アダムズコード

青山惟月

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第一章、三百年前

2、都市M

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 イヴにとって最悪のクリスマスから早くも十五日経過し、年も明けた。
 二人が向かったのは都市M。ガト・グリス教団の本部がある場所だ。
 しかし、都市Mまで距離にして未だ半分程しか進んでいない。理由はとても単純で、アベルが極度の方向音痴なせいだった。
 「アベル。ここさっきも通ったけど……」
 「そうだっけ……?」
 「そうだっけじゃない!そのやり取り何度目!?しかも獣道ばかりでもうローブがぼろぼろなんだけど!!」
 アベルは手に地図を持っているが、ほとんど役に立っていない。本来であれば大人の足なら徒歩でも6日位で到着する距離だ。
 「どうやってあの森まできたんだ……」
 「まあ、大体二十日くらいは掛かったな。Mを出たのは十二月上旬だったから」
 言葉を失うイヴ。
 「生きてりゃ問題ない」
 適当な笑顔で笑うアベル。
 「まあ、ほら今日は血やるから機嫌治せ」
 ナイフで人差し指の先を少しだけ切り、イヴへ差し出す。
 甘い匂いが漂う。イヴはそれを舐めとる。するとすぐに傷口は塞がった。
 量は数滴だがイヴにとって充分なエネルギー源になる不思議な血液だ。

 「お前の血はなんなんだ……」
 「ん?知らないのか?俺の血はアダムズコードって呼ばれてるんだ。」
 「ちょっとまて……アダムズコードって噂にしか聞いたことが無いが、原始の人間の血に味が近いとかいう……ボクらにとってはご馳走の希少種じゃないか」
 「んーー、だからよく襲われるんだよねぇ。うちの教団はそんな人間を沢山囲ってるから。とりあえず吸血鬼からの護身法は一通り身に付けてる。」
 珍しくアベルの顔に笑みがなかった。
 「さて、腹ごしらえも済んだのだからそろそろいくぞ」
 本来なら地図をアベルから奪えばよいのだが、見方もわからないイヴは、ただ着いていくしか成す術がなかった。
 もどかしさとイライラした気持ちが募り出し始めた頃だった。
 「アベルさん!!やっと見つけましたよーー!!」
 二人が声の方向に目をやると、アベルと同じ牧師服を来た若い男がいた。銀髪の幸薄そうな顔の青年は息を切らしながら近寄ってきた。
 「おー!!ノエ、助かった」
 「助かったじゃないですよ!本部を出たきり1ヶ月以上音信不通、自分が捜索してこいと言われて出てみてもどこにも居ないですし……この辺りを三日も探したんですよ」 
 きっと苦労人なんだろうなとイヴ瞬時に察した。
 「悪い悪い。これで都に入れるぞイヴ、良かったな」
 「ん……イヴ……?まさかこの少女が……?」
 「噂の吸血鬼だ」
 途端に目を輝かせ始めたノエ。いきなりイヴの手を握った。
 「君が吸血鬼!!初めて本物を見た!!なんて美しいんだ……」
 「は、離せ小僧。僕に軽々しく触れるな!!」
 握った手を離さない。
 「はぁぁぁぁ!!アベルさん見てくださいよ、この深紅とエメラルド色の瞳、金髪の中に混ざる紫の髪、人間のものとは違う。最高の研究サンプルですよ」
 「研究サンプル!?アベル!!こいつはなんなんだ」
 サンプルという響きにイヴは血相を変えた。薄ら笑いに気持ち悪さを覚えた。
 「ノエは吸血鬼専門の研究員なんだ……。俺もちょっと引くくらいの研究オタクというか」
 「アベルさん、探求心の塊と言ってください!!」
 イヴはノエの手を振り払い咄嗟にアベルの後ろに隠れた。
 「いいなぁ、アベルさんとても懐かれてますね」
 すかさずイヴが言う。
 「お前よりましなだけだ!!」

 都市Mはヨーロッパでも有数の人口を誇る大都市である。イヴは見たことない沢山の芸術建築に目を奪われた。行き交う人々には活気がある。
 目を輝かせるイヴ。しかし観光の時間などなく、先を急いで人気のない路地に入っていく。
 「今日はここでいいか」
 不意に立ち止まるアベルとノエ。目の前には小さい猫のシルエットが描かれた木製のドアがあった。
 先程イヴに血を与えた時のようにナイフで指を少し切るアベル。そして猫の部分に指を押し当てた。
 「黒猫の盟約、この血をもって許可されたし」
 とたん、それまで木目柄だった猫が黒く色が変わった。
 「ほら、行くぞ」
 ドアを開けると、真っ暗だった。奥は見えない。そのまま中に入っていく三人。すると次の瞬間には聖堂の真ん中にいた。
 
 咄嗟のことで思考が追い付かないイヴ。
「ここは?」
「ガト・グリス教団本部。そして聖堂のど真ん中だな。いつもこんなところには出ないはずなんだが……」
 
「アベル・エリアス」

 突然聖堂に響き渡る男性の重く低い声。と同時に無数の殺気を感じたイヴ。次の瞬間、周りを武装した牧師の集団が三人を囲う。
 聖堂の奥には一人の初老の男性牧師がいた。長い黒髪の鋭い目付き、冷ややかな顔つきでイヴとアベルを見る。

 「どういうことですかこれは」
 冷静に口を開くアベル。ノエは事情を知らなかったのかただただ驚いた様子だ。
 「俺は任を受け、吸血鬼を調服して帰って来ただけですが、このお出迎えは少々物騒ではないですか?」

 「今回の任、ご苦労であった。しかしこの教団において吸血鬼との契約は教団の盟約に反する行為だ。調服しろという任であったが、契約して服従させろとは申し付けていない。よって盟約103条によりアベル・エリアス、お前を教団からの追放とともに……」

 「教団の脅威として処刑する」

「お言葉ですが、盟約103条は教団への裏切り行為による罰則規定。一言も吸血鬼との契約に関しては言及されていないどころか、他の規定にも呪術による罰則は設定されていない」
 「俺が邪魔だとするにしても根拠が不明瞭すぎると思いますが」
 
 「先日、怪異との契約についての罰則が可決された。盟約103条にそれは含まれる」
 「あんたらしいやり方だな」
 不敵に笑うアベル。一斉に襲いかかる牧師達。
 「早くボクの制限を解除しろアベル!」
 イヴが叫ぶ。
 「その必要はない。先程のドアに跡を付けてきたから」
 瞬間光とともにその場から消える三人。イヴが次に目を開くと先程のドアの前にいた。
 「行くぞイヴ。ひとまずMから出るぞ」
 「アベルさん……」
 「ノエ、巻き込んだな。お前は何も知らないなら戻って良い。」
 「いえ、着いていきますよ。僕もこのまま戻ったところで無事とは限らないですし、あの方の性格的にそこは抜かりないでしょう」
 「ひとまずここを離れる、すぐに追っ手は来るだろうから」
 ローブを被って顔を隠し、三人は都市Mを早々に後にした。
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