音が光に変わるとき

しまおか

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新たな戦い~⑥

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「うん、それ、私も考えとった。やるなら後半開始から早目やね」
「そうだな。前半と同じ、奇襲作戦でないと通用しないと思うから。一発勝負だと思って後半の、僕がスローする場面の二回目がきたらやるぞ」
「うん。判った」
 前半では、これまで何度となく繰り返し練習してきたサイレンスローからのシュートを、一度も出してない。キーパースローはこの試合の最初の頃、千夏をめがけて何度か投げてきたが普通のスローだ。しかも千夏が点を決めてからは、相手に徹底マークされていたので、そこからシュートに持って行けるスペースがほとんど与えられなかった。
 その為キーパーからのスローは、マークされていない田川や宮前に渡してから、千夏のいる前線にパスを送るという方法を取ってきた。
 だからなのか田川から、または宮前から千夏に上手くパスが通らず、通ってもすぐ千夏が囲まれてボールを奪われる場面が前半では多かったのだ。
 巧らのチームにおける最大の得点源は千夏だと判っているので、最終的には彼女の所にボールが集まるということを、相手も十分に研究して理解している。
 それでも今まで対戦したチームにはうまく機能していた戦法だが、今回の相手だとそう簡単には通じないようだ。こちらも相手チームの研究はしており、ある程度の覚悟はしていた。けれどもこれほど力の差があったことは、想定を大きく上回り驚くしかなかった。 
 相手はこちら以上に研究し、今までに無いほどの気合を入れて挑んできていることは確かだ。しかしそんな強豪相手に、なんとか一点リードしたまま折り返せたことは上出来である。
 相手も先制されてなかなか追いつけず、焦りもあるだろう。向こうは同点ならば巧相手のPK戦は不利だと思うはずだ。その為後半は、より攻撃的になってくるに違いない。
 そこをなんとかしのいで、数少ない速攻のチャンスを活かしてもう一点取りに行きたかった。
「あとは田川さんと、あれも使えないかな」
 巧は千夏にそう耳打ちした。休息している彼の様子を見る限り、多少の疲労はあるようだが、まだまだ行けそうな感じだ。
「だったら、早い時間にそれも試してみる?」
「そうだな。試すなら体力と集中力のあるうちにやる方がいい」
「スローの攻撃の次に、田川さんとやってみようか」
「畳みかける訳だな。よし、彼には僕から話してみよう」
「お願い。その攻撃の後は徹底的に守るから。巧もお願いね」
「ああ。先行逃げ切りだ。ちょっと辛い戦法だけど、これしかないだろう。じゃあ田川さんの所に行ってくる」
 巧は立ちあがって軽く千夏の肩を叩き、まっすぐ彼のいる場所へと移動した。田川はメディカルチェックを終え、一人で地面に座り込んでストレッチを繰り返している。
「田川さん、ちょっと良いですか」
 そう声をかけてから彼の右肩に軽く触れた後、そのまま右横に坐った。彼は首を縦に振りながら、ストレッチを止めて巧の話を聞く体制を取ってくれた。
「後半の攻撃ですが、早めにまた奇襲をかけたいと思います。千夏と相談したんですが、後半が始まって二回目のキーパースローの時に、千夏と例の奴をやりたいと思います」
「いいよ。彼女もかなりマークされているみたいだけど、一回はやる価値はあると思う。前半はできなかったからね」
「はい。そこでですね。その攻撃が成功してもしなくても、次のスローの時は例の田川さんとのコンビネーションをやりたいのですが、いけますか?」
 彼はにやりと笑い、巧の肩に手をまわして引き寄せた。
「いけるも何も、あれだけ練習させられたんだから一回は試したいよね。やってみるよ。里山の攻撃の後、というのがミソだね。この二回の内一回でも成功すれば、今日の巧君なら守り切ってくれるだろ。期待しているよ」
 田川はそう耳打ちした後、バンバンと巧の背中を強く叩いた。痛がりながら、
「ありがとうございます。できれば後半でこのセットを二回できると最高ですけど」
 そう言って立ち上がると、田川さんは目を丸くして
