礼火は昼下り、昼食を取りながら口にした。

「っぶ!! 唐突だね、礼火。なんで急に?」

「そんなの決まってるじゃんっ!! クリスマスイブだからに決まってるっ!!」

『私とのデート、忘れてないわよね……?』

『お兄ちゃんっ!!シャーリーともデートして!!』

「……………………」

 円卓を囲む女子三人からの視線は一つ一つが篭められている感情が違っていた。
 一人からは好奇心旺盛に瞳を輝かせ、身を乗り出す。
 一人からは不安な瞳に自分の気持ちを抑圧し、自信ない表情。
 最後の一人はみんなが平等に楽しめるように……自分の気持ちとも正直に……。言葉の奥には力強くも大きな優しさが感じられた。
 亮人はそんな彼女らの瞳の意味はわからない。ただ、それぞれが本気で自分に関わってくれていることはわかる。一緒に生活して、一緒に助け合って、お互いの感謝しあって。
 だからこそ、一人の男として……彼女たちに助けて貰っている感謝も込めて一息空け、一言だけ口にした。

「こっちこそ……一緒にデートしてほしい」

 亮人は照れくさそうに、笑みを自然と綻ばせる。
前までなら自分から人に関わろうなんて思わなかったのに。
 そんな彼に三人はホッと一息吐きながら肩を撫で下ろす。

「それじゃ、私からデートするけどいいよね?」

『いいわよ。私たちはいつも一緒にいるからそれくらい譲るわ』

『シャーリーもそれでいいよっ!!』

 意外とあっさりと決まった順番。それぞれが思うことがあるのだろう。

「じゃぁ、ご飯食べたら……デートしようか」

 三人から視線を外し、頬を赤らめる亮人。そんな彼の様子に「クスッ」と三人は同時に笑う。
 三人、いや四人の楽しい時間が始まった。

     ♂     ×     ?

「早速だけど、私とデートしてよね?」

「うん。こっちこそ、よろしく」

 氷華とシャーリーは午前中と同様に分かれ、ウィンドウショッピングをする。

「最近、こうやって一緒に出掛けることなくなったから嬉しいな」

「氷華とシャーリーが来てからはあまり一緒に出かけてなかったからね」

 これまでは一緒に出掛けることが多かった二人。ただ、亮人の生活が大きく変わったことをきっかけにすれ違うようになった。

 本当はもっと亮人と一緒に居られるはずなのにな……。

 そんな複雑な気持ちを抱える礼火。自分でも驚くくらいに彼女たちのことを受け入れた。
 亮人が危ないことに関わることは嫌だ。素直な気持ちはこれだ。ただ、それ以上に彼女たちを受け入れた理由がある。

「亮人……最近、凄く笑うようになったね」

「うん、今の生活はすごく楽しいからね。忙しいし、凄く心臓に悪いこともあるけど、心から楽しいって思える。あっ、これ前から欲しかったやつだ」

「あっ」

 店舗を見渡しながら歩いている亮人は足早に商品棚へと向かう。ただ、亮人の片手は自然と礼火の手を握る。小さな手のひらを包む彼の手の温もりは前と変わらないはずだった。ただ、礼火は掴まれた瞬間に暖かく感じた。優しく、ただ彼女の手を引く彼はそんなことを知らずに歩みを進める。

 前の亮人とは違うんだ。

 どこか暗く、冷たい顔の亮人。子供の頃から知っている彼の顔が脳裏に浮かぶ。

「父さんも母さんも見舞いに来なかったんだ……」

 そんな言葉を口にした彼のことを思い出す。
 涙も浮かべず、瞳に光を浮かべず、平坦な声で口にしている彼の顔は儚くて、脆いものだった。
 その姿は目の前の亮人からは想像もつかない。
 商品を手にした亮人は子供のように目を輝かせながら、礼火に話しかける。

「このままずっと楽しかったらいいね」

 音になるかならないかで言葉を紡ぐ。

 ずっと……。

 ずっとがどこまで続くのか……。

 少しだけ目の前が暗くなる。
 この前の九尾との戦いを目の当たりにしたから。
 楽しい時間は少しずつ経っていく。
 少しずつ、少しずつ削られる時間、暗くなっている目の前は徐々に色を失せるかのように。礼火の不安が形になって現れ始める。
 礼火の中ではどれだけの時間が経っただろう。それが一瞬なのか、数秒なのか。
 呆然と立ち尽くす礼火は次の瞬間には光の中へと戻った。

「大丈夫だよ。俺がみんなを守ってみせるから、絶対にね」

 まただ……暖かい手……。

 礼火の視線に合わせるように腰を低くする亮人の顔は子供を安心させるかのような優しいものだった。
 頭を撫でてくれる彼の優しさに涙が出そうになる。

「……本当に? 本当に守ってくれる? 私も、あの二人も守ってくれる?」

 礼火の声は震えていた。
 彼女の本音は相反する気持ちが葛藤しているが故に脆くなりつつあった。
 好きな人が危ないことに巻き込まれる。もしかしたら、命を落とすかもしれない。
 ただ、亮人を元気にしているのは礼火じゃなく、氷華やシャーリーの存在が大きい。
 自分じゃできなかったこと。ただ、その事実を受け入れて気丈に振る舞い、氷華たちのことも心配している彼女の姿がそこにはあった。

「わかってるよ。この前、沢山教えてくれたから……礼火の気持ちもわかってる。正直、どう接していけば良いかも時々わからなくなるんだ。礼火は俺のことが好きなんだよね?」

 率直に聞かれる礼火の気持ち。

「………………好き」

「んっ? なんて言ったの?」

 礼火は俯いていたが、亮人の顔を見つめてはっきりと口にする。

「…………好きだよ」

「知ってる……さっき言ってたの聞こえてたからさ」

 悪戯をする亮人の表情は本当に楽しそうだ。

「っ!! もう、意地悪しないで!!」

「ごめんごめん。だから、これからもずっと楽しい時間を作っていくよ。俺がそうしたいし、氷華もシャーリーも、礼火も大切にする。それを邪魔するやつから守っていくから」

 優しく握られていた手は力強く握られる。亮人の瞳には光が灯っている。昔のような薄暗く、生気を感じさせないものではなくなっている。

 そこには『「相馬亮人」』が存在しているのだ。

「私も……亮人を守れるように強くなるからっ!!」

 さっきまでの礼火はそこにいない。
 亮人の前にいる礼火には一切の迷いがなかった。そこにいる二人の空間は少しずつ冷気を帯びていく。二人を包み込むように徐々に空気が凍っていき、二人が立っている地面は小さく凍結したのだった。
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