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第7章 -②
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栄太は引き続き無視をし、辺りを見渡す。よく観察してみると、遠くからこっそり撮り続けている若者が、まだ何人かいた。全くの第三者か、またはこいつらの仲間かは分からない。
だが、もっと遠くから待ち望んでいた人物が目に入った為、彼らに対して尋ねた。
「結局君らは、俺達に何の用があってわざわざ朝早くから、こんなところに来ているんだ」
「お前らこそ、こんなところで何してんだよ! ぶつかり男から女性を守る口実で近づいて、アプリ登録者で薄着の女性を盗撮してんだろうが!」
「アレッ、それは聞き捨てなりませんね。どこにぶつかり男なんかいるのかな。勝手に話を作り上げ、また若い女性と仲良くするつもりでしょう。厭らしいおじさん達ですね」
攻撃の糸口を掴み直したつもりなのか、チンピラ野郎とアレ男が口々にそう言い始めた。
「ぶつかり男から女性を守る? 何を証拠に、そんなことを言っているのかな」
「おい、相談員のじじい、惚けんな。こっちはしっかり情報を仕入れているんだぞ」
「俺らが、アプリ登録者の女性を盗撮しているという証拠も、かな」
「それは、そっちが今撮っている映像を確認すれば分かるだろ!」
「アレッ、それとも後ろめたくて、見せられないとでもいうのかな」
「話が堂々巡りだな。ああ、そっちの君達は後から来たから知らないかもしれないが、さっきも言ったんだよ。お互い、これまで撮った映像を見せ合おうじゃないかってね。ただ少なくともあんた達が駅構内で大声を出したり、周囲にいる人達を脅したりして迷惑防止条例違反に抵触する行為が、どちらにも録画されていると思うけどいいのかなって。警察に確認して貰うけど構わないよね。もうすぐ駅員さんと一緒に来るけど」
栄太がそう言った視線の先には、若也と彼の同僚二人に制服を着た警官三人がこちらに駆け付ける姿があった。
それを目にした彼らは慌てた。特にチンピラ男達はまずい映像などが残っているとの自覚があったのだろう。咄嗟に逃げようとした。
だがそれを防ぐように立ちはだかったのは、別行動をしていたはずのBTT達だった。既に予定の八時半を過ぎていたにも拘らず全員がそのまま残り、こっそりと栄太達の周囲に集まる野次馬に紛れ、待機していたのだ。
「おい、お前ら、邪魔だ! どけよ!」
チンピラ野郎が一人を押しのけようと手を出した為、やられた奴が大げさに倒れ込んだ。
「痛い! 殴られた!」
それを近くで見ていたBTTの仲間達が、大きな声を出してチンピラ野郎を取り囲む。
「おい! 今、暴力を振るったな! お巡りさん! 今、この人、殴りましたよ!」
「い、いや、違う!」
「逃げるな! 傷害の現行犯だ! 私人逮捕する!」
チンピラ野郎達がやりたかったことを逆手に取って迫った為、彼らはそれ以上手出しができず、そのまま呆然と立ち尽くしていた。
「あんた達、俺達を罠に仕掛けたね」
対称的に冷静だったアレ男が、悔しそうに吐き捨てた。そこで辰馬が惚けた顔で言った。
「ん? なんや? 罠に嵌めたって。お前らが突然現れて、俺らに絡んで来ただけやないか。盗撮やとか、証拠も無いのに騒いどっただけやろが。若い子らが六人で寄ってたかって、六十過ぎのじいさんを苛めとるのを見た誰かが、可哀そうやと思うて通報してくれたんやろ。悪い事は出来へんもんやな。屋根のある駅の構内でも、お天道様には見えとるんやろ」
「チクショウ。ただのじいさんじゃなかったようだな」
「そりゃそうや。俺は三十年近くも目を覚まさんかった、化石のような男やからな。せやけどただ寝とっただけやないぞ。俺の体は、生かそうとしてくれた皆のもんや。せやから、若造の浅知恵や悪企みくらいでは、そう簡単に倒せるもんやない。舐めんな、小僧!」
辰馬の睨みに圧倒されたのか、奴らの表情は固まっていた。
「おい、君達は何をしている。大声で騒いでいると通報があった。駅の事務所まで来なさい」
「君、こっちの人を殴ったのか。事情を聞くから、双方ともついてくるように」
「なんだよ! 駅員も警察も、このじじい達のグルかよ!」
反抗するチンピラ野郎とその仲間達だったが、周囲から声が飛んだ。
「こいつら、そこの人を押しのけようとして殴りました! 動画の証拠もあります!」
「そっちの若い子達は、数に任せて二人のおじさんに因縁をつけて、しつこくずっと絡んでいました! ずっと見ていたので、証言します! 迷惑行為で逮捕して下さい!」
「お前らみたいな、好き勝手に動画を撮って配信で金儲けを企む奴らは、牢屋へ入れ!」
「そうだ! そうだ!」
これには辰馬や栄太だけでなく、近くにいたBTT達も目を丸くした。
「おい、則夫。これは何だ。お前の仕込みか。女性もいるようだが、それだけじゃないぞ」
思わずマイクに向かって呟いたが、彼は否定した。
「いや、違うよ。多分、本当に彼らの悪意に腹を立てた人達が、声を上げてくれたんだと思う。基金参加者やアプリ登録者じゃなくても、ネットでは僕達の行動に賛同する声が挙がっていたから、もしかすると、そういう人達かもしれない」
複数の男性による後押しがあったからか、女性の声が続いた。
「そうそう! 辰馬さんを守れ! 犯罪者とユーチューバーはどこかへ行け!」
「犯罪者を許すな! 盗撮は辞めて!」
アプリ登録者らしき人達が口々に言いだし、声が大きくなった為に慌てて栄太は止めた。
「おいおい、もう少し静かに。他の方に迷惑だから」
しかし、周囲では同じ声援が続いた。しかも男性達の声だ。
「犯罪者を許すな、盗撮は止めろ」
「犯罪者を許すな、盗撮は止めろ」
徐々にリズムを合わせた同じフレーズが、構内のあちこちから飛び交い始める。それは次の電車が到着し、乗り換えの為に多くの客が通路に押し寄せてからも続いた。
新たな客は、何が起こっているのか戸惑っていたようだが、説明する人がいたのだろうか、しばらくすると彼らも同じように囁くようになった。
