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第五章~尾梶①
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辻畑と電話で打ち合わせをした次の日の午後、非番だった尾梶は気になって彼に電話をかけた。午前中は会議があるけれど、その後は動けると聞いていたからだ。
昨日の晩の話では、官舎近くのマンションの入り口が見えるよう、監視カメラを設置すると言っていた。その作業をし終わったなら録画データの交換等をする為、どこにあるか確認しておかなければならないと思ったからでもあった。
しかし電話に出た彼の声は、明らかに普段とは違うものだった。
「丁度良かった。こっちから連絡をしようと思っていたんだ」
「どうしましたか。周りが騒がしいようですけど、今どちらですか」
「中警察署だ。今日の十時過ぎ、母親が車にひき逃げされて病院へ運ばれ、死亡が確認された。犯人はまだ捕まっていない」
一瞬言葉に詰まったが、何とか口を開き小声で尋ねた。
「た、単なる事故ですよね」
「分からん。俺は午前中、刑事課での会議に出席していたが、中警察署から母親が事故に遭ったと連絡があり、直ぐに病院へ駆けつけた。そこで交通課の署員にひき逃げだと聞かされ、死亡が確認されたからその手続きをした後、事情を聞いていたところだ」
「だったら、辻畑さんは自宅やあのマンションへ、まだ寄っていないということですか」
ここで彼も更の声を落として言った。
「ああ。だから例の金が置かれているかの確認は取れていない。しかし単なる偶然にしては出来過ぎだ」
「でも今日は確か、買い物に出かける日ではありませんよね。それに十時過ぎって午前中じゃないですか。そんな時間、何の用で外出されていたんですか」
「俺も最初は分からなかったが、少し前に判明した。どうやら月二回、第一、第三水曜日の午前中は老人保健施設で歩行のリハビリを受けていたらしい。施設の人が何の連絡もなく来ず、何度か自宅や携帯にかけたが通じないので心配になり、緊急連絡先となっていた俺の携帯に連絡してきたんだ」
「そんな話、辻畑さんから聞いていませんよ」
「悪い。買い物以外、時々不定期で外出することはあると聞いていたが、リハビリの件はどうやら俺に黙っていたようだ。施設の人はそう言っていた。通い出したのも最近らしい」
「どうして内緒にしていたんですか」
「施設の人の説明では、俺を驚かそうとしていたようだ」
電話の向こうで、涙を堪えている様子が伝わってきた。苦労を掛けられていたとはいえ、実の母が死んだのだ。しかも辻畑に隠れリハビリを開始していたのなら、少しでも介護の負担を和らげようと考えていたに違いない。それまでは施設への入居はもちろん、ヘルパーも断っていたと聞いていた。リハビリなどするような殊勝な人では無かったはずだ。
尾梶の場合は母でなく祖母で、主に世話をしていたのは妻だが苦労したとの点では共通している。それが彼との交流を深めたきっかけだ。消えて欲しいと愚痴を漏らす気持ちが痛いほど理解できた尾梶は、それに頷きながら自らの現状の不満も聞いて貰った。そうして安易に言えない苦労などを互いに吐き出し、ストレスの発散をしていたのである。
彼が介護サイトを使って不満を書き込んでいると知った時は驚いた。けれど後に囮捜査だと打ち明けられ納得した。それでも内容はほぼ本音だったと尾梶は思っている。
混乱し感情的になっている彼に何を話せばいいか悩んだが、まずは質問してみた。
「あの、ところで私に連絡するつもりだったとおっしゃいましたが、何の用件でしょうか」
「悪い。そうだった。今しばらく動けないから、尾梶に頼もうと思ったんだ。まずは例のマンションの入り口を監視するカメラを回収して欲しいのと、俺の家に寄って貰いたい」
「もう設置されたんですね。私が連絡したのも、場所をお聞きしようと思ったからです」
「そうか。朝一にセットしてから出勤したんだ。頼めるか」
場所を確認して再度尋ねた。
「分かりました。あと辻畑さんの家に寄って何をすればいいですか」
「外から郵便受けを含め、例の物が放り込まれていないかを確認して欲しい」
「なるほど。今回の件が単なる事故か、一連の件と関係しているかの確認ですね」
「そうだ。念の為に向こうのマンションの郵便受けも覗いてくれ。どちらも部屋の鍵がないから、中に侵入して置くのは不可能だからな」
「分かりました。確認して連絡すればいいですか。それとも中署に伺いましょうか」
「連絡だけでいい。カメラは中身を確認し誰か映っていないかを見た後、少し預かってくれ。俺はこの後、葬儀の段取りや捜査状況を聞く等も含め、どこへ移動するか分からない」
「了解です。また連絡します」
通話を終えた尾梶は、自家用車に乗り官舎へと向かった。まず先にカメラを回収してから念の為手袋を嵌め、指示通りマンションの郵便受けを確認する。だが空室の為にテープが張られ、チラシなども投入できなくなっていた。もちろん現金など置かれていない。
その状況をスマホで撮影した後、次に官舎へと足を進める。経費節減か警察の官舎に侵入するような不届き者がいないからか、入口に防犯カメラは無い。
辻畑の部屋の郵便受けは勝手に中身を取られないよう、鍵がかかっている。中を覗いたが何も入っていない。同じくスマホで撮影し、念の為に階段を上り扉の前まで行った。辻畑なら、紙袋等に入れてドアノブに引っ掛けられていないかを確認すると思ったからだが、何もない。そこも写して下に降り、車の中に戻ってから電話をかけた。
