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ボロネーゼにタバスコは必要か
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「あいちん、何食べるー?」
「新作のホットピザ、ハバネロトッピング二倍で」
「相変わらずだねぇ……」
大学の昼休み、食堂前の券売機にやってきた飴子は迷わず、新商品! と赤字で書かれたボタンを押した。派手なメイクに長いネイルチップ、ロングの茶髪をコテで巻いたゼミ仲間は苦笑して財布を開いた。自分の名前が嫌いな飴子は友人にも名字で呼ぶように頼み、彼女からは相川の[あい]で[あいちん]と呼ばれていた。
「で、ななみは?」
「ツナサンド」
「え、それだけ!?」
「彼氏に痩せろって言われてさー」
「いや、十分細いとおもうんだけど……そんな彼氏別れたら?」
「あたしも悩んでるんだよね、実は」
食券を受付に出して、トレーを受け取った飴子は席を探した。
「やっぱり食堂は混むわね、駅前のカフェにすれば良かった」
「え、あいちん行ったの? てかあそこも混むっしょ?」
「でも、ボロネーゼは絶品だったよ。タバスコいっぱい足しても負けなかった」
「相変わらずだなぁ」
窓際の席は人気で全く空く気配がなく、しかたなく二人は中央の長テーブルに並んで腰を下ろした。飴子がピザを口に入れた瞬間、ふと、ななみが窓際に視線を移した。
「ね、あれ、福永じゃん」
「へっ?」
「窓際の三番目の席。うげ、甘いものばっか……飯食えっての」
ななみが指さした方には、彼女の言う通り圭一が座っていた。彼の眼前には、生クリーム山盛りのパンケーキ、バニラアイスにベリーソースのかかったパフェ、ジョッキサイズのメロンクリームソーダが置かれていた。先日の彼の言葉がよぎるメニューに飴子は身震いをしてピザにハバネロパウダーを足した。
「福永くんも相変わらずね」
「あれ、あいちん福永の好み知ってたの?」
「この間カフェでたまたま相席になったから見ただけ」
「つか、仲良かったの!?」
「別に、普通よ」
残りのピザを口に詰め込んで、飴子は空になったトレーを手に立ち上がると『おかわり』と告げて再び券売機に向かった。
「え、ちょ、あいちん!? 席なくなるよ!」
「移動するから大丈夫、ゼミまでには戻るから食べたら先に研究室戻ってて」
「……変なあいちん」
「邪魔するわよ」
新しいトレーを持って、飴子は圭一の前に座った。
「……相川」
「相変わらず甘ったるいのばっかり食べてるのね」
「お前こそ、相変わらず目が痛いもんばっか食べるのな」
パフェの生クリームを掬いながら、圭一は目を顰める。飴子のトレーの上には、お気に入りの激辛ラーメンに本場キムチがトッピングされていた。
「因みにこれ、おかわりよ」
「は?」
「さっきまで友達といたの。新作のピザを食べてきたわ」
「相変わらずよく食うな……」
「そっちこそ、普通のご飯も食べなさいよ」
飴子は特別に貰ってきたタバスコのほぼひと瓶をラーメンに入れた。レンゲで掬った真っ赤なスープをひと口飲み、熱い吐息をこぼした。
「だからそんなに入れるなって、パフェが不味くなるだろ」
「パフェの味は変わらないわよ、脳が混乱するでしょうけど」
「それを味が変わるって言うんだ!」
グラスの底のコーンフレークまで食べ終わると、圭一はジョッキに手を伸ばす。上に乗ったバニラアイスをメロンソーダに浸して口に含めば、炭酸とアイスが喉を潤した。
「やっぱり、あのカフェのボロネーゼが食べたい」
「気に入ったのか」
「えぇ、学生食堂のメニューの辛さが物足りなくなったみたい」
「……重症だな」
「あなたに言われたくないわね」