一人一人の声は小さくても、集まれば大きな叫びとなる。その為、居たたまれなくなったのか、手を出していないアレ男は逃げようとした。
しかし駅員達の制止に遭う。そこでチンピラ男は開き直ったらしく、構内に響く声で怒鳴った。
「何だ、こいつらは! どいつも、こいつも! 煩い! 煩いんじゃ!」
余りの剣幕に驚いたのか、一瞬静まった。
だが、すぐにコールは繰り返された。しかも先程より、声が心なしか大きくなっていた。それがさらに彼の神経を逆撫でしたのだろう。
「やかましい! 何だ、お前ら! これはじじい達の仕込みか! 何かの宗教か! 暴走族の元総長か何だか知らないが、生きた化石が善人ぶった真似をしてるのに、いいのかよ!」
だが次の瞬間、新たな声が挙がった。
「帰れ! 帰れ!」
「逮捕! 逮捕!」
シュプレヒコールが構内中に響き渡る。有難いけれど他の客の迷惑であり、チンピラ男達に揚げ足を取られかねない騒ぎになってしまった。
「か・え・れ! か・え・れ!」
「タ・イ・ホ! タ・イ・ホ!」
栄太が止めようと思った時、さらなる批難の声が上がった。
「通勤で駅を使わない奴が、わざわざこんなところに来るな!」
「嫌がらせで金を稼ぐような真似をしてんじゃねぇよ! 真面目に働け!」
毎朝決まった時間、満員電車に揺られ会社に通わなければならない人達からすれば、ユーチューバーのような自由業を煙たく感じる者は少なくないのかもしれない。
ピークは過ぎたが、まだ九時前の構内は通勤などの利用者で混雑している。そんな中で起きた騒ぎに、BTT達は困惑していた。
ただここまで多くの人達が味方に付いたのなら、しばらく静観してみようと栄太は考え直す。
コールがなかなか終わらないどころか、どんどんと大きくなって耳を塞ぎたくなるほどだ。まさしく四面楚歌の状態に陥ったチンピラ男達の表情はこわばり、絶句していた。
しかしそこで辰馬が一喝した。
「静かにせえ!」
低音ではあったが、構内の空気全体がビリビリと震えるような咆哮により、コールはぴたりと止んだ。BTTの面々すら驚いたのだろう。目を丸くし硬直していた。
ようやく静まった構内に、今度は彼の抑えた声が広がった。
「ここは公共の場や。大勢で喚く場所やない。せやけど、騒ぎの発端は俺らや。申し訳ない。これ以上俺らがここにおったら、これから仕事に向かう人らの迷惑になる」
頭を下げつつ言った彼の言葉を受け、駅員である若也がハッと気づき、叫ぶように言った。
「これ以上、同じ場所に立ち止まっていると危険ですし、他の利用者の方達の迷惑になります。すみやかに事務所まで移動して下さい!」
同伴していた警官達も頷き、彼らの腕を掴んで移動を促した。
それまで反発していたチンピラ野郎やアレ男達も、想定外の批難の声に怯えたらしい。大人しく従い歩きだした。
「そちらのお二人も、一緒に来てください。それに殴られたと主張していたあなたと、傍で見ていた人達からもお話を伺いたいので、ご同行ください」
警官の言葉に栄太と辰馬だけでなくBTT達は頷き、則夫の指示もあってその場にいた全員が彼らの後をついて行くこととなった。 こうして騒動は一段落した。
しかし問題は、その日の内に第三者がアップしたと思われる動画により栄太達の行動が再び拡散され、賛否両論のバトルが繰り広げられたことである。
騒動については、駅員や警察の事情聴取により、チンピラ野郎とアレ男達の行動に問題があると判断された。
逮捕まではされなかったものの、迷惑防止条例違反を指摘され厳重注意を受けた後、栄太達からの訴えにより彼らが撮影していた動画をその場で削除し、配信しないよう念を押した上で釈放された。
一方、同じく聴取を受けた栄太達の行動は、予め若也を通じ鉄道会社や駅側に伝えていたこともあり、則夫の協力を経てBTT側の撮影映像を全部見て貰い、違法性なしと確認され、削除要請はしないが外部配信しないと確約させられた後、昼前に皆解放されたのである。
しかし見物人達までは取調べが及ばなかった為、一部始終とまではいかないまでも、複数の人達による撮影動画がアップされてしまったのだ。
両者とも逮捕されていないことから、多くの動画では辰馬達やチンピラ野郎達の顔にはモザイクがかけられていた。
それでも一部、無加工の配信動画もあったという。閲覧者による指摘を受けてすぐ削除されていたものの、動画自体は残ったようだ。
ネットが恐ろしいのは、こういう場合、デジタルタトゥーとして半永久的に消えないことである。
それに双方共が既にネットで顔など晒しており、モザイクがかけられていても特定できたことから、ネット上では多くの批難の声が挙がったのだ。
もっとも打撃を受けたのはチンピラ野郎達かもしれない。以前から彼らの動画は悪質なものが多かったからだろう。明らかに非があるとバッシングを受け、激しい誹謗中傷のコメントが投げかけられた。
結果、彼らは動画配信行為からの撤退を余儀なくされたのである。
次にアレ男達も根拠のない疑いを投げかけ、高齢者苛めをしたと批難された。チンピラ野郎達ほど明らかな違法性は無かったことから、彼らは自分達の正当性を主張する釈明動画をアップした。
けれどそれも炎上し、結局彼らも動画配信活動の休止に追い込まれたのだ。
また両者とも実名が晒され、さらに仲間の住所や日頃の行動範囲までも特定され、日常生活に支障が出たどころか、中には一般の会社に勤務している者が職場を追われたらしい。
だがそれでも事態は収束しなかった。六月の痴漢逮捕以降から動き出し、フェス騒動により活発化した辰馬達へのバッシングも、今回を機に再炎上したのである。
きっかけは、切り取られた動画の拡散だ。チンピラ野郎達やアレ男達が、
「痴漢撃退といった善行は口実で、女子高生や若い女性の厭らしい映像を撮ることが目的」
と主張した部分だけの動画がアップされたからだ。
そこに辰馬達の過去が補足され、あたかも彼らの指摘が事実だと誤解される内容だった。
さらに、帰れコールの場面だけの動画も配信されて、批判を受けた。
