20 / 45
第二章「契約更新は慎重に」
20.中華だ!ラーメンだ!オトナの時間だ!
しおりを挟むさて中華である。
飾り気のないテーブルの下に丸椅子がいくつも並べられた、庶民的な内装の個人店だった。中華料理店と聞き及んでいたがラーメン屋のくくりだろう。
ランチ時にはまだ早いせいか、店内の客入りはまばらだ。
椎堂さんの予測は的中したようで、佳代さんはすぐに見つかった。
店内最奥の四人がけテーブルをひとりで占領している。
ビール瓶とグラス、坦々麺。チャーハン大盛り。天津飯。フカヒレスープ。チキン南蛮。回鍋肉。青椒肉絲。杏仁豆腐。胡麻団子。餃子一皿。
働きざかりとはいえ、成人女性の一食分にしては、やや量が多いのではなかろうか。
摂取カロリーが気がかりである。
不思議なイントネーションの日本語で何名かと尋ねてくるホールスタッフにことわりを入れて、佳代さんの正面に座る。
かけるべき言葉に迷っていると、
「わざわざ追いかけてくるなんて、殊勝な心がけね」
れんげを置いて、佳代さんがつぶやいた。
「迷惑だったらすみません。席を外したほうがよければ戻ります」
「……ここの店は入ったことある? 値段のわりに悪くないわよ。おすすめは台湾ラーメンか坦々麺」
辛党なのだろうか。
相席を許されてはいるらしいと判断して、メニュー表に手を伸ばす。
一品料理と麺類、サイドメニューで構成された紙面を一読してから、ホールスタッフを呼び止める。
注文は味噌ラーメンをひとつ。
ラーメンが茹で上がるのを待つ間にも、佳代さんの目前に山と積まれた中華料理はものすごい勢いで消費されていく。
もくもくと食べつづける佳代さんの邪魔をするのは気が引けたが、意を決して僕は質問をくりだすことにした。
「椎堂さんとは、長いんですか」
長い髪を片耳にかけて、ラーメンをすすっていた手が止まる。
「まあ……ね。はじめて会ってからもう十年以上は経ったかな。……腐れ縁ってやつ。高校時代に同じ学校に通っていて、そのころからね。あいつ、人を寄せつけない雰囲気あるでしょ。仕方ないからお節介をね、焼いてたの」
高校時代! 学校!
おおよそ現在の椎堂さんとは結びつかない単語が、つぎつぎと飛び出してきた。
あの人にもこれまで積みあげてきた過去があるのは至極当然だ。
制服を着て過ごしていた時期もある。僕と出会う前、高校生だったころの椎堂さん。どんな学生だったのかと考えたところで想像力の限界を悟らずにはいられない。
僕にとっての椎堂さんは、高慢で横暴な、九遠堂の店主だ。
「昔からそう……。こっちがどれだけ心配したって、あいつはいつも素知らぬ顔で飄々と生きてる。わかってるわよ、執着してるのはこっちだけだってことくらい」
つらつらと語りだす。かと思いきや、急に唇を噛み締めて箸を握り直した。
「……と、ごめん。なに喋ってるのかしらね」
佳代さんの表情に、僕はようやくその可能性に気がつく。
恋人というのは、勘違いだったのか。
「ひょっとして椎堂さんのこと」
「待って、それ以上言わないで。わたしは単に昔馴染みとしてあいつの身を案じているだけだから」
「椎堂さんも曽根河さんのこと心配してましたよ。きっと憎からず思ってるはずです」
「じゃあ、あの女は?」
「……さあ?」
それについては、僕にも擁護できない。
佳代さんは寂しそうに唇をすぼめる。豆板醤が香ばしいスープが、目に染みたかのように遠くを見つめながら。
「あたしに口出しする権利なんて、ないんだけどね」
「ひょっとして以前にもこういうことがあったんですか?」
「どう思う?」
質問に質問を返され、考え込む。
……椎堂さんだしなあ。
これまでの二週間で、僕の認識する世界の一般常識が通用する相手ではないのだと、諦めがついてしまった。
「あいつ、交友関係については謎が多いのよ。ベッドに美女を連れ込んでるのを見たのはさすがにはじめてだけど、社交的ではないのに妙に顔が広いように見えるから、いまいち底知れなくて。あの骨董具店も変わった人が出入りしてるみたいだし。……ひょっとして、と感じることはあったけど、問い詰めても上手くかわすから確信を得られないし……」
「なんというか、よく身がもちますね」
「ろくでなしに引っかかってるのかも、とは疑うわよ。たまにね」
付き合いの長い佳代さんでも、意表を突かれることがあるようだ。つくづく読めない人だ。
「むかしはまだ可愛げもあったんだけどなぁ。現代文とか、古典とか、近代史なんかもよく一緒に勉強してさ。学校生活のおぼつかないところは手伝ってあげて、あいつも態度が悪いなりに感謝もしてくれて……いつからこんなことになっちゃったんだろ」
「十年以上はそばにいるって、じゅうぶんな忍耐力ですよ」
「べつにずっと一緒ってわけじゃないもの。私も就職してからしばらくは東京暮らしだったからね。長期休みや仕事の合間をぬって、様子見にきてはいたけど、やっぱり難しいのかな。大人になって、環境が変わって、それでもっていうのはさ」
椎堂さんに想いを寄せていながら、常識的な価値観を持ち合わせている佳代さんは、たいそう稀有な存在なのだろう。
ここであの無頼漢に愛想をつかせて積年の想いを精算してしまうのは惜しい。
椎堂さんが既存の人間関係に頓着するかどうかはさておき、間を取り持てば、恩を売れるかもしれない。
倫理的に判断を下すのであれば「あんなろくでなしには早々に見切りをつけるべきですよ」と肩を叩いて助言すべきである。
しかし、まことに遺憾ではあるのだが、佳代さんには砂漠のほとりに留まっていただきたい。奈落を覗き込むのは悪趣味だと知りながら、九遠堂に関わることを選んでしまった身としては、先達がいるならば心強い。
「佳代さん。僕、あの女性について、それとなく聞いてみます。ほら、気になりますし、誤解かもしれませんし」
「……ありがとう。千幸くん、やっぱりいい子ね」
僕はあいまいにほほえむ。
タイミングのいいことに、ちょうどホールスタッフがテーブルまで味噌ラーメンを届けにきた。
