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第7章 -①ぶつかり男―栄太
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栄太はいつも通り五時半に起き、六時半過ぎには集合場所の駅にいた。
「相変わらず混んでるな。時々、どこからこれだけの人が湧いてくるのかって思うよ」
「俺よりずっと長く東京で住んどる栄太でも、そう感じるんやな。関西の一地方都市に過ぎん羽立と比べもんにならんのは分かっとるが、ホンマに東京へ人が集まりすぎや。そりゃあ、仕事前にこんだけの人混みに毎日晒されとったら、ストレスも溜まるわ。せやから、色んなアホが出て来るんとちゃうんか。全く、何とかしてくれって話やろ」
CMT発足当初に調べ分かってはいたが、痴漢などの要因として混雑した状況やストレスが挙げられていた。
今回の対策対象のぶつかり男も、ストレスなど日頃に溜まった鬱憤を自分より弱い立場の人に向けた憂さ晴らしというのが、加害理由の一つと言われている。
加えて女性蔑視もあり見下しているからこそ標的にし、痛がって苦しむ顔が見たいが為に暴力を振るう、または自分より幸せそうに見えるとの妄想から、嫌悪感を抱く心理が働くそうだ。
さらにはすれ違いざまに肩や腕で胸などを触る痴漢行為の為、ぶつかるというよりは接触するケースさえあるという。
「まあそういうな、辰馬。今日もそういうアホから、登録者達が嫌な目に遭わないよう見守っていこう。それが俺らの役目じゃないか」
「そうやな。例え嫌な目に遭うても、俺らが文句言うて少しは気が晴れるようにせなあかん」
CMTならぬBTT、ぶつかり男対策隊が動き出して今日で五日目だ。今のところ、直接被害に遭った登録者はいなかった。
しかしぶつかりまではしないものの、すれ違いざまにブス、デブと暴言を吐いたり、どけ、邪魔だと乱暴な口を利いたりする輩は何人か出没していた。マークしていた登録者の傍で、辰馬自身も既に二度、遭遇しているのだ。
そうした忌々しい経験から、先程のような愚痴が思わず出たのだろう。他のメンバーからも事前に聞いてはいたものの、初めて実際近くで目にし、耳にした時、彼は驚きと同時に激しい怒りが湧いたに違いない。
「おい、ワリャ、今、何言うたんじゃ、ボケ!」
と即座に怒鳴ってしまい、通り過ぎようとした男を追いかけて前に回り込んだのだ。
別の登録者のマーク中で近くにいた栄太が騒ぎに気付き目を向けると、相手は息を呑んで立ち止まり、目を丸くして自分よりずっと背が高く坊主頭の辰馬を見上げていた。
ブスと口走った五十代位の男も、さらに年上のおじさんに注意されるとは思っていなかったのだろう。
もしかすると、女性の連れと勘違いしたのか、または堅気に見えない辰馬の迫力に気圧されたのかもしれないが、彼は素直に
「す、すみませんでした」と頭を下げた。
女性に対して取った態度とは余りにかけ離れ、蚊の鳴くような声で怯えていたその様子に気を取られたのだろう。そのまま逃げるように立ち去る男を、茫然と振り返っていた。
「あ、有難うございます。あ、あの、もしかして、CMTの辰馬さんですか」
アプリ登録者だからか、暴言を吐かれた彼女は気付いて立ち止まり、そう声をかけていた。
「あ、ああ、そうです。こちらこそ、すみません。余計な真似をして」
頭を下げる辰馬に、彼女は首を振ってにこやかに言った。
「いえ、有難うございます。驚きましたが、ああ言って下さったおかげで、少し気分がスッとしました。朝の通勤時間帯に見守り隊が、この駅の構内に待機する予定だというお知らせをアプリで見ましたが、このことだったんですね」
あたふたして口籠っている彼の代わりに、異変を察知し駆け寄った栄太が説明した。「そうなんですよ。詳しくは書きませんでしたが、この界隈でぶつかり男がよく出没するという登録者の声を聞いて、新たにその対策を始めた所なんです」
「そうでしたか。それは助かります。そう言えば、そんなアンケートが少し前にありましたね。私も答えましたし、実際ここで被害に遭った同僚もいますから」
そう言った彼女は二十代半ばか後半くらいだ。亨先輩の会社の社員かもしれない。それなら同じく登録し、この駅を利用している女性社員が十数人はいるだろう。
「そうですか。まだテスト的に始めたばかりで、今後どれくらい続けられるかは分かりませんが、少しでも登録者の方達が安全に安心して通勤できるよう努めます」
「有難うございます。あ、あの、あなたは元刑事の担咲栄太さんですよね。動画で拝見しました。色々騒がれて大変だと思いますが、私達は応援していますので頑張ってください」
そこで辰馬と一緒に求められるまま握手をし、会社があるのでと去った彼女を見送った。開始間もなくの実体験により、BTTの存在意義を改めて感じ取った上で彼は反省をしていた。いちいち怒鳴り返していたのでは、いつトラブルが起きないとも限らないからだ。
その為対応方法を改めて他のメンバーと話し合い、彼は二度目には、同じくブスなどと言い放った男に遭遇した際は、怒鳴ることなく、
「ブ男、臭いんじゃ、ボケ」
と、言われた女性にも聞こえるよう、言い返すだけにしていた。
怒鳴れば言い返され喧嘩になるなど、更なる問題を招きかねない。それは女性にも迷惑が掛かる。
とはいえ不快な気分は晴らしたい。そこで考えたのが、悪口には悪口で返す方法だ。
これは実際同じ被害に遭った女性が対策として考えた方法の一つで、ネットにも書き決まれていたものである。
他にダサッ、など女性に言われると傷つくだろう言葉もあり、自分が逆の目に遭えばどんな気持ちになるかを知らしめる為には有効、とされていた。
ただし男が逆上する恐れもある為、女性の実行は人混みに紛れ逃げられる場合に限る、との注意点も挙げられていた。
ぶつかり男は、周囲に人が余りいない時間帯に現れるケースもあるという。騒がれた場合、逃げやすいからかもしれない。そういう時、下手に相手を刺激すると逆切れされ、危険な目に遭う恐れもあるからだ。
今回BTTがどの時間帯で行動するか、登録者アンケートや実際被害に遭ったと思われる人の事例などを分析した結果、人が余りいない午後の早めの時間も捨てがたかったけれど、効率や発生頻度など総合的に考えて朝の通勤時間帯、七時から八時半までと決めた。
ちなみに周囲にいた他のBTTの証言によれば、辰馬からブ男と言われた奴は一瞬振り返った後、チッと舌打ちをしただけでそのまま通り過ぎたという。
その際辰馬はトラブルを避ける為、意図的に振り向かなかったからだと思われる。立ち止まり引き返してまで文句を言ってくる相手では無かっただけか、元々そんな気概など無い輩がそういう行動を取ったからかは不明だ。
しかし言われた女性は、一瞬ムッとしていたが、辰馬の言葉が耳に入ったのだろう。プッと吹き出し、笑いながら歩いて行ったという。
辰馬の行動指針は自警団とは違う。行き過ぎた行動は対立を深め、新たな争いを産む。よってあくまで人に寄り添い、平穏な毎日を少しでも継続させる手伝いができればいいのだ。
「それでええ。俺らが守っとるとか気がついて貰わんでも、気分よう過ごせたら十分やろ」
後で辰馬はそう言い、栄太は頷いた。
「ああ。気分の悪い出来事が、後で笑い話の一つに変わればそれだけで御の字だよな」
そう言っている間に時間となった。今回は、CMTの時より倍以上の二十四名が集まり、登録者数を増やした成果が出たと言える。
ただ周囲から注目を浴び過ぎないよう、各自が少しずつ離れた場所に待機しており、位置や人数はアプリで確認していた。
八月最終週の中日、駅構内は比較的ヒンヤリと涼しいが、連日熱帯夜が続く外ではまだまだ朝から日差しが厳しい。その為、会社に向かう女性達の装いは大半が薄着だ。
男性達もスーツの上着を着る人は少なく、シャツ姿が多く見られる。よってそうした人に紛れるよう、今回招集されたBTT達のほとんどは、通勤中のサラリーマンと似た格好をしていた。
「よし、皆揃ったな。では各自、配置についてくれ」
目立たないよう、栄太はマイクに向かって小声で指示を出すと
「了解です」
とそれぞれが返事をし、指定された場所へと散らばった。
今日は乗り換えなどで行き来する構内の直線、約二百メートルの通路が対象地点だ。この駅では他にもぶつかり男が出没した場所があり、その中で最も多い地点二か所を日替わりで監視することとなっている。
辰馬と栄太を含めた六名は直線通路の一番端で待機し、通り過ぎる人々の中でアプリ登録者の女性を画面と目視で確認し、把握できれば二名ずつに分かれてその前後を歩く。
反対側通路の端までそれが続き、到達すればそこで女性と別れて次のターゲットを探すのだ。
同じく反対側に待機していた六名も、逆側から歩いて向かう女性達を栄太達と同じ行動でマークする。つまり十二名六組が、通路を行き来するターゲットを追いかけて見守る要員だ。
残りの十二名は六名ずつに別れ、それぞれが通路の三分の一辺りで待ち合わせをしているかのように待機し、通過する女性達や追随するBTTを見守る役目だった。
彼らは何か起きた場合の応援部隊であり、また追随から漏れた女性達がいた場合や、登録していない人達でも被害に遭っていないか、怪しげな動きをしている輩を見つければ仲間に知らせる、などの対応も任されていた。
こうして大きく四組に分けたのは、登録者同士で相互監視する意味合いも、実は含まれているのだ。 また同じ場所にずっといれば不審に思われる為、それぞれ三十分程度を目安として、グループや場所の入れ替えをした。
さらにスマートグラスで映像を撮る人員を、二十四名の内六名とこれまでより多くし、リアルタイムでの監視体制も強化した。
よってこれまで以上に、運営者である則夫の会社における負担は、人員だけでなく費用的にも相当増したと聞いている。
それでもこんな体制が取れたのは、基金参加者の支援の他、活動に賛同する多くの人達からの寄付や、登録者数の増加による公告収入のおかげらしい。
特に亨先輩の会社の社員は、これまでの実績により高い効果を期待したからだろう。
登録者の制限を緩和すると、女性はもちろん男性社員が多数参加した上、自らの通勤時間帯を早めたり、午前休などを取得してまでBTTに加わったりしてくれる社員まで現れた。
さらに彼らは身内や友人、知人達にまで声をかけ、参加出来る人達を集めてもくれたのである。
結果、栄太と同じく定年退職した人やフリーランスで時間に融通が利く人、駅周辺に勤める人や近くに住む人までもが参加を表明してくれた。
よって毎日毎朝七時から八時半まで二十四名の監視体制を組むという、一見無謀にも思える行動がとれるようになったのだ。
ちなみにこの時点ではまだ登録料は無料のままだが、今後は守られる側からだけ登録料を取る構想があるらしい。
将来的に守る側は無料の上、ケースに応じてポイントが付与される体制を考えているそうだ。
守られる側が痴漢などに合わなかった、または捕まえて貰ったなどと感謝した場合、守る側に投げ銭などができれば、善意の行動は単なるボランティアからポイ活に変化する。そうすることで、守る側の更なる登録者の増加を想定しているという。
さらにはアプリ利用の応用編として、守られる側の登録者同士でトナラーを防ぐことも考えられていた。
トナラーとは、電車や飲食店、スポーツジム、サウナ、駐車場など、周囲に空席があるにもかかわらず、あえて誰かの隣に座ったり、隣に駐車したりする人を指す。特にわざわざ女性の隣に座る男達がいた場合、モヤモヤや不快感を抱く上、身の危険を感じることさえあるらしい。
それらの防御策として、同じアプリの登録者同士で集まるのだ。そうすれば、例え見知らぬ相手でも登録している女性同士なら安心であり、男性であればなお守って貰えると期待ができる。
そうした出会いがきっかけで、お付き合いが始まることさえあるかもしれない。
痴漢に限らず有効な活用方法が複数あれば、有料でも登録したいと思う人は増えるだろう。また守る側もただその場にいるだけで感謝され、運よくポイントが手に入るかもしれないと思えば、登録しがいがある。
将来的にはそんな体制を目指そうと、則夫はしているのだ。
こうして順調にスタートしたかに見えたBTTだったが、この日は違った。
「注意、注意。ユーチューバーと思われる集団三名を、通路D地点で発見」
開始から一時間ほど経過し、トラブルもなく十数名の登録者達の無事を見送った頃、イヤホンから連絡が入った。栄太達がいる場所から最も遠い、反対側通路端にいた仲間からだ。
「どうしてこんな朝早くに。私人逮捕系か。もしかしてコンチャイズムじゃないだろうな」
栄太がそう尋ねると、報告者が捉えた映像を見ている本部の社員から連絡があった。
「いえ、コンチャイズムではありませんね。ただどこかで見たことがあります。辰馬さんや当社の行動を動画で非難していた人達だと思いますが、今調べます」
フェス騒動以降、コンチャイズム以外にも栄太達の過去を暴き、公然と批難を繰り返す動画配信者が現れていた。度を過ぎた誹謗中傷する配信者に対しては、則夫の会社の顧問弁護士から警告を出しているものの、次々と湧いてくる為になかなか埒が明かないと聞く。
すると、別のメンバーからも報告が入った。
「あっ、こっちにもいますね。ホームにいた私人逮捕系の奴らが、降りて来たんでしょうか」
「おいおい、何だ。映像で確認はできないのか」
「今、スマートグラスをかけた人員が、相手に向かっています」
嫌な予感しかしない。単なる私人逮捕系なら現れても不思議ではないが、栄太達の行動を非難する奴らなら話が違ってくる。彼らの目的が、活動を妨害する為だとすれば厄介だ。
ここでBTTの活動をしている事は、アプリ登録者であれば周知の事実ではある。つまり彼らが知っていたなら、通じている仲間が登録者の中にいると考えていい。
フェスの際に明らかとなった事情から、当然予想はしていた。だがそれにしても早い。
こちらの通路にもいるのかと思い、スマートグラスをかけた栄太は周囲を窺った。だがそれらしき姿は見えない。
八時を過ぎ通勤等で通路を行き交う混雑はピークに達しつつある。
「よりによって、このタイミングかよ」
そうしている間に、本部で監視している則夫の声が耳に入った。
「現れた二組はコンチャイズムじゃない。だけど、どちらも俺達の活動に批判的なコメントを動画で配信している奴らだと分かった。今日の面子で顔ばれしているのは、タッチャンと栄太さんだけのはずだから、二人は一旦今いる場所から離れたほうがいいと思う」
しかし彼の提案に対し、辰馬が首を振った。
「嫌じゃ。これからまだ人が増える時間やし、あいつらが来たから言うて、なんで俺らが逃げるような真似をせんとあかんのや。どう動いてくるかも監視せな、アカンのとちゃうか」
正論ではあるが懸念もある。則夫もそう考えたのだろう。一瞬黙った後、改めて指示した。
「分かった。でも登録者の前後を歩く役割はやめよう。あいつらが絡んできたら、アプリ登録者達にも迷惑が及ぶ。だから二人はB地点の監視役二人と変わって下さい。その他のメンバーはそのまま、終了予定時刻までこの体制で行きましょう」
守るべき人達への被害を考慮すれば、辰馬も納得せざるを得なかったのだろう。不承不承ながら指定された位置に移動した。栄太もその後を追う。
その途中で追加の情報が入った。
「二組の集団は男性三名ずつ。現在それぞれC地点近くを徘徊。B地点へ進行中。誰かを探している様子なので、それぞれ注意して下さい」
目的は辰馬や栄太のような、顔バレしている面子かもしれない。やはりこの通路での活動情報を入手したのだろう。そこで見知った人物を見つければ、何か仕掛けてくるはずだ。
辰馬を見つけ、過去の暴力行為などを糾弾して挑発し、あわよくば手を出させようとの企みかもしれない。もしそんな場面を動画で撮影できれば、それこそ私人逮捕の餌食だ
「辰馬。絡まれても、絶対に手を出しては駄目だぞ」
栄太がそう忠告したら、彼に鼻で笑われた。
「何を言うとる。お前のほうが昔から、俺より切れるんは早かったやろ。そっちこそ、元警察OBで現役の交番相談員が暴力を振るうたら、えらい目に遭うぞ。気ぃつけろや」
そう言っている間に、恐れていた事態が起こった。
「ああ、いたいた! あれが今評判の、かつて関西の田舎で暴走族をしていた元総長です! 噂通り、無駄に背がデカい坊主やな。六十過ぎであんな爺さん、なかなか見ないよね」
「お、横にいるのは、同じ暴走族で親衛隊長だったという、元刑事じゃないか。それにしても、平気で人を殴っていた人が警察官になれるなんておかしいよな。今も警察関係の仕事をしているらしいけど、犯罪者が犯罪者を捕まえるなんて間違っていると思いませんか!」
通勤途中の乗り換えの為に黙々と速足で歩く大勢の人達が行き交う中、一人がスマホで撮影をし、二人が大声を張り上げ会話しながら、こちらへとゆっくり向かって来た。
周囲の人達が何事かと一瞥はするものの、急ぐし係わりたくないからか、彼らを邪魔だと避けつつ、無言で追い越して行く。反対側に向かう人達はチラ見しながら通り過ぎて行った。
すると別の集団が、周囲の冷たい視線をものともせず、同じくこちらへと近づいて来た。
「アレッ、何か騒がしいと思ったら、どうも別の撮影隊が発見したようですね。そう、今日我々が朝の通勤で混む駅にやって来たのは、最近巷で騒がれている偽善集団の大ボス、三十年の眠りから覚めたという元暴走族の総長に突撃インタビューをする為だったのです!」
「しかし六十過ぎのおっさんが、朝早くの駅で何をしているのかね。おかしな真似をするくらいなら、わざわざ目を覚まさないでそのまま永眠してくれたら良かったのに、いい迷惑です! ゴジラじゃあるまいし、街を破壊されても困るんですけど!」
「アレッ、君、今や世界に名を馳せたゴジラと一緒にしたら失礼でしょ。謝りなさい」
「失礼しました! ゴジラさん、ごめんなさい!」
「タッチャン、栄太さん、そのまま待機。B地点の他の二人は少し離れ、スマートグラスで撮影し続けて下さい。もう少し経てば応援が来ますから、それまでの我慢です」
状況を把握したのだろう。則夫の指示が耳に届く。それを聞いて辰馬が口を開いた。
「分かっとる。他の面子はこっちを気にせんと、引き続き登録者のマークについてくれ。この騒ぎに乗じて、おかしな真似をする奴らが現れんとは限らん。注意してくれや」
「了解。B地点近くの集団を避けようとして、これまでうまくすれ違っていた人の流れが乱れています。C地点からA地点までの通路が要注意。一部既に衝突が発生している模様」
「皆、聞こえたか。この混み具合だと痴漢行為が起こる可能性もあり。注意して下さい」
「了解。こちらC地点監視チーム。問題のある場所へ、少し移動します」
やり取りが飛び交う中、栄太達の目の前に三人の若い男達が現れた。
先程から大声を出しながら近づいて来た奴が、第一声をあげた。
「こんにちは! あなたがヤクザ辰馬かな?」
「おい、違うだろう。朝の八時過ぎだから、おはようだって」
「いやいや、ツッコむ場所が違うよ。ヤクザじゃなくてイナグザっていうらしいから」
「おっ、そうなのか。でも関西のド田舎の地元では、ヤクザのタッチャンって呼ばれていたんだろ。もう四十年以上も前らしいけど」
「俺ら、まだ生まれてもねぇじゃん!」
「四十年前って戦前か? 昭和なのは確かだな」
ごちゃごちゃと煩い三人のやり取りを、辰馬は無表情で見下ろしていた。
できるだけ通勤中の人達の邪魔にならないよう、通路の端の壁まで移動し背を向けていた為、彼らに取り囲まれる状態で立っていた。
その横で栄太も黙っていたが、不機嫌な顔をしていたからか、攻撃の矛先がこちらへと向かって来た。
「あれ、怖い顔で睨まれたよ。俺ら、逮捕されるような真似はしてないのに。でもこの人、元刑事だけど今は違うから逮捕権は無いんだよ。俺達と同じ一般人と変わらないから」
「それじゃ、俺達がこいつを私人逮捕してもいい訳か」
「面白れぇ。元刑事を私人逮捕、衝撃の瞬間! なんて映像が取れたらバズっちゃうじゃん」
言い返す言葉はいくらでもあったが、挑発に乗っては相手の術中に嵌まる。それに撮影しているのはこっちも同じで、向こうが犯罪行為と判断される動きや発言をすれば、先んじて取り押さえればいい。後で揉めたとしても、証拠さえあれば間違いなく勝てる。
また無関心を装っているとはいえ、周囲にはこれだけたくさんの人がいるのだ。目撃者やその証言を取ろうと思えば、いくらだって出て来るだろう。
彼らが一方的に騒ぎ、何もしていない六十過ぎの男性二人に対し、明らかな挑発行為をして絡んでいたと、多くの人が口にするはずだ。
しかしその為には、こちらが罠に嵌まって先に手を出してはいけない。
そう思う栄太と共に辰馬も黙って反応しない為、彼らは苛立ったのだろう。
「おい、じじい。何か返事をしろよ。耳、聞こえてないのか」
「あっ、何か耳に付けてるな。もしかして補聴器か?」
「お~い! ヤクザのタッチャン、聞こえてますか~!」
声のボリュームをさらに上げたからか、通行人の多くがこちらに視線を向けた。中には、
「うるせぇな」
とぼやく人もいた。その声が聞こえたのだろう。
「何だ! 文句あんのか!」
「こっち、見てんじゃねぇよ!」
彼らは周囲を見渡し睨みつけ、怒声を上げた。
そんな様子を見かねた辰馬が口を開いた。
「もうちょっと、静かにせえや。みんなに迷惑やろうが」
ようやく反応したと喜んだ彼らは、不機嫌な表情を一変させ、笑みを浮かべ挑発を始めた。
「何だ、じじい。聞こえてんじゃねえか。さっきから何を無視してんだよ」
しかし再び口を閉ざし無表情で見下ろしつつ、微妙に視線を逸らす彼に焦れたようだ。
「おい、また無視してんじゃねぇよ。何か言えって、じじい!」
再び大声で怒鳴った相手に、辰馬は鼻で笑いながら言った。
「若造、だから言うとるやろ。周りに迷惑やから、静かに喋れや。ニホンゴ、分からんか」
「何やと! このクソじじい!」
「だから何度も言わせんな。もっと静かに喋れや、小僧」
「ほう! じじい、俺らに喧嘩を売ったな」
「だから日本語を、もうちっとは勉強せえや。喧嘩を売っとるんはお前らやろ」
「なんやと!」
「そっちが暴力で解決したいのなら、相手になってやってもいいぞ。しかし言っておくが、このじじいは滅茶苦茶強いから、後で後悔しても知らないよ。お前らが束になっても絶対に敵わない。ただ、六十過ぎのじじいに三人がかりで殴り掛かったら、即逮捕するけどね」
栄太が横から口を出すと、彼らもまずいと気づいたのか、調子を変えて来た。
「ほう。じじいのくせに、元総長だった昔が忘れられないようだな。いくら強かったと言ったって、四十年以上前の話しだろ。俺ら三人相手に、本気で勝てると思ってんのかよ」
「何や、お前ら。わざわざそんなことを言いに、雁首揃えて朝早うから来たんか。俺らがここにおるって誰から聞いたか知らんが、腕力勝負をしたいんやったら最初からそう言えや」
喧嘩を仕掛けていると思われれば、思惑と逆になると焦ったのか、一人が首を振った。
「じじい相手に、そんな弱い者苛めなんか、俺らがする訳ないだろ。最近お前ら、痴漢を撃退するとか善人の振りして、女子高生や若い女性の厭らしい映像を撮っているらしいな。そんな悪人を退治する為に、俺達は来たんだよ。おい、元刑事のじじい。おまえがかけているのは眼鏡じゃなく、スマートグラスだろ。それで勝手に撮影しているんだよな」
「俺らの許可なく、スマホで勝手に撮影しとるお前らが、どの口でそれを言うとるんや」
「お前らの痴漢行為と一緒にするな。俺達の撮影は、犯罪行為の証拠を押さえる為だ」
「だったらお互い、これまで撮った映像を見せ合うか。少なくともここ数分間だけでも、君達が駅構内で大声を出すという迷惑防止条例違反に抵触する行為が、どちらにも録画されていると思うが。それを警察に確認して貰ったらどうなるだろう。俺は警察官と同じ逮捕権はないが、君達と同様に私人逮捕権はある。何なら、今すぐ現行犯で逮捕してやろうか」
「やれるもんならやってみろ! じじい!」
彼がそう叫んだ時、もう一つのグループが現れた。
「アレッ、どうやら我々は一触即発の場面に遭遇したようですね! かつて暴走族という集団暴力で人を束ねていた元総長だ。問題解決には、やはり腕力を使うようです!」
どうしても手を出させたいのだろう。似た挑発行為に、辰馬も栄太も呆れて口を噤んだ。
「アレッ、どうしましたか? 暴走族の元総長とか、一人で何十人も倒したというのは遠い昔で、単なるハッタリだったかな? 三人相手におじさん二人では、さすがに敵いませんか」
次に現れたグループはチンピラ色が強かった奴らと違い、大声を出すタイプではないようだ。
しかしこういう見た目も大人しい相手のほうが、ある意味質が悪い。口論をしても相手の主張はまともに聞かず、本質から逸らして苛立たせ会話にならず諦めさせ、それで論破したと勘違いし勝利宣言をするタイプだ。
こういう手合いは、話すだけ無駄だと分かっている為、二人共無視を貫いた。
「アレッ、どうやら図星だったようですね。無視ですか。こんなおじさん達に舐められたままで良いんですか。駄目ですよね。全国に恥を晒しちゃいますよ。もっと続けて下さい」
彼らにとってはどちらが先に手を出そうが、揉めている映像が撮れればいいのだろう。その為、先発のチンピラ達をけしかけた。
だが彼らだってそんな挑発に乗るほど馬鹿ではない。
「いや、そういうお前らが相手にすればいいだろ。見物人気取りで逃げてんじゃねぇよ」
「アレッ、喧嘩を売る相手を間違っていますよ。退治しなければいけないのは、このおじさん達ですよね。痴漢から守ると言いながら、女子高生を中心に女性から支持を受けて囲まれる様子をスマートグラスで盗撮し、その映像で厭らしい事をしているらしいじゃないですか。六十を過ぎたいい年のおじさんに、こんな真似をさせていたら駄目ですよ」
「だったら、お前らがそう言えばいいだろ」
「いえいえ、お先に始めたのはそちらじゃないですか。割り込みなんてできません」
双方が言い合いを始めた際、本部にいる則夫からの声が耳に届いた。
「調べて分かったけど、その二組とも以前コンチャイズムとコラボしている。最初のチンピラの名前と、後で来た奴の名前が特定できたよ。特定厨の書き込みの一部を見つけたから」
それを聞いた栄太がぼそっとその名を呟くと、彼らは目を丸くしてこちらを向いた。
「な、何だ、お前!」
「ほう。個人名を晒されるのがそんなに嫌なのか。もう一度言ってやろうか。俺達以外にも撮影や録音している人が、何人かいるようだからな。知りたい人もいるだろう」
この様子は栄太の他、少し離れた場所にいるBTTのメンバーがスマートグラスで撮影していたが、先程から立ち止まりスマホを向けている人も実際いた。
それを利用し再度繰り返すと、先程まで冷静な口調で、アレッ、と繰り返していた男の態度と口調が豹変した。
「おい、辞めろ。勝手に個人情報を流すのは違法だぞ」
「ん? お前ら、俺らの名前を勝手に動画で晒して広めとったんとちゃうんか。違法やと認識してやっとったんなら、それはそれで問題やろ」
「あ、あんたは、とっくの昔に新聞などで広まっているだろう。一般人の俺達とは違う」
「おい、おい、そんなに焦るなよ。ただ俺は人の名前を呟いただけじゃないか。別に君達がそうだと言った訳じゃないし、口にしただけで広めてはいない。今のところは、ね」
「広めるつもりじゃねぇか! それは脅しだろ!」
チンピラ野郎が怒鳴ったが、栄太は笑いながら首を振った。
「いやいや、そんなつもりは毛頭ない。俺はこれでも元警察官で、今でも交番相談員という公務員だ。法を犯す真似はできないよ。ただ君達と同じように、俺達を勝手に撮影している人が今後どうするかまでは、今の段階だと取り締まれないからね」
こういう輩に多い、攻撃にはめっぽう強気だが攻められると途端に弱くなるタイプらしい。自分達のこれまでの振る舞いを棚に上げ、周囲でスマホを使い撮影している人達に向け、チンピラ野郎が怒鳴り散らし始めた。
「おい! お前ら、何、勝手に撮ってんだ!」
「そこのあなた、映像を今すぐ消しなさい。さもないと、あなたの顔を晒しますよ」
アレ男も、口調は穏やかだが焦った調子で脅しにかかった。
その為、一部の人達はスマホと顔を隠しながら足早に去り、または人混みに紛れてどこかへと行ってしまった。
一見、遠巻きに撮影をしていた人は居なくなったように見えたからか、彼らは再び栄太達のところへ戻り、再び絡んで来た。
「よくもやってくれたな! じじい、絶対タダでは済まさんぞ」
