海底の放課後 -ネットの向こうの名探偵と、カリスマ・アカウントの謎を解く -

穂波晴野

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第二章 リモナイト密室盗難事件

17.ユーモア

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 ジェスター様は見つからない。

 写真部の部室で乙戸辺を糾弾してから、二週間が経過していた。

 確認をとったところ、人造乙女事件の折に美術室で見つかったカードについては、乙戸辺が暗室でプリントしたものでまちがいないそうだ。〈テラリウム〉で依頼を受けて、指示されたとおり数十枚印刷した。しかし、彼はジェスターとの面識はないという。

 人造乙女の明け渡しも、プリントしたカードの納品も、ジェスター本人との対面接触はないまま行われた。
 では、どのように取引をなし遂げたのか。どうやら、鯨坂高校の裏手に広がる雑木林を抜けた先にある、廃墟の一室を郵便受け代わりに使っていたらしい。たしか、二十年以上前に廃校になった小学校だ。あきらも高校入学時には肝試しに行ったことがある。

「結局、手がかりはないまま……か」

 昼休み。廊下を歩きながら、美波あきらはひとりごちる。

 この二週間のあいだに、光梨は学校へ登校してくるようになり、吹奏楽部はあちこちの教室を根城にして練習をつづけ、ピエタの消えた美術室は静かになった。あきらは日常を取り戻したが、光梨は事件を引きずっている。

 いまも、光梨が無理をしているのはわかる。自分を傷つけようとした何者かが、いまもまだ学園に潜んでいる――。そんな状況で、気丈に振る舞いつづけるためには胆力を要するはずだ。これ以上、あの子に火の粉が降りかからないように……と、思いはするが、現実は厳しい。結局、あきらはいまも無力だ。

 ふとスマートフォンをつけると、通知が届いていた。


 ネモ:ハロー。僕だ。アキラ、例の件には進展あったかい?


 返信を打ち込もうとして、思いとどまる。

 ジェスター様のアカウントは、この二週間ずっと更新が止まっていた。過去の投稿をくまなく調べたが、犯人特定につながる個人情報は発見できていない。ネモが〈テラリウム〉で見つけた投稿をたよりに、鯨坂高校に残る痕跡を探ってはいるが、いたずらレベルのものばかりだった。どれも他愛なく、異常性に欠けている。

 そう、人造乙女事件は、一目でわかるほど奇怪だった。

 その裏にある思惑はわからずとも、意図は明確なのだ。

 ――相手を傷つけたい。みたものを不快にさせたい。あの首はそう言っていた。

 だからこそ不思議だった。〈テラリウム〉に晒された「青いピエタ」と異なり、美術室に展示された人造乙女の首はネット上では確認できなかった。ネットリンチだって、加害行動だ。なのにジェスター様はそれをしない。おかげで、学内におかしな噂が漂っている気配はない。

 よって、報告できることは限られている。


 アキラ:犯人探しなら五里霧中
 ネモ:あれ? ひょっとして、今朝送ったメッセ見てないのかい? 再送しようか?


 例の件――。

 そうだ。今朝、ネモから情報提供があったのだ。ネモ曰く、ジェスター様がは鯨坂高校の化学部で暗躍している。
 すっかり返信を忘れていた。
 そもそも、調査のために実習棟の化学実験室までやって来たのだ。扉の鍵は閉まっているかと思いきや、半開きになっていた。室内を覗き込むと在室中だ。お団子ヘアの女生徒を見つけたら、さっそく目が合った。

「およよ。美波ちゃんじゃない。忘れものでもしたの?」

 二年の墨原月子すみはらつきこ。彼女の姿は部長会で見かけたことがある。化学部の部長だ。だが、話したことはなかったはずだ。顔を覚えられているとは思わなかった。

「いえ、ちがいます。……墨原さんこそ、まだ昼休み」
「あいかわらず固いなー。ウチはいつでも部室にいたい族なのよ」

 化学実験室をまるごと部室にしているのが、墨原たち化学部員たちだ。同じ実習棟で部活動にいそしんでいるものの、普段の学園生活で接点はない。ベージュのカーディガンを着崩した彼女は気さくに笑いかけてくるが、あきらはつい身構える。

「てかさ、どーした? まさか、化学部に転部希望?」

 しどろもどろとするうちに、墨原のペースに巻き込まれている。あきらが発言権を主張する前に、さきまわりで機会を潰されるのだ。
 化学室に引きずりこまれ、さらにはビーカーに淹れた珈琲をふるまわれ、気づけば理由のない接待を受けていた。ああ、でも、これは一応、好都合でもあるはずだ。と、ようやく頭が回りはじめる頃には、墨原の相槌マシーンに成り果ていた。