ラーメンをすすりながら、内省する。偽善であると自覚しながら核心に触れず、僕はあえて佳代さんに尋ねようともしなかった。
――九遠堂がどういう店なのかは知っていますか? とは。
0
あなたにおすすめの小説
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
そのほかに外伝も綴りました。
同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。
ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。
真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。
引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。
偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。
ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。
優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。
大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
母の下着 タンスと洗濯籠の秘密
MisakiNonagase
青春
この物語は、思春期という複雑で繊細な時期を生きる少年の内面と、彼を取り巻く家族の静かなる絆を描いた作品です。
颯真(そうま)という一人の高校生の、ある「秘密」を通して、私たちは成長の過程で誰もが抱くかもしれない戸惑い、罪悪感、そしてそれらを包み込む家族の無言の理解に触れます。
物語は、現在の颯真と恋人・彩花との関係から、中学時代にさかのぼる形で展開されます。そこで明らかになるのは、彼がかつて母親の下着に対して抱いた抑えがたい好奇心と、それに伴う一連の行為です。それは彼自身が「歪んだ」と感じる過去の断片であり、深い恥ずかしさと自己嫌悪を伴う記憶です。
しかし、この物語の核心は、単なる過去の告白にはありません。むしろ、その行為に「気づいていたはず」の母親が、なぜ一言も問い詰めず、誰にも告げず、ただ静かに見守り続けたのか——という問いにこそあります。そこには、親子という関係を超えた、深い人間理解と、言葉にされない優しさが横たわっています。
センシティブな題材を、露骨な描写や扇情的な表現に頼ることなく、あくまで颯真の内省的な視点から丁寧に紡ぎ出しています。読者は、主人公の痛みと恥ずかしさを共有しながら、同時に、彼を破綻から救った「沈黙の救済」の重みと温かさを感じ取ることでしょう。
これは、一つの過ちと、その赦しについての物語です。また、成長とは時に恥ずかしい過去を背負いながら、他者の無償の寛容さによって初めて前を向けるようになる過程であること、そして家族の愛が最も深く現れるのは、時に何も言わない瞬間であることを、静かにしかし確かに伝える物語です。
どうか、登場人物たちの静かなる心の襞に寄り添いながら、ページをめくってください。
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
BL 男達の性事情
蔵屋
BL
漁師の仕事は、海や川で魚介類を獲ることである。
漁獲だけでなく、養殖業に携わる漁師もいる。
漁師の仕事は多岐にわたる。
例えば漁船の操縦や漁具の準備や漁獲物の処理等。
陸上での魚の選別や船や漁具の手入れなど、
多彩だ。
漁師の日常は毎日漁に出て魚介類を獲るのが主な業務だ。
漁獲とは海や川で魚介類を獲ること。
養殖の場合は魚介類を育ててから出荷する養殖業もある。
陸上作業の場合は獲った魚の選別、船や漁具の手入れを行うことだ。
漁業の種類と言われる仕事がある。
漁師の仕事だ。
仕事の内容は漁を行う場所や方法によって多様である。
沿岸漁業と言われる比較的に浜から近い漁場で行われ、日帰りが基本。
日本の漁師の多くがこの形態なのだ。
沖合(近海)漁業という仕事もある。
沿岸漁業よりも遠い漁場で行われる。
遠洋漁業は数ヶ月以上漁船で生活することになる。
内水面漁業というのは川や湖で行われる漁業のことだ。
漁師の働き方は、さまざま。
漁業の種類や狙う魚によって異なるのだ。
出漁時間は早朝や深夜に出漁し、市場が開くまでに港に戻り魚の選別を終えるという仕事が日常である。
休日でも釣りをしたり、漁具の手入れをしたりと、海を愛する男達が多い。
個人事業主になれば漁船や漁具を自分で用意し、漁業権などの資格も必要になってくる。
漁師には、豊富な知識と経験が必要だ。
専門知識は魚類の生態や漁場に関する知識、漁法の技術と言えるだろう。
資格は小型船舶操縦士免許、海上特殊無線技士免許、潜水士免許などの資格があれば役に立つ。
漁師の仕事は、自然を相手にする厳しさもあるが大きなやりがいがある。
食の提供は人々の毎日の食卓に新鮮な海の幸を届ける重要な役割を担っているのだ。
地域との連携も必要である。
沿岸漁業では地域社会との結びつきが強く、地元のイベントにも関わってくる。
この物語の主人公は極楽翔太。18歳。
翔太は来年4月から地元で漁師となり働くことが決まっている。
もう一人の主人公は木下英二。28歳。
地元で料理旅館を経営するオーナー。
翔太がアルバイトしている地元のガソリンスタンドで英二と偶然あったのだ。
この物語の始まりである。
この物語はフィクションです。
この物語に出てくる団体名や個人名など同じであってもまったく関係ありません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる