10 / 52
能面課長と戸惑いと
しおりを挟む
―――本庄課長と二人で食事してから、一週間が経過していた。
ごほ、と咳き込みながら、布団を頭まで被り寒気を和らげる。
春も過ぎたというのにまだ朝晩は冷え込みが続いている。
そのせいか、私は風邪を引いてしまっていた。
珍しくも高熱を出してしまい、朝起きて計った体温計の表示を見てそのまま欠勤の連絡をしたのだ。
布団の中で息苦しくなって、ぷはっと顔を出して息を吸い込む。
見慣れた天井を見ながら、熱に浮かされた頭にぼんやりと浮かんできたのは、やっぱりあの人の顔で。
―――本庄課長。
レストランLa fleurで食事した後、近くの高台にある公園に立ち寄り二人で夜景を眺めた。
その時の事を思い出す。
会社で見るのと同じ無表情なのに、あの時は普段とは違う、もっと真剣な表情をしていた。
真っ直ぐ見つめられて、心臓がとんでもなく高鳴った。澄み切った春の空気の中で、本庄課長の存在だけがはっきりと見えていた。
夜景を背にして低音の声で告げられたのは、告白の言葉だった。
『俺と、付き合ってくれないか。……嫌で、なければ』
その言葉の後の記憶が曖昧なほど、驚きでパニックになってしまっていたけれど、今となっては何かがストンと降りてきたような、そんな気がしていた。
以前律子に課長の愚痴を零した時にとられた意味深な態度の意味も、今なら理解できる。
私だって、全く恋愛経験が無いわけじゃない。
男性が女性を食事に誘ってくれる事の意味を、知らないわけじゃない。
地下倉庫を恐がっていた事を知っていた。笑顔がほっとすると褒められた。
見ていたと言われた。
どうして、なぜ、という言葉と戸惑いばかりが先行して、課長がどんな気持ちでそれを言っていたのか、全く理解する事なく、ただ誘われるまま付いて行った。
能面課長、なんてあだ名がついているけれど、彼もれっきとした男の人なのだ。
単に上司であるとか、他の色々なフィルターがかかっていただけで。
私がそういう目で見ていなかったのと、まさか自分がそう見られるとは思っていなかっただけで。
課長と関わりを持つようになってから、あの人の表情は動いていないわけじゃなく、ただわかりにくいだけなのだという事に気がついた。無表情に見えても、瞳の奥が微笑んでいるのだ。
『返事はいつでも良い。考えていて欲しい』
私の返事を待つ前に、口早に話を切った課長。
どうしてあの時答えを聞かれなかったのか疑問は残るけれど、それより問題なのは、一週間経った今も返事ができていない事にある。
単純に本庄課長が忙しくて機会がないというのもあるけど……。
もう一つの理由は私の気持ちがまだ少し、戸惑っているからだった。
好意はある。
ただ、付き合いたいと思うほど『好き』かと聞かれると、まだわからない。
「素敵な人だとは……思うんだけど」
かすれた声でぽつりと呟く。
課長の瞳は真剣だった。真剣に、告白してくれた。
だから私も、ちゃんとそれに応えたいと思う。
熱でぼうっとする頭で、本庄課長の事を考えていると、ピンポン、と一度だけ、まるで躊躇うような呼び鈴が鳴った。
朝起きて会社へ欠席の連絡を入れた時、ついでに律子にもメールしておいたからきっと彼女だろう。
外に出るのさえ辛いので、会社帰りに何か適当に買ってきて欲しいとお願いしていたのだ。
律子も私も一人暮らしなので、体調が悪い時はお互いそうやって助け合っている。
「今、ごほっ……開けるからっ」
パジャマの上に薄い上着を羽織り、重い体を引き摺りながら玄関まで辿り着く。
施錠を外しチェーンを外し、ドアを開けると外の風が中へと舞い込んだ。
少しの寒気を感じて肌が震える。
「律子、ありがとうっ」と口にしながら笑顔でドアを開けると、どうしてか、そこには思っていたのと違う人物が立っていた。
目線の先にあったのは律子の顔ではなく、男性のスーツの胸元。
そこから視線を上へと辿れば―――
―――ど、どうして本庄課長がここにいるのっ!?