「私達も容赦はしません。必ず悪事を明らかにし、ネットで吊るし上げてやりますよ」
「相変わらず混んでるな。時々、どこからこれだけの人が湧いてくるのかって思うよ」
「俺よりずっと長く東京で住んどる栄太でも、そう感じるんやな。関西の一地方都市に過ぎん羽立と比べもんにならんのは分かっとるが、ホンマに東京へ人が集まりすぎや。そりゃあ、仕事前にこんだけの人混みに毎日晒されとったら、ストレスも溜まるわ。せやから、色んなアホが出て来るんとちゃうんか。全く、何とかしてくれって話やろ」
CMT発足当初に調べ分かってはいたが、痴漢などの要因として混雑した状況やストレスが挙げられていた。
今回の対策対象のぶつかり男も、ストレスなど日頃に溜まった鬱憤を自分より弱い立場の人に向けた憂さ晴らしというのが、加害理由の一つと言われている。
加えて女性蔑視もあり見下しているからこそ標的にし、痛がって苦しむ顔が見たいが為に暴力を振るう、または自分より幸せそうに見えるとの妄想から、嫌悪感を抱く心理が働くそうだ。
さらにはすれ違いざまに肩や腕で胸などを触る痴漢行為の為、ぶつかるというよりは接触するケースさえあるという。
「まあそういうな、辰馬。今日もそういうアホから、登録者達が嫌な目に遭わないよう見守っていこう。それが俺らの役目じゃないか」
「そうやな。例え嫌な目に遭うても、俺らが文句言うて少しは気が晴れるようにせなあかん」
CMTならぬBTT、ぶつかり男対策隊が動き出して今日で五日目だ。今のところ、直接被害に遭った登録者はいなかった。
しかしぶつかりまではしないものの、すれ違いざまにブス、デブと暴言を吐いたり、どけ、邪魔だと乱暴な口を利いたりする輩は何人か出没していた。マークしていた登録者の傍で、辰馬自身も既に二度、遭遇しているのだ。
そうした忌々しい経験から、先程のような愚痴が思わず出たのだろう。他のメンバーからも事前に聞いてはいたものの、初めて実際近くで目にし、耳にした時、彼は驚きと同時に激しい怒りが湧いたに違いない。
「おい、ワリャ、今、何言うたんじゃ、ボケ!」
と即座に怒鳴ってしまい、通り過ぎようとした男を追いかけて前に回り込んだのだ。
別の登録者のマーク中で近くにいた栄太が騒ぎに気付き目を向けると、相手は息を呑んで立ち止まり、目を丸くして自分よりずっと背が高く坊主頭の辰馬を見上げていた。
ブスと口走った五十代位の男も、さらに年上のおじさんに注意されるとは思っていなかったのだろう。
もしかすると、女性の連れと勘違いしたのか、または堅気に見えない辰馬の迫力に気圧されたのかもしれないが、彼は素直に
「す、すみませんでした」と頭を下げた。
女性に対して取った態度とは余りにかけ離れ、蚊の鳴くような声で怯えていたその様子に気を取られたのだろう。そのまま逃げるように立ち去る男を、茫然と振り返っていた。
「あ、有難うございます。あ、あの、もしかして、CMTの辰馬さんですか」
アプリ登録者だからか、暴言を吐かれた彼女は気付いて立ち止まり、そう声をかけていた。
「あ、ああ、そうです。こちらこそ、すみません。余計な真似をして」
頭を下げる辰馬に、彼女は首を振ってにこやかに言った。
「いえ、有難うございます。驚きましたが、ああ言って下さったおかげで、少し気分がスッとしました。朝の通勤時間帯に見守り隊が、この駅の構内に待機する予定だというお知らせをアプリで見ましたが、このことだったんですね」
あたふたして口籠っている彼の代わりに、異変を察知し駆け寄った栄太が説明した。「そうなんですよ。詳しくは書きませんでしたが、この界隈でぶつかり男がよく出没するという登録者の声を聞いて、新たにその対策を始めた所なんです」
「そうでしたか。それは助かります。そう言えば、そんなアンケートが少し前にありましたね。私も答えましたし、実際ここで被害に遭った同僚もいますから」
そう言った彼女は二十代半ばか後半くらいだ。亨先輩の会社の社員かもしれない。それなら同じく登録し、この駅を利用している女性社員が十数人はいるだろう。
「そうですか。まだテスト的に始めたばかりで、今後どれくらい続けられるかは分かりませんが、少しでも登録者の方達が安全に安心して通勤できるよう努めます」
「有難うございます。あ、あの、あなたは元刑事の担咲栄太さんですよね。動画で拝見しました。色々騒がれて大変だと思いますが、私達は応援していますので頑張ってください」
そこで辰馬と一緒に求められるまま握手をし、会社があるのでと去った彼女を見送った。開始間もなくの実体験により、BTTの存在意義を改めて感じ取った上で彼は反省をしていた。いちいち怒鳴り返していたのでは、いつトラブルが起きないとも限らないからだ。
その為対応方法を改めて他のメンバーと話し合い、彼は二度目には、同じくブスなどと言い放った男に遭遇した際は、怒鳴ることなく、
「ブ男、臭いんじゃ、ボケ」
と、言われた女性にも聞こえるよう、言い返すだけにしていた。
怒鳴れば言い返され喧嘩になるなど、更なる問題を招きかねない。それは女性にも迷惑が掛かる。
とはいえ不快な気分は晴らしたい。そこで考えたのが、悪口には悪口で返す方法だ。
これは実際同じ被害に遭った女性が対策として考えた方法の一つで、ネットにも書き決まれていたものである。
他にダサッ、など女性に言われると傷つくだろう言葉もあり、自分が逆の目に遭えばどんな気持ちになるかを知らしめる為には有効、とされていた。
ただし男が逆上する恐れもある為、女性の実行は人混みに紛れ逃げられる場合に限る、との注意点も挙げられていた。
ぶつかり男は、周囲に人が余りいない時間帯に現れるケースもあるという。騒がれた場合、逃げやすいからかもしれない。そういう時、下手に相手を刺激すると逆切れされ、危険な目に遭う恐れもあるからだ。
今回BTTがどの時間帯で行動するか、登録者アンケートや実際被害に遭ったと思われる人の事例などを分析した結果、人が余りいない午後の早めの時間も捨てがたかったけれど、効率や発生頻度など総合的に考えて朝の通勤時間帯、七時から八時半までと決めた。
ちなみに周囲にいた他のBTTの証言によれば、辰馬からブ男と言われた奴は一瞬振り返った後、チッと舌打ちをしただけでそのまま通り過ぎたという。
その際辰馬はトラブルを避ける為、意図的に振り向かなかったからだと思われる。立ち止まり引き返してまで文句を言ってくる相手では無かっただけか、元々そんな気概など無い輩がそういう行動を取ったからかは不明だ。
しかし言われた女性は、一瞬ムッとしていたが、辰馬の言葉が耳に入ったのだろう。プッと吹き出し、笑いながら歩いて行ったという。
辰馬の行動指針は自警団とは違う。行き過ぎた行動は対立を深め、新たな争いを産む。よってあくまで人に寄り添い、平穏な毎日を少しでも継続させる手伝いができればいいのだ。
「それでええ。俺らが守っとるとか気がついて貰わんでも、気分よう過ごせたら十分やろ」
後で辰馬はそう言い、栄太は頷いた。
「ああ。気分の悪い出来事が、後で笑い話の一つに変わればそれだけで御の字だよな」
