旦那様、ご返品は却下です! 〜想い出話を異世界で〜

國樹田 樹

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再び来む世にて ~クラッドside~

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何の装飾も無い巨大な鏡の中に、夜の窓辺に佇む女性の姿が見える。

月明かりに寝着の白さが映える様は月から降りた女神かと見紛うほどだ。

赤茶色の瞳は夜空を見上げ、月と星の光を吸い込みきらきらと輝きどの宝石よりも美しい。

肩から背へと流れる絹のような髪は亜麻色で、指を絡ませたらどんな心地になるだろうかと、叶わぬ願いを抱く。

すらりとした身体に薄い生地が寄り添い、艶めかしく透けた肌に思わず手を伸ばしそうになった。

奥底からふつふつと湧き上がってくる熱に頭を振って、血の通った彼女の滑らかな頬を見つめる。

そこにあの頃の悲壮な面影は無く、生気に満ちた柔らかそうな肌を見ているだけで心が温かく癒やされていく。

今の彼女に当時の痛々しさは残っていないのだと。

その事実に安堵する。

「リイナ……理衣奈」

今世での彼女の名を呟く。
後に続いたのは懐かしい前世での名だ。

鏡に映る彼女の名はリイナ=フォンターナ。俺の妻だ。

そう言えるようになるまでに長い時間を要したことを、彼女は知らない。

俺が彼女の『塚本理衣奈』という日本人女性としての名を覚えていることも、おそらく予想すらしていないだろう。

たとえ面立ちが違っても、生まれ変わっても、彼女の輝きを忘れることはない。

俺がこの世界に転がり落ちてから、十五年の年月が流れた。

まさか再び巡り会えるなど、あの頃どうして信じられただろう。

「ダカラ、ワカルッテイッタダロ?」

「……ああ」

耳元に、人のものではない囁き声と微かな羽音が届く。

声の主はクスクスと愉快げに笑いながら、光る羽根を翻し金色の鱗粉を撒き散らした。

ふわり、と砂金より細かい粒子が空気中に舞う。

「よせ。顔の周りを飛び回るな。鬱陶しい」

「ハ、アイカワラズ、ゾンザイナアツカイヲシテクレル。マア、ソコガキニイッタンダガ」

顔を背け手で払い除けても鱗粉を振りまき続ける性悪な精霊は、クククと喉の奥で笑いながら金の目を逆さ半月にし俺の周りを飛び回った。

黒と金、そしてオーロラと同じ色をした七色に光る羽根が視界の邪魔をする。

それを無視して、何の装飾もない無骨で巨大な鏡に青藍の布を被せ書斎机に戻った。
山積みになっている未処理決裁書の一枚ずつに目を通していく。

精霊は変わらず金粉を撒き散らしながら俺の横にいる。

泥まみれの俺を見下ろしていたあの日から、コイツは何も変わっていない。

一体どこを気に入られたのかはわからない。
けれど、コイツとの付き合いもかれこれ十五年になる。

「ムシスルナヨ。オマエノカンジョウハ、ウマインダ」

「ちっ……勝手に言ってろ」

一人で居たい時ですら離れない存在につい舌打ちが出る。

今見た彼女の姿を思い出し余韻に浸りたかったのを邪魔されたのだ。その位の悪態を吐きたくもなる。

商会事務所と自宅からは結構な距離がある上、滅多に帰れないのだ。

これでは別居婚と言われても仕方が無い。

ただ自分の本性は到底彼女に見せられたものではないから、これはこれで良かったのかもしれない。あの可憐な姿を目に出来ないのは確かに辛いが。

窓辺から月を見上げ、空に向かってガッツポーズをしていた彼女の表情を思い出す。
生き生きした赤茶色の瞳と桜色の唇が浮かび、ささくれた心が僅かに癒えた。

この世界でもあの眩しさは変わっていない。それが嬉しい。

けれどもし彼女が俺のこんな姿を見たら、きっと幻滅されるのだろう。

俺が誰であるかを知ったら離縁されるかもしれない。

いや、恐らくされるだろう。

仄かな恐怖を胸に抱いた時、鼻先で笑った気配がした。

ちらりと横に視線をやると、大きな金色の目がにんまり歪む。

「ククッ、オマエノカンジョウハ、オモシロイナ、クラッド。ヨロコビト、オソレガゴチャマゼダ」

「五月蠅い」

勝手に人の感情を読み取っていらぬ感想を述べてくる性悪を叱りつけた。

こんなヤツでも居なければ彼女に出会うことはなかったのだと思うと余計に忌々しい。

元の世界では幻想的だとか、美しい存在だとか言われていたが、今の俺ならそれら全てを笑い飛ばしてやれる。片腹痛いと嘲笑うだろう。

勝手に気に入ったと言って俺に取り憑き、身体を変化させたこの性悪の名はこの世界では俗に『精霊』と呼ばれている。

名はフォールカ。

この世界の呼び名で「月夜を統べる者」だそうだ。

猫の目に似た大きな金色の瞳からそう呼ばれているのだろう。

髪は俺と同じ色の漆黒。日本人の持つ黒よりももっと深い黒墨の色だ。

羽根は極光色《オーロラ》を切り取ったような不思議な色合いをしており、淡い緑がかって見えるときもあれば薄いピンクや紫、白にも見える時もある。

羽の形状は揚羽蝶に似ているだろうか。

身長は子供の玩具である人形程度。

誰にでも見える訳ではなく、精霊の加護を受けた者にしかその姿を視認することは出来ない。

そして精霊は、精霊結晶の主でもある。つまり、俺が所有していることになっている精霊結晶の鉱山は厳密に言えばフォールカの所有物なのだ。

俺の商会はその採掘許可を持っているに過ぎない。
誰も知らない、俺とフォールカのみ知る事実だ。

「リイナノコトヲ、オシエテヤッタノハ、ワタシダ。スコシハカンシャシロヨ」

「……しているさ。だが、お前が彼女を呼び捨てにするな」

「ハハ、ドクセンヨク、トイウヤツカ。チシキデハシッテイタガ、ヴェルナーヘノオマエノハンノウハ、ビミダッタゾ」

「ふん」

机上の書類に印を押す俺の肩の上で浮かびながらフォールカが羽根に纏う粉と同じ色の三日月の瞳を喜色に染める。

彼等が空気を渡るときに出す独特な音色は、その魔力の大きさによって異なるらしい。
聞こえるのは、彼等に加護を受けた者に限られる。

ーーー十九歳、大学生の頃にこの世界へと転がり落ちて。
あれから十五年。

偶然だったのか必然だったのかはわからない。
精霊である彼と出会い、精霊結晶の鉱山を探し当てるまではまさに血の滲むような日々だった。
きっと目的が無ければとっくに野垂れ死んでいただろう。

『彼女』の転生を知らなければ、きっと。

……あの日、彼女の死を知った時。
俺は誓ったのだ。

再び来む世にて、必ず。

『彼女を幸せにする』

のだとーーー
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