遺族は何を思う

しまおか

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第一章~辻畑⑨

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「さっきの話だが、念の為に調べて警視庁に問い合わせをするか」
「麦原という女性が殺された件ですか。珍しい名前なので、検索すればすぐヒットするでしょう。でも問い合わせまでする必要がありますか」
「一千万円だ。あいつはそれを知らない。これは秘密の暴露に準じる事項だ。警視庁もこちらと同じくマスコミに公表していない可能性がある」
 秘密の暴露とは、犯人しか知り得ない証拠等を指す。例えば刺殺体が出た時、何回またはどこを刺したか等は警察関係者以外、犯人しか知り得ない事実だ。容疑者を逮捕した際にそうした証拠と照らし合わせ、間違いなく実行犯だと裏付けるものになる。
 今回の場合はそうしたケースとは少し違うが、特殊事情から他の類似事件が起こった際など関連性を疑う証拠にはなる。また犯罪と直接関連するか定かでなくプライバシーに係る為、遺族に良からぬ噂が立たないよう秘匿が必要な情報でもあった。
 ただもしあの記者が目を付けたように、東京の事件でも説明が付かない現金が発見されていたなら、関連性は疑わざるを得ない。無ければ単なる偶然で、遺族による殺害依頼説は無視して良くなる。
 余りに非現実的な推論の為、捜査本部で直ぐ報告できるはずも無い。よって下調べした上で独自に問い合わせする必要があった。新聞記事等により事件の概要すぐ判明した。記者が言った通りだったが大金の情報はどこにも書かれていない。
 そこで辻畑は管轄する部署を確認し、電話で問い合わせした。通常は刑事課長または管理官辺りからするものだ。よって簡単に取り次いで貰えないかと気を揉んだが杞憂に終わった。というのも相手から驚くべき事実を聞かされたからである。
「そっちの事件でも一千万円が置かれていたのか」
 相手の一言でこの事案は上に報告せざるを得なくなり、結果警視庁との合同捜査となったのである。しかもあと二件、神奈川と大阪でも同様の事案が発生していると告げられた。
 それがあの記者が言った三件だろう。但し秘密の暴露の性質上、マスコミ等に公表できない為、神奈川県警と大阪府警との合同捜査が秘密裏に水面下で行われていたのだ。
 当然愛知県警としても規模を拡大しなければならず、中川署で特別捜査本部へと格上げされ人員も大きく補充されたのである。この情報をもたらした件で、辻畑達は一課長達からお褒めの言葉を頂いた。
「よくやった。今回の事件を単独捜査していれば迷宮入りしかねなかっただろう。現に最も古い大阪の事件からは五年経っている。それでも未解決のままだ」
 神奈川の件が二年前だ。昨年東京の事件が起き、一千万円という奇妙な共通項を見出したことがきっかけで、秘密裏に合同捜査本部が立ち上げられたらしい。それでもこの一年、犯人の特定まで至っていなかった。もし愛知県警が気付かず独自捜査していれば、彼らの言う通り間違いなく長期未解決事案の仲間入りをしていたはずだ。
 合同捜査本部の指揮は、規模の関係だけでなく最初に目を付けた警視庁が執っていた。本来ならこちらの管轄で起きた事件を余所に主導されるのは余り望ましくない。だが大阪府警で五年以上未解決の案件なら責任も分散されると上層部は判断したようだ。
 現場はそうした事情など関係ない。目の前の事件を解決する為、全力を尽くすのみだ。その為に必要な情報収集先として、警視庁や大阪府警等が加わるだけである。合同捜査は引き続き極秘扱いの為、特別捜査本部の中に特別チームが編成された。日暮美香の事件を現地で捜査する班とは別に、警視庁等と情報の共有や交換をしつつバクアップする体制が必要だからだ。そこに辻畑と尾梶は加わるよう指示された。
 話の流れからすれば当然だろう。よってこちらの事件では伝える情報が少ない為、先行する捜査状況を把握することが先決となった。大阪の事件は、三十年間引き籠り続け部屋でゲーム三昧だった五十歳の男性が夜中に外出した際、何者かに階段から突き落とされ殺されたものだ。当時八十歳の母親と二人暮らしで、八〇五〇問題と呼ばれる典型的な家庭だった。偶然何者かが突き落とす様子を目撃していた者がいた為に事故でないと判断され、殺人事件として捜査が始まったという。
 ただ逃走した犯人は学生位の若い男らしいという点以外、全く分からなかった。夜遅くでフードを被っていたからか、周辺の防犯カメラに詳細な姿を捉えられていなかったことも影響したようだ。
 もちろん引き籠り生活が長かった為、被害者の交友関係は皆無だった。男と接点があるような場所は、彼が時々夜中に通うコンビニくらいしかなかったらしい。よって当初はそこで知り合った人物と何らかのトラブルがあり、殺されたという見方をしていたという。しかしコンビニ店員や、その時間に出入りしていた客や近所を出歩く人物を徹底的に調べたが、全く疑わしい該当者は出なかった。
 そこで単なる通りがかりの若者による突発的な行為だった可能性も視野に入れながら、捜査体制は縮小していたようだ。一千万円の現金は、交友関係やトラブルがあった形跡を探す為に被害者宅を捜索した際、発見されていたらしい。しかし当時はタンス預金だという母親の証言を信じ、大阪府警はそれほど気にかけていなかったという。
 神奈川の事件は、三十代の天堂てんどう夫婦が高齢者の運転する暴走した車に轢かれ死亡したものだ。運転者も亡くなった為に一時は単なる事故として処理されていたが、問題は残された十一歳と七歳と二歳の子供達とその家にあった一千万円の現金だった。
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