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しまおか

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エピローグ~①

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「兄さん。これ今日の分。一応内容はチェックしたけど、念の為にそっちのチームでも確認して貰えるかな。それでいいならホームページの該当欄に入力して、更新しといてね」
「ああ分かった」
 藤子が長を目指す自治体で、井尻晶はシステムエンジニアの能力を生かし、全国各地に向けたホームページの作成と更新、管理を請け負う担当となった。
 そこでまずはどういう展開をしていくか目に見える形で表そうと、非公認ではあるものの自治体の存在をアピールする動画などを作成し、SNSも活用して発信したのだ。
 そうした晶の活動は日本だけに留まらず世界でも大きく取り上げられ、毎日大量の問い合わせを受けるほど盛況となった。マイノリティでなくとも日本へ移住したいと思っている外国人達にとって、藤子の掲げる政策が高く評価されたからだろう。
 もちろん過疎化したとはいえ、日本の古き良き風土が残る景色や自治体の長所等も強調した。そうしたネットの活用により、多くの人の目を引くことができたのである。おかげでこれから構築しようとしている施設や制度に魅力を感じた人々から、移住の仮申し込みが殺到したのだ。
 それらの大量なアクセスを処理するには、システムにかなりの負担がかかる。そうした面で、晶はかつて一緒に働いた職場の同僚に声をかけ能力の高い人材を集めた。 
 それは移住希望者の要望を一つ一つ丁寧に聞き取り、それに合わせた対応ができる体制を整える為にも不可欠な仕事だった。
 よくある問題は、移り住んでみたものの思っていた生活では無いと感じ、直ぐ去っていく人々ばかりが集まる事だ。そうなると定住してくれない為、費用対効果が悪く自治体の目的も果たせなくなる。
 そこで耳触りの良い謳い文句ばかりではない現実的な問題を解決できるよう、きっちりとしたバックアップ体制の整った組織を構築したのだ。
 もちろん事前に現在の議会の議員達に根回しした上で、メリットがある方式を立てた。こうしておけば藤子が選挙に勝って当選した場合、議会の反対を受けて政策が進まないという心配もなく、すぐさま実行に移すことができるからだ。
 薫はフリーライターの経験を活かし、毎日街を走り回っては情報を収集した。日々の暮らしを通じて地域の魅力を文章にし、晶達が作ったブログや自治体が発行する広報誌等に掲載する為だ。その際には世界各国から移住してくるだろう外国人も少なく無い為、様々な言語に翻訳された文章を掲載した。
 先に移住した外国人が、新たに移住希望する人達の対応をする仕事に就くことができれば、そこにも雇用が生じる。雇用が生れれば経済は活性化する。そうすればまた新たに移住したいと考える人々が増えるだろう。そうした好循環を生み出せれば、藤子の政策も必ず軌道に乗るはずだ。
 人が増えれば食事をする店や雑貨店等も必要となる。老人を介護する人手だって創出できるだろう。子供達を教える先生や幼児の面倒を看る人の数も確保できるに違いない。
 多様性を受け入れあらゆる面でWIN―WINの関係が維持できるとなれば、この自治体は差別意識を持たない人々の手により、一層の発展を遂げるはずだ。
 晶はこの街に移住してから、毎日がとても充実していた。公安のエスだった頃は命の危険を感じていた時もある。そうでなくとも緊張が続く日々が長い間続いていた。 
 しかし今はそんな想いをしなくて済んでいる。これまでとは全く異なった種類の、やりがいがある仕事だと実感が湧いていた。
 恐らく薫もそう思っていたのだろう。藤子の選挙事務所の片隅で、席に座ってキーボードを打っている晶の机の傍に立ったまま言った。
「兄さんとこうした形で一緒に仕事ができるなんて、想像もしなかった。いずれはやりたいなあなんて夢を語り合っていたけど、こんなに早く実現するなんてね」
「ああ。でもこれはあいつが死んだ犠牲の元にあることを、忘れちゃいけないよ」
 しかし彼女は首を振った。
「あの人は犠牲になったなんて思っていないよ。私達は必死に止めたんだから。それでも自分で死を選ぼうとして、殺されてしまったんだから。でもその結果、こういう状況を生み出すきっかけになったとあの世で知ったら、絶対に喜んでいるはずよ」
「そうかもしれないな。まさしく怪我の功名ってやつだ。でもあいつこそがこの素晴らしくなるだろう環境で生きられたらと思うと、俺は残念でならない」
「それは言ってもしょうがないよ。それに他人の前で遠慮なく兄さんと呼べるなんて三十年振りなんだから。もっとお婆さんになって、公安からお払い箱になるまでは無理だと諦めていたのに」
 そこで晶は周囲を見渡し、他の人が聞いていないかどうか確認してから小声で言った。
「そう言ってくれると有難いが、本当はあいつにそう言って欲しかったよ。向こうもそう思っていただろう」
「それも今更の話じゃない。私の兄貴はもうあなたなんだから。死んだあの人じゃない。うっとうしい妹が出来た代わりに、あなたが藤子さんを姉さんと呼べなくなったことは諦めないとね」
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