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第三章 天使とディーバの取引明細

２９.平凡という安寧

　主人公になれるなんて、思い上がったことはない。
　平凡で、退屈で、十人並み。

　教室で埋没する程度の個性で渡れるほどに世間は狭くはないのだから、真昼の往来で見上げた先の、輝く誰かに焦がれたことはない。

　誰の目にもとまらず見過ごされ、成れるとすれば画面の四隅で見切れるエキストラか、よくて脇役がいいところだろう。生まれ育ちに特別な由縁はなく、桃から生まれたわけでもあるまいし、救うべき人々など、倒すべき怨敵など、僕の人生には現れようもないのだ。

　心底、それでいいのだと思っていた。

　常識の範疇は、自分で決めた安全圏で、ここにいれば不自由な泥濘に身を任せて溺れていられる。
　抗うなんて、苦しいだけだ。
　荒ぶるなんて、愚かなだけだ。
　怒り狂うなんて、野暮なだけだ。

　――そう、平凡という安寧に浸っていたはずなのに。

　あの人の傍らで、気がつけば誰かを追って奔走している。秘密を抱えて人と関わるうちにおのれの領分を踏み越えて、ひとの心を垣間見た。

　特別なものにはなれないのだとして。煩雑な道筋に迷う中途で、僕にも選びとれる光があるのだろうか。