スリーコールで出た彼は、即座に尋ねてきた。
「どうだ。あったか」
昨日の晩の話では、官舎近くのマンションの入り口が見えるよう、監視カメラを設置すると言っていた。その作業をし終わったなら録画データの交換等をする為、どこにあるか確認しておかなければならないと思ったからでもあった。
しかし電話に出た彼の声は、明らかに普段とは違うものだった。
「丁度良かった。こっちから連絡をしようと思っていたんだ」
「どうしましたか。周りが騒がしいようですけど、今どちらですか」
「中警察署だ。今日の十時過ぎ、母親が車にひき逃げされて病院へ運ばれ、死亡が確認された。犯人はまだ捕まっていない」
一瞬言葉に詰まったが、何とか口を開き小声で尋ねた。
「た、単なる事故ですよね」
「分からん。俺は午前中、刑事課での会議に出席していたが、中警察署から母親が事故に遭ったと連絡があり、直ぐに病院へ駆けつけた。そこで交通課の署員にひき逃げだと聞かされ、死亡が確認されたからその手続きをした後、事情を聞いていたところだ」
「だったら、辻畑さんは自宅やあのマンションへ、まだ寄っていないということですか」
ここで彼も更の声を落として言った。
「ああ。だから例の金が置かれているかの確認は取れていない。しかし単なる偶然にしては出来過ぎだ」
「でも今日は確か、買い物に出かける日ではありませんよね。それに十時過ぎって午前中じゃないですか。そんな時間、何の用で外出されていたんですか」
「俺も最初は分からなかったが、少し前に判明した。どうやら月二回、第一、第三水曜日の午前中は老人保健施設で歩行のリハビリを受けていたらしい。施設の人が何の連絡もなく来ず、何度か自宅や携帯にかけたが通じないので心配になり、緊急連絡先となっていた俺の携帯に連絡してきたんだ」
「そんな話、辻畑さんから聞いていませんよ」
「悪い。買い物以外、時々不定期で外出することはあると聞いていたが、リハビリの件はどうやら俺に黙っていたようだ。施設の人はそう言っていた。通い出したのも最近らしい」
「どうして内緒にしていたんですか」
「施設の人の説明では、俺を驚かそうとしていたようだ」
電話の向こうで、涙を堪えている様子が伝わってきた。苦労を掛けられていたとはいえ、実の母が死んだのだ。しかも辻畑に隠れリハビリを開始していたのなら、少しでも介護の負担を和らげようと考えていたに違いない。それまでは施設への入居はもちろん、ヘルパーも断っていたと聞いていた。リハビリなどするような殊勝な人では無かったはずだ。
尾梶の場合は母でなく祖母で、主に世話をしていたのは妻だが苦労したとの点では共通している。それが彼との交流を深めたきっかけだ。消えて欲しいと愚痴を漏らす気持ちが痛いほど理解できた尾梶は、それに頷きながら自らの現状の不満も聞いて貰った。そうして安易に言えない苦労などを互いに吐き出し、ストレスの発散をしていたのである。
彼が介護サイトを使って不満を書き込んでいると知った時は驚いた。けれど後に囮捜査だと打ち明けられ納得した。それでも内容はほぼ本音だったと尾梶は思っている。
混乱し感情的になっている彼に何を話せばいいか悩んだが、まずは質問してみた。
「あの、ところで私に連絡するつもりだったとおっしゃいましたが、何の用件でしょうか」
「悪い。そうだった。今しばらく動けないから、尾梶に頼もうと思ったんだ。まずは例のマンションの入り口を監視するカメラを回収して欲しいのと、俺の家に寄って貰いたい」
「もう設置されたんですね。私が連絡したのも、場所をお聞きしようと思ったからです」
「そうか。朝一にセットしてから出勤したんだ。頼めるか」
場所を確認して再度尋ねた。
「分かりました。あと辻畑さんの家に寄って何をすればいいですか」
「外から郵便受けを含め、例の物が放り込まれていないかを確認して欲しい」
「なるほど。今回の件が単なる事故か、一連の件と関係しているかの確認ですね」
「そうだ。念の為に向こうのマンションの郵便受けも覗いてくれ。どちらも部屋の鍵がないから、中に侵入して置くのは不可能だからな」
「分かりました。確認して連絡すればいいですか。それとも中署に伺いましょうか」
「連絡だけでいい。カメラは中身を確認し誰か映っていないかを見た後、少し預かってくれ。俺はこの後、葬儀の段取りや捜査状況を聞く等も含め、どこへ移動するか分からない」
「了解です。また連絡します」
通話を終えた尾梶は、自家用車に乗り官舎へと向かった。まず先にカメラを回収してから念の為手袋を嵌め、指示通りマンションの郵便受けを確認する。だが空室の為にテープが張られ、チラシなども投入できなくなっていた。もちろん現金など置かれていない。
その状況をスマホで撮影した後、次に官舎へと足を進める。経費節減か警察の官舎に侵入するような不届き者がいないからか、入口に防犯カメラは無い。
辻畑の部屋の郵便受けは勝手に中身を取られないよう、鍵がかかっている。中を覗いたが何も入っていない。同じくスマホで撮影し、念の為に階段を上り扉の前まで行った。辻畑なら、紙袋等に入れてドアノブに引っ掛けられていないかを確認すると思ったからだが、何もない。そこも写して下に降り、車の中に戻ってから電話をかけた。
スリーコールで出た彼は、即座に尋ねてきた。
「どうだ。あったか」
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