そう言っている間に時間となった。今回は、CMTの時より倍以上の二十四名が集まり、登録者数を増やした成果が出たと言える。
ただ周囲から注目を浴び過ぎないよう、各自が少しずつ離れた場所に待機しており、位置や人数はアプリで確認していた。
八月最終週の中日、駅構内は比較的ヒンヤリと涼しいが、連日熱帯夜が続く外ではまだまだ朝から日差しが厳しい。その為、会社に向かう女性達の装いは大半が薄着だ。
男性達もスーツの上着を着る人は少なく、シャツ姿が多く見られる。よってそうした人に紛れるよう、今回招集されたBTT達のほとんどは、通勤中のサラリーマンと似た格好をしていた。
「よし、皆揃ったな。では各自、配置についてくれ」
目立たないよう、栄太はマイクに向かって小声で指示を出すと
「了解です」
とそれぞれが返事をし、指定された場所へと散らばった。
今日は乗り換えなどで行き来する構内の直線、約二百メートルの通路が対象地点だ。この駅では他にもぶつかり男が出没した場所があり、その中で最も多い地点二か所を日替わりで監視することとなっている。
辰馬と栄太を含めた六名は直線通路の一番端で待機し、通り過ぎる人々の中でアプリ登録者の女性を画面と目視で確認し、把握できれば二名ずつに分かれてその前後を歩く。
反対側通路の端までそれが続き、到達すればそこで女性と別れて次のターゲットを探すのだ。
同じく反対側に待機していた六名も、逆側から歩いて向かう女性達を栄太達と同じ行動でマークする。つまり十二名六組が、通路を行き来するターゲットを追いかけて見守る要員だ。
残りの十二名は六名ずつに別れ、それぞれが通路の三分の一辺りで待ち合わせをしているかのように待機し、通過する女性達や追随するBTTを見守る役目だった。
彼らは何か起きた場合の応援部隊であり、また追随から漏れた女性達がいた場合や、登録していない人達でも被害に遭っていないか、怪しげな動きをしている輩を見つければ仲間に知らせる、などの対応も任されていた。
こうして大きく四組に分けたのは、登録者同士で相互監視する意味合いも、実は含まれているのだ。 また同じ場所にずっといれば不審に思われる為、それぞれ三十分程度を目安として、グループや場所の入れ替えをした。
さらにスマートグラスで映像を撮る人員を、二十四名の内六名とこれまでより多くし、リアルタイムでの監視体制も強化した。
よってこれまで以上に、運営者である則夫の会社における負担は、人員だけでなく費用的にも相当増したと聞いている。
それでもこんな体制が取れたのは、基金参加者の支援の他、活動に賛同する多くの人達からの寄付や、登録者数の増加による公告収入のおかげらしい。
特に亨先輩の会社の社員は、これまでの実績により高い効果を期待したからだろう。
登録者の制限を緩和すると、女性はもちろん男性社員が多数参加した上、自らの通勤時間帯を早めたり、午前休などを取得してまでBTTに加わったりしてくれる社員まで現れた。
さらに彼らは身内や友人、知人達にまで声をかけ、参加出来る人達を集めてもくれたのである。
結果、栄太と同じく定年退職した人やフリーランスで時間に融通が利く人、駅周辺に勤める人や近くに住む人までもが参加を表明してくれた。
よって毎日毎朝七時から八時半まで二十四名の監視体制を組むという、一見無謀にも思える行動がとれるようになったのだ。
ちなみにこの時点ではまだ登録料は無料のままだが、今後は守られる側からだけ登録料を取る構想があるらしい。
将来的に守る側は無料の上、ケースに応じてポイントが付与される体制を考えているそうだ。
守られる側が痴漢などに合わなかった、または捕まえて貰ったなどと感謝した場合、守る側に投げ銭などができれば、善意の行動は単なるボランティアからポイ活に変化する。そうすることで、守る側の更なる登録者の増加を想定しているという。
さらにはアプリ利用の応用編として、守られる側の登録者同士でトナラーを防ぐことも考えられていた。
トナラーとは、電車や飲食店、スポーツジム、サウナ、駐車場など、周囲に空席があるにもかかわらず、あえて誰かの隣に座ったり、隣に駐車したりする人を指す。特にわざわざ女性の隣に座る男達がいた場合、モヤモヤや不快感を抱く上、身の危険を感じることさえあるらしい。
それらの防御策として、同じアプリの登録者同士で集まるのだ。そうすれば、例え見知らぬ相手でも登録している女性同士なら安心であり、男性であればなお守って貰えると期待ができる。
そうした出会いがきっかけで、お付き合いが始まることさえあるかもしれない。
痴漢に限らず有効な活用方法が複数あれば、有料でも登録したいと思う人は増えるだろう。また守る側もただその場にいるだけで感謝され、運よくポイントが手に入るかもしれないと思えば、登録しがいがある。
将来的にはそんな体制を目指そうと、則夫はしているのだ。
こうして順調にスタートしたかに見えたBTTだったが、この日は違った。
「注意、注意。ユーチューバーと思われる集団三名を、通路D地点で発見」
開始から一時間ほど経過し、トラブルもなく十数名の登録者達の無事を見送った頃、イヤホンから連絡が入った。栄太達がいる場所から最も遠い、反対側通路端にいた仲間からだ。
「どうしてこんな朝早くに。私人逮捕系か。もしかしてコンチャイズムじゃないだろうな」
栄太がそう尋ねると、報告者が捉えた映像を見ている本部の社員から連絡があった。
「いえ、コンチャイズムではありませんね。ただどこかで見たことがあります。辰馬さんや当社の行動を動画で非難していた人達だと思いますが、今調べます」
フェス騒動以降、コンチャイズム以外にも栄太達の過去を暴き、公然と批難を繰り返す動画配信者が現れていた。度を過ぎた誹謗中傷する配信者に対しては、則夫の会社の顧問弁護士から警告を出しているものの、次々と湧いてくる為になかなか埒が明かないと聞く。
すると、別のメンバーからも報告が入った。
「あっ、こっちにもいますね。ホームにいた私人逮捕系の奴らが、降りて来たんでしょうか」
「おいおい、何だ。映像で確認はできないのか」
「今、スマートグラスをかけた人員が、相手に向かっています」
嫌な予感しかしない。単なる私人逮捕系なら現れても不思議ではないが、栄太達の行動を非難する奴らなら話が違ってくる。彼らの目的が、活動を妨害する為だとすれば厄介だ。
ここでBTTの活動をしている事は、アプリ登録者であれば周知の事実ではある。つまり彼らが知っていたなら、通じている仲間が登録者の中にいると考えていい。
フェスの際に明らかとなった事情から、当然予想はしていた。だがそれにしても早い。
こちらの通路にもいるのかと思い、スマートグラスをかけた栄太は周囲を窺った。だがそれらしき姿は見えない。
八時を過ぎ通勤等で通路を行き交う混雑はピークに達しつつある。
「よりによって、このタイミングかよ」
そうしている間に、本部で監視している則夫の声が耳に入った。
「現れた二組はコンチャイズムじゃない。だけど、どちらも俺達の活動に批判的なコメントを動画で配信している奴らだと分かった。今日の面子で顔ばれしているのは、タッチャンと栄太さんだけのはずだから、二人は一旦今いる場所から離れたほうがいいと思う」
