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6.終わりにしよう
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終わりにしよう。
そう決めたのにきっかけはない。
ふと思っただけだ。強いて言うなら大きな番組のレギュラーが決まったからかもしれない。これから先、コンビとして大きくなっていくだろうなという実感が自分でもあった。この世界での頂きを目指してもいいと誰かに言われたような感覚が最近の日々の中にはあった。だから。
だから、終わりにしよう。
過ちがこの日々を壊すきっかけとなってはいけない。自分たちが目指したのはこの世界での頂きだ。
終わり方は簡単。レイが「いやだ」と言うだけ。ただ、それだけ。
ふたりだけの楽屋。
iPadをひらいて難しい顔をしているリク。きっと、ネタを作っている。笑いに対して真摯なこういう顔がいちばん、
好きだった。
「ねえ」
一歩踏み出したのはレイ。
「飯行くか」
「え」
リクがこちらを向く。
「久しぶりにふたりで飯でも行くか」
「...ええけど」
「よしゃ、決まりやな」
嬉しそうに笑うリク。 また、歩み寄ってくるのは相手。 踏み出した俺の勇気返せやと胸の内でぼやきながら、レイは少しだけほっとしていた。
連れて行かれたのはオシャレなイタリアンレストラン。
ジャケットを着てないふたりが浮いているようにも感じるほどに、ワイングラスはこれでもかと煌めいていた。
「料理、俺が決めたやつでええやろ?」
「うん。ええよ」
リクが店員さんを呼ぶ。
「いつもので」
「かしこまりました」
いつも。初めて来た店で聞くその言葉は思ったよりレイの心を斬りつけた。
いつもは誰ときてんの?
そんなことは聞けなかった。そもそも、嫉妬する権利なんか持っていない。
ワインが注がれるのはレイのためのグラス。その事実だけで、あのときより幾分かましではないか。
見たこともないお洒落な料理たちはグラス同様、煌めくお皿にのって次々と運ばれてきた。
「おいしいなぁ」
「そうやろ?」
思わず漏れた素直な感想にリクが嬉しそうに笑った。
「でも、どんな料理よりも、レイの笑顔が一番や」
感情の見えない切れ長な瞳で、決め台詞。
それでも、響かんなぁ。
心が苦笑した。
どこぞのドラマで聞いたような台詞はきっと、使いまわし。なんでかわからないが、そう思った。わかってしまう。相方だから。
料理も。台詞も。全部。使いまわし。
贅沢言うな。
もう一人の自分が言った。
「チェックで」
店員さんが持ってきた伝票に、財布を出そうとするレイをリクが制止する。
「これで払えるやろか」
真面目な顔してリクが財布から取り出したのは、緑の葉っぱ。
「たぬきとちゃうんやから」
レイのツッコミ。
しょーもなと
ふたり。顔を見合わせて、笑った。
仕事の全く関係ない場所でこんな風に笑いあったのはいつぶりだろう。そういえば、仕事以外で会えば体を重ねるだけだった。笑い合うような余裕な間は互いになかった。
ボケとツッコミ。ふたりだけの空間。
ひとたび店を出れば、皆が見上げる月。
「このあと、どうする?」
そう言いながら、夜風。少し酒の回ったリクの手が、同じ温度のレイの手を握る。
こうやって女の子のこと誘ってるのか。
客観的にそれを見てるレイがいた。リクのテンプレートのような行動に可笑しくなる。また、使いまわし。
レイも答える。
「終電なくなってもうた」
これもまた、定型文。
「...ほんなら、ウチくるか?」
「うん」
使い古した言葉なのに、新たなリクを知る感覚。今まで、こんな風に誘われたことはなかった。当たり前のように呼ばれて、それ目的でレイも向かった。こんな優しさは知らない。回りくどいことは一切抜きで、そんなことがどこか寂しくも、それが楽だったのだと今になって思う。
こんな風に言われたら、余計に、リクの先に女の子を見てしまう。女の子といるときのリクを見てしまう。
行為に至るまでに女の子のように優しく扱われないことが、レイの唯一の「特別」であった。それは矛盾のなかで、だけど自分を見失わない唯一の方法だったはずだ。
そう決めたのにきっかけはない。
ふと思っただけだ。強いて言うなら大きな番組のレギュラーが決まったからかもしれない。これから先、コンビとして大きくなっていくだろうなという実感が自分でもあった。この世界での頂きを目指してもいいと誰かに言われたような感覚が最近の日々の中にはあった。だから。
だから、終わりにしよう。
過ちがこの日々を壊すきっかけとなってはいけない。自分たちが目指したのはこの世界での頂きだ。
終わり方は簡単。レイが「いやだ」と言うだけ。ただ、それだけ。
ふたりだけの楽屋。
iPadをひらいて難しい顔をしているリク。きっと、ネタを作っている。笑いに対して真摯なこういう顔がいちばん、
好きだった。
「ねえ」
一歩踏み出したのはレイ。
「飯行くか」
「え」
リクがこちらを向く。
「久しぶりにふたりで飯でも行くか」
「...ええけど」
「よしゃ、決まりやな」
嬉しそうに笑うリク。 また、歩み寄ってくるのは相手。 踏み出した俺の勇気返せやと胸の内でぼやきながら、レイは少しだけほっとしていた。
連れて行かれたのはオシャレなイタリアンレストラン。
ジャケットを着てないふたりが浮いているようにも感じるほどに、ワイングラスはこれでもかと煌めいていた。
「料理、俺が決めたやつでええやろ?」
「うん。ええよ」
リクが店員さんを呼ぶ。
「いつもので」
「かしこまりました」
いつも。初めて来た店で聞くその言葉は思ったよりレイの心を斬りつけた。
いつもは誰ときてんの?
そんなことは聞けなかった。そもそも、嫉妬する権利なんか持っていない。
ワインが注がれるのはレイのためのグラス。その事実だけで、あのときより幾分かましではないか。
見たこともないお洒落な料理たちはグラス同様、煌めくお皿にのって次々と運ばれてきた。
「おいしいなぁ」
「そうやろ?」
思わず漏れた素直な感想にリクが嬉しそうに笑った。
「でも、どんな料理よりも、レイの笑顔が一番や」
感情の見えない切れ長な瞳で、決め台詞。
それでも、響かんなぁ。
心が苦笑した。
どこぞのドラマで聞いたような台詞はきっと、使いまわし。なんでかわからないが、そう思った。わかってしまう。相方だから。
料理も。台詞も。全部。使いまわし。
贅沢言うな。
もう一人の自分が言った。
「チェックで」
店員さんが持ってきた伝票に、財布を出そうとするレイをリクが制止する。
「これで払えるやろか」
真面目な顔してリクが財布から取り出したのは、緑の葉っぱ。
「たぬきとちゃうんやから」
レイのツッコミ。
しょーもなと
ふたり。顔を見合わせて、笑った。
仕事の全く関係ない場所でこんな風に笑いあったのはいつぶりだろう。そういえば、仕事以外で会えば体を重ねるだけだった。笑い合うような余裕な間は互いになかった。
ボケとツッコミ。ふたりだけの空間。
ひとたび店を出れば、皆が見上げる月。
「このあと、どうする?」
そう言いながら、夜風。少し酒の回ったリクの手が、同じ温度のレイの手を握る。
こうやって女の子のこと誘ってるのか。
客観的にそれを見てるレイがいた。リクのテンプレートのような行動に可笑しくなる。また、使いまわし。
レイも答える。
「終電なくなってもうた」
これもまた、定型文。
「...ほんなら、ウチくるか?」
「うん」
使い古した言葉なのに、新たなリクを知る感覚。今まで、こんな風に誘われたことはなかった。当たり前のように呼ばれて、それ目的でレイも向かった。こんな優しさは知らない。回りくどいことは一切抜きで、そんなことがどこか寂しくも、それが楽だったのだと今になって思う。
こんな風に言われたら、余計に、リクの先に女の子を見てしまう。女の子といるときのリクを見てしまう。
行為に至るまでに女の子のように優しく扱われないことが、レイの唯一の「特別」であった。それは矛盾のなかで、だけど自分を見失わない唯一の方法だったはずだ。
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