あまりの驚きに、私は口をぽかん、と開けたまま突っ立っていた。
ごほ、と咳き込みながら、布団を頭まで被り寒気を和らげる。
春も過ぎたというのにまだ朝晩は冷え込みが続いている。
そのせいか、私は風邪を引いてしまっていた。
珍しくも高熱を出してしまい、朝起きて計った体温計の表示を見てそのまま欠勤の連絡をしたのだ。
布団の中で息苦しくなって、ぷはっと顔を出して息を吸い込む。
見慣れた天井を見ながら、熱に浮かされた頭にぼんやりと浮かんできたのは、やっぱりあの人の顔で。
―――本庄課長。
レストランLa fleurで食事した後、近くの高台にある公園に立ち寄り二人で夜景を眺めた。
その時の事を思い出す。
会社で見るのと同じ無表情なのに、あの時は普段とは違う、もっと真剣な表情をしていた。
真っ直ぐ見つめられて、心臓がとんでもなく高鳴った。澄み切った春の空気の中で、本庄課長の存在だけがはっきりと見えていた。
夜景を背にして低音の声で告げられたのは、告白の言葉だった。
『俺と、付き合ってくれないか。……嫌で、なければ』
その言葉の後の記憶が曖昧なほど、驚きでパニックになってしまっていたけれど、今となっては何かがストンと降りてきたような、そんな気がしていた。
以前律子に課長の愚痴を零した時にとられた意味深な態度の意味も、今なら理解できる。
私だって、全く恋愛経験が無いわけじゃない。
男性が女性を食事に誘ってくれる事の意味を、知らないわけじゃない。
地下倉庫を恐がっていた事を知っていた。笑顔がほっとすると褒められた。
見ていたと言われた。
どうして、なぜ、という言葉と戸惑いばかりが先行して、課長がどんな気持ちでそれを言っていたのか、全く理解する事なく、ただ誘われるまま付いて行った。
能面課長、なんてあだ名がついているけれど、彼もれっきとした男の人なのだ。
単に上司であるとか、他の色々なフィルターがかかっていただけで。
私がそういう目で見ていなかったのと、まさか自分がそう見られるとは思っていなかっただけで。
課長と関わりを持つようになってから、あの人の表情は動いていないわけじゃなく、ただわかりにくいだけなのだという事に気がついた。無表情に見えても、瞳の奥が微笑んでいるのだ。
『返事はいつでも良い。考えていて欲しい』
私の返事を待つ前に、口早に話を切った課長。
どうしてあの時答えを聞かれなかったのか疑問は残るけれど、それより問題なのは、一週間経った今も返事ができていない事にある。
単純に本庄課長が忙しくて機会がないというのもあるけど……。
もう一つの理由は私の気持ちがまだ少し、戸惑っているからだった。
好意はある。
ただ、付き合いたいと思うほど『好き』かと聞かれると、まだわからない。
「素敵な人だとは……思うんだけど」
かすれた声でぽつりと呟く。
課長の瞳は真剣だった。真剣に、告白してくれた。
だから私も、ちゃんとそれに応えたいと思う。
熱でぼうっとする頭で、本庄課長の事を考えていると、ピンポン、と一度だけ、まるで躊躇うような呼び鈴が鳴った。
朝起きて会社へ欠席の連絡を入れた時、ついでに律子にもメールしておいたからきっと彼女だろう。
外に出るのさえ辛いので、会社帰りに何か適当に買ってきて欲しいとお願いしていたのだ。
律子も私も一人暮らしなので、体調が悪い時はお互いそうやって助け合っている。
「今、ごほっ……開けるからっ」
パジャマの上に薄い上着を羽織り、重い体を引き摺りながら玄関まで辿り着く。
施錠を外しチェーンを外し、ドアを開けると外の風が中へと舞い込んだ。
少しの寒気を感じて肌が震える。
「律子、ありがとうっ」と口にしながら笑顔でドアを開けると、どうしてか、そこには思っていたのと違う人物が立っていた。
目線の先にあったのは律子の顔ではなく、男性のスーツの胸元。
そこから視線を上へと辿れば―――
―――ど、どうして本庄課長がここにいるのっ!?
