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第一章 32歳~

37 ビデオ鑑賞 39歳(蓮視点)

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 大志には感謝してもしきれない。



 今日、工藤一家5人は俺の実家———N市にある青山家に来ている。大志は俺の遺影が飾ってある仏壇に手を合わせ、両親と一通り話をすると、紗栄子と唯ちゃんを連れて出て行った。工藤家の方に顔を出すという。その間、瑛と奏の2人には俺のビデオを見てもらい、思う存分俺の話をしてもらいたいのだという。
「本当は紗栄子も置いていきたいんですけど。」
 まだようやく二歳の唯ちゃんが、母親がいるのに自分だけ父親と工藤家に行くのはかなり嫌がるらしい。そこまで嫌な思いをさせてまで引き離すのも———ということで、瑛たち2人とじいじばあばで“ビデオ鑑賞”となっている。
「今日はいつのビデオがいいかな。」
「そうだなあ…。」
 この青山家でのビデオ鑑賞は紗栄子と再婚した直後に大志から提案されて始まったものだ。まったく頭が下がる。
 母親は少ししんみりするようだが、子供たちはにこにこしながらビデオを見ている。時々、その場面でどうしてそうなっているのか、じいじやばあばに質問しながら。
「もうさ、パパが生きてたらいいのにってあんまり思わないんだ。もちろん、死ぬより生きててほしいよ。でもそれとこれとは別で…。俺、冷たいのかな。」
 瑛が苦笑いしながらつぶやく。常々紗栄子が心配していることだが、瑛は思慮深く、気遣いが過ぎるところがある。まだ小学6年生なのに。
 ———いいんだよ。パパのことを恋しく思わないのは、今が幸せだからだよ。大志お父さんと、時間の経過がそうさせるんだからいいんだよ。
 俺の言葉を代弁するかのように、じいじやばあばが瑛をフォローする。
「パパ、ちゃんと天国でわかってるわよ。瑛たちがいつまでもつらい気持ちでパパのこと思い出すのを望んでないよ。」
「そのうえでそうやって色々悩む気持ちを否定したり無理やりふたをしたりすることないよ。大志お父さんやお母さんに話せそうなら話せばいいし、話しにくければこうやってじいじやばあばに話していいんだよ。」
「うん。ありがとう。こうやって聞いてもらえるのも、じいじばあばのおかげだし、お父さんが時間を作って連れてきてくれるからだよね。」
 わが子ながら聡明で、このように育ててくれている紗栄子と大志、周りの人には頭が下がる。
「パパが生きてたら唯は生まれてこなかったし。でももちろんパパより唯が大事とかそういうことじゃなくて。…言葉にすると難しいね。」
「うまくまとめられなくてもいいんだよ。言葉になり切れない、そういう気持ちの塊みたいなものが心の中にあるんで十分だよ。」
「うん…。」



「唯ちゃん、紗栄子さん、いらっしゃい。」
「元気そうでなによりだな。」
 工藤のおじさん、おばさんは可愛い孫にデレデレしている。
「紗栄子さん、瑛くんも奏くんも連れてきていいのよ?」
「ありがとうございます。」
「ありがとう。二人にはさ、恒例の“パパのビデオ鑑賞”してもらって、青山のじいじばあばと色々しゃべってもらってるからさ。いいんだよ。特に瑛はもともと気ィ遣いな上に思春期に入ってきてるからね。俺のいないとこで心情を吐露する機会があるのは大事だと思うんだ。もちろん、俺はいつだって受け止める気があるし、青山のお二人に押しつけるつもりはないよ。」
 唯ちゃんが甘えた調子で紗栄子の膝に乗る。父親がなんだか難しいことを話し続けているので、母親の膝の方が安心らしい。
 紗栄子は唯ちゃんを抱えながら小さくお辞儀をした。
「大志さんのおかげで思いもよらず唯も授かれましたし、瑛や奏も大事にしてもらって、感謝しかないです。」
「瑛も奏もいい子だからね。蓮と紗栄子と両家のご両親がちゃんと育ててくれたからだと思う。」
 こういうこと言うんだから参るよな。紗栄子が感謝とときめきの表情になっても仕方ない。



「ほら、工藤先生、もっと飲んで。」
「川原先生、ありがとうございます。」
 夜は川原家に泊まる予定らしい。子供たち3人とも川原家にとっては実の孫なのだから、妥当な選択だろう。
「それにしても不思議な御縁よねえ。大志くんと蓮くんの子供が異父兄弟になるだなんて、しかも紗栄子の子供だなんて、20年前は想像もしてなかった。」
「まったくなあ。」
 紗栄子は唯ちゃんを風呂に入れている。
「蓮が安心して見てくれてるといいんですけどね。」
「安心してるだろう。私が彼の立場なら、工藤先生にとても感謝するところだよ。」
「そうだといいんですが。きっと、紗栄子さんにも子供達にも“大丈夫”と言われても“そうかな、大丈夫かな”と考え続けるくらいでちょうどいいんでしょうね。」
「立派だよ、工藤先生は。」
 すると、風呂からの呼び出しボタンが鳴った。唯ちゃんが出るから迎えに来てほしいのだろう。大志が立ち上がりかけるが、川原のお母さんの方が早かった。
「今日は大志くん、ゆっくりして。2人とも毎日大変だろうから、こういうときくらいは役に立たせて。」
「ありがとうございます。」
 そうだよ。川原のご両親には悪いけど、今はゆっくりしたらいい。大学病院の勤務医ってだけで大変なのに、毎日子供の面倒も見てくれているんだから。
「瑛は?勉強はどうだ。」
「うん、頑張ってる。パパにとってもお父さんにとっても自慢の息子になりたいから。」
「自慢なんて…。瑛が好きなことをやれるように、自分の能力の幅を広げてくれればいいんだよ。」
 気遣いといたわりが互いを包みあうような、そんな人たちばかりだ。唯ちゃんに服を着せ、川原のお母さんが優しく、やわらかくて細い髪を乾かす。
「あ~、ゆっくり入らせてもらいました…。幸せ…。」
 言葉通りとてもリラックスした表情で、紗栄子が風呂から出てきた。
「お母さん、ありがとう。」
「あなたもゆっくり髪乾かしたらいいわ。」
 のんびりした紗栄子の表情をみて、大志も嬉しそうにしている。
 ———どうか。みんながこのまま穏やかに過ごしていけますように。
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