飴子がラーメンを啜る。圭一がメロンクリームソーダのストローをくわえる。しばらく無言で二人は器を空にした。
「で、どうなったんだよ」
「え?」
「お見合い、まだあの跡取り息子は:執拗しつこいのか?」
「えぇ、まぁ、そうね」
「なんだ歯切れ悪いな」
飴子はグラスの水を一気に空にすると、ため息をひとつ零して口を開いた。
「まだ、デートどころかちゃんと会ってすらしてないのに、もう夫婦扱いされるのよ」
「……は?」
「語彙力ないわね、それしか聞き返す言葉ないの?」
「いやいや、そうじゃなくて!」
「執拗いのは確かよ、しょっちゅう電話かかってくるし、毎日朝・昼・晩とメールも来るし、毎日食事に誘われるし」
「完全にストーカーじゃねぇか……」
頭を抱える圭一に、飴子も苦笑するしかなかった。全く同じことを思って、抗議をするまでしたのだ。
「もう、いい加減突き放そうかしら」
「……夫婦みたいな関係まで行って、突き放せるのか?」
「それ、いつの時代の話よ。そんなの、『好きな人が出来ました』で終わりよ」
「好きな人……」
「べ、別に例えばの話であって、あなたのことってわけじゃ――」
「相川ー、福永ー、ゼミ始まるよー?」
タイミングが良かったのか悪かったのか、通りがかりの仲間が声をかける。
「あら、もうそんな時間?」
「うん。教授も研究室向かってた」
「じゃあ先に行くね! デートの邪魔してごめんね相川ー」
「福永もごめんねー」
「べっ、別にデートじゃ……っ」
顔を真っ赤にした飴子に手を振り、仲間たちは食堂を出ていく。メロンソーダのジョッキを空にした圭一もまた、うっすら赤い目元を窓の外に向けた。
「……相川」
「……なによ」
「来週、仕掛けるから」
「は……?」
「それだけ。先、行くぞ」
「え、ちょ、……福永くん……!?」
動揺を抑えられないまま追い掛けた圭一の耳がまだ赤いことに気付いて、飴子の唇は弧を描いた。
「待ちなさい圭一!」
終わり
「新作のホットピザ、ハバネロトッピング二倍で」
「相変わらずだねぇ……」
大学の昼休み、食堂前の券売機にやってきた飴子は迷わず、新商品! と赤字で書かれたボタンを押した。派手なメイクに長いネイルチップ、ロングの茶髪をコテで巻いたゼミ仲間は苦笑して財布を開いた。自分の名前が嫌いな飴子は友人にも名字で呼ぶように頼み、彼女からは相川の[あい]で[あいちん]と呼ばれていた。
「で、ななみは?」
「ツナサンド」
「え、それだけ!?」
「彼氏に痩せろって言われてさー」
「いや、十分細いとおもうんだけど……そんな彼氏別れたら?」
「あたしも悩んでるんだよね、実は」
食券を受付に出して、トレーを受け取った飴子は席を探した。
「やっぱり食堂は混むわね、駅前のカフェにすれば良かった」
「え、あいちん行ったの? てかあそこも混むっしょ?」
「でも、ボロネーゼは絶品だったよ。タバスコいっぱい足しても負けなかった」
「相変わらずだなぁ」
窓際の席は人気で全く空く気配がなく、しかたなく二人は中央の長テーブルに並んで腰を下ろした。飴子がピザを口に入れた瞬間、ふと、ななみが窓際に視線を移した。
「ね、あれ、福永じゃん」
「へっ?」
「窓際の三番目の席。うげ、甘いものばっか……飯食えっての」
ななみが指さした方には、彼女の言う通り圭一が座っていた。彼の眼前には、生クリーム山盛りのパンケーキ、バニラアイスにベリーソースのかかったパフェ、ジョッキサイズのメロンクリームソーダが置かれていた。先日の彼の言葉がよぎるメニューに飴子は身震いをしてピザにハバネロパウダーを足した。
「福永くんも相変わらずね」
「あれ、あいちん福永の好み知ってたの?」
「この間カフェでたまたま相席になったから見ただけ」
