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第2章 波乱のギルド検定試験
cys:7 嫉妬に震える義弟
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あれから数年後……『ギルド検定試験会場』
ギルド検定試験会場は、スマート・ミレニアムの中心エリアの一歩手前『ゴールドエリア』内に存在する。
ここは、冒険者の夢の始まりの場所。
ここで試験に合格して、冒険者の一番最初の資格である『Fランク』の証明書を手に入れる事が始まりだ。
資格を得れば、後はランクに応じて高難易度のダンジョン攻略で富と名声を得ていけるし、Bランク以上になればスマート・ミレニアムの正規軍への道も拓けてくる。
ただ逆に言えば、今はまだ名も無い駆け出しだ。
そもそも、ブロンズエリアやシルバーエリアに住む人達は、ここまで何日もかけて来る。
それだけ、1つ1つのエリアは広大だからだ。
そんな中、魔力で動く車に乗りここまで悠々と辿り着き、ドアからスッと降りてきた男がいた。
あのディラードだ。
「ではお父様、お母様。行ってまいります」
自信に満ち溢れた面持ちでそう言ったディラードを、父親は車から降りて誇らしく見つめる。
「うむっ。ディラード、皆にお前の力を見せつけてこい。合格はオマケに過ぎぬ」
「はい、お父様。しかも、こんな素敵な車で連れてきて下さり、ありがとうございます」
「ハハッ、何を言う。お前の為なら当然の事だ」
また母親は、甲高い猫撫で声でディラードにすり寄り頬ずりを始めた。
「あぁっディラードちゃん、何て素敵なの♪ ディラードちゃんならこんな試験、本当は受けなくたっていいぐらいなのに~~♪」
ディラードは、そんな母親を内心ちょっとウザったく思っていた。
以前は寵愛を受ける事が嬉しかったが、ディラードももう年頃だ。
親からベタベタされるのは、もういい加減うんざりしている。
───でもまあ、まだ母親には援助してもらわないといけないからな。仕方ないか、ハハッ。
心で下卑た笑みを浮かべたディラードは、母親の体をスッと離すと両肩に手を添え、自信に満ちた顔で母親を見つめた。
「フッ、お母様。決まりは守らねばなりません。例え周りが凡百の者達であろうとも」
「あぁっ! ディラードちゃん、その通りね。素敵だわ♪」
「ですので、お父様とお母様に必ず合格証書をお見せします」
高級車の側で両親から溺愛され、強者のオーラを溢れさすディラードを、周りの人達は羨望と恐れの眼差しで見つめている。
「おい、アイツすげーな。車で来るなんて」
「あぁ、しかもかなりいい車だぜ」
「あっ、ディラードさんだ。やっぱカッコいいなー♪」
「ヤバッ、ディラードさんじゃん。相変わらずマジで強そう……!」
彼らの声を聞き、心の中で醜くほくそ笑むディラード。
───ハハッ♪ どいつもこいつも俺の事を羨ましがってるし、俺の強さに恐れてる。両親の言う通りさ。こんな試験、合格なんて当たり前。このカス共に、俺の圧倒的魔力を見せつけるのが目的だ。ハーッハッハッハッハッ!
だが、ディラードが心で下卑た嗤い声を上げた時、周りの人達が急にザワつき始めた。
「ヤバッ! なんだアレ」
「えっ……うわっ! 本当だ」
「あんなん、見た事無いんだけど!」
そのザワめきが自分以外の事で起こった事を、すぐに感じ取り、何かと思いハッと後ろを振り向いたディラード。
すると、信じられないような光景がディラードの目に映った。
ディラードが乗ってきた車よりも遥かに、いや、比べる事すらおこがましいレベルの超高級車が、会場の入口に止まっているのだ。
「な、な、なんだあの超高級車は!」
ディラードは思わず目を大きく見開き驚嘆の声を漏らした。
だが持ち前の小悪さで、すぐに自分に都合のいい解釈を脳内で繰り広げてゆく。
───あんな超高級車……まさか、スマート・ミレニアム正規軍のSランクの王宮魔道士?! もしかして、俺様の噂を聞きつけてスカウトに来たのか? そうだ。そうに違いない!
