音が光に変わるとき

しまおか

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巧の挑戦~⑩

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 千夏が正男さんとの会話に入ってきたところで、バスの前方ではスタッフが人数を数え始めていた。数え終わったスタッフは全員が乗り込んでいることを確認したようで、出発しますという簡単な挨拶の後、バスは静かに動き出した。
 その頃には周りに座っている選手や同行している人達も、巧達の話に聞き耳を立てるのをやめたのか、各々がそこかしこで会話をしだしていた。
 巧は他の人達の邪魔にならない程度に声を押さえ、後部座席から前にいる千夏達の座る座席シートの間に顔を出して正男さんに尋ねた。
「そういえば、さっきもバスの前に女性スタッフが三人ほどいて、他にも出迎えの人が並んでいましたけど、あれって全員協会関係者の人達ですか?」
「確かそうだよ。女性三人はマネージャーで、他にコーチ陣が沢村さんを含めて三人いたね。あとはドクターとそのスタッフ達だったと思うけど。部長や監督さんや他のコーチは先に施設で待っているんじゃないかな」
「ドクター? 万が一のこともあるから、そういう方も常時必要になるんですね」
「これは日本代表の場合のケースだけど、基本的に代表スタッフは強化部長、監督の他に、コーチが沢村さんを含めて四人、GKコーチ、フィジカルコーチ、メンタルコーチが一人ずついるから、その人達を含めるとコーチは七人になるのかな。後はさっき言っていた女性マネージャー三名とドクター一名、メディカルスタッフ二名つくことになっていて、総勢十五名が協会側のスタッフだよ。後はボランティアだから」
「なるほど。必要最小限は揃えているって感じですね」
 千夏が正男さんとの話に割り込んできた。
「それはそうや。フットサルの日本代表とか、まして男子サッカーとか女子サッカーの日本代表スタッフなんかと比べたら、少ないのはしょうがあらへん」
「多ければいいって訳じゃないけどね。選手人数とのバランスもあるし」
「今回募集された選手の人数は十名やけど、代表の場合はFPが八人、GKが二人で合計十名が、最終的な日本代表選手として登録されることが多いらしいで。そしたら選手より、スタッフの方がちょっと多いくらいの人数がいるってことになるんかな。あと今回は二日間やし、若手の全盲選手のFPを中心に強化するからキーパーは呼ばれてへん。試合形式の練習でキーパーが足らなくなるかもしれんから、巧に声がかかったんかも」
「なんだよ。僕に練習参加して欲しいって言うのは、そういうことか。それにしてはあの八千草の飯岡巧選手ですよね、とかすごく大げさに握手されたけど」
 すると小声で話していたつもりだが、それが漏れ聞こえたらしい。少し前の方に座っていた男性がいきなり立ち上がって振り向き、巧の言葉を強く否定した。
「そんなことは無いですよ。今回は飯岡選手が来ていただいているんだから、しっかりコーチして貰おうと事前に話をしていますから、決していい加減な気持ちでお声をかけたんじゃないです。今回選手としてのキーパーは招集していませんが、呼んでいればそちらのコーチもお願いしたかった位です」
「あれがGKコーチの竹中高雄たけなかたかおさんだ。女子ブラサカ練習会にも来ていたことがあるし、たしか男子の代表コーチも兼ねている方だと聞いたよ」
 突然のことで驚く巧に、正男さんが小声でそう耳打ちしてくれた。
「あ、ああすいません。別に本気でそう思っていたわけじゃなくて、里山さんと冗談で言い合っていただけですから」
 巧は立ちあがって謝った。千夏も悪いと思ったのか、席から腰を浮かして軽く頭を下げ標準語で謝った。
「竹中コーチ、ごめんなさい。飯岡さんが調子に乗るといけないからって、ちょっとからかっていただけですから」
「いやいや、冗談だったらいいけど。僕はフットサルの試合も見ることが多いから、飯岡選手の活躍はよく知っているよ。今は同じチームに日本代表の田上選手が正GKとしているから、なかなか試合には出る機会には恵まれないけど、田上選手が怪我で出られなかった時に、飯岡選手が何試合か出られましたよね。僕はその時、大宮に来られた試合を実際観戦していたんです。あの時は凄かった。大宮も強いチームですけどことごとくファインセーブしていて、味方のミスで入った一点以外は全部止めていたじゃないですか。あの試合で八千草が勝った一番の要因は、飯岡選手だったと思いますよ」
 立ったまま興奮して喋り出した竹中さんだったが、近くにいた女性マネージャーの一人に、
「バスは移動中で走っていますから、シートベルトもせず立ち上がるのは止めてください。危ないですから。注意するべきコーチ自身がそれじゃ困ります」
と叱られ、しゅんとなって慌てて座っていた。その様子がおかしく、周りではクスクスと笑い声が起こる。巧も千夏も苦笑するしかなかった。
 だが竹中コーチの暴走はそれで終わらない。まだ喋り足りなかったのか、今度は信号待ちでバスが止まったのを見計らい、席から素早く移動してきた。巧の隣の席が空いていることが判ると、ここいいですか? と尋ねながら、頷く前にもうすでに腰を下ろしていた。
「それでですね。もちろん未来のフットサル日本代表候補である飯岡選手に僕が言うのもなんでしょうけど、特に近距離から打たれたシュートに対する反応というのは天性のものですよ。あれはうちの代表選抜キーパー達にも、是非教えていただきたい。いや教えられるものでもないから目の前で反応の早さ、的確なポジション取りを見せて貰えるだけで、彼らの勉強になると思います」
 鼻息を荒くする竹中コーチの話に圧倒され、褒められて嬉しいというより巧は困惑した。ただただ、はあ、ありがとうございますとしか言えなかった。すると近くでコーチの熱弁を聞いていた、障害者の若い高校生くらいの選手の一人が尋ねてきた。
「大変申し訳ないんですが僕は目が見えないし、フットサルの試合を観戦したことがないので知らないのですが、コーチがそれだけ褒めるほど飯岡選手はすごいんですか?」
 そんな発言に待ってました、とばかりに彼はさらに熱く語り出した。
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