「やっぱりあいつらは、おかしなカルト集団じゃないか。あれは異常だ」
「怖いよな。あいつらの本当の正体を暴こうと思って朝早く行ったら、こんな仕打ちだ」
「あれは間違いなく、仕込みの奴らがいたんだぜ。ただでさえ通勤の乗り換えで混む駅なのに、わざわざ人を集めてもっと混むようにしているんだから、質が悪いよ」
「痴漢とかぶつかり男から守るとか言ってるけど、実は共犯なんじゃねぇ?」
「自分らの仲間ばっかりを集めて油断させ、痴漢したり殴ったりしようとしてんだろ」
「いやもしかして、そういう癖のある女達ばっかり集めた異常集団かもしれねぇぞ!」
自分達には全く非がないとの主張を繰り返し、画像も音声も意図的な切り取りがされ、挙句の果てにはとんでもない憶測によるデマが拡散した。
その結果、彼らの信者らしき同調者達が、再び辰馬達を攻撃し始め炎上したのだ。
以前までとは異なる大きな話題にまで発展したことにより、騒ぎはネット上だけに収まらず、とうとう雑誌やテレビ番組で取り上げられるまでの事態になったのである。
「どんなに善行を目的としたものであっても、電車や駅という公共の場において、しかも朝の通勤ラッシュの時間帯に大声を上げ何もしていない、ただ自分達の意にそぐわない他の利用者を排除する、という行為は決して許されるものではない。これに同調すれば、迷惑防止条例違反という犯罪に加担しているとみなされてもおかしくありません」
と主張するコメンテーターまで現れた。
こうした、その裏の背景や事実を隠して一見正しいように思われる意見に賛同する人達は、実際多くいる。
辰馬達の正当性が理解されれば、活動の利点も広まると思ったが、そうはいかなかった。厄介なことに、雑誌やテレビなどのワイドショーでさえも、賛否両論が飛び交ったのだ。
日頃から痴漢など女性が受ける悪質な被害を訴えていた知識人達は、辰馬達の行動に至る経緯や動機、そしてアプリを利用した善意の参加者によるボランティア活動を称賛した。
しかし一方で、専門家と名乗る一部の有名人、知識人達で活動に異議を唱える者が現れたのだ。
よくあるパターンだが、逆張りすることで注目を浴び、コメンテーターという職を得ようとする輩なのかもしれない。雑誌社や局の制作側からすれば、両方の意見を扱うことで平等を図るとの考えなのだろう。
けれど異議を唱える人達から発せられた言葉は、曖昧な根拠や思い込み、または元々持っている女性蔑視の主義主張からのものが多かった。
「痴漢やぶつかり男などの被害に遭いたくない女性達は、守って欲しいと望んでいる訳ですよ。それを助けたいと思う人達が寄り添って守る。それのどこが悪いのですか」
「悪くはない。ただ守る人は男の人達で、利用しているのは普通の通勤電車ですよね。例えば痴漢対策なら、女性専用車両があるでしょう。そういう人は、何故利用しないのですか」
「専用車両だけでは不十分だからです。それに今の発言は、差別に繋がりますよ」
「どうして。女性専用車両を使えってことが、ですか。あのね。そもそも、女性専用車両という存在自体に、異議を唱える人もいます。男女平等だといいながら、女性だけが優遇されている。それなら、何故男性専用車両は無いのか」
「平等でなく、女性は虐げられ男性との格差も縮まらず不当に扱われているから、そういう車両が必要なのです、第一、痴漢行為がなければ必要ありません。男性専用車両が必要なら、是非作ったらどうですか。少なくともそこに乗らなければ、女性は安全です。だけどそうなると究極は、男性と女性で車両を分けることになります。今のジェンダー問題があるように、そこまで行くと完全な差別になりかねませんよね。あなたはそれをお望みですか」
「そこまでは言っていない。ただ痴漢の冤罪も少なくありません。もし男性専用車両があれば、そうしたリスクを回避できるかもしれない。満員電車に乗る度、両手を上げて痴漢はしません、出来ませんというアピールを、世の男性はしなくて済むでしょう。あと、そもそもマッチングアプリを使って、という点に私は違和感がありますね」
「馬鹿馬鹿しい。さっきも言いましたが、痴漢がいなければ、そもそもそんなことをする必要がないんです。愚かな犯罪行為をする人が後を絶たないから、女性は苦しんでいるんじゃないですか。それを解消する為にマッチングアプリを利用するのが、何故悪いんですか」
「だから悪いとは言っていない。巷では、男性と女性の出会いをマッチングするアプリが蔓延していますよね。もちろん健全なものもあるでしょう。しかしトラブルが起こっているのも事実だ。アプリを使った犯罪行為もあるし、死亡者も出ている」
「その言い方は、今回使われているアプリがそうだと誤解させますよ。訂正してください」
「いや、健全なものもあると言ったじゃないですか。実際、少子化対策の為に地方自治体が利用しているアプリなどでは、そういうものが多い。ただ中には悪質なものもある。それは事実であり一般論だ。誰も今回使われているアプリがそうだとは言っていない」
「だったら、何故マッチングアプリに、違和感を持つのですか。健全なものなら良いですよね。少子化対策で税金を使っているものさえある。それに比べたらずっとマシでしょう」
「登録者が善意の人ならそうでしょう。しかしそこに悪意ある登録者がいたらどうなります。守ってくれると思っていたのに、痴漢されてしまうというケースだって起こりえる」
「もちろんそうした可能性を考慮した上で、このアプリでは登録者の個人情報をしっかり把握できるよう神経を使っていると聞きます。もしそうなった場合、身柄を確保する為です」
「しかしその個人情報が、もし嘘だったらどうなります。身分を偽る人なんていくらでもいるじゃないですか。だって痴漢などの犯罪をする人達ですから。性善説は通用しませんよ」
「ですから、そんな犯罪者から女性を守る行為であり、しかもMMTでは車椅子を使う人や視覚障害者、ベビーカーを使っている人達の手助けもしており、鉄道会社や警察からだって感謝されているんです。褒められることがあっても、責められる筋合いはないでしょう」
