遺族は何を思う

しまおか

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第二章~尾梶⑦

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注)OK→大阪に住んでいた栗山、神奈川で車を使い天堂夫婦を轢き殺した八十過ぎの老婆
KS→神奈川に住む少女,栗山に轢き殺された天堂夫婦の子供で三人きょうだいの長女で十一歳
TM→東京に住む麦原、自宅でほぼ寝たきりだった八十五歳の母親を窒息死させられた息子
AS→愛知の少年、自宅で窒息死した四十五歳で難病により寝たきりだった日暮美香の甥、十五歳

 その気持ちも理解できる。被害者は彼女の単なる姉ではない。親代わりとして困窮する生活を助けた恩人だ。経済面だけでなく、様々な場面で支えてくれた救世主でもある。そんな大事な姉を息子が殺す手助けをした、または殺人を依頼したなど信じたくないはずだ。しかし一方で姉の世話をさせ、受験時期なのに過剰な負担を彼に強いてきた意識もあるのだろう。姉に死んで欲しいと思わせたのは、自らの責任だと考えたとしてもおかしくない。
 実際個別に事情聴取した際、そう述べていたと聞いている。ただ航の聴取に同席した時は、決して犯行に関わっていると疑う素振りを一切取っていないらしい。あくまで無実を信じる親であり続けているようだ。それが彼女に出来る、せめてもの愛情なのだろう。
 そんな二人の姿を見るのは確かに辛い。尾梶は彩の気持ちが良く分かるからだ。自分がそうだったように、彼女もまた姉がいなくなればどれだけ助かるだろうと一度は想像したのではないだろうか。祖母が事故死したと知った時、尾梶は泣き崩れた。幼い頃より可愛がってくれ、物心ついた時から大好きだった。養子になって欲しいと言われた時も遺産なんかどうでもよく、祖母が望むならと喜んで引き受けた。苗字を変え息子になれることを誇りに思った程だ。
 けれど現実は甘くなかった。無償の愛を与えてくれていたはずの彼女は、年齢を重ねるにつれ偏屈になった。同居しなければ分からなかったことが余りにも多い、と気付いた時にはもう手遅れだった。人の本性は非常時こそ露わになるものだ。祖母の介護生活を経て、そうした事実を痛いほど身に染みた。もちろん最も被害に遭ったのは妻の砂羽さわだ。その負担といえば尾梶の比ではなかった。だから祖母が死に、ホッとした自分もいたのである。
 隣の部屋にいる彩も同じだったはずだ。けれどその後、息子が殺人の共犯者として疑われるという、想像もしていなかった別の不幸に見舞われている。
尾梶の場合、親戚達の心無い誹謗中傷は予想の範囲内で、それ程苦痛には感じなかった。しかし妻が心の病に罹り寝込み、新たな介護が始まるという想定外の事態に陥ったのだ。けれど彼女の精神が病んだ責任の一端は、尾梶にもある。そうした自覚があるからこそ、誰も責められないでいた。よって今はなす術なく黙って見守るしかないとの態度を取る航の母の姿が、自分と重なって見えたのだ。
 辻畑とあの親子では微妙に立場が異なる。神奈川の件も同様だ。しかし介護で苦しむ状況は、東京の麦原と似通っていた。辻畑の母が殺してくれとまで言ったとは聞いていない。けれど死んでくれたら、と考えた点は同じではないか。そこで尋ねてみた。
「東京の件はどう思われますか。彼らと違いTMは事件当時、五十五歳という年齢です。しかも生活は困窮していません。ただ被害者本人が殺して欲しいと発言しています。そう考えれば殺人の共同正犯というより、自殺ほう助罪に近いのではないですか。そうなれば刑事罰も死刑または無期もしくは五年以上の懲役でなく、六か月以上七年以下となります。時効のない殺人罪と違い、十年経てば公訴はできません」
「海外に逃げれば時効は止まる。だが先程言ったように国内を転々と渡り歩けば、十年程なら逃げ回る事は可能かもしれない。ただ警視庁が自殺ほう助でなく、あくまで殺人罪として立件しようと追いかければ、余り意味を持たないだろう」
「だったら精神面ではどうでしょう。遺族達が追い詰められていたのは全ての事件で共通します。ただ未成年と違い、麦原は背負う困難についてそれなりの覚悟を持った上で殺人依頼したと考えられます。OKもそうでしょう。彼女の場合は高齢だったこともあり、まさしく命をかけています。罪の意識に苛まれ、自殺を兼ねた行動だったのかもしれません」
 彼は大きな溜息を吐いて言った。
「TMもOKと同じかもしれないな。本当なら母親との心中を考えていたとしても不思議ではない。だが今回闇サイトを利用したのは、死ぬくらいなら同じ境遇の人を助ける側に立ちたいと思った可能性はある。または闇サイト運営者にそう諭されたのかもしれない」
「人を殺しても良いと腹を括らされた、ということですか」
「彼は金に困っていない。さらに罪を背負うことで、母親を殺した罪悪感を消そうと考えたとしても納得できる」
「だったら彼を徹底的にマークすべきですよね。新たな犠牲者を出さない為だけでなく、今回の一連の事件を解く鍵にもなります。彼を捕まえれば、一体どうやって闇サイトの運営者と連絡を取り、依頼主と要望を叶えるのかといった疑問が解消できるかもしれません」
 だが尾梶の見解に彼は首を捻った。
「そう簡単にはいかないだろう。闇サイトはメッセージや履歴を残さないアプリ等を使用している。その壁を崩し、裁判でも使用できる証拠を掴める前提がなければ無理だ。例え殺人現場を押さえ現行犯逮捕しても、闇サイトの謎には辿り着けないかもしれない」
「しかし何も残さず実行するなんて、本当に可能なのでしょうか」
「どういう意味だ」
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