あまりの驚きに、私は口をぽかん、と開けたまま突っ立っていた。
1
あなたにおすすめの小説
恋は襟を正してから-鬼上司の不器用な愛-
プリオネ
恋愛
せっかくホワイト企業に転職したのに、配属先は「漆黒」と噂される第一営業所だった芦尾梨子。待ち受けていたのは、大勢の前で怒鳴りつけてくるような鬼上司、獄谷衿。だが梨子には、前職で培ったパワハラ耐性と、ある"処世術"があった。2つの武器を手に、梨子は彼の厳しい指導にもたくましく食らいついていった。
ある日、梨子は獄谷に叱責された直後に彼自身のミスに気付く。助け舟を出すも、まさかのダブルミスで恥の上塗りをさせてしまう。責任を感じる梨子だったが、獄谷は意外な反応を見せた。そしてそれを境に、彼の態度が柔らかくなり始める。その不器用すぎるアプローチに、梨子も次第に惹かれていくのであった──。
恋心を隠してるけど全部滲み出ちゃってる系鬼上司と、全部気付いてるけど部下として接する新入社員が織りなす、じれじれオフィスラブ。
愛が重いだけじゃ信用できませんか?
歩く魚
恋愛
【ヤンデレと戦えるのは遊び人である】
古庵瑠凪は、大学内における、いわゆる「何でも屋」に相当するサークルに所属している。
生徒を助け、浮かれたように遊び、大学生の青春を謳歌する、そんな毎日。
しかし、ある日「お見舞い」が自宅のドアにかけられていたことを皮切りに、彼の平穏な日々に変化が訪れる。
「好きだからです。世界中の誰よりも好きで好きでたまらないからです」
突然の告白。ストーカーの正体。
過去の一件から恋人を作らないと決意した瑠凪は、さまざまな方向に「重い」ヒロインたちのアプローチから逃れることができるのか?
【完結】恋は、友とビールとおいしい料理と
桜井涼
恋愛
大学時代からの親友、香奈子と理子。婚約破棄から始まる香奈子の恋は失恋旅行で何かをつかんだ。
転職から始まった理子の恋は、転勤でどう動く?それぞれの恋と友情の物語。
地味系秘書と氷の副社長は今日も仲良くバトルしてます!
楓乃めーぷる
恋愛
見た目はどこにでもいそうな地味系女子の小鳥風音(おどりかざね)が、ようやく就職した会社で何故か社長秘書に大抜擢されてしまう。
秘書検定も持っていない自分がどうしてそんなことに……。
呼び出された社長室では、明るいイケメンチャラ男な御曹司の社長と、ニコリともしない銀縁眼鏡の副社長が風音を待ち構えていた――
地味系女子が色々巻き込まれながら、イケメンと美形とぶつかって仲良くなっていく王道ラブコメなお話になっていく予定です。
ちょっとだけ三角関係もあるかも?
・表紙はかんたん表紙メーカーで作成しています。
・毎日11時に投稿予定です。
・勢いで書いてます。誤字脱字等チェックしてますが、不備があるかもしれません。
・公開済のお話も加筆訂正する場合があります。
19時、駅前~俺様上司の振り回しラブ!?~
霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
【19時、駅前。片桐】
その日、机の上に貼られていた付箋に戸惑った。
片桐っていうのは隣の課の俺様課長、片桐課長のことでいいんだと思う。
でも私と片桐課長には、同じ営業部にいるってこと以外、なにも接点がない。
なのに、この呼び出しは一体、なんですか……?