「いや、そうで無くてね。善意を持つ人達ばかりが集まるとは限らないので、注意も必要だと言っているんです。それにネットでも言われていますよ。そうした運営に関わっている人達の中に前科を持つ人がいるとか、かつて暴走族にいたとか、暴力を振るった過去があるとか。そんな人達が紛れているから、大丈夫なのかと危惧する声もある訳ですよね」
こうした論争が、色んな番組で繰り広げられた。
辰馬達の行動に好意的な人達は、問題点もあると認めた上で、それでも意義があると主張していたが、批判的な人は、曖昧な根拠で不安をあおりつつ、論点をずらしながら話を薦める為、どうしてもかみ合わない。
元々、痴漢行為などに対する問題意識が強い人と、そうで無い人達とは意見が合わないに決まっている。
欧米などに比べて性犯罪に関する罰則が緩い日本だからか、または女性や社会的弱者を見下す傾向が強いからなのか。
そうした思想を持つ人達にとっては辰馬達の行為が偽善に映り、認めたくないとの意識から反発が生まれているのかもしれない。
録画された番組を則夫に見せられた際、何だ、こいつらは、と栄太は思わず舌打ちをした。
「酷いですよね。それにこういうコメンテーターや専門家とかに限って、日頃から政府擁護の発言ばかりしている奴らが多いというのは、とても不思議です」
「なんだろうな。痴漢やぶつかり男を取り締まったからって、こいつらは困らないだろうに」
皮肉で言うと、則夫が怒りながら言った。
「善行による共助が広まれば、いつか政府に対する批難勢力になるとでも思っているんじゃないですか。明らかに今の政治家達がやっているのとは、真逆の行為ですからね」
そうかもしれない。もちろん反論してくれるコメンテーターなどがいて、ネット上でもCMTやMMT、BTTの活動を擁護する声はまだ多い。
ただ再び騒がれ、またチンピラ男やアレ男のような奴らが現れ、標的にされる事態が起こったのも事実だ。
今のネット利用者の中には、それらが真実かを自ら探らず、垂れ流されたものをそのまま受け入れる人達が少なからずいる。詐欺の被害者が全く減らず増え続けるのは、こうした背景も一因にあるのかもしれない。
そんな注目が集まる中、BTTの活動は一旦休止とした。その代わり、九月に入って未知留達の学校も新学期を迎えたことでCMTの活動を活発化させ、辰馬達は忙しくなり始めたのである。
しかしそこでさらなる問題が起こった。CMTの名を騙る痴漢集団が現れたのだ。
その男達はアプリ登録者でないのに、CMTと思われる集団に当たりをつけ、その近くにいる女性に近づいた上で、
「俺達はこの辺りで監視しようか」
と仲間内で痴漢を見張っているかのような会話を交わし、女性達を安心させて接近するという手口を使っていた。
そして痴漢だと特定されないよう、複数の手で同じ女性を触ったという。
おかしいと思い、被害女性がアプリで痴漢を知らせる合図を送った為、幸い近くにいたMMTにより取り押さえられた。
そして周囲にいた他の客の証言から複数犯と分かり、揃って電車から降ろしホームで確保し、駆け付けた駅員と警官に引き渡すことができたのである。
この事件がニュースでも取り上げられると、批判的だった人達が声高に言いだした。
「やはりこういう人達が出てきましたよね。だから言ったんです。CMTなんてあるから、それを悪用する人も出て来るんです」
しかし好意的な人達は、激しく反論した。
「だからって活動自体が批難されることはないでしょう。痴漢なんて卑劣な犯罪をする人達は、どんな手を使ってでもやります。活動のせいで、痴漢が発生した訳ではありません。しかも今回、被害女性の知らせを受けて取り押さえたのは、MMTの人達です。もし彼らの活動が無ければ、その女性はもしかすると泣き寝入りしていたかもしれないのですよ」
「そうでしょうか。CMTなどの活動が騒がれたから、そういう行為をしてみようと企む人達が出たのではないですか。それにアプリに登録していなければ、その女性は被害に遭っていなかったはずです。ただいずれにしても、私が以前から指摘していた問題点が現実になった訳ですよ。だからアプリ登録者の人達やそうで無い人も、闇雲にCMTなどを信じるのではなく、これまでと同じく自分の身は自分で守ることを心がけたほうが良いと思うんです」
完全に間違った意見ばかりで無い所が、こうした持論を繰り広げる輩の質が悪い点だ。
しかし彼らのような発言を鵜呑みにし、また誤った情報を信じてしまった人達も多く現れた。その影響から、女性のアプリ登録者が一気に減少したのである。
それだけではない。CMTだと周囲に気付かれた際、
「おい、お前ら、偽善者だろう」
「女に近づいて痴漢をしようと、登録しているんじゃないのか」
などと暴言を吐かれるケースも増えた。
さらに辰馬達が夏休み中にMMTで活躍していたのは主に亨先輩の会社の社員達だった為、会社自体に対する非難の声まで上がったのだ。
「お前、あの大手保険会社の社員か。この間、お前んところの保険に入っていた車にぶつけられてよ。その後の事故対応も滅茶苦茶だったんだ。どうしてくれる」
社員であってもそれとこれとは全く別問題であり、またそうでない登録者にとっては的外れな言いがかりである。
しかしそこで反論し口論となれば、余計なトラブルを抱える恐れもあった。よって多くの登録者は黙ってその場をやり過ごし、泣き寝入りするしかなかったという。
そんな事例の増加や噂が広がるにつれ、今度は守る側の登録者まで激減したのだ。
人員が不足すれば、行動の効果はどうしても薄れてしまう。
「登録はあくまで自主的な意思で成り立つ。批判され余計なトラブルに巻きこまれるなら、登録しないと思われたって仕方がない。会社も推進どころか、本業自体に支障が出ているから登録をしないよう呼びかけるべき、との意見まで他の役員から上がったくらいだ」
幹部会の席で、亨先輩が寂し気な表情でそう告げると、則夫が頭を下げた。
「申し訳ない。アプリ開発と拡散する上で、こうした問題が起こると予想していたのに、対処できなかった。運営責任者としてはお詫びのしようがない」