ノーティスを追放された後は学校で上位の成績を収め、魔力試合でも常に上位のディラードはそう思い、ニヤリと卑らしい笑みを浮かべた。
───いきなり王宮魔道士か。悪くない、いや、最高だ! これで、金も権力も女も全て俺の物だ。クックックッ……
そんな下卑た想像をしながら、ディラードはその車の方へ自信満々な態度で近寄っていった。
するとその時、車の扉がゆっくり開き、中から女の子がスッと降りてきた。
小柄で可愛らしく超絶にいいスタイルの上から、ピシッとした執事服を纏っている。
また、クリッとした瞳と可愛く華のあるオーラが溢れ出ている姿は、モデルや芸能人のトップクラスでも充分通用するレベルだ。
───う、うわぁっ! な、なんて……なんて可愛い子なんだ!
あまりの可愛さにディラードがポーーっと見とれていると、その女の子の後ろから男がゆっくりと車から降りてきた。
白い高級な生地に金色の刺繍が艶やかに施された、ロングジャケットを身に纏った男が。
───ん?! なんだアイツは。
ディラードがそう思って顔をしかめたように、これは一歩間違えばオカシク見えてしまう服装だ。
しかしその男が纏っていると、まるでどこか御伽の国の王子様のように思えてしまう。
その証拠に、女の子達は皆顔を火照らせドキドキしながらその男を見つめている。
もちろん、その子達にはディラードなんて、もう既に瞳に映っていない。
「ねぇ見てあの人♪ 凄く格好いいよね!」
「ヤバッ、何あの人。メチャメチャ格好いいんだけど♪」
「誰あの人? あーん、付き合いたーーい♪」
一瞬で全ての注目を奪われたディラードは、心の中で怒声を上げる。
───な、なんだアイツ! この俺様を差し置いて! 許さん!
途轍もない悔しさに奥歯をギリッと噛み締め、全身を怒りでブルブル震わせるディラード。
そんな中、執事服に身を包んだ女の子は、その白服の男に向かいスッと綺麗なお辞儀をした。
その男に対して敬意と愛が込められているのが、一目で伝わってくる所作だ。
そして、凛とした可愛らしい声で男に告げる。
「では、行ってらっしゃいませ。ご武運をお祈りしています! ノーティス樣♪」
その瞬間、ディラードはあまりに驚き目を丸くした。
「ノ、ノーティスだって?!」
思わず声を上げたディラード。
また、ディラードの父親と母親も、まるで信じられないといった顔で震えながら、ノーティスを見つめている。
「バ、バカな! なぜあのゴミが……廃棄物が!」
「嘘でしょ……アレがあの子のハズ無いわ!」
父親も母親も、まあ、正確に言えば元ではあるが、2人ともノーティスから目が離せなくなっていた。
無論、ディラードもだ。
「バカな……アレがお兄様なワケがない! 断じて違うっ!」
ディラードは知っていたから。
ノーティスが、無色の魔力クリスタルだと皆の前で明らかになり迫害され、親にも捨てられた後、それでも退学になるまで学校に通っていた事を。
幸い授業料だけは既に一括で納めてもらっていたから。
ただもちろん、帰る家の無いノーティスは、朝靴磨きの仕事をしてから学校に通い、その間皆から無視やイジメを受けながらも夢を叶える為に必死で勉強した。
そして夜は幾つかの店で、タダ同然だが閉店後の清掃の仕事をさせてもらい、ボロボロの姿で公園で寝る。
僅か13歳の子供がだ!
そんな生活によりノーティスの体と心が日増しに衰弱していくのを、ディラードはほくそ笑みながら見ていたのだ。
元は自分より遥かに優秀な兄が堕ちていく姿は、ディラードに取って快感そのものだったから。
───そうだ。アイツはもう地に落ちた人間……なのに!
しかし、それが今やどうだ。
途轍もない高級車に送られて、しかも、メチャメチャ可愛い執事までいる。
また、ノーティスの髪はサラサラと風に美しくなびき、体格は以前とは比べるまでも無く、スマートかつ男らしくカッコよく成長しているではないか。
そして、身体全身から溢れ出ている圧倒的自信に満ちたオーラが眩しい。
───ありえない……! アイツは無色の魔力クリスタルの落ちこぼれのハズだ!
だが、ディラードがさらに気に喰わないのは、ノーティスのあの瞳だ。
ノーティスがとてつもなく強いのは、ディラードにはすぐに分かった。
けれど、それだけではないのだ。
同時に、全てを赦し相手の全てを見抜いた上で包み込むような、どこまでも強く、温かく、澄んだ優しい瞳。
ディラードはノーティスのその瞳を見ているだけで、自分の小ささと愚かさを、強く感じさせられてしまうのだ。
───クソっ! なぜ……なぜ…なぜなんだ! なぜあの状況で生きてこれたんだ! それに、何を、どれだけ超えればあんな瞳が出来る!!
ディラードはノーティスのその瞳に心を大きく乱されながらも、煮えたぎる怒りを胸にノーティスを睨みつけた。
「お兄様っ!」
その声にノーティスが、ん? と、した感じでディラードの方をチラッと見た瞬間、計算高いディラードは怒りに震えながらも下卑た案を思いつき、心の中でニヤッと嗤った。
そして、ノーティスに厭味ったらしい笑みを向ける。
「お兄樣、まだ生きていらしたんですね」
「ディラード……!」
「覚えてて下さってて光栄です。もう何もかも忘れ、とっくにどこかで野垂れ死んだと思っていましたので。ねぇ? お父様、お母様♪」
ディラードの下卑た視線の先には、父親と母親の姿があった。
かつて、幼かったノーティスの心を完膚なきまでに踏みにじり、ゴミのように捨て去った父親と母親の姿が!
その2人の姿がノーティスの瞳に映った瞬間を、ディラードは逃さない。
この2人を前にすれば、いかにノーティスでも動揺するに決まっているから。
ディラードはその隙に一気にまくし立て、ノーティスを追い込むつもりなのだ。
───ノーティス。この場で俺に暴力を振るわせて、試験ごと失格にさせてやるよ。クックックッ……
そして、まるでディラードのその気持ちを分かっているかのように、父親と母親はノーティスを睨みつけた。
心の傷を抉り出してやるというような眼差しで。
「ノーティス……! キサマ、この世界の廃棄物のクセに、まだ生きていたのか!」
「そうよ。いくら見た目を少し小奇麗にしたからって、アンタの内面は腐ってるんだから! 穢らわしい!」
「父さん……母さん……」
「キサマ、馴れ馴れしく呼ぶな!」
「そうよ! アンタなんか利用価値の無い、穢れた汚物なの! 早く消えてよ! 気持ち悪い!」
数年ぶりに会った父親と母親から、存在を消し去ってくるような言葉を浴びせられているノーティス。
それを少し離れた所から見たノーティスの執事ルミは、驚きと怒りに目を大きく見開いた。
自分のご主人様というだけでなく、大好きなノーティスがあまりにも理不尽に罵倒されていたから。
なので、タタッと駆け寄りノーティスの前に立つと、背を向けたまま、バッと両手を横に広げ彼らをキッと睨んだ。
「何なんですか、アナタ達は! ノーティス様が一体何をしたっていうんです!」
すると、ノーティスは後ろからルミの肩に片手をポンと置き、振り返ったルミに優しい眼差しを向けた。
「ありがとうルミ。でも、大丈夫だから下がってて。この人達、何をするか分からないし」
「だ、だったら尚の事どきません! 私はノーティス様の執事なのですから!」
「ルミ、俺は自分が傷つくよりも、キミが傷つく方が辛い。それを知らないハズはないだろう」
「ノーティス様……」
ルミはそう零し振り向くと、ノーティスの手にそっと肩を引かれながら後ろに下がった。
「ありがとう、ルミ」
ルミに礼を言ったノーティス。
ルミの気持ちが嬉しかったし、また納得いかない中でも、ノーティスの言う事をちゃんと聞いてくれたから。
だが、その光景を目の当たりにしたディラードは、より怒りを煮えたぎらせた。
───クソっ! この子、執事としてだけじゃなく、ノーティスの事メチャメチャ好きじゃねぇか! なんでコイツが、こんな可愛いくて性格の良さそうな子に愛されてんだよ!
ディラードは内心嫉妬で怒り狂いながらも、フゥッと一呼吸つき、荒れ狂う気持ちを抑えながらノーティスに下卑た笑みを向ける。
「お兄様、どうやってそんな風になったのか分かりませんが、その可愛らしい執事さんに守ってもらってた方が良かったんじゃありませんか?」
「何を言っている、ディラード」
「だって、お兄様は哀れな無色の魔力クリスタルしかお持ちでないのだから。ハーッハッハッハッ!」
ディラードが下卑た嗤い声を上げると、父親と母親もそれに加わる。
「ハハハッ、さすがディラード。その通りだ。こんな無力なゴミクズの様なヤツに、人を守れるワケがない」
「ホホホッ♪ そうよ。出来損ないの無色の無力な魔力クリスタルしかないアンタが、人を守るなんて出来やしないのよ。バーカ!」
───クククッ、もう少しだ。
そう思ったディラードは、トドメと言わんばかりにノーティスの顔を見ながらニタァっと嗤った。
「お兄様、お父様とお母様の言う通りです。ここは、無色の魔力クリスタルを持つ人が来ていい場所じゃない。それに、お兄様にそんな子は分不相応です。何をしたのか知りませんが、私が引き取りましょう」
そう言ってルミに手を伸ばそうとした瞬間、ノーティスはディラードの腕をガシッと掴み、静かに睨んだまま囁く。
「ディラード、いい加減にしろ」
───キタっ! キタキタキター!
ディラードはノーティスに腕を掴まれ痛みを感じながらも、ここぞとばかりに下卑た笑みを浮かべ見つめた。
穢れきった目を大きく見開いて。
「いくら掴んだってムダなんだよ。アンタは、捨てられた子なんだから。クククククッ♪」
ディラードから最悪の言葉をぶつけられたノーティスは悲しそうにうつむき、それを側で聞いていたルミは怒りに体をブルブル震わせ、ディラードをキッと睨みつけた。
「こっっっの……!!」
だが次の瞬間、ノーティスは顔をスッと上げてディラードを見つめた。
全てを見通し赦す、優しさを宿した澄んだ瞳で。
「ディラード、ありがとう」
ギルド検定試験会場は、スマート・ミレニアムの中心エリアの一歩手前『ゴールドエリア』内に存在する。
ここは、冒険者の夢の始まりの場所。
ここで試験に合格して、冒険者の一番最初の資格である『Fランク』の証明書を手に入れる事が始まりだ。
資格を得れば、後はランクに応じて高難易度のダンジョン攻略で富と名声を得ていけるし、Bランク以上になればスマート・ミレニアムの正規軍への道も拓けてくる。
ただ逆に言えば、今はまだ名も無い駆け出しだ。
そもそも、ブロンズエリアやシルバーエリアに住む人達は、ここまで何日もかけて来る。
それだけ、1つ1つのエリアは広大だからだ。
そんな中、魔力で動く車に乗りここまで悠々と辿り着き、ドアからスッと降りてきた男がいた。
あのディラードだ。
「ではお父様、お母様。行ってまいります」
自信に満ち溢れた面持ちでそう言ったディラードを、父親は車から降りて誇らしく見つめる。
「うむっ。ディラード、皆にお前の力を見せつけてこい。合格はオマケに過ぎぬ」
「はい、お父様。しかも、こんな素敵な車で連れてきて下さり、ありがとうございます」
「ハハッ、何を言う。お前の為なら当然の事だ」
また母親は、甲高い猫撫で声でディラードにすり寄り頬ずりを始めた。
「あぁっディラードちゃん、何て素敵なの♪ ディラードちゃんならこんな試験、本当は受けなくたっていいぐらいなのに~~♪」
ディラードは、そんな母親を内心ちょっとウザったく思っていた。
以前は寵愛を受ける事が嬉しかったが、ディラードももう年頃だ。
親からベタベタされるのは、もういい加減うんざりしている。
───でもまあ、まだ母親には援助してもらわないといけないからな。仕方ないか、ハハッ。
心で下卑た笑みを浮かべたディラードは、母親の体をスッと離すと両肩に手を添え、自信に満ちた顔で母親を見つめた。
「フッ、お母様。決まりは守らねばなりません。例え周りが凡百の者達であろうとも」
「あぁっ! ディラードちゃん、その通りね。素敵だわ♪」
「ですので、お父様とお母様に必ず合格証書をお見せします」
高級車の側で両親から溺愛され、強者のオーラを溢れさすディラードを、周りの人達は羨望と恐れの眼差しで見つめている。
「おい、アイツすげーな。車で来るなんて」
「あぁ、しかもかなりいい車だぜ」
「あっ、ディラードさんだ。やっぱカッコいいなー♪」
「ヤバッ、ディラードさんじゃん。相変わらずマジで強そう……!」
彼らの声を聞き、心の中で醜くほくそ笑むディラード。
───ハハッ♪ どいつもこいつも俺の事を羨ましがってるし、俺の強さに恐れてる。両親の言う通りさ。こんな試験、合格なんて当たり前。このカス共に、俺の圧倒的魔力を見せつけるのが目的だ。ハーッハッハッハッハッ!
だが、ディラードが心で下卑た嗤い声を上げた時、周りの人達が急にザワつき始めた。
「ヤバッ! なんだアレ」
「えっ……うわっ! 本当だ」
「あんなん、見た事無いんだけど!」
そのザワめきが自分以外の事で起こった事を、すぐに感じ取り、何かと思いハッと後ろを振り向いたディラード。
すると、信じられないような光景がディラードの目に映った。
ディラードが乗ってきた車よりも遥かに、いや、比べる事すらおこがましいレベルの超高級車が、会場の入口に止まっているのだ。
「な、な、なんだあの超高級車は!」
ディラードは思わず目を大きく見開き驚嘆の声を漏らした。
だが持ち前の小悪さで、すぐに自分に都合のいい解釈を脳内で繰り広げてゆく。
───あんな超高級車……まさか、スマート・ミレニアム正規軍のSランクの王宮魔道士?! もしかして、俺様の噂を聞きつけてスカウトに来たのか? そうだ。そうに違いない!
ノーティスを追放された後は学校で上位の成績を収め、魔力試合でも常に上位のディラードはそう思い、ニヤリと卑らしい笑みを浮かべた。
───いきなり王宮魔道士か。悪くない、いや、最高だ! これで、金も権力も女も全て俺の物だ。クックックッ……
そんな下卑た想像をしながら、ディラードはその車の方へ自信満々な態度で近寄っていった。
するとその時、車の扉がゆっくり開き、中から女の子がスッと降りてきた。
小柄で可愛らしく超絶にいいスタイルの上から、ピシッとした執事服を纏っている。
また、クリッとした瞳と可愛く華のあるオーラが溢れ出ている姿は、モデルや芸能人のトップクラスでも充分通用するレベルだ。
───う、うわぁっ! な、なんて……なんて可愛い子なんだ!
あまりの可愛さにディラードがポーーっと見とれていると、その女の子の後ろから男がゆっくりと車から降りてきた。
白い高級な生地に金色の刺繍が艶やかに施された、ロングジャケットを身に纏った男が。
───ん?! なんだアイツは。
ディラードがそう思って顔をしかめたように、これは一歩間違えばオカシク見えてしまう服装だ。
しかしその男が纏っていると、まるでどこか御伽の国の王子様のように思えてしまう。
その証拠に、女の子達は皆顔を火照らせドキドキしながらその男を見つめている。
もちろん、その子達にはディラードなんて、もう既に瞳に映っていない。
「ねぇ見てあの人♪ 凄く格好いいよね!」
「ヤバッ、何あの人。メチャメチャ格好いいんだけど♪」
「誰あの人? あーん、付き合いたーーい♪」
一瞬で全ての注目を奪われたディラードは、心の中で怒声を上げる。
───な、なんだアイツ! この俺様を差し置いて! 許さん!