しかし彼の提案に対し、辰馬が首を振った。
「嫌じゃ。これからまだ人が増える時間やし、あいつらが来たから言うて、なんで俺らが逃げるような真似をせんとあかんのや。どう動いてくるかも監視せな、アカンのとちゃうか」
正論ではあるが懸念もある。則夫もそう考えたのだろう。一瞬黙った後、改めて指示した。
「分かった。でも登録者の前後を歩く役割はやめよう。あいつらが絡んできたら、アプリ登録者達にも迷惑が及ぶ。だから二人はB地点の監視役二人と変わって下さい。その他のメンバーはそのまま、終了予定時刻までこの体制で行きましょう」
守るべき人達への被害を考慮すれば、辰馬も納得せざるを得なかったのだろう。不承不承ながら指定された位置に移動した。栄太もその後を追う。
その途中で追加の情報が入った。
「二組の集団は男性三名ずつ。現在それぞれC地点近くを徘徊。B地点へ進行中。誰かを探している様子なので、それぞれ注意して下さい」
目的は辰馬や栄太のような、顔バレしている面子かもしれない。やはりこの通路での活動情報を入手したのだろう。そこで見知った人物を見つければ、何か仕掛けてくるはずだ。
辰馬を見つけ、過去の暴力行為などを糾弾して挑発し、あわよくば手を出させようとの企みかもしれない。もしそんな場面を動画で撮影できれば、それこそ私人逮捕の餌食だ
「辰馬。絡まれても、絶対に手を出しては駄目だぞ」
栄太がそう忠告したら、彼に鼻で笑われた。
「何を言うとる。お前のほうが昔から、俺より切れるんは早かったやろ。そっちこそ、元警察OBで現役の交番相談員が暴力を振るうたら、えらい目に遭うぞ。気ぃつけろや」
そう言っている間に、恐れていた事態が起こった。
「ああ、いたいた! あれが今評判の、かつて関西の田舎で暴走族をしていた元総長です! 噂通り、無駄に背がデカい坊主やな。六十過ぎであんな爺さん、なかなか見ないよね」
「お、横にいるのは、同じ暴走族で親衛隊長だったという、元刑事じゃないか。それにしても、平気で人を殴っていた人が警察官になれるなんておかしいよな。今も警察関係の仕事をしているらしいけど、犯罪者が犯罪者を捕まえるなんて間違っていると思いませんか!」
通勤途中の乗り換えの為に黙々と速足で歩く大勢の人達が行き交う中、一人がスマホで撮影をし、二人が大声を張り上げ会話しながら、こちらへとゆっくり向かって来た。
周囲の人達が何事かと一瞥はするものの、急ぐし係わりたくないからか、彼らを邪魔だと避けつつ、無言で追い越して行く。反対側に向かう人達はチラ見しながら通り過ぎて行った。
すると別の集団が、周囲の冷たい視線をものともせず、同じくこちらへと近づいて来た。
「アレッ、何か騒がしいと思ったら、どうも別の撮影隊が発見したようですね。そう、今日我々が朝の通勤で混む駅にやって来たのは、最近巷で騒がれている偽善集団の大ボス、三十年の眠りから覚めたという元暴走族の総長に突撃インタビューをする為だったのです!」
「しかし六十過ぎのおっさんが、朝早くの駅で何をしているのかね。おかしな真似をするくらいなら、わざわざ目を覚まさないでそのまま永眠してくれたら良かったのに、いい迷惑です! ゴジラじゃあるまいし、街を破壊されても困るんですけど!」
「アレッ、君、今や世界に名を馳せたゴジラと一緒にしたら失礼でしょ。謝りなさい」
「失礼しました! ゴジラさん、ごめんなさい!」
「タッチャン、栄太さん、そのまま待機。B地点の他の二人は少し離れ、スマートグラスで撮影し続けて下さい。もう少し経てば応援が来ますから、それまでの我慢です」
状況を把握したのだろう。則夫の指示が耳に届く。それを聞いて辰馬が口を開いた。
「分かっとる。他の面子はこっちを気にせんと、引き続き登録者のマークについてくれ。この騒ぎに乗じて、おかしな真似をする奴らが現れんとは限らん。注意してくれや」
「了解。B地点近くの集団を避けようとして、これまでうまくすれ違っていた人の流れが乱れています。C地点からA地点までの通路が要注意。一部既に衝突が発生している模様」
「皆、聞こえたか。この混み具合だと痴漢行為が起こる可能性もあり。注意して下さい」
「了解。こちらC地点監視チーム。問題のある場所へ、少し移動します」
やり取りが飛び交う中、栄太達の目の前に三人の若い男達が現れた。
先程から大声を出しながら近づいて来た奴が、第一声をあげた。
「こんにちは! あなたがヤクザ辰馬かな?」
「おい、違うだろう。朝の八時過ぎだから、おはようだって」
「いやいや、ツッコむ場所が違うよ。ヤクザじゃなくてイナグザっていうらしいから」
「おっ、そうなのか。でも関西のド田舎の地元では、ヤクザのタッチャンって呼ばれていたんだろ。もう四十年以上も前らしいけど」
「俺ら、まだ生まれてもねぇじゃん!」
「四十年前って戦前か? 昭和なのは確かだな」
ごちゃごちゃと煩い三人のやり取りを、辰馬は無表情で見下ろしていた。
できるだけ通勤中の人達の邪魔にならないよう、通路の端の壁まで移動し背を向けていた為、彼らに取り囲まれる状態で立っていた。
その横で栄太も黙っていたが、不機嫌な顔をしていたからか、攻撃の矛先がこちらへと向かって来た。
「あれ、怖い顔で睨まれたよ。俺ら、逮捕されるような真似はしてないのに。でもこの人、元刑事だけど今は違うから逮捕権は無いんだよ。俺達と同じ一般人と変わらないから」
「それじゃ、俺達がこいつを私人逮捕してもいい訳か」
「面白れぇ。元刑事を私人逮捕、衝撃の瞬間! なんて映像が取れたらバズっちゃうじゃん」
言い返す言葉はいくらでもあったが、挑発に乗っては相手の術中に嵌まる。それに撮影しているのはこっちも同じで、向こうが犯罪行為と判断される動きや発言をすれば、先んじて取り押さえればいい。後で揉めたとしても、証拠さえあれば間違いなく勝てる。
また無関心を装っているとはいえ、周囲にはこれだけたくさんの人がいるのだ。目撃者やその証言を取ろうと思えば、いくらだって出て来るだろう。
彼らが一方的に騒ぎ、何もしていない六十過ぎの男性二人に対し、明らかな挑発行為をして絡んでいたと、多くの人が口にするはずだ。
しかしその為には、こちらが罠に嵌まって先に手を出してはいけない。
そう思う栄太と共に辰馬も黙って反応しない為、彼らは苛立ったのだろう。
「おい、じじい。何か返事をしろよ。耳、聞こえてないのか」
「あっ、何か耳に付けてるな。もしかして補聴器か?」
「お~い! ヤクザのタッチャン、聞こえてますか~!」
声のボリュームをさらに上げたからか、通行人の多くがこちらに視線を向けた。中には、
「うるせぇな」
とぼやく人もいた。その声が聞こえたのだろう。
「何だ! 文句あんのか!」
「こっち、見てんじゃねぇよ!」
彼らは周囲を見渡し睨みつけ、怒声を上げた。
そんな様子を見かねた辰馬が口を開いた。
「もうちょっと、静かにせえや。みんなに迷惑やろうが」
ようやく反応したと喜んだ彼らは、不機嫌な表情を一変させ、笑みを浮かべ挑発を始めた。
「何だ、じじい。聞こえてんじゃねえか。さっきから何を無視してんだよ」
しかし再び口を閉ざし無表情で見下ろしつつ、微妙に視線を逸らす彼に焦れたようだ。