これには辰馬が怒った。「則夫のせいやない。亨さんもそんな顔をせんでくれ。やってきたことは間違ってへん」
だが、もっと遠くから待ち望んでいた人物が目に入った為、彼らに対して尋ねた。
「結局君らは、俺達に何の用があってわざわざ朝早くから、こんなところに来ているんだ」
「お前らこそ、こんなところで何してんだよ! ぶつかり男から女性を守る口実で近づいて、アプリ登録者で薄着の女性を盗撮してんだろうが!」
「アレッ、それは聞き捨てなりませんね。どこにぶつかり男なんかいるのかな。勝手に話を作り上げ、また若い女性と仲良くするつもりでしょう。厭らしいおじさん達ですね」
攻撃の糸口を掴み直したつもりなのか、チンピラ野郎とアレ男が口々にそう言い始めた。
「ぶつかり男から女性を守る? 何を証拠に、そんなことを言っているのかな」
「おい、相談員のじじい、惚けんな。こっちはしっかり情報を仕入れているんだぞ」
「俺らが、アプリ登録者の女性を盗撮しているという証拠も、かな」
「それは、そっちが今撮っている映像を確認すれば分かるだろ!」
「アレッ、それとも後ろめたくて、見せられないとでもいうのかな」
「話が堂々巡りだな。ああ、そっちの君達は後から来たから知らないかもしれないが、さっきも言ったんだよ。お互い、これまで撮った映像を見せ合おうじゃないかってね。ただ少なくともあんた達が駅構内で大声を出したり、周囲にいる人達を脅したりして迷惑防止条例違反に抵触する行為が、どちらにも録画されていると思うけどいいのかなって。警察に確認して貰うけど構わないよね。もうすぐ駅員さんと一緒に来るけど」
栄太がそう言った視線の先には、若也と彼の同僚二人に制服を着た警官三人がこちらに駆け付ける姿があった。
それを目にした彼らは慌てた。特にチンピラ男達はまずい映像などが残っているとの自覚があったのだろう。咄嗟に逃げようとした。
だがそれを防ぐように立ちはだかったのは、別行動をしていたはずのBTT達だった。既に予定の八時半を過ぎていたにも拘らず全員がそのまま残り、こっそりと栄太達の周囲に集まる野次馬に紛れ、待機していたのだ。
「おい、お前ら、邪魔だ! どけよ!」
チンピラ野郎が一人を押しのけようと手を出した為、やられた奴が大げさに倒れ込んだ。
「痛い! 殴られた!」
それを近くで見ていたBTTの仲間達が、大きな声を出してチンピラ野郎を取り囲む。
「おい! 今、暴力を振るったな! お巡りさん! 今、この人、殴りましたよ!」
「い、いや、違う!」
「逃げるな! 傷害の現行犯だ! 私人逮捕する!」
チンピラ野郎達がやりたかったことを逆手に取って迫った為、彼らはそれ以上手出しができず、そのまま呆然と立ち尽くしていた。
「あんた達、俺達を罠に仕掛けたね」
対称的に冷静だったアレ男が、悔しそうに吐き捨てた。そこで辰馬が惚けた顔で言った。
「ん? なんや? 罠に嵌めたって。お前らが突然現れて、俺らに絡んで来ただけやないか。盗撮やとか、証拠も無いのに騒いどっただけやろが。若い子らが六人で寄ってたかって、六十過ぎのじいさんを苛めとるのを見た誰かが、可哀そうやと思うて通報してくれたんやろ。悪い事は出来へんもんやな。屋根のある駅の構内でも、お天道様には見えとるんやろ」
「チクショウ。ただのじいさんじゃなかったようだな」
「そりゃそうや。俺は三十年近くも目を覚まさんかった、化石のような男やからな。せやけどただ寝とっただけやないぞ。俺の体は、生かそうとしてくれた皆のもんや。せやから、若造の浅知恵や悪企みくらいでは、そう簡単に倒せるもんやない。舐めんな、小僧!」
辰馬の睨みに圧倒されたのか、奴らの表情は固まっていた。
「おい、君達は何をしている。大声で騒いでいると通報があった。駅の事務所まで来なさい」
「君、こっちの人を殴ったのか。事情を聞くから、双方ともついてくるように」
「なんだよ! 駅員も警察も、このじじい達のグルかよ!」
反抗するチンピラ野郎とその仲間達だったが、周囲から声が飛んだ。
「こいつら、そこの人を押しのけようとして殴りました! 動画の証拠もあります!」
「そっちの若い子達は、数に任せて二人のおじさんに因縁をつけて、しつこくずっと絡んでいました! ずっと見ていたので、証言します! 迷惑行為で逮捕して下さい!」
「お前らみたいな、好き勝手に動画を撮って配信で金儲けを企む奴らは、牢屋へ入れ!」
「そうだ! そうだ!」
これには辰馬や栄太だけでなく、近くにいたBTT達も目を丸くした。
「おい、則夫。これは何だ。お前の仕込みか。女性もいるようだが、それだけじゃないぞ」
思わずマイクに向かって呟いたが、彼は否定した。
「いや、違うよ。多分、本当に彼らの悪意に腹を立てた人達が、声を上げてくれたんだと思う。基金参加者やアプリ登録者じゃなくても、ネットでは僕達の行動に賛同する声が挙がっていたから、もしかすると、そういう人達かもしれない」
複数の男性による後押しがあったからか、女性の声が続いた。
「そうそう! 辰馬さんを守れ! 犯罪者とユーチューバーはどこかへ行け!」
「犯罪者を許すな! 盗撮は辞めて!」
アプリ登録者らしき人達が口々に言いだし、声が大きくなった為に慌てて栄太は止めた。
「おいおい、もう少し静かに。他の方に迷惑だから」
しかし、周囲では同じ声援が続いた。しかも男性達の声だ。
「犯罪者を許すな、盗撮は止めろ」
「犯罪者を許すな、盗撮は止めろ」
徐々にリズムを合わせた同じフレーズが、構内のあちこちから飛び交い始める。それは次の電車が到着し、乗り換えの為に多くの客が通路に押し寄せてからも続いた。
新たな客は、何が起こっているのか戸惑っていたようだが、説明する人がいたのだろうか、しばらくすると彼らも同じように囁くようになった。
一人一人の声は小さくても、集まれば大きな叫びとなる。その為、居たたまれなくなったのか、手を出していないアレ男は逃げようとした。
しかし駅員達の制止に遭う。そこでチンピラ男は開き直ったらしく、構内に響く声で怒鳴った。
「何だ、こいつらは! どいつも、こいつも! 煩い! 煩いんじゃ!」
余りの剣幕に驚いたのか、一瞬静まった。
だが、すぐにコールは繰り返された。しかも先程より、声が心なしか大きくなっていた。それがさらに彼の神経を逆撫でしたのだろう。
「やかましい! 何だ、お前ら! これはじじい達の仕込みか! 何かの宗教か! 暴走族の元総長か何だか知らないが、生きた化石が善人ぶった真似をしてるのに、いいのかよ!」
だが次の瞬間、新たな声が挙がった。
「帰れ! 帰れ!」
「逮捕! 逮捕!」
シュプレヒコールが構内中に響き渡る。有難いけれど他の客の迷惑であり、チンピラ男達に揚げ足を取られかねない騒ぎになってしまった。
「か・え・れ! か・え・れ!」
「タ・イ・ホ! タ・イ・ホ!」
栄太が止めようと思った時、さらなる批難の声が上がった。
「通勤で駅を使わない奴が、わざわざこんなところに来るな!」
「嫌がらせで金を稼ぐような真似をしてんじゃねぇよ! 真面目に働け!」
毎朝決まった時間、満員電車に揺られ会社に通わなければならない人達からすれば、ユーチューバーのような自由業を煙たく感じる者は少なくないのかもしれない。
ピークは過ぎたが、まだ九時前の構内は通勤などの利用者で混雑している。そんな中で起きた騒ぎに、BTT達は困惑していた。
ただここまで多くの人達が味方に付いたのなら、しばらく静観してみようと栄太は考え直す。
コールがなかなか終わらないどころか、どんどんと大きくなって耳を塞ぎたくなるほどだ。まさしく四面楚歌の状態に陥ったチンピラ男達の表情はこわばり、絶句していた。
しかしそこで辰馬が一喝した。
「静かにせえ!」
低音ではあったが、構内の空気全体がビリビリと震えるような咆哮により、コールはぴたりと止んだ。BTTの面々すら驚いたのだろう。目を丸くし硬直していた。
ようやく静まった構内に、今度は彼の抑えた声が広がった。
「ここは公共の場や。大勢で喚く場所やない。せやけど、騒ぎの発端は俺らや。申し訳ない。これ以上俺らがここにおったら、これから仕事に向かう人らの迷惑になる」
頭を下げつつ言った彼の言葉を受け、駅員である若也がハッと気づき、叫ぶように言った。
「これ以上、同じ場所に立ち止まっていると危険ですし、他の利用者の方達の迷惑になります。すみやかに事務所まで移動して下さい!」
同伴していた警官達も頷き、彼らの腕を掴んで移動を促した。
それまで反発していたチンピラ野郎やアレ男達も、想定外の批難の声に怯えたらしい。大人しく従い歩きだした。
「そちらのお二人も、一緒に来てください。それに殴られたと主張していたあなたと、傍で見ていた人達からもお話を伺いたいので、ご同行ください」
警官の言葉に栄太と辰馬だけでなくBTT達は頷き、則夫の指示もあってその場にいた全員が彼らの後をついて行くこととなった。 こうして騒動は一段落した。
しかし問題は、その日の内に第三者がアップしたと思われる動画により栄太達の行動が再び拡散され、賛否両論のバトルが繰り広げられたことである。
騒動については、駅員や警察の事情聴取により、チンピラ野郎とアレ男達の行動に問題があると判断された。
逮捕まではされなかったものの、迷惑防止条例違反を指摘され厳重注意を受けた後、栄太達からの訴えにより彼らが撮影していた動画をその場で削除し、配信しないよう念を押した上で釈放された。
一方、同じく聴取を受けた栄太達の行動は、予め若也を通じ鉄道会社や駅側に伝えていたこともあり、則夫の協力を経てBTT側の撮影映像を全部見て貰い、違法性なしと確認され、削除要請はしないが外部配信しないと確約させられた後、昼前に皆解放されたのである。
しかし見物人達までは取調べが及ばなかった為、一部始終とまではいかないまでも、複数の人達による撮影動画がアップされてしまったのだ。
両者とも逮捕されていないことから、多くの動画では辰馬達やチンピラ野郎達の顔にはモザイクがかけられていた。
それでも一部、無加工の配信動画もあったという。閲覧者による指摘を受けてすぐ削除されていたものの、動画自体は残ったようだ。
ネットが恐ろしいのは、こういう場合、デジタルタトゥーとして半永久的に消えないことである。
それに双方共が既にネットで顔など晒しており、モザイクがかけられていても特定できたことから、ネット上では多くの批難の声が挙がったのだ。
もっとも打撃を受けたのはチンピラ野郎達かもしれない。以前から彼らの動画は悪質なものが多かったからだろう。明らかに非があるとバッシングを受け、激しい誹謗中傷のコメントが投げかけられた。
結果、彼らは動画配信行為からの撤退を余儀なくされたのである。
次にアレ男達も根拠のない疑いを投げかけ、高齢者苛めをしたと批難された。チンピラ野郎達ほど明らかな違法性は無かったことから、彼らは自分達の正当性を主張する釈明動画をアップした。
けれどそれも炎上し、結局彼らも動画配信活動の休止に追い込まれたのだ。
また両者とも実名が晒され、さらに仲間の住所や日頃の行動範囲までも特定され、日常生活に支障が出たどころか、中には一般の会社に勤務している者が職場を追われたらしい。
だがそれでも事態は収束しなかった。六月の痴漢逮捕以降から動き出し、フェス騒動により活発化した辰馬達へのバッシングも、今回を機に再炎上したのである。
きっかけは、切り取られた動画の拡散だ。チンピラ野郎達やアレ男達が、
「痴漢撃退といった善行は口実で、女子高生や若い女性の厭らしい映像を撮ることが目的」
と主張した部分だけの動画がアップされたからだ。
そこに辰馬達の過去が補足され、あたかも彼らの指摘が事実だと誤解される内容だった。
さらに、帰れコールの場面だけの動画も配信されて、批判を受けた。
「やっぱりあいつらは、おかしなカルト集団じゃないか。あれは異常だ」
「怖いよな。あいつらの本当の正体を暴こうと思って朝早く行ったら、こんな仕打ちだ」
「あれは間違いなく、仕込みの奴らがいたんだぜ。ただでさえ通勤の乗り換えで混む駅なのに、わざわざ人を集めてもっと混むようにしているんだから、質が悪いよ」
