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クレイドル・ロクスウェル
しおりを挟む「お前がメリザンドか。へえ、中々に美人だな」
メリザンドが王太子イーサンと初めて会ったのは、十六歳になった年だ。
「イーサン様、レディにその言い方は失礼ですよ」
その時、彼の傍らには若き宰相が控えていた。
名はクレイドル=ロクスウェル。
若干十八歳にして父宰相の後を継いだ、黒目黒髪の眉目秀麗な才人である。
「五月蝿いぞクレイドル。口を出すな。俺はもう十五だぞ!」
「いけません。メリザンド嬢、申し訳ありません。イーサン様に代わって謝罪いたします」
「い、いえ……」
この時、不遜な態度の王太子などより、誠実な対応をしたクレイドルにメリザンドが心惹かれたのは、致し方ないことだったと言えよう。
「無礼だぞクレイドル! お前の主人は俺だろう!」
「……僕が使えているのはイズリク王であって王太子殿下ではありません。メリザンド嬢はいずれ貴方のお妃になられるお方です。失礼があってはいけません」
「なんだと……!」
クレイドルは最初の態度の通り実直な青年だった。
わがまま放題の王太子を相手にしても決して怯むこと無く己の意見を堂々と延べ、尚且つイーサンが正しくあるよう助言を続けていた。
メリザンドがイーサンに会う時、彼のそばには必ずクレイドルがいた。
イズリク王がそう指示していたからだ。
溺愛されたせいで王太子の自覚が無く育った息子を心配したからこその親心だったのだろう。
王家に忠臣厚い臣下の中で最も信頼する者の息子を、自らの息子に付けたのだ。
そのかいあってか、イーサンはわがままではあったものの、残忍とまではいかずに育った。
彼の間違った行いはすべて、クレイドルが正していたからだ。
「おいメリザンド、今日も会いに来てやったぞ。まったく、お前は顔もだがドレスも派手過ぎる。もっと地味にしろ」
「イーサン様。十五にもなって素直に称賛も口にできないのですか。僕の弟の方がずっと礼節をわきまえていますよ。嘆かわしい」
「なんだとクレイドル!」
「メリザンド嬢。今日の装いはいつにも増してお似合いですね。とてもお綺麗です」
「あ、ありがとうございます……」
クレイドルはいつもメリザンドに優しかった。イーサンが意地悪を言ったりすれば必ずたしなめてくれたし、メリザンドに対しては紳士な態度を崩さず、彼女を褒める時にはいつも黒い瞳を優しく細めていた。
きっと最初は、わがままなイーサンの相手をする者同士、苦労を分かち合うような気持ちだったのだと思う。
「―――メリザンド嬢、イーサン様との会話は大変お疲れになるでしょう。僕も度々注意しておりますが、失礼ばかりで誠に申し訳ありません」
ある日、イーサンが一人で勝手に怒って退席した時、クレイドルはこう言ってメリザンドに謝罪してくれた。
「い、いえ」
「貴女のように美しく、聡明な方を婚約者に迎えられることがどんなに幸運か、イーサン様は理解されていないのです。ですが、いつか僕が必ずわからせますので、どうかそれまでご辛抱いただけないでしょうか」
「それは……もちろんです」
「ありがとうございます。絶対に、貴女を大切にしま……いや、させますので」
「ふふ。私こそ、お気遣いいただいてありがとうございます」
いつしか、メリザンドは婚約者である王太子イーサンではなく、クレイドルを好きになっていた。
初恋だった。
だが契約のことを考えれば諦める他ない恋だった。
だからメリザンドはクレイドルをただ想うだけに留めたのだ。
「メリザンド嬢。僕ごときが何をと思われるかもしれませんが……貴女はとてもお美しい。そのお姿はもちろん、お心も。僕は、心底殿下が羨ましい」
「クレイドル……」
たとえ、クレイドルの彼女を見る目が、どれだけ愛に溢れていたとしても。
そうして一年が経過するころには、二人は視線だけで会話できるまでになっていた。
(今日はクレイドルに会えるんだわ。化粧もドレスも、彼は気に入ってくれるかしら……またいつものように、笑ってくれるかしら)
イーサンというどうしようもない人間に悩まされていたからこそ、余計に気持ちが通いあったのかもしれない。
だが遅すぎたのだ。恋に溺れるには。
分別がつきすぎていた。
恋に盲目であれば守護の契約など捨て置いてクレイドルと二人、王国を出奔しただろう。
たとえ契約破棄の代償に人としての生を剥ぎ取られ余命僅かとなったとしても、愛した人と共に過ごす時を手に入れられたのであれば、メリザンドは十分満足だった。
けれど自重も責任も身につけた彼女はその恋を、いや愛を諦めた。
(駄目ね……クレイドルのことばかり考えている……私は、イーサンの婚約者なのに。契約が、あるのに……)
古き昔よりの契約だからと、メリザンドはクレイドルへの想いを殺し王太子イーサンの婚約者で在ろうとした。
しかしその誠実な行いを、当のイーサンが反故にしたのだ。
彼は美しき婚約者メリザンドを目にした瞬間、ひと目で気に入り執心していた。無碍な態度を取っていたのも意地悪をしていたのも抱いた好意ゆえだったのだ。
だからこそ、彼女が唯一心を許した相手であるクレイドルに嫉妬の炎を燃やした。
結果―――クレイドルは、不慮の事故で命を落とした。
イーサンに殺されて。
たかが男の嫉妬のために。
恋は人を狂わせる。もともと高慢でわがままだったイーサンは、クレイドルがずっと踏みとどまらせていたその一線を、その時越えてしまった。
そこまでの愚か者の婚約者になってしまったのだと、まだメリザンドが自覚していなかったために起きた悲劇だった。
だからこそ彼女は死ねなかった。愛するクレイドルの後を追えなかったのだ。
目的を、果たすまでは。
(私の愛する人を奪った奴から、この国を奪ってやるわ)
その後イーサンはあれこれ手を尽くしてメリザンドの心を手に入れんとしたが、すべて失敗に終わった。
メリザンドからクレイドルの存在すら奪った男に彼女が靡くはずもなく、まったく笑顔を向けない婚約者に痺れを切らした愚か者の王太子は、すぐに股を開く尻軽令嬢にまんまと騙されたのである。
それがフローナだ。
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