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第7章 記憶の旅路

cys:151 精霊エレミア

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「ノーティス、貴方って本当にいっぱい食べるわね」

 アネーシャはノーティスの食べっぷりを、軽く呆れた顔をして見つめている。
 ノーティスの周りに、カシャカシャと幾つも積み上がっていく食器と共に。

「美味いっ! 美味いよアネーシャ!」

 皮肉な物だが、アネーシャとノーティスは互いに命を賭けて戦った事があるにも関わらず、食事を一緒にした事はなかった。
 なのでアネーシャは、ノーティスがここまで大食いだとは知らなかったのだ。

 けど、当のノーティスは至って普通な感じでモグモグしている。

「そうか? フツーだと思うけどな。いや、美味いっ!」
「もう分かったから♪ けど、フツーじゃないでしょ。多分、周りからもそう言われてたハズよ」

 アネーシャからそう言われた時、ノーティスはレイやジークの事が一瞬脳裏に浮び手を止めた。
 が、やはり思い出せず、再びモグモグと食べ続けながら軽く零す。

「……そうかもな」
「フフッ、きっとそうよ。食べっぷりも見てて気持ちいいし♪」
「そっか? まあ、美味い物はいくらでも食えるさ。美味いっ!」

 そんなノーティスを、ライトは感心しなからも少し不思議そうに見つめている。
 隣のマーヤもそうだ。

「ねぇ、ノーティス兄ちゃんってなにしてる人?」
「ん? あーーー、いや、思い出せないんだ……」
「へーーそうなの」
「あぁ……」

 ノーティスが食べながらそう答えると、マーヤがちょっと顔を赤くした。
 一目で分かる、恋する乙女の顔だ。

「でも……ノーティスお兄さんって、カッコいいよね! 後でみんなで遊ぼーよ♪」
「遊び? あ~~」

 子供と遊ぶのはあんまりした事が無いノーティスは、ちょっと困ってしまった。
 仮に今記憶があったとしても、ノーティスは元々学者志望だったから、あまり友達とワイワイ遊んだ事は無い。
 なので苦手なのだ。
 記憶も無い今なら尚更の事。

 けれどノーティスは、子供の頼みを無下に断る訳にはいかないとも思ってしまう。

「まっ、いいよ。遊ぶか」
「やったーーー♪」

 元気に万歳のポーズをして、ニコッと笑ったマーヤ。
 そんな光景を見て、アネーシャは思わずフフッと微笑んだ。
 ちょっと無理してでも遊んであげようとする所に、ノーティスの優しさを感じたから。

「じゃあ、私も一緒に遊んじゃおうかな」
「わーい♪ アネーシャお姉ちゃんも一緒だ。よかったね、ライト」
「うん! アネーシャ姉ちゃん、ノーティス兄ちゃん。はやく食べて遊ぼうよ!」
「あっ、あぁ分かったよ。遊ぼう」
「わーーい♪」
「やったぁ!」

 遊ぶのは苦手でも、子供達の嬉しそうな笑顔にはつい微笑んでしまうノーティス。
 アネーシャはそれをクールな瞳で見つめている。
 胸に何とも言えぬ、複雑な気持ちを抱えて……

───ノーティス。貴方は……

 そんな中、ノーティスがライトとマーヤに笑顔で手を引かれながら外に出ると、急にスイっと女の子が顔を覗かせてきた。

「およよっ? お主、見慣れん顔よの?」
「うわっ、キミは」

 ノーティスが思わずビックリして軽く体をのけ反らすと、その女の子はニコッと微笑みクルッと宙を舞った。
 飛び跳ねたのではなく、浮いたままクルッと舞ったのだ。
 体からは白いフワフワした光が放たれている。

「ん、ワシか? ワシは……」

 そこまで言った時、ライトとマーヤが嬉しそうに笑って両手を上げた。

「エレミア!」
「わあっ、エレミア♪」

 そんな二人の背中越しに、アネーシャが嬉しそうに笑みを浮かべた。

「エレミア、ちょうどよかったわ♪」
「およっ?」

 軽く宙に浮きながら、どした? と、いう顔で皆を見つめるエレミアに、ライトとマーヤは元気いっぱいな笑顔で答える。

「今日からともだちになった、ノーティス兄ちゃんだよ!」
「今からいっしょに遊ぶの♪」
「ほほうっ♪」

 エレミアは楽しそう顔を浮かべながらも、ノーティスの額に残っている砕けた魔力クリスタルを見つめた。
 その瞬間、エレミアの表情が一瞬険しくなる。
 エレミアはそれが何かよく知ってるからだ。
 ある意味、ノーティス達よりも深く……

「ノーティスと言ったか。お主は……」

 その瞬間、アネーシャがエレミアを見つめながら首を横に軽く振った。

「エレミア、彼は記憶を失くしてるの。だから暫く、ここで暮らすわ」
「な、なんと! そうであったか……!」
「ええ、だから……」

 凛とした瞳で見つめ合うアネーシャとエレミア。
 その数旬の静寂を経て、エレミアは微笑んだ。

「フッ、ならば良かろう。それにアネーシャ、お主もおるしの♪」
「ありがとうエレミア」

 そのやり取りを見て、ノーティスは少し不安げな顔を浮かべた。
 咄嗟に思ってしまったから。
 自分がここにいちゃいけないのかと。

 そんなノーティスの心を見抜いたかのように、エレミアはニコッと笑いスッと身を乗り出した。

「私はエレミア。精霊の一人じゃ♪」
「せ、精霊っ?」
「そうじゃよ。ノーティス、お主は初めてかもしれんが、私は昔からお主ら人間達と一緒におる」
「そう……なんですか」

 ノーティスが何となくだが納得した顔をすると、エレミアはニッと笑みを浮かべた。
 エレミアは感じたからだ。

───魔力クリスタルはしておるが、こ奴は悪い奴では無さそうじゃ。

 心でそう呟くと、ノーティスの砕けた魔力クリスタルに人差し指でそっと触れた。

「これが……お陰よの♪」
「えっ?」
「いや、それにの。お主の瞳、どこかで出会った事がある気がするぞ」
「エレミアに、俺が……?」
「まあ、遥か昔の事じゃがの」

 エレミアが心で遥か昔に想いを馳せていると、他の精霊達も集まってきた。

「エレミアーー♪ って……ヤバッ」
「誰そいつ?」
「何でクリスタル着けた人間が……」

 皆、エレミア達の仲間なので、ノーティスの砕けた魔力クリスタルを見ると一瞬顔しかめたが、エレミアが事情を話すと彼らは一応納得した。

「ふーん……」
「そーなんだね」
「まあ、それなら大丈夫か」

 彼らはそう零すと、エレミアやノーティス達と遊び始めた。

◆◆◆

 もう夕暮れになったが、ライトとマーヤはまだまだ元気にエレミア達と遊んでいる。
 ノーティスが少し休憩しながらその光景を見つめていると、隣にアネーシャがスッとやってきた。

「ノーティス、今日はありがとうね」
「いや、こちらこだよ。記憶の無い俺に美味い飯を食わしてくれたし、みんなと遊んで何だか気が紛れたし」
「そう。ならよかったわ」

 そう言って軽く微笑むアネーシャの顔が夕日に照らされ、少し切ない雰囲気を醸し出す。

「あの子達ね、孤児なの」
「えっ?」

 突然の話に思わず軽く声を上げたノーティス。
 てっきりアネーシャの子供だと思っていたから。

「戦いで親を亡くして、私が引き取ったの」
「そうだったのか……」
「うん、だからここで育ててるんだ。本国より少し離れたこの場所の方が、気持ちが落ち着くから」

 アネーシャはそう話しながら、優しい瞳で見つめている。
 エレミア達と元気いっぱい遊んでいる、ライトとマーヤの姿を。
 そんなアネーシャの顔をチラッと見たノーティスは、フッと軽く息を零した。

「ライトとマーヤは幸せだな」
「えっ?」

 今度はアネーシャが軽く声を上げ、ノーティスを見つめた。
 アネーシャは心の中でいつも思っているから。
 自分はあの二人を、これからもちゃんと育てていけるのかと。

 そんなアネーシャの心を分かっているかのように、ノーティスは優しく告げる。

「あの二人の笑顔を見てたら分かるさ。アネーシャ、キミがあの二人をどれだけ愛して育てているかが」
「ノーティス……!」
「今の俺には両親の記憶も無いけど、キミみたいな親に育ててもらったら幸せだなって思うよ」

 ノーティスはそう零すと、少し照れくさそうに片手で頭を掻いた。

「あっ、ごめんアネーシャ。なんか変な事まで言っちゃって」
「ううん、そんなこと無いわ。それに……」

───記憶を失くしてる貴方は、ある意味孤児よりも孤独よ。

 アネーシャは心でそう零したが、咄嗟に言葉を変える。
 こんなの言った所で、ノーティスが辛くなるだけだと思ったから。

「ライトとマーヤも、貴方が来てくれてきっとよかったと思うし」
「そ、そうかな」
「そーに決まってるじゃない♪ まあ、これからも遊んだり、家の手伝いはしてもらうからよろしくね」
「あぁ、任せてくれ。むしろ、そう言ってもらった方が気が楽だ」
「あら、頼もしいわね」

 アネーシャが嬉しそうに微笑んだ時、ライトとマーヤがこちらに向かい大きく手を振った。

「ノーティス兄ちゃーーーーーーん、こっちきてよ」
「早く早く♪」

 するとアネーシャは微笑みながら、ノーティスの顔を軽く覗き込んだ。

「フフッ、さっそく呼ばれてるみたいよ」
「だな。よしっ、また遊んでくるか。アネーシャは少し休んでて大丈夫だから」

 そんな二人を、少し離れた所からチラッと見つめるエレミア。
 その瞳には切ない哀しみを宿っている。

───ノーティスよ、お主はいい奴じゃ。きっとこれからもアネーシャ達と上手くやっていけるハズ。けど、お主のその魔力クリスタルが直った時、私らとは二度と会えなくなるのじゃ……

 エレミアは心でそう呟き一瞬瞳を閉じると、上を向いたままスーっと高く飛んだ。
 瞳から涙が零れ落ちないように……
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