ミューズ ~彼女は彼らの眩しい人~

藍川涼子

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第一章 32歳~

38 40歳だから 40歳

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「ただいま。」
「おかえり。」
 瑛はこの春から、進学校であるN大附属A中学に通っている。校区の中学ではないが、家からさほど遠くもない。洗面所で手洗いうがいを済ませ、部活動で着たものや体操着などを洗濯かごに入れたり、自分でできることは自分で済ませる。
「兄ちゃん、おかえり。」
 奏は小学5年生になり、もう学童保育の対象ではないので1番早く帰宅している。
「にいに、おかえい~。」
「唯~。ただいま。」
 保育園から帰っている唯の出迎えは、部活で疲れた瑛の大事な癒やしだ。抱き上げて頬にキスをする。唯の方も嬉しそうに瑛の頬にキスをした。
 紗栄子は急いで夕飯の支度をしていた。川原の母も青山の母も段々と年齢を重ねて来ており、フォローは最小限にしてもらっている。
 それでも瑛と奏が自分のことをある程度行えており、家のことも少しはしてくれるので、どうにかなっている。
「ただいま~。」
 大志が帰宅する時も、唯はトテトテと歩いて出迎える。
「おとうたん、おかえい。」
「ただいま。」
 大志も唯を抱き上げて頬にキスだ。
「おとうたん、ジョイジョイ、や。」
 ヒゲが痛いらしい。
「ごめんごめん。」
 大志がリビングに入ると、みんな夕食は終わっていた。
「お父さん、ご飯終わったらバッティングの話ししてもいい?」
「ああ、いいよ。」
 瑛は数年前から野球を始め、中学でも部活動として継続している。大志や祖父の影響も受けたらしい。奏も地元の学童野球チームに参加している。
「唯もカチーンすぅの。」
 唯がくるりん、とバッティングの真似事をしている。
 土日は兄たちに付き合わされて、唯も練習や試合の応援に参加している。よその親御さんに可愛がられて満更でもないらしい。
「楽しみだな。」
 大志が頭を撫でた。



 大きい寝室で、唯が寝付いた。
 唯の体をベッド脇に広げた布団におろして、大志が上半身だけ脱ぐ。
「紗栄子?」
「ん?」
 大志がベッド脇のサイドボードからある物を取り出した。結婚以来使っていなかったもの。
「こないだ40歳になっただろ。もう、出産は控えてほしいから…ちゃんと避妊しよう。」
「……そうしたら、大志が思う存分楽しめないじゃない。」
「紗栄子の体の心配をしながらやることやっても、そっちの方が楽しめないよ。」
 どちらからともなく、そっと抱き合う。
「…まあ、逆に言えばまだまだ紗栄子を抱く気満々なんだけどね。」
「恥ずかしいっていうか、ありがたいっていうか。」
 紗栄子は大志の大きな背中を撫でた。
「大志の子供をもう一人ほしいなんて言ってたけど、今の環境じゃとても無理ね。若い頃とは体力も違うし。」
「瑛と奏が野球始めたのはデカかったなあ…。まあ、好きなことやってほしいからいいんだけどね。」
「2人とも大志みたいに文武両道になってくれたらいいな。」
「俺みたいかどうかはともかく…蓮が守ってくれるよ。」
 そっとキスをする。
「唯も楽しみだね。」
「優しい兄ちゃん達がいるから安心だ。…最近蓮の墓参りも青山家への仏壇にも行けてないな。申し訳ない。」
「そうね。青山の両親なら、好きなようにしてね、って思ってくれてるだろうけど…いつも気にしてくれてありがとう。」
「蓮がいなかったら今の生活はないから。」
 優しいキスを繰り返して…それが段々深くなる。
「城北高校で出会った時が、まるで昨日のことみたいだよ。」
「そうね。」
 大志の指を唇を受け入れながら、目を閉じると城北高校の青いブレザーが浮かんでくる。
 プールの匂い、泳ぐ蓮、バッターボックスに立つ大志。
 今夜は大志に抱きしめられながら、幸せそうに笑っている蓮の夢を見るんだろうか?
 ひどく浮気な女のようで、でもきっと大志にとっては嬉しいことなのだろうと思い、紗栄子は胸が苦しくなった。
「大志、いつも本当にありがとう…。」
 荒い息の中で一筋の涙が流れる。
「紗栄子…。」
 いくつになっても眩しい女だと大志は思う。
 ーーーそうだろう?蓮。
「愛してるよ。」
 2人分の重みと熱さで、大志は囁いた。
 ーーー彼も、俺も、君のことがいつも眩しくてーーーたまらなく愛してる。
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