笹岡花重
24歳、食品卸会社営業部勤務。
真面目で頑張り屋さん。
嫌と言えない性格。
あとは平凡な女子。
×
片桐樹馬
29歳、食品卸会社勤務。
3課課長兼部長代理
高身長・高学歴・高収入と昔の三高を満たす男。
もちろん、仕事できる。
ただし、俺様。
俺様片桐課長に振り回され、私はどうなっちゃうの……!?
清貧秘書はガラスの靴をぶん投げる
霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
「お前、頬を叩いた詫びに婚約者になれ」
上司で社長の彪夏と秘書の清子はお似合いのふたりだと社内でも評判。
御曹司でイケメンの彪夏は女子の憧れの的。
清子はどこぞのご令嬢と噂され、男女問わず視線を集めていた。
……しかし。
清子には誰もが知らない、秘密があったのです――。
それは。
大家族のド貧乏!
上は高校生、下は生まれたばかりの五人弟妹。
おっとりして頼りにならない義母。
そして父は常に行方不明。
そんな家族を支えるべく、奮闘している清子ですが。
とうとう、彪夏に貧乏がバレたまではよかったけれど。
子持ちと間違われてついひっぱたいてしまい、償いに婚約者のフリをする羽目に。
しかも貧乏バラすと言われたら断れない。
どうなる、清子!?
河守清子
かわもりさやこ 25歳
LCCチェリーエアライン 社長付秘書
清楚なお嬢様風な見た目
会社でもそんな感じで振る舞っている
努力家で頑張り屋
自分がしっかりしないといけないと常に気を張っている
甘えベタ
×
御子神彪夏
みこがみひゅうが 33歳
LCCチェリーエアライン 社長
日本二大航空会社桜花航空社長の息子
軽くパーマをかけた掻き上げビジネスショート
黒メタルツーポイント眼鏡
細身のイケメン
物腰が柔らかく好青年
実際は俺様
気に入った人間はとにかくかまい倒す
清子はいつまで、貧乏を隠し通せるのか!?
※河守家※
父 祥平 放浪の画家。ほぼ家にいない
母 真由 のんびり屋
長男 健太(高一・16歳)服作りが趣味
次男 巧(高一・15歳)弁護士になるのが目標
三男 真(小五・10歳)サッカー少年
四男 望(保育園年中・5歳)飛行機大好き
次女 美妃(保育園児・五ヶ月)未知数
俺を信じろ〜財閥俺様御曹司とのニューヨークでの熱い夜
ラヴ KAZU
恋愛
二年間付き合った恋人に振られた亜紀は傷心旅行でニューヨークへ旅立つ。
そこで東條ホールディングス社長東條理樹にはじめてを捧げてしまう。結婚を約束するも日本に戻ると連絡を貰えず、会社へ乗り込むも、
理樹は亜紀の父親の会社を倒産に追い込んだ東條財閥東條理三郎の息子だった。
しかも理樹には婚約者がいたのである。
全てを捧げた相手の真実を知り翻弄される亜紀。
二人は結婚出来るのであろうか。
貧乏大家族の私が御曹司と偽装結婚⁈
玖羽 望月
恋愛
朝木 与織子(あさぎ よりこ) 22歳
大学を卒業し、やっと憧れの都会での生活が始まった!と思いきや、突然降って湧いたお見合い話。
でも、これはただのお見合いではないらしい。
初出はエブリスタ様にて。
また番外編を追加する予定です。
シリーズ作品「恋をするのに理由はいらない」公開中です。
表紙は、「かんたん表紙メーカー」様https://sscard.monokakitools.net/covermaker.htmlで作成しました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる