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真夜中のコール
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Trrrrrr Trrrrrr…
帰宅して数時間、真夜中に近い時間に電話が鳴った。
通知された名前に、ドクンと胸が鳴る。
「はい、木村です」
急いで出ると無機質な機械から『成瀬だけど』と穏やかな声が聞こえてきた。
「はい・・・」
『・・・来れる?』
短い問いにすぐに頷く。
「はい、成瀬先生」
『じゃあ、待ってるから』
「はい」
『気を付けて』
予感していた。
今夜はきっと電話が来ると。
今日は朝から大きな手術があった。
数年前から悪かった病気を放置して最悪な状態で運ばれてきた患者さんの手術が。
臓器は歪に腫れ上がり変色していて、成瀬先生があそこにいなければ数時間後には天国行きだったかもしれない。
帰宅してすぐ、早めの時間に夕飯を済ませ、風呂で自分を磨いた。
髪の一筋から足先、そしてカラダのナカまで念入りに。
しつこくない香りのボディクリームであの人が触れるだろう肌を整え、その時を待っていた。
着替えと財布と携帯だけの簡単な荷物だけを持ちタクシーに飛び乗る。
あの人のマンションまではたった5分。
その間に、跳ねた心拍数を整えなくては。
そうでなければ俺が行く意味がなくなる。
インターフォンを押し、『上がっておいで』という声に導かれて部屋に入ると、そこはいつもの彼の部屋。
テレビもオーディオもつけられていない、静かな。
「ご飯、食べましたか?」
返ってくる答えはいつも同じだけれど、聞かずにはいられなくて毎回する質問。
それにはやっぱり「今日は食べる気がしなくて」と苦笑と共に同じ答えが返ってきた。
「そうだと思いました。
これ・・・冷蔵庫に入れますので後で召し上がって下さい」
「・・・ああ」
何度も来て勝手知ったる台所に足を踏み入れる。
この部屋の中で1番生活感の無い場所。
開けた冷蔵庫の中は水とゼリータイプの補助食品しか入っていない。
こんな食生活でよくあの長時間の手術をする体力を保っているものだと思わずにはいられない。
俺が持ってきたのは出来るだけ細かく具材を切った野菜スープ。
いかにもな惣菜は絶対に食べないだろうから。
冷蔵庫を閉め振り向くと、じっと俺を見ていたのだろう成瀬先生と目が合う。
「来て」
「・・・はい」
伸ばされた手にそっと自分の手を重ね、引かれるまま一緒に歩く。
いつものドアを潜り、明かりの無い部屋へ。
そこで俺は彼のための人形になる。
ベッド脇に置かれた明かりを限界まで絞った薄暗い中、向かい合わせで立つ。
そして。
「脱いで」
「はい」
言われるがまま、着ていた服を1枚1枚脱いでいく。
ベッドに腰かけた成瀬先生が見ている前で。
「見せて」
「はい・・・」
置かれた椅子に脱いだ服を落とす。最後の1枚まで。
「ああ・・・」
「・・・」
「綺麗だ」
無表情のまま呟く声にゆっくりと歩き彼の前に立つと、音も無く立ち上がった彼がその両手で俺の頬を包み、瞼に口づけを落とす。
そして、その舌がべろりとそこを舐めた。
「っ・・・」
「目を開けて」
「はい・・」
瞼を上げると、それほど身長差がない成瀬先生と目が合った。
「あっ!」
腕を引かれベッドに倒れると、俺の上に先生が跨りその視線が身体を舐めていく。
髪を梳かれ、その一筋にキスが落とされる。
神経が通っているわけでもないのに、その光景に身体が震えた。
首筋、鎖骨、肩、そして、胸・・・
「・・っ」
そぅっと、滑るように撫でられて、上がりそうになる声を必死で堪える。
「本当に綺麗だな・・・」
先生が恍惚とした表情で見つめるのは俺の身体。
身長は高くも低くも無い174センチ。
患者の身体を支える為に週度ほどトレーニングはしているが、体質なのか薄くしか筋肉がつかないのが密かな悩みだ。
けれど先生はそんな俺の身体を綺麗だと言う。
「心拍も力強いし、安定している。やはり君は最高だ・・・。
もしいつかここを開けるような事があったら、私が綺麗に治してあげるからね・・?」
「・・・はい」
お腹の、今日の患者の手術で開けた場所を指でなぞられ思わず身体が震えた。
それが快感でなのか恐怖でなのかは分からない。
それでも、いつも隣で見つめているだけの美しい手が俺に触れているというだけで、俺の中心は勝手に熱を持ち頭を擡げてしまう。
「・・・期待してる?」
「・・・いいえ」
「ふふ・・・ココはこんなになっているのにね・・・?」
クス、と口の端が上がった表情で見つめられると羞恥で隠れてしまいたくなるが、そんな事をすれば二度と声が掛かる事は無くなるだろう。
彼が求めているのは、健康なカラダの、けれど人形のようにじっと身を委ねる者なのだから。
・
当直の真夜中、ぽっかりと時間が空いて仮眠室のベッドに潜り込む。
そして、さっきまで見ていた綺麗な、血液に塗れた手を思い出しながら自分の陰茎を探る。
当直の引継ぎの時間に救急に運ばれてきた患者の一人は瀕死状態で、漸く研修医から卒業したばかりの俺と内科医のコンビだけでは対処に不安があったのだろう成瀬先生がそのまま残ってくれた。
多重事故の上、車両が爆発炎上したその大事故の被害者数名の搬送に一気に戦場になったERだが、外科部長たる成瀬先生の的確な指示で迅速に処置がなされていく。
命に別状は無い単純骨折の処置を終えた俺は、瀕死状態で運ばれてきた若い患者の処置をしている成瀬先生の助手に入るべく向かいに立つ。
「オペ室の準備が整い次第入る。助手で入れますか」
「はい!」
「それほど難しくはない。気負わなくていいから」
「分かりました」
それからすぐ、病院に来た家族に手術の説明をし同意を取った先生と共に手術室に入る。
先生の言葉通り、オペ室での成瀬先生は難なく患部の処置を終え患部の縫合を俺に任せるとじっと患者を見つめていた。
「頑張りましたね」
全ての処置を終え、搬送されてきた時より力強く鼓動を刻む心臓の上にそっと手のひらを乗せた先生は、静かにそう言って微笑んだ。
・・・その微笑みは、俺の心臓を速くした。
自分の性衝動が同性にしか向かないのに気付いたのは中学の時だった。
自分の容姿が女子には好ましいものに映る事を知ったのも。
4分の1外国の血が混じった碧の目は周りの目を引いた。
何度か告白されたが、その度に他に好きな人がいるからと無難に断った。
『好きな人は男の人なんだ』と内心思いながら。
初めて、淡い恋心を抱いたのは高校のバスケ部の先輩だった。
そこそこ育った自分より更に20センチ上から頭を撫でられると嬉しかった。
しかし、先輩には中学から付き合っている彼女がいて、並ぶ姿を見るたび切なくて。
医師を目指すためと言って部活は辞めた。
昔よりは受け入れられてきたとはいえ性的マイノリティには違いない。
誰にも打ち明けず、適当に周りと付き合いながら大学を卒業しこの病院に就職した。
そこで指導医として会ったのが当時32歳の成瀬先生だ。
身長は俺とそう変わらない。
その容姿は、怜悧な美貌と言えばいいのか、奥二重の切れ長の目に高い鼻梁、薄すぎない唇、それらは完璧なシンメトリーで並んでいる。
真っ黒な髪はワックスで綺麗に後ろに撫でつけられ、隙の無い姿はどこか冷たい印象もある。
しかしその腕は確かだと、容姿と同じように完璧だと噂されていて、自分も医師として憧れていたひとりだ。
・・・医師としての憧れが恋慕に変わるのはすぐだった。
成瀬先生は優しくはない。
どちらかと言えばなんて枕詞は必要無い程、現場では厳しい。
それはもう、何度心が折れそうになった事か。
それでも憧れ尊敬し続けられたのは、その、患者へ向かう真摯な姿勢や助けた患者へ向ける微笑みを見てきたから。
その微笑みを自分に向けて欲しいとは口が裂けても言えないけれど。
成瀬先生の手は美しい。
男にしては細く長い指はそれでも女性らしいものではない。
長い指は一瞬の迷いもなく危惧を扱い、患者の命を繋ぐ。
そして、戻ってきた患者の鼓動を確かめるように心臓の上に触れる。
あの手で、俺に触れてほしい・・・。
「・・っ・・・っ・・」
こんな、いつナースが呼びに来るかも分からない医局の仮眠室で自慰に耽るなんて、いけないと分かっているのに手は止められない。
想像するのはあの美しい手。
「ぁ・・っ、成瀬先生・・・っ」
薄い布団の中、頭の中を占める姿に小さく呼びかける。
微笑みを思い出しながら。
「成瀬先生・・・ぁ、さわって・・・っ」
足を開き、先走りで滑る自身を手で慰めながら自分の唾液で濡らした指を後孔へともって行く。
「せんせ・・・っ」
くぷ、と難なく入るのは幾度となくしたハシタナイ行為の証。
しかしソコはまだホンモノを挿入したことは無い。
想像するのは見た事も無い成瀬先生のモノだ。
「成瀬せんせ・・っあぁ・・んっ」
くちゅ、くちゅと入る指を増やし深くする。
吐息が混ざる声で成瀬を呼びながら。
「せんせいの手で・・触ってっ・・イかせてくださ・・っ」
前立腺を押し上げ、自分の手で自分の熱を吐き出すために動かす。
自分の手が成瀬の手であればいいと、想像しながら。
熱を吐き出すまでもう少し、というところで。
「・・・そんなに私の手がいいなら、してあげましょうか」
「っ!?」
至近距離で聞こえた距離にバサッと布団をまくり上げ、そして現状に顔を青くする。
「せんせ・・これは・・・っ」
帰宅の前に寄ってくれたのだろう。
私服の、パリッとしたスーツ姿の成瀬先生は俺の乱れた下半身を一瞥すると無表情にこちらを見た。
言い訳のしようも無い。
未だ陰茎は勃起したまま自分の手の中にある。
声だって聞こえていただろう。
「すみません・・っ俺は・・」
「私が好きなのでしょう?・・知っていますよ?」
「っ・・・」
「見ていれば分かります。
それで?どうしますか?
私の手は、必要ですか?」
薄暗い部屋の中で、表情はよく見えない。
「・・・はい」
それでも、欲望に負けて頷いた。
成瀬先生は、クス、と笑いながら俺の頬に触れた。あの美しい手で。
「じゃあ、私の手でしてあげる。
その代わり、そのカラダは全部私に預けて。
いいですね・・・?」
「っ、はい・・・」
あの夜から、俺は成瀬先生の人形になった。
人を助ける彼は、病に侵されながらも生活を変えず自ら死に向かうように過ごしそのくせ死にたくないと縋る者がとても嫌いだ。
それでも、助けるのは医師だから。
そんな日は、健康なカラダに触れて医師として自分が目指すべきものを確かめるのだという。
吐露された心情は、彼の人形になる俺への褒美だろうか。
・
「ああ・・っ」
付けられる跡は一つだけ。
心臓の上に赤く散る。
髪の先から額、目、頬、そして唇・・・。
成瀬先生の手がなぞり、乾いた唇が触れる。
「っんん・・・っ」
硬く尖った胸の先も、はしたなく勃起し蜜を零した陰茎も少し冷たい手で包まれいやらしく舐られる。
「ああっ!」
カラダの構造、機能は細部まで嫌というほど頭に入ってる。
どこをどうしたらどうなるかなんて、分かっているし先生は俺以上に知っているだろう。
「入れるよ、ちゃんと脚を持っていて」
「っはい・・・っ・・っ」
大きく開いた足の間、陰茎の下の後孔。
親指がフチをなぞり潤滑剤で滑る指が、憧れた美しい指が中を探る。
ゆっくりと内壁を拡げられ、あっさりと見つけられた前立腺を押し上げられて否応なく快感に啼かされる。
「ふ、っうぅ・・あぁぁっ!」
「我慢はせず、イきなさい」
俺の陰茎から溢れたものは先生の手を濡らし、動かされる度にグチュグチュとイヤらしい音を立てた。
後孔はもう排泄器官ではなく性器に変わり果て、奥を突かれると陰嚢から精液が押し出される感覚に太腿が震える。
「あっ、あっ!」
「ほら」
「成瀬せんせ・・っ」
「ちゃんと見ているよ」
ヌチュヌチュと俺の陰茎を扱き後孔を犯す成瀬先生の手に、カラダは呆気なく限界を迎えた。
「ああああ―――・・・っ」
成瀬先生の目の前で、陰茎の中心の小さな穴から勢いよく白濁が噴き出す。
中に残った精液までも残らず絞り出させようとしているのか、射精の間も先生の手は止まらない。
「ああっ!はあぁっ・・はあ・・ぁ・・・」
ビクビクと痙攣し、そして弛緩する。
自身の精液に濡れた身体は空気に触れて少しずつ冷え、そうなる頃には自分の理性が戻ってくる。
恥ずかしい・・・。
けれど、こんな汚れた姿すら隠すことは許されていないのだ。
「脚は、戻していいよ」
言われて、膝裏から手を離す。
ベッドに足の裏が触れたが、力が入らず膝が曲がったまま外に倒れた。
それはまるでカエルのように。
「せんせい・・・恥ずかしいです・・っ」
「大丈夫。私が綺麗にしてあげるから」
「っ・・」
待ってください、とは言えなかった。
ここでは私は人形。
されるがままにいなければいけない。
先程とは違う、羞恥に震えたまま成瀬先生が濡れタオルで身体を拭うのに任せて身体を預けている。
「・・・うん、綺麗になった」
温かいタオルは今日触れられた全部の痕跡を消すように丁寧に俺の身体を撫でた。
顔も首も胸、腕、背中、足、その間の隠れた部分も、すべて。
それが終わると新しいシーツが敷かれ、俺の身体は肌触りの良いタオルケットで包まれた。
最後にぎゅっと抱きしめられて、夜が終わる。
「・・・ありがとう。
これで今日もよく眠れるよ」
「・・・いえ、俺でお役に立てるのなら容易いことです」
「本当に、ありがとう」
一度だけ、キスをする。
これで本当に終わり。
先生に触れてもらえる時間は今日も呆気なく終わってしまった。
「眠っていく?」
「いいえ、帰ります」
「そう」
「はい」
俺は部屋を後にした。
この疼く身体を持て余したままあの部屋にいたら、抱いてと強請ってしまいそうだったから。
きっと先生は願いをかなえてくれるだろうけど、彼が望んでそうしてくれるのでなければそんな事には意味は無い。
いつかの日を思い描きながら、今日も一人の部屋で自分を慰めた。
end
帰宅して数時間、真夜中に近い時間に電話が鳴った。
通知された名前に、ドクンと胸が鳴る。
「はい、木村です」
急いで出ると無機質な機械から『成瀬だけど』と穏やかな声が聞こえてきた。
「はい・・・」
『・・・来れる?』
短い問いにすぐに頷く。
「はい、成瀬先生」
『じゃあ、待ってるから』
「はい」
『気を付けて』
予感していた。
今夜はきっと電話が来ると。
今日は朝から大きな手術があった。
数年前から悪かった病気を放置して最悪な状態で運ばれてきた患者さんの手術が。
臓器は歪に腫れ上がり変色していて、成瀬先生があそこにいなければ数時間後には天国行きだったかもしれない。
帰宅してすぐ、早めの時間に夕飯を済ませ、風呂で自分を磨いた。
髪の一筋から足先、そしてカラダのナカまで念入りに。
しつこくない香りのボディクリームであの人が触れるだろう肌を整え、その時を待っていた。
着替えと財布と携帯だけの簡単な荷物だけを持ちタクシーに飛び乗る。
あの人のマンションまではたった5分。
その間に、跳ねた心拍数を整えなくては。
そうでなければ俺が行く意味がなくなる。
インターフォンを押し、『上がっておいで』という声に導かれて部屋に入ると、そこはいつもの彼の部屋。
テレビもオーディオもつけられていない、静かな。
「ご飯、食べましたか?」
返ってくる答えはいつも同じだけれど、聞かずにはいられなくて毎回する質問。
それにはやっぱり「今日は食べる気がしなくて」と苦笑と共に同じ答えが返ってきた。
「そうだと思いました。
これ・・・冷蔵庫に入れますので後で召し上がって下さい」
「・・・ああ」
何度も来て勝手知ったる台所に足を踏み入れる。
この部屋の中で1番生活感の無い場所。
開けた冷蔵庫の中は水とゼリータイプの補助食品しか入っていない。
こんな食生活でよくあの長時間の手術をする体力を保っているものだと思わずにはいられない。
俺が持ってきたのは出来るだけ細かく具材を切った野菜スープ。
いかにもな惣菜は絶対に食べないだろうから。
冷蔵庫を閉め振り向くと、じっと俺を見ていたのだろう成瀬先生と目が合う。
「来て」
「・・・はい」
伸ばされた手にそっと自分の手を重ね、引かれるまま一緒に歩く。
いつものドアを潜り、明かりの無い部屋へ。
そこで俺は彼のための人形になる。
ベッド脇に置かれた明かりを限界まで絞った薄暗い中、向かい合わせで立つ。
そして。
「脱いで」
「はい」
言われるがまま、着ていた服を1枚1枚脱いでいく。
ベッドに腰かけた成瀬先生が見ている前で。
「見せて」
「はい・・・」
置かれた椅子に脱いだ服を落とす。最後の1枚まで。
「ああ・・・」
「・・・」
「綺麗だ」
無表情のまま呟く声にゆっくりと歩き彼の前に立つと、音も無く立ち上がった彼がその両手で俺の頬を包み、瞼に口づけを落とす。
そして、その舌がべろりとそこを舐めた。
「っ・・・」
「目を開けて」
「はい・・」
瞼を上げると、それほど身長差がない成瀬先生と目が合った。
「あっ!」
腕を引かれベッドに倒れると、俺の上に先生が跨りその視線が身体を舐めていく。
髪を梳かれ、その一筋にキスが落とされる。
神経が通っているわけでもないのに、その光景に身体が震えた。
首筋、鎖骨、肩、そして、胸・・・
「・・っ」
そぅっと、滑るように撫でられて、上がりそうになる声を必死で堪える。
「本当に綺麗だな・・・」
先生が恍惚とした表情で見つめるのは俺の身体。
身長は高くも低くも無い174センチ。
患者の身体を支える為に週度ほどトレーニングはしているが、体質なのか薄くしか筋肉がつかないのが密かな悩みだ。
けれど先生はそんな俺の身体を綺麗だと言う。
「心拍も力強いし、安定している。やはり君は最高だ・・・。
もしいつかここを開けるような事があったら、私が綺麗に治してあげるからね・・?」
「・・・はい」
お腹の、今日の患者の手術で開けた場所を指でなぞられ思わず身体が震えた。
それが快感でなのか恐怖でなのかは分からない。
それでも、いつも隣で見つめているだけの美しい手が俺に触れているというだけで、俺の中心は勝手に熱を持ち頭を擡げてしまう。
「・・・期待してる?」
「・・・いいえ」
「ふふ・・・ココはこんなになっているのにね・・・?」
クス、と口の端が上がった表情で見つめられると羞恥で隠れてしまいたくなるが、そんな事をすれば二度と声が掛かる事は無くなるだろう。
彼が求めているのは、健康なカラダの、けれど人形のようにじっと身を委ねる者なのだから。
・
当直の真夜中、ぽっかりと時間が空いて仮眠室のベッドに潜り込む。
そして、さっきまで見ていた綺麗な、血液に塗れた手を思い出しながら自分の陰茎を探る。
当直の引継ぎの時間に救急に運ばれてきた患者の一人は瀕死状態で、漸く研修医から卒業したばかりの俺と内科医のコンビだけでは対処に不安があったのだろう成瀬先生がそのまま残ってくれた。
多重事故の上、車両が爆発炎上したその大事故の被害者数名の搬送に一気に戦場になったERだが、外科部長たる成瀬先生の的確な指示で迅速に処置がなされていく。
命に別状は無い単純骨折の処置を終えた俺は、瀕死状態で運ばれてきた若い患者の処置をしている成瀬先生の助手に入るべく向かいに立つ。
「オペ室の準備が整い次第入る。助手で入れますか」
「はい!」
「それほど難しくはない。気負わなくていいから」
「分かりました」
それからすぐ、病院に来た家族に手術の説明をし同意を取った先生と共に手術室に入る。
先生の言葉通り、オペ室での成瀬先生は難なく患部の処置を終え患部の縫合を俺に任せるとじっと患者を見つめていた。
「頑張りましたね」
全ての処置を終え、搬送されてきた時より力強く鼓動を刻む心臓の上にそっと手のひらを乗せた先生は、静かにそう言って微笑んだ。
・・・その微笑みは、俺の心臓を速くした。
自分の性衝動が同性にしか向かないのに気付いたのは中学の時だった。
自分の容姿が女子には好ましいものに映る事を知ったのも。
4分の1外国の血が混じった碧の目は周りの目を引いた。
何度か告白されたが、その度に他に好きな人がいるからと無難に断った。
『好きな人は男の人なんだ』と内心思いながら。
初めて、淡い恋心を抱いたのは高校のバスケ部の先輩だった。
そこそこ育った自分より更に20センチ上から頭を撫でられると嬉しかった。
しかし、先輩には中学から付き合っている彼女がいて、並ぶ姿を見るたび切なくて。
医師を目指すためと言って部活は辞めた。
昔よりは受け入れられてきたとはいえ性的マイノリティには違いない。
誰にも打ち明けず、適当に周りと付き合いながら大学を卒業しこの病院に就職した。
そこで指導医として会ったのが当時32歳の成瀬先生だ。
身長は俺とそう変わらない。
その容姿は、怜悧な美貌と言えばいいのか、奥二重の切れ長の目に高い鼻梁、薄すぎない唇、それらは完璧なシンメトリーで並んでいる。
真っ黒な髪はワックスで綺麗に後ろに撫でつけられ、隙の無い姿はどこか冷たい印象もある。
しかしその腕は確かだと、容姿と同じように完璧だと噂されていて、自分も医師として憧れていたひとりだ。
・・・医師としての憧れが恋慕に変わるのはすぐだった。
成瀬先生は優しくはない。
どちらかと言えばなんて枕詞は必要無い程、現場では厳しい。
それはもう、何度心が折れそうになった事か。
それでも憧れ尊敬し続けられたのは、その、患者へ向かう真摯な姿勢や助けた患者へ向ける微笑みを見てきたから。
その微笑みを自分に向けて欲しいとは口が裂けても言えないけれど。
成瀬先生の手は美しい。
男にしては細く長い指はそれでも女性らしいものではない。
長い指は一瞬の迷いもなく危惧を扱い、患者の命を繋ぐ。
そして、戻ってきた患者の鼓動を確かめるように心臓の上に触れる。
あの手で、俺に触れてほしい・・・。
「・・っ・・・っ・・」
こんな、いつナースが呼びに来るかも分からない医局の仮眠室で自慰に耽るなんて、いけないと分かっているのに手は止められない。
想像するのはあの美しい手。
「ぁ・・っ、成瀬先生・・・っ」
薄い布団の中、頭の中を占める姿に小さく呼びかける。
微笑みを思い出しながら。
「成瀬先生・・・ぁ、さわって・・・っ」
足を開き、先走りで滑る自身を手で慰めながら自分の唾液で濡らした指を後孔へともって行く。
「せんせ・・・っ」
くぷ、と難なく入るのは幾度となくしたハシタナイ行為の証。
しかしソコはまだホンモノを挿入したことは無い。
想像するのは見た事も無い成瀬先生のモノだ。
「成瀬せんせ・・っあぁ・・んっ」
くちゅ、くちゅと入る指を増やし深くする。
吐息が混ざる声で成瀬を呼びながら。
「せんせいの手で・・触ってっ・・イかせてくださ・・っ」
前立腺を押し上げ、自分の手で自分の熱を吐き出すために動かす。
自分の手が成瀬の手であればいいと、想像しながら。
熱を吐き出すまでもう少し、というところで。
「・・・そんなに私の手がいいなら、してあげましょうか」
「っ!?」
至近距離で聞こえた距離にバサッと布団をまくり上げ、そして現状に顔を青くする。
「せんせ・・これは・・・っ」
帰宅の前に寄ってくれたのだろう。
私服の、パリッとしたスーツ姿の成瀬先生は俺の乱れた下半身を一瞥すると無表情にこちらを見た。
言い訳のしようも無い。
未だ陰茎は勃起したまま自分の手の中にある。
声だって聞こえていただろう。
「すみません・・っ俺は・・」
「私が好きなのでしょう?・・知っていますよ?」
「っ・・・」
「見ていれば分かります。
それで?どうしますか?
私の手は、必要ですか?」
薄暗い部屋の中で、表情はよく見えない。
「・・・はい」
それでも、欲望に負けて頷いた。
成瀬先生は、クス、と笑いながら俺の頬に触れた。あの美しい手で。
「じゃあ、私の手でしてあげる。
その代わり、そのカラダは全部私に預けて。
いいですね・・・?」
「っ、はい・・・」
あの夜から、俺は成瀬先生の人形になった。
人を助ける彼は、病に侵されながらも生活を変えず自ら死に向かうように過ごしそのくせ死にたくないと縋る者がとても嫌いだ。
それでも、助けるのは医師だから。
そんな日は、健康なカラダに触れて医師として自分が目指すべきものを確かめるのだという。
吐露された心情は、彼の人形になる俺への褒美だろうか。
・
「ああ・・っ」
付けられる跡は一つだけ。
心臓の上に赤く散る。
髪の先から額、目、頬、そして唇・・・。
成瀬先生の手がなぞり、乾いた唇が触れる。
「っんん・・・っ」
硬く尖った胸の先も、はしたなく勃起し蜜を零した陰茎も少し冷たい手で包まれいやらしく舐られる。
「ああっ!」
カラダの構造、機能は細部まで嫌というほど頭に入ってる。
どこをどうしたらどうなるかなんて、分かっているし先生は俺以上に知っているだろう。
「入れるよ、ちゃんと脚を持っていて」
「っはい・・・っ・・っ」
大きく開いた足の間、陰茎の下の後孔。
親指がフチをなぞり潤滑剤で滑る指が、憧れた美しい指が中を探る。
ゆっくりと内壁を拡げられ、あっさりと見つけられた前立腺を押し上げられて否応なく快感に啼かされる。
「ふ、っうぅ・・あぁぁっ!」
「我慢はせず、イきなさい」
俺の陰茎から溢れたものは先生の手を濡らし、動かされる度にグチュグチュとイヤらしい音を立てた。
後孔はもう排泄器官ではなく性器に変わり果て、奥を突かれると陰嚢から精液が押し出される感覚に太腿が震える。
「あっ、あっ!」
「ほら」
「成瀬せんせ・・っ」
「ちゃんと見ているよ」
ヌチュヌチュと俺の陰茎を扱き後孔を犯す成瀬先生の手に、カラダは呆気なく限界を迎えた。
「ああああ―――・・・っ」
成瀬先生の目の前で、陰茎の中心の小さな穴から勢いよく白濁が噴き出す。
中に残った精液までも残らず絞り出させようとしているのか、射精の間も先生の手は止まらない。
「ああっ!はあぁっ・・はあ・・ぁ・・・」
ビクビクと痙攣し、そして弛緩する。
自身の精液に濡れた身体は空気に触れて少しずつ冷え、そうなる頃には自分の理性が戻ってくる。
恥ずかしい・・・。
けれど、こんな汚れた姿すら隠すことは許されていないのだ。
「脚は、戻していいよ」
言われて、膝裏から手を離す。
ベッドに足の裏が触れたが、力が入らず膝が曲がったまま外に倒れた。
それはまるでカエルのように。
「せんせい・・・恥ずかしいです・・っ」
「大丈夫。私が綺麗にしてあげるから」
「っ・・」
待ってください、とは言えなかった。
ここでは私は人形。
されるがままにいなければいけない。
先程とは違う、羞恥に震えたまま成瀬先生が濡れタオルで身体を拭うのに任せて身体を預けている。
「・・・うん、綺麗になった」
温かいタオルは今日触れられた全部の痕跡を消すように丁寧に俺の身体を撫でた。
顔も首も胸、腕、背中、足、その間の隠れた部分も、すべて。
それが終わると新しいシーツが敷かれ、俺の身体は肌触りの良いタオルケットで包まれた。
最後にぎゅっと抱きしめられて、夜が終わる。
「・・・ありがとう。
これで今日もよく眠れるよ」
「・・・いえ、俺でお役に立てるのなら容易いことです」
「本当に、ありがとう」
一度だけ、キスをする。
これで本当に終わり。
先生に触れてもらえる時間は今日も呆気なく終わってしまった。
「眠っていく?」
「いいえ、帰ります」
「そう」
「はい」
俺は部屋を後にした。
この疼く身体を持て余したままあの部屋にいたら、抱いてと強請ってしまいそうだったから。
きっと先生は願いをかなえてくれるだろうけど、彼が望んでそうしてくれるのでなければそんな事には意味は無い。
いつかの日を思い描きながら、今日も一人の部屋で自分を慰めた。
end
14
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幼少期、風邪を引いて学校を休むと母親に怒られていた経験から、体調不良を誰かに伝えることが苦手になってしまった佐倉憂(さくらうい)。
しんどいことを訴えると仕事に行けないとヒステリックを起こされ怒られていたため、次第に我慢して学校に行くようになった。
「風邪をひくことは悪いこと」
社会人になって1人暮らしを始めてもその認識は治らないまま。多少の熱や頭痛があっても怒られることを危惧して出勤している。
とある日、いつものように会社に行って業務をこなしていた時。午前では無視できていただるけが無視できないものになっていた。
それでも、自己管理がなっていない、日頃ちゃんと体調管理が出来てない、そう怒られるのが怖くて、言えずにいると…?
皇帝陛下の精子検査
雲丹はち
BL
弱冠25歳にして帝国全土の統一を果たした若き皇帝マクシミリアン。
しかし彼は政務に追われ、いまだ妃すら迎えられていなかった。
このままでは世継ぎが産まれるかどうかも分からない。
焦れた官僚たちに迫られ、マクシミリアンは世にも屈辱的な『検査』を受けさせられることに――!?
姉の代わりに舞踏会に行ったら呪われた第三王子の初恋を奪ってしまった
近井とお
BL
幼少期、ユーリは姉によく似ていることから彼女の代わりに社交の場に出席することが多々あった。ある舞踏会の夜、中庭に姿を眩ませたユーリに誰かがぶつかってくる。その正体は呪われていると噂の第三王子であったが、ぶつかられたことに腹を立てたユーリは強気に接し、ダンスを踊った後、彼を捜している気配を感じてからかいながら立ち去る。
それから数年後、第三王子は初恋の令嬢を探し始めたが、それはユーリに違いなく……。
初恋の相手を捜す第三王子×軽口令息
「オレの番は、いちばん近くて、いちばん遠いアルファだった」
星井 悠里
BL
大好きだった幼なじみのアルファは、皆の憧れだった。
ベータのオレは、王都に誘ってくれたその手を取れなかった。
番にはなれない未来が、ただ怖かった。隣に立ち続ける自信がなかった。
あれから二年。幼馴染の婚約の噂を聞いて胸が痛むことはあるけれど、
平凡だけどちゃんと働いて、それなりに楽しく生きていた。
そんなオレの体に、ふとした異変が起きはじめた。
――何でいまさら。オメガだった、なんて。
オメガだったら、これからますます頑張ろうとしていた仕事も出来なくなる。
2年前のあの時だったら。あの手を取れたかもしれないのに。
どうして、いまさら。
すれ違った運命に、急展開で振り回される、Ωのお話。
ハピエン確定です。(全10話)
2025年 07月12日 ~2025年 07月21日 なろうさんで完結してます。
久々に幼なじみの家に遊びに行ったら、寝ている間に…
しゅうじつ
BL
俺の隣の家に住んでいる有沢は幼なじみだ。
高校に入ってからは、学校で話したり遊んだりするくらいの仲だったが、今日数人の友達と彼の家に遊びに行くことになった。
数年ぶりの幼なじみの家を懐かしんでいる中、いつの間にか友人たちは帰っており、幼なじみと2人きりに。
そこで俺は彼の部屋であるものを見つけてしまい、部屋に来た有沢に咄嗟に寝たフリをするが…
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