途轍もない悔しさに奥歯をギリッと噛み締め、全身を怒りでブルブル震わせるディラード。
そんな中、執事服に身を包んだ女の子は、その白服の男に向かいスッと綺麗なお辞儀をした。
その男に対して敬意と愛が込められているのが、一目で伝わってくる所作だ。
そして、凛とした可愛らしい声で男に告げる。
「では、行ってらっしゃいませ。ご武運をお祈りしています! ノーティス樣♪」
その瞬間、ディラードはあまりに驚き目を丸くした。
「ノ、ノーティスだって?!」
思わず声を上げたディラード。
また、ディラードの父親と母親も、まるで信じられないといった顔で震えながら、ノーティスを見つめている。
「バ、バカな! なぜあのゴミが……廃棄物が!」
「嘘でしょ……アレがあの子のハズ無いわ!」
父親も母親も、まあ、正確に言えば元ではあるが、2人ともノーティスから目が離せなくなっていた。
無論、ディラードもだ。
「バカな……アレがお兄様なワケがない! 断じて違うっ!」
ディラードは知っていたから。
ノーティスが、無色の魔力クリスタルだと皆の前で明らかになり迫害され、親にも捨てられた後、それでも退学になるまで学校に通っていた事を。
幸い授業料だけは既に一括で納めてもらっていたから。
ただもちろん、帰る家の無いノーティスは、朝靴磨きの仕事をしてから学校に通い、その間皆から無視やイジメを受けながらも夢を叶える為に必死で勉強した。
そして夜は幾つかの店で、タダ同然だが閉店後の清掃の仕事をさせてもらい、ボロボロの姿で公園で寝る。
僅か13歳の子供がだ!
そんな生活によりノーティスの体と心が日増しに衰弱していくのを、ディラードはほくそ笑みながら見ていたのだ。
元は自分より遥かに優秀な兄が堕ちていく姿は、ディラードに取って快感そのものだったから。
───そうだ。アイツはもう地に落ちた人間……なのに!
しかし、それが今やどうだ。
途轍もない高級車に送られて、しかも、メチャメチャ可愛い執事までいる。
また、ノーティスの髪はサラサラと風に美しくなびき、体格は以前とは比べるまでも無く、スマートかつ男らしくカッコよく成長しているではないか。
そして、身体全身から溢れ出ている圧倒的自信に満ちたオーラが眩しい。
───ありえない……! アイツは無色の魔力クリスタルの落ちこぼれのハズだ!
だが、ディラードがさらに気に喰わないのは、ノーティスのあの瞳だ。
ノーティスがとてつもなく強いのは、ディラードにはすぐに分かった。
けれど、それだけではないのだ。
同時に、全てを赦し相手の全てを見抜いた上で包み込むような、どこまでも強く、温かく、澄んだ優しい瞳。
ディラードはノーティスのその瞳を見ているだけで、自分の小ささと愚かさを、強く感じさせられてしまうのだ。
───クソっ! なぜ……なぜ…なぜなんだ! なぜあの状況で生きてこれたんだ! それに、何を、どれだけ超えればあんな瞳が出来る!!
ディラードはノーティスのその瞳に心を大きく乱されながらも、煮えたぎる怒りを胸にノーティスを睨みつけた。
「お兄様っ!」
その声にノーティスが、ん? と、した感じでディラードの方をチラッと見た瞬間、計算高いディラードは怒りに震えながらも下卑た案を思いつき、心の中でニヤッと嗤った。
そして、ノーティスに厭味ったらしい笑みを向ける。
「お兄樣、まだ生きていらしたんですね」
「ディラード……!」
「覚えてて下さってて光栄です。もう何もかも忘れ、とっくにどこかで野垂れ死んだと思っていましたので。ねぇ? お父様、お母様♪」
ディラードの下卑た視線の先には、父親と母親の姿があった。
かつて、幼かったノーティスの心を完膚なきまでに踏みにじり、ゴミのように捨て去った父親と母親の姿が!