「痴漢とかぶつかり男から守るとか言ってるけど、実は共犯なんじゃねぇ?」
「自分らの仲間ばっかりを集めて油断させ、痴漢したり殴ったりしようとしてんだろ」
「いやもしかして、そういう癖のある女達ばっかり集めた異常集団かもしれねぇぞ!」
自分達には全く非がないとの主張を繰り返し、画像も音声も意図的な切り取りがされ、挙句の果てにはとんでもない憶測によるデマが拡散した。
その結果、彼らの信者らしき同調者達が、再び辰馬達を攻撃し始め炎上したのだ。
以前までとは異なる大きな話題にまで発展したことにより、騒ぎはネット上だけに収まらず、とうとう雑誌やテレビ番組で取り上げられるまでの事態になったのである。
「どんなに善行を目的としたものであっても、電車や駅という公共の場において、しかも朝の通勤ラッシュの時間帯に大声を上げ何もしていない、ただ自分達の意にそぐわない他の利用者を排除する、という行為は決して許されるものではない。これに同調すれば、迷惑防止条例違反という犯罪に加担しているとみなされてもおかしくありません」
と主張するコメンテーターまで現れた。
こうした、その裏の背景や事実を隠して一見正しいように思われる意見に賛同する人達は、実際多くいる。
辰馬達の正当性が理解されれば、活動の利点も広まると思ったが、そうはいかなかった。厄介なことに、雑誌やテレビなどのワイドショーでさえも、賛否両論が飛び交ったのだ。
日頃から痴漢など女性が受ける悪質な被害を訴えていた知識人達は、辰馬達の行動に至る経緯や動機、そしてアプリを利用した善意の参加者によるボランティア活動を称賛した。
しかし一方で、専門家と名乗る一部の有名人、知識人達で活動に異議を唱える者が現れたのだ。
よくあるパターンだが、逆張りすることで注目を浴び、コメンテーターという職を得ようとする輩なのかもしれない。雑誌社や局の制作側からすれば、両方の意見を扱うことで平等を図るとの考えなのだろう。
けれど異議を唱える人達から発せられた言葉は、曖昧な根拠や思い込み、または元々持っている女性蔑視の主義主張からのものが多かった。
「痴漢やぶつかり男などの被害に遭いたくない女性達は、守って欲しいと望んでいる訳ですよ。それを助けたいと思う人達が寄り添って守る。それのどこが悪いのですか」
「悪くはない。ただ守る人は男の人達で、利用しているのは普通の通勤電車ですよね。例えば痴漢対策なら、女性専用車両があるでしょう。そういう人は、何故利用しないのですか」
「専用車両だけでは不十分だからです。それに今の発言は、差別に繋がりますよ」
「どうして。女性専用車両を使えってことが、ですか。あのね。そもそも、女性専用車両という存在自体に、異議を唱える人もいます。男女平等だといいながら、女性だけが優遇されている。それなら、何故男性専用車両は無いのか」
「平等でなく、女性は虐げられ男性との格差も縮まらず不当に扱われているから、そういう車両が必要なのです、第一、痴漢行為がなければ必要ありません。男性専用車両が必要なら、是非作ったらどうですか。少なくともそこに乗らなければ、女性は安全です。だけどそうなると究極は、男性と女性で車両を分けることになります。今のジェンダー問題があるように、そこまで行くと完全な差別になりかねませんよね。あなたはそれをお望みですか」
「そこまでは言っていない。ただ痴漢の冤罪も少なくありません。もし男性専用車両があれば、そうしたリスクを回避できるかもしれない。満員電車に乗る度、両手を上げて痴漢はしません、出来ませんというアピールを、世の男性はしなくて済むでしょう。あと、そもそもマッチングアプリを使って、という点に私は違和感がありますね」
「馬鹿馬鹿しい。さっきも言いましたが、痴漢がいなければ、そもそもそんなことをする必要がないんです。愚かな犯罪行為をする人が後を絶たないから、女性は苦しんでいるんじゃないですか。それを解消する為にマッチングアプリを利用するのが、何故悪いんですか」
「だから悪いとは言っていない。巷では、男性と女性の出会いをマッチングするアプリが蔓延していますよね。もちろん健全なものもあるでしょう。しかしトラブルが起こっているのも事実だ。アプリを使った犯罪行為もあるし、死亡者も出ている」
「その言い方は、今回使われているアプリがそうだと誤解させますよ。訂正してください」
「いや、健全なものもあると言ったじゃないですか。実際、少子化対策の為に地方自治体が利用しているアプリなどでは、そういうものが多い。ただ中には悪質なものもある。それは事実であり一般論だ。誰も今回使われているアプリがそうだとは言っていない」
「だったら、何故マッチングアプリに、違和感を持つのですか。健全なものなら良いですよね。少子化対策で税金を使っているものさえある。それに比べたらずっとマシでしょう」
「登録者が善意の人ならそうでしょう。しかしそこに悪意ある登録者がいたらどうなります。守ってくれると思っていたのに、痴漢されてしまうというケースだって起こりえる」
「もちろんそうした可能性を考慮した上で、このアプリでは登録者の個人情報をしっかり把握できるよう神経を使っていると聞きます。もしそうなった場合、身柄を確保する為です」
「しかしその個人情報が、もし嘘だったらどうなります。身分を偽る人なんていくらでもいるじゃないですか。だって痴漢などの犯罪をする人達ですから。性善説は通用しませんよ」
「ですから、そんな犯罪者から女性を守る行為であり、しかもMMTでは車椅子を使う人や視覚障害者、ベビーカーを使っている人達の手助けもしており、鉄道会社や警察からだって感謝されているんです。褒められることがあっても、責められる筋合いはないでしょう」
「いや、そうで無くてね。善意を持つ人達ばかりが集まるとは限らないので、注意も必要だと言っているんです。それにネットでも言われていますよ。そうした運営に関わっている人達の中に前科を持つ人がいるとか、かつて暴走族にいたとか、暴力を振るった過去があるとか。そんな人達が紛れているから、大丈夫なのかと危惧する声もある訳ですよね」