「つか、仲良かったの!?」
「別に、普通よ」
残りのピザを口に詰め込んで、飴子は空になったトレーを手に立ち上がると『おかわり』と告げて再び券売機に向かった。
「え、ちょ、あいちん!? 席なくなるよ!」
「移動するから大丈夫、ゼミまでには戻るから食べたら先に研究室戻ってて」
「……変なあいちん」
「邪魔するわよ」
新しいトレーを持って、飴子は圭一の前に座った。
「……相川」
「相変わらず甘ったるいのばっかり食べてるのね」
「お前こそ、相変わらず目が痛いもんばっか食べるのな」
パフェの生クリームを掬いながら、圭一は目を顰める。飴子のトレーの上には、お気に入りの激辛ラーメンに本場キムチがトッピングされていた。
「因みにこれ、おかわりよ」
「は?」
「さっきまで友達といたの。新作のピザを食べてきたわ」
「相変わらずよく食うな……」
「そっちこそ、普通のご飯も食べなさいよ」
飴子は特別に貰ってきたタバスコのほぼひと瓶をラーメンに入れた。レンゲで掬った真っ赤なスープをひと口飲み、熱い吐息をこぼした。
「だからそんなに入れるなって、パフェが不味くなるだろ」
「パフェの味は変わらないわよ、脳が混乱するでしょうけど」
「それを味が変わるって言うんだ!」
グラスの底のコーンフレークまで食べ終わると、圭一はジョッキに手を伸ばす。上に乗ったバニラアイスをメロンソーダに浸して口に含めば、炭酸とアイスが喉を潤した。
「やっぱり、あのカフェのボロネーゼが食べたい」
「気に入ったのか」
「えぇ、学生食堂のメニューの辛さが物足りなくなったみたい」
「……重症だな」
「あなたに言われたくないわね」
飴子がラーメンを啜る。圭一がメロンクリームソーダのストローをくわえる。しばらく無言で二人は器を空にした。
「で、どうなったんだよ」
「え?」
「お見合い、まだあの跡取り息子は:執拗しつこいのか?」
「えぇ、まぁ、そうね」
「なんだ歯切れ悪いな」
飴子はグラスの水を一気に空にすると、ため息をひとつ零して口を開いた。
「まだ、デートどころかちゃんと会ってすらしてないのに、もう夫婦扱いされるのよ」
「……は?」
「語彙力ないわね、それしか聞き返す言葉ないの?」
「いやいや、そうじゃなくて!」
「執拗いのは確かよ、しょっちゅう電話かかってくるし、毎日朝・昼・晩とメールも来るし、毎日食事に誘われるし」
「完全にストーカーじゃねぇか……」
頭を抱える圭一に、飴子も苦笑するしかなかった。全く同じことを思って、抗議をするまでしたのだ。
「もう、いい加減突き放そうかしら」
「……夫婦みたいな関係まで行って、突き放せるのか?」
「それ、いつの時代の話よ。そんなの、『好きな人が出来ました』で終わりよ」
「好きな人……」
「べ、別に例えばの話であって、あなたのことってわけじゃ――」
「相川ー、福永ー、ゼミ始まるよー?」
タイミングが良かったのか悪かったのか、通りがかりの仲間が声をかける。
「あら、もうそんな時間?」
「うん。教授も研究室向かってた」
「じゃあ先に行くね! デートの邪魔してごめんね相川ー」
「福永もごめんねー」
「べっ、別にデートじゃ……っ」
顔を真っ赤にした飴子に手を振り、仲間たちは食堂を出ていく。メロンソーダのジョッキを空にした圭一もまた、うっすら赤い目元を窓の外に向けた。
「……相川」
「……なによ」
「来週、仕掛けるから」
「は……?」
「それだけ。先、行くぞ」
「え、ちょ、……福永くん……!?」
動揺を抑えられないまま追い掛けた圭一の耳がまだ赤いことに気付いて、飴子の唇は弧を描いた。
「待ちなさい圭一!」
終わり
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