その2人の姿がノーティスの瞳に映った瞬間を、ディラードは逃さない。
この2人を前にすれば、いかにノーティスでも動揺するに決まっているから。
ディラードはその隙に一気にまくし立て、ノーティスを追い込むつもりなのだ。
───ノーティス。この場で俺に暴力を振るわせて、試験ごと失格にさせてやるよ。クックックッ……
そして、まるでディラードのその気持ちを分かっているかのように、父親と母親はノーティスを睨みつけた。
心の傷を抉り出してやるというような眼差しで。
「ノーティス……! キサマ、この世界の廃棄物のクセに、まだ生きていたのか!」
「そうよ。いくら見た目を少し小奇麗にしたからって、アンタの内面は腐ってるんだから! 穢らわしい!」
「父さん……母さん……」
「キサマ、馴れ馴れしく呼ぶな!」
「そうよ! アンタなんか利用価値の無い、穢れた汚物なの! 早く消えてよ! 気持ち悪い!」
数年ぶりに会った父親と母親から、存在を消し去ってくるような言葉を浴びせられているノーティス。
それを少し離れた所から見たノーティスの執事ルミは、驚きと怒りに目を大きく見開いた。
自分のご主人様というだけでなく、大好きなノーティスがあまりにも理不尽に罵倒されていたから。
なので、タタッと駆け寄りノーティスの前に立つと、背を向けたまま、バッと両手を横に広げ彼らをキッと睨んだ。
「何なんですか、アナタ達は! ノーティス様が一体何をしたっていうんです!」
すると、ノーティスは後ろからルミの肩に片手をポンと置き、振り返ったルミに優しい眼差しを向けた。
「ありがとうルミ。でも、大丈夫だから下がってて。この人達、何をするか分からないし」
「だ、だったら尚の事どきません! 私はノーティス様の執事なのですから!」
「ルミ、俺は自分が傷つくよりも、キミが傷つく方が辛い。それを知らないハズはないだろう」
「ノーティス様……」
ルミはそう零し振り向くと、ノーティスの手にそっと肩を引かれながら後ろに下がった。
「ありがとう、ルミ」
ルミに礼を言ったノーティス。
ルミの気持ちが嬉しかったし、また納得いかない中でも、ノーティスの言う事をちゃんと聞いてくれたから。
だが、その光景を目の当たりにしたディラードは、より怒りを煮えたぎらせた。
───クソっ! この子、執事としてだけじゃなく、ノーティスの事メチャメチャ好きじゃねぇか! なんでコイツが、こんな可愛いくて性格の良さそうな子に愛されてんだよ!
ディラードは内心嫉妬で怒り狂いながらも、フゥッと一呼吸つき、荒れ狂う気持ちを抑えながらノーティスに下卑た笑みを向ける。
「お兄様、どうやってそんな風になったのか分かりませんが、その可愛らしい執事さんに守ってもらってた方が良かったんじゃありませんか?」
「何を言っている、ディラード」
「だって、お兄様は哀れな無色の魔力クリスタルしかお持ちでないのだから。ハーッハッハッハッ!」
ディラードが下卑た嗤い声を上げると、父親と母親もそれに加わる。
「ハハハッ、さすがディラード。その通りだ。こんな無力なゴミクズの様なヤツに、人を守れるワケがない」
「ホホホッ♪ そうよ。出来損ないの無色の無力な魔力クリスタルしかないアンタが、人を守るなんて出来やしないのよ。バーカ!」
───クククッ、もう少しだ。
そう思ったディラードは、トドメと言わんばかりにノーティスの顔を見ながらニタァっと嗤った。
「お兄様、お父様とお母様の言う通りです。ここは、無色の魔力クリスタルを持つ人が来ていい場所じゃない。それに、お兄様にそんな子は分不相応です。何をしたのか知りませんが、私が引き取りましょう」
そう言ってルミに手を伸ばそうとした瞬間、ノーティスはディラードの腕をガシッと掴み、静かに睨んだまま囁く。
「ディラード、いい加減にしろ」
───キタっ! キタキタキター!
ディラードはノーティスに腕を掴まれ痛みを感じながらも、ここぞとばかりに下卑た笑みを浮かべ見つめた。
穢れきった目を大きく見開いて。
「いくら掴んだってムダなんだよ。アンタは、捨てられた子なんだから。クククククッ♪」
ディラードから最悪の言葉をぶつけられたノーティスは悲しそうにうつむき、それを側で聞いていたルミは怒りに体をブルブル震わせ、ディラードをキッと睨みつけた。
「こっっっの……!!」
だが次の瞬間、ノーティスは顔をスッと上げてディラードを見つめた。
全てを見通し赦す、優しさを宿した澄んだ瞳で。
「ディラード、ありがとう」
応援ありがとうございます!
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