こうした論争が、色んな番組で繰り広げられた。
辰馬達の行動に好意的な人達は、問題点もあると認めた上で、それでも意義があると主張していたが、批判的な人は、曖昧な根拠で不安をあおりつつ、論点をずらしながら話を薦める為、どうしてもかみ合わない。
元々、痴漢行為などに対する問題意識が強い人と、そうで無い人達とは意見が合わないに決まっている。
欧米などに比べて性犯罪に関する罰則が緩い日本だからか、または女性や社会的弱者を見下す傾向が強いからなのか。
そうした思想を持つ人達にとっては辰馬達の行為が偽善に映り、認めたくないとの意識から反発が生まれているのかもしれない。
録画された番組を則夫に見せられた際、何だ、こいつらは、と栄太は思わず舌打ちをした。
「酷いですよね。それにこういうコメンテーターや専門家とかに限って、日頃から政府擁護の発言ばかりしている奴らが多いというのは、とても不思議です」
「なんだろうな。痴漢やぶつかり男を取り締まったからって、こいつらは困らないだろうに」
皮肉で言うと、則夫が怒りながら言った。
「善行による共助が広まれば、いつか政府に対する批難勢力になるとでも思っているんじゃないですか。明らかに今の政治家達がやっているのとは、真逆の行為ですからね」
そうかもしれない。もちろん反論してくれるコメンテーターなどがいて、ネット上でもCMTやMMT、BTTの活動を擁護する声はまだ多い。
ただ再び騒がれ、またチンピラ男やアレ男のような奴らが現れ、標的にされる事態が起こったのも事実だ。
今のネット利用者の中には、それらが真実かを自ら探らず、垂れ流されたものをそのまま受け入れる人達が少なからずいる。詐欺の被害者が全く減らず増え続けるのは、こうした背景も一因にあるのかもしれない。
そんな注目が集まる中、BTTの活動は一旦休止とした。その代わり、九月に入って未知留達の学校も新学期を迎えたことでCMTの活動を活発化させ、辰馬達は忙しくなり始めたのである。
しかしそこでさらなる問題が起こった。CMTの名を騙る痴漢集団が現れたのだ。
その男達はアプリ登録者でないのに、CMTと思われる集団に当たりをつけ、その近くにいる女性に近づいた上で、
「俺達はこの辺りで監視しようか」
と仲間内で痴漢を見張っているかのような会話を交わし、女性達を安心させて接近するという手口を使っていた。
そして痴漢だと特定されないよう、複数の手で同じ女性を触ったという。
おかしいと思い、被害女性がアプリで痴漢を知らせる合図を送った為、幸い近くにいたMMTにより取り押さえられた。
そして周囲にいた他の客の証言から複数犯と分かり、揃って電車から降ろしホームで確保し、駆け付けた駅員と警官に引き渡すことができたのである。
この事件がニュースでも取り上げられると、批判的だった人達が声高に言いだした。
「やはりこういう人達が出てきましたよね。だから言ったんです。CMTなんてあるから、それを悪用する人も出て来るんです」
しかし好意的な人達は、激しく反論した。
「だからって活動自体が批難されることはないでしょう。痴漢なんて卑劣な犯罪をする人達は、どんな手を使ってでもやります。活動のせいで、痴漢が発生した訳ではありません。しかも今回、被害女性の知らせを受けて取り押さえたのは、MMTの人達です。もし彼らの活動が無ければ、その女性はもしかすると泣き寝入りしていたかもしれないのですよ」
「そうでしょうか。CMTなどの活動が騒がれたから、そういう行為をしてみようと企む人達が出たのではないですか。それにアプリに登録していなければ、その女性は被害に遭っていなかったはずです。ただいずれにしても、私が以前から指摘していた問題点が現実になった訳ですよ。だからアプリ登録者の人達やそうで無い人も、闇雲にCMTなどを信じるのではなく、これまでと同じく自分の身は自分で守ることを心がけたほうが良いと思うんです」
完全に間違った意見ばかりで無い所が、こうした持論を繰り広げる輩の質が悪い点だ。
しかし彼らのような発言を鵜呑みにし、また誤った情報を信じてしまった人達も多く現れた。その影響から、女性のアプリ登録者が一気に減少したのである。
それだけではない。CMTだと周囲に気付かれた際、
「おい、お前ら、偽善者だろう」
「女に近づいて痴漢をしようと、登録しているんじゃないのか」
などと暴言を吐かれるケースも増えた。
さらに辰馬達が夏休み中にMMTで活躍していたのは主に亨先輩の会社の社員達だった為、会社自体に対する非難の声まで上がったのだ。
「お前、あの大手保険会社の社員か。この間、お前んところの保険に入っていた車にぶつけられてよ。その後の事故対応も滅茶苦茶だったんだ。どうしてくれる」
社員であってもそれとこれとは全く別問題であり、またそうでない登録者にとっては的外れな言いがかりである。
しかしそこで反論し口論となれば、余計なトラブルを抱える恐れもあった。よって多くの登録者は黙ってその場をやり過ごし、泣き寝入りするしかなかったという。
そんな事例の増加や噂が広がるにつれ、今度は守る側の登録者まで激減したのだ。
人員が不足すれば、行動の効果はどうしても薄れてしまう。
「登録はあくまで自主的な意思で成り立つ。批判され余計なトラブルに巻きこまれるなら、登録しないと思われたって仕方がない。会社も推進どころか、本業自体に支障が出ているから登録をしないよう呼びかけるべき、との意見まで他の役員から上がったくらいだ」
幹部会の席で、亨先輩が寂し気な表情でそう告げると、則夫が頭を下げた。
「申し訳ない。アプリ開発と拡散する上で、こうした問題が起こると予想していたのに、対処できなかった。運営責任者としてはお詫びのしようがない」
これには辰馬が怒った。「則夫のせいやない。亨さんもそんな顔をせんでくれ。やってきたことは間違ってへん」
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