「本気か?」と聞くので、
「本気ですよ、頼みましたから」
と笑って言い残し、もう一度彼の右肩に軽く触れその場を移動した。一応この流れを監督とガイドにも伝えておかなければいけない。
 意思の疎通をしっかりとして置くことが、このブラサカに限らずチームスポーツに必要な要件の一つだ。ただでさえ互いが見えないという、選手同士を遮る暗闇の壁が存在するこのブラサカにおいては、コミュニケーションを密に取ることが大きなカギを握る。
 音や声と言った情報だけでなく、選手同士それぞれが共通のイメージを持って取り組むことが大切なのだ。
 巧らのような健常者でも、ある一つの事柄について同じイメージを持つことは決して簡単では無い。当たり前だが、他人の頭の中は晴眼者であっても見ることはできないからだ。
 人それぞれ異なった環境で育っているため、思考や捉え方、持っている情報などは十人十色なのは当然で、そこから共通するイメージを持ち合うことがどれだけ困難なことか。 
 だが千夏達は視覚から得られる情報を遮られることで、限られた情報を元にイメージし、予測するという訓練をブラサカという競技を通じてこれまで習得してきた。そして特別な武器を持つために続けてきた、練習の成果を見せる時は今しかない。
 正直まだ練習時での成功率は、それほど高くなかった。それに一度読まれてしまえば、何度も通用する手ではない。
 だから今大会や西日本のリーグ戦でも、公式戦ではここまで一度も試してこなかった。それをこの大一番で成功させる確率は、限りなくゼロに近い。それでも試してみる価値はある。挑戦したからと言って、チャレンジャーである巧達に失うものは無いのだ。
 次に巧は宮前と九鬼にもその作戦の説明をし、他の選手達にも耳打ちして伝えた。こうしてチーム全体で共通認識を持てば、例え失敗しても非難する者はいない。しかし成功すれば喜びは何十倍にも大きくなるはずだ。
 ハーフタイムを終え、後半戦の為にそれぞれが所定の位置に着く。今回は千夏達のキックオフから始まるために、田川と二人が中央で肩を寄せた。その前方に青山と松岡が陣取り、ボールを奪う体制を取っている。
 ピーっと笛が吹かれ、田川がちょこんと触ったボールを千夏がすぐ足元に引き寄せ、細かくドリブルをしながら前に進む。そこに青山が真っ先に突っ込んできた。
「ボイ! ボイ!」
と相手を威嚇するような激しい声を出す。通常はそこまで大きな声は出さない。声を出すことで、守備者は自分の位置をボール保持者に知らせるのだから、声が大きければその分攻撃者が避け安くなるはずだ。
 しかし青山は前半に相当プレッシャーをかけ転倒させてきた千夏に対し、大声を出すことで恐怖心を煽る作戦に出たようだ。今までの対戦相手では遠慮はしないまでも、女性である彼女に対してここまで強く当たってきたことはなかった。今回が初めてである。
 そこを逆に意識してなのか、青山達は千夏の動きを封じ込める作戦を取って来ていた。だがそれは負けん気の強い彼女にとっては、ただの発奮材料にしかならなかったようだ。 
 千夏は大声を出す青山を避けることなく、真正面から突進をしていった。すると逃げていく彼女を追いかけるつもりでいた彼にとっては想定外だったのだろう。足がそこで止まってしまった。
 そこで彼女は軽くボールを足の甲に乗せて浮かせ、一瞬音の出ない間を作ってからすばやく青山の股の間にボールを通し、その横をすり抜けながら再びボールを足元に戻して細かくドリブルで前に進んだ。
 慌てて松岡、坂口が千夏の前に立ちはだかる。ハーフタイムの間にマッサージをしてもらって休みを取った分、彼女は前半の疲労から回復していて元気だった。
 得意の右、左と素早く動くドリブルに相手は振り回され、あっという間に四人目の遠山と相手キーパーの前まで辿り着いた。
「打て! 打て!」
 味方ガイドの声を聞き、千夏は遠山が近づいてブロックして来る前に、素早く右足を振り抜いた。鋭いシュートが相手ゴールに向かってまっすぐ飛んでいく。だがコースが甘く、ボールは相手キーパーの左手に弾かれゴール外へと飛んでいった。
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