「おい、また無視してんじゃねぇよ。何か言えって、じじい!」
再び大声で怒鳴った相手に、辰馬は鼻で笑いながら言った。
「若造、だから言うとるやろ。周りに迷惑やから、静かに喋れや。ニホンゴ、分からんか」
「何やと! このクソじじい!」
「だから何度も言わせんな。もっと静かに喋れや、小僧」
「ほう! じじい、俺らに喧嘩を売ったな」
「だから日本語を、もうちっとは勉強せえや。喧嘩を売っとるんはお前らやろ」
「なんやと!」
「そっちが暴力で解決したいのなら、相手になってやってもいいぞ。しかし言っておくが、このじじいは滅茶苦茶強いから、後で後悔しても知らないよ。お前らが束になっても絶対に敵わない。ただ、六十過ぎのじじいに三人がかりで殴り掛かったら、即逮捕するけどね」
栄太が横から口を出すと、彼らもまずいと気づいたのか、調子を変えて来た。
「ほう。じじいのくせに、元総長だった昔が忘れられないようだな。いくら強かったと言ったって、四十年以上前の話しだろ。俺ら三人相手に、本気で勝てると思ってんのかよ」
「何や、お前ら。わざわざそんなことを言いに、雁首揃えて朝早うから来たんか。俺らがここにおるって誰から聞いたか知らんが、腕力勝負をしたいんやったら最初からそう言えや」
喧嘩を仕掛けていると思われれば、思惑と逆になると焦ったのか、一人が首を振った。
「じじい相手に、そんな弱い者苛めなんか、俺らがする訳ないだろ。最近お前ら、痴漢を撃退するとか善人の振りして、女子高生や若い女性の厭らしい映像を撮っているらしいな。そんな悪人を退治する為に、俺達は来たんだよ。おい、元刑事のじじい。おまえがかけているのは眼鏡じゃなく、スマートグラスだろ。それで勝手に撮影しているんだよな」
「俺らの許可なく、スマホで勝手に撮影しとるお前らが、どの口でそれを言うとるんや」
「お前らの痴漢行為と一緒にするな。俺達の撮影は、犯罪行為の証拠を押さえる為だ」
「だったらお互い、これまで撮った映像を見せ合うか。少なくともここ数分間だけでも、君達が駅構内で大声を出すという迷惑防止条例違反に抵触する行為が、どちらにも録画されていると思うが。それを警察に確認して貰ったらどうなるだろう。俺は警察官と同じ逮捕権はないが、君達と同様に私人逮捕権はある。何なら、今すぐ現行犯で逮捕してやろうか」
「やれるもんならやってみろ! じじい!」
彼がそう叫んだ時、もう一つのグループが現れた。
「アレッ、どうやら我々は一触即発の場面に遭遇したようですね! かつて暴走族という集団暴力で人を束ねていた元総長だ。問題解決には、やはり腕力を使うようです!」
どうしても手を出させたいのだろう。似た挑発行為に、辰馬も栄太も呆れて口を噤んだ。
「アレッ、どうしましたか? 暴走族の元総長とか、一人で何十人も倒したというのは遠い昔で、単なるハッタリだったかな? 三人相手におじさん二人では、さすがに敵いませんか」
次に現れたグループはチンピラ色が強かった奴らと違い、大声を出すタイプではないようだ。
しかしこういう見た目も大人しい相手のほうが、ある意味質が悪い。口論をしても相手の主張はまともに聞かず、本質から逸らして苛立たせ会話にならず諦めさせ、それで論破したと勘違いし勝利宣言をするタイプだ。
こういう手合いは、話すだけ無駄だと分かっている為、二人共無視を貫いた。
「アレッ、どうやら図星だったようですね。無視ですか。こんなおじさん達に舐められたままで良いんですか。駄目ですよね。全国に恥を晒しちゃいますよ。もっと続けて下さい」
彼らにとってはどちらが先に手を出そうが、揉めている映像が撮れればいいのだろう。その為、先発のチンピラ達をけしかけた。
だが彼らだってそんな挑発に乗るほど馬鹿ではない。
「いや、そういうお前らが相手にすればいいだろ。見物人気取りで逃げてんじゃねぇよ」
「アレッ、喧嘩を売る相手を間違っていますよ。退治しなければいけないのは、このおじさん達ですよね。痴漢から守ると言いながら、女子高生を中心に女性から支持を受けて囲まれる様子をスマートグラスで盗撮し、その映像で厭らしい事をしているらしいじゃないですか。六十を過ぎたいい年のおじさんに、こんな真似をさせていたら駄目ですよ」
「だったら、お前らがそう言えばいいだろ」
「いえいえ、お先に始めたのはそちらじゃないですか。割り込みなんてできません」
双方が言い合いを始めた際、本部にいる則夫からの声が耳に届いた。
「調べて分かったけど、その二組とも以前コンチャイズムとコラボしている。最初のチンピラの名前と、後で来た奴の名前が特定できたよ。特定厨の書き込みの一部を見つけたから」
それを聞いた栄太がぼそっとその名を呟くと、彼らは目を丸くしてこちらを向いた。
「な、何だ、お前!」
「ほう。個人名を晒されるのがそんなに嫌なのか。もう一度言ってやろうか。俺達以外にも撮影や録音している人が、何人かいるようだからな。知りたい人もいるだろう」
この様子は栄太の他、少し離れた場所にいるBTTのメンバーがスマートグラスで撮影していたが、先程から立ち止まりスマホを向けている人も実際いた。
それを利用し再度繰り返すと、先程まで冷静な口調で、アレッ、と繰り返していた男の態度と口調が豹変した。
「おい、辞めろ。勝手に個人情報を流すのは違法だぞ」
「ん? お前ら、俺らの名前を勝手に動画で晒して広めとったんとちゃうんか。違法やと認識してやっとったんなら、それはそれで問題やろ」
「あ、あんたは、とっくの昔に新聞などで広まっているだろう。一般人の俺達とは違う」
「おい、おい、そんなに焦るなよ。ただ俺は人の名前を呟いただけじゃないか。別に君達がそうだと言った訳じゃないし、口にしただけで広めてはいない。今のところは、ね」
「広めるつもりじゃねぇか! それは脅しだろ!」
チンピラ野郎が怒鳴ったが、栄太は笑いながら首を振った。
「いやいや、そんなつもりは毛頭ない。俺はこれでも元警察官で、今でも交番相談員という公務員だ。法を犯す真似はできないよ。ただ君達と同じように、俺達を勝手に撮影している人が今後どうするかまでは、今の段階だと取り締まれないからね」
こういう輩に多い、攻撃にはめっぽう強気だが攻められると途端に弱くなるタイプらしい。自分達のこれまでの振る舞いを棚に上げ、周囲でスマホを使い撮影している人達に向け、チンピラ野郎が怒鳴り散らし始めた。
「おい! お前ら、何、勝手に撮ってんだ!」
「そこのあなた、映像を今すぐ消しなさい。さもないと、あなたの顔を晒しますよ」
アレ男も、口調は穏やかだが焦った調子で脅しにかかった。
その為、一部の人達はスマホと顔を隠しながら足早に去り、または人混みに紛れてどこかへと行ってしまった。
一見、遠巻きに撮影をしていた人は居なくなったように見えたからか、彼らは再び栄太達のところへ戻り、再び絡んで来た。
「よくもやってくれたな! じじい、絶対タダでは済まさんぞ」
「私達も容赦はしません。必ず悪事を明らかにし、ネットで吊るし上げてやりますよ」
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