「あの、墨原さん。昼休み終わるから……」

 相槌マシーンにも自我はある。
 控えめに自己主張するが、墨原は教卓に座ったまま微動だにしない。

「予鈴鳴っちゃうね。話し相手になってくれてありがとね、美波ちゃん。お礼に薬品棚から欲しいもの持っていっていいよ」

 本気か、冗談か、はかりかねる提案だった。
 ただしタイミングはいい。切り込むなら、今しかなかった。

「そういうこと、他の生徒にもしてますか?」
「仮にしてたら、ウチは劇物譲渡で退学処分されてる」
「……私、冗談通じませんから」
「っぽいね。美波ちゃんみたいな堅物っ子にユーモアは厳禁ね。謝るよ。……訂正させて。ウチは部長としてはまじめなつもり。部員もいい子ばっかりよ」

 ゆったりと、墨原が足を組みなおす。

「だからさ、美波ちゃんそう警戒しないで。話したいことあるんでしょ」

 墨原が屈託なく笑うので。あきらはようやく悟る。
 彼女なりに緊張を解こうとしていたのだ。ずいぶんとまわり道をしてしまった。からめ手はやはり苦手だ。

「墨原さんも〈テラリウム〉は見てますよね」
「見てるよ。美術室のピエタ像のことも知ってる。あれ消したのはジェスター様でしょ」
「そうです。……先生たちはまだ誤解してるみたいですが」
「うんまあ、小気味いいよね。大人が知らない真実を、ウチらだけは共有してる」
「……なんであんなことしたんでしょうか」

「うーん、そんなことは考えない」
「じゃあ、なにを?」
「ジェスター様、なんか面白いことやってるなーって。あのアカ主さ、発言も写真も尖ってて笑えるじゃん。学校中の備品描いたらくがき晒したりとか、荷台に変なかたちの大根積んだりとか、前からクスッとする投稿してたよ」
「でも、盗難は犯罪だとは思いませんか」
「……あ、そういうこと? 美波ちゃん、鋭いね」

 ピエタ盗難では困ってはいない。むしろ事件の隠蔽に加担してさえいる。が、それを明かすのは得策ではない。
 盗難の話をした途端、墨原の態度はこわばった。

「美術部とちがってウチらは困ってない」
「化学部も被害に遭ってるんですね」

 強く出る。と、相手の表情に苦悶が浮かぶのがみてとれた。
 辛抱して待つとやがて彼女の口が開く。話したほうが楽になると悟ったのだろう。

「ウチさ、薬品棚の管理してるんだ。化学部ではいろんな実験に手を染めるけど、減量は細かく記録つけることにしてる。ここのところカリと硫化銅、それとヒ素も減り方がおかしい。……これってジェスター様の仕業だったりするの?」

 教卓に腰を下ろした墨原が、弓なりに背を反らせて天井を見上げる。瞳は白熱灯に浮かぶ染みに規則性でも探すようだ。そういえば、化学部の彼女は部長会の議会でも、どこかうわの空のまま座席についていた。
 一対一で話してみれば、こんなにも饒舌に語るのに。

「何もかも、ジェスター様の仕業にするのも考えものだとは思います」
「それもそう。一年にはあのアカ主のファンも多い。怪人がつぎに何をしでかすつもりなのか、みんな観客席でおもしろおかしく見守ってる……水をさすのはよくないよ」

 釘をさすような口調だった。「みんな」と一般化しておきながら、きっと墨原自身も観客席からの景色を楽しんでる。
 そう察知してしまえば、同調しておかずにはいられない。

「わかってます。それは痛いほど」
「よかった。美波ちゃん、お行儀いいもんね」

 おそらく誤解されている。年相応に行儀がよい子なら、昼休みに探偵ごっこなんてしないはずだ。

 予鈴が鳴るのと同時に、墨原は教卓から身軽に飛び降りた。

 彼女から手渡されたガラス瓶はとっくに冷たくなっている。珈琲は苦手だと伝えそびれていた。
 あきらがそうこう悩むうちに、墨原にビーカーを奪われる。このときも手際がよかった。試験管やメシシリンダーが無造作に並ぶ手洗い場に、彼女は透明な器をそっとおくだけ。

「そうだ。こんど、美術室に絵を見にいってもいい?」

 急に話を振られてどきり、とする。
 絵に興味をもってもらえることは滅多にない。画材にこだわり、構図を練って、あきらがどれだけ執心しても、そもそも絵を好きなひとにしか響かない。それを理解できるくらいには、描くことに没頭してきた。
 だから、こんなふうに声をかけられたら。わけもなく心が浮きたつ。

「それは、もちろん、いつでも……」
「やった! だってさ、美術部には〈鯨坂のフィンセント・ファン・ゴッホ〉がいるじゃない。彼女の絵って、一度見たら忘れられないもん」

 墨原は無邪気に笑う。
 化学室を出ていく彼女を追いかけながら、頭の芯が急激に冷えていくのがわかった。

 冷静に顧ればわかることだ。早とちりだったのだ。こういう場面には慣れていた。

 ――やっぱり、〈鯨坂のフィンセント・ファン・ゴッホ〉にはかなわない。


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