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蛍
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雲に隠れながら傾く太陽
空が順番に虹を奏でる
青からむらさき
むらさきから黄
それからゆっくりと橙へと
オギの群生の切れ目に小川の流れがみえる
水の割れる音 叩かれる音
ぶつかる音 流れを曲げる音
見えなくてもそこに小さな滝壺があるのが分かる
ところどころに直立するガマ
機敏に私も巻き込んで巣を張ろうとする足の長いクモ
そう決まっていたことのように
ヒグラシの二重奏が始まる
昼間に鳴く虫は
ギターをかき鳴らすように
けたたましい音を出すのに
ネムノキが垂れる夕暮れ時に鳴く虫たちの音が
ヴァイオリンのように
繊細なのは
どうしてなのだろう
まるで昼の音と夕の音があるのだというような
膝を抱える私の呼気に虫が集る
帽子の鍔にハエがとまる
すべてがまだ途中の世界
ここに棲むものたちは
生きる意欲といのちの量が等しい
僕もいのちあるかぎりに
途中であり続けたい
枝を伸ばし 葉を繁らせ
根を伸ばし 水を吸い続けたい
巣の形になる途中の糸を断ち切って
私は小川沿いをうろうろ歩く
考えなど持たない好きに歩くどうぶつとして
ここの世界の仲間だなんて
大層なことは言えないけれど
ただ、私だって君らと同じただのどうぶつだ
光は絞られていく
足ばかりが蚊に喰われる
コウモリが往来するから
虫が多いことはわかる
道の終わり
その先は人が整備していない
いきものたちの世界
その境目で小川に群生した薮の前に佇む
できるだけ近く
私たちがなぜかしないこと
触れるということ 話しかけるということ
世界を知る手段だというのに
思い出して長い葉を軽く握り握手する
すると
穏やかで力強い風が薮を揺らした
目の前の薮が1匹のどうぶつであるように
みどりの毛並みを揺らす
擡げた頭を持ち上げて長い首を私を囲うように曲げる
その仕草のひとつひとつの感触が
色のない風のように私のなかを吹き抜ける
変哲なことなどない
いのち煌めくここの世界での
ありきたりなものの感じ方
僕はきっとこの子と友だちだ
逢って間もないけれど強い親しみを感じる
人間たちのつくった社会に産まれてからは
感じることの少なくなった親しみを
たとえば
人間が人間全体としてではなく
脳が脳全体としてではない
私が私として集合する以前に
雲として空に浮かんだり
雨として踊ったり
樹になって言葉のない哲学をしたり
岩を削って
何万年も時間を忘れて結晶を育てたり
海とて星を覆い尽くしたり
そういうことを覚えているもの同士なら
すぐにまた 形を捨てて 数を溶かして
注ぐことができる
そのおおいなる親しみ
人間であるとか 脳であるだなんて
どんな形になって
大切なことを忘れながら何かを覚えても
そんなものは形がなくなることで
どこにも記憶されないで失われていく
この宇宙に本当に記憶されるものは
私たちが失ったと感じてしまったその先にあることだけ
忘れてしまったのその先
ほら、季節の外れた小川に蛍が光る
今年も逢えたね
空が順番に虹を奏でる
青からむらさき
むらさきから黄
それからゆっくりと橙へと
オギの群生の切れ目に小川の流れがみえる
水の割れる音 叩かれる音
ぶつかる音 流れを曲げる音
見えなくてもそこに小さな滝壺があるのが分かる
ところどころに直立するガマ
機敏に私も巻き込んで巣を張ろうとする足の長いクモ
そう決まっていたことのように
ヒグラシの二重奏が始まる
昼間に鳴く虫は
ギターをかき鳴らすように
けたたましい音を出すのに
ネムノキが垂れる夕暮れ時に鳴く虫たちの音が
ヴァイオリンのように
繊細なのは
どうしてなのだろう
まるで昼の音と夕の音があるのだというような
膝を抱える私の呼気に虫が集る
帽子の鍔にハエがとまる
すべてがまだ途中の世界
ここに棲むものたちは
生きる意欲といのちの量が等しい
僕もいのちあるかぎりに
途中であり続けたい
枝を伸ばし 葉を繁らせ
根を伸ばし 水を吸い続けたい
巣の形になる途中の糸を断ち切って
私は小川沿いをうろうろ歩く
考えなど持たない好きに歩くどうぶつとして
ここの世界の仲間だなんて
大層なことは言えないけれど
ただ、私だって君らと同じただのどうぶつだ
光は絞られていく
足ばかりが蚊に喰われる
コウモリが往来するから
虫が多いことはわかる
道の終わり
その先は人が整備していない
いきものたちの世界
その境目で小川に群生した薮の前に佇む
できるだけ近く
私たちがなぜかしないこと
触れるということ 話しかけるということ
世界を知る手段だというのに
思い出して長い葉を軽く握り握手する
すると
穏やかで力強い風が薮を揺らした
目の前の薮が1匹のどうぶつであるように
みどりの毛並みを揺らす
擡げた頭を持ち上げて長い首を私を囲うように曲げる
その仕草のひとつひとつの感触が
色のない風のように私のなかを吹き抜ける
変哲なことなどない
いのち煌めくここの世界での
ありきたりなものの感じ方
僕はきっとこの子と友だちだ
逢って間もないけれど強い親しみを感じる
人間たちのつくった社会に産まれてからは
感じることの少なくなった親しみを
たとえば
人間が人間全体としてではなく
脳が脳全体としてではない
私が私として集合する以前に
雲として空に浮かんだり
雨として踊ったり
樹になって言葉のない哲学をしたり
岩を削って
何万年も時間を忘れて結晶を育てたり
海とて星を覆い尽くしたり
そういうことを覚えているもの同士なら
すぐにまた 形を捨てて 数を溶かして
注ぐことができる
そのおおいなる親しみ
人間であるとか 脳であるだなんて
どんな形になって
大切なことを忘れながら何かを覚えても
そんなものは形がなくなることで
どこにも記憶されないで失われていく
この宇宙に本当に記憶されるものは
私たちが失ったと感じてしまったその先にあることだけ
忘れてしまったのその先
ほら、季節の外れた小川に蛍が光る
今年も逢えたね
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