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 八月。戦争は日に日に激化している。各大都市に焼夷弾の雨が降り、招集される兵士も増えた。日本軍は十死零生を掲げ、神風特攻隊が次々と赤い空を飛んでいく。空襲が増えたせいで、訓練の時間はほとんどなくなってしまった。

「いらっしゃい」

 長屋の名残が残る建物の黒いカーテンを閉め切った昭の部屋に、たえ子は赴いた。畳の上に小さなちゃぶ台があるだけの狭い居間。現役では無いとはいえ、国民兵に選ばれたはずの人間とは思えない質素な部屋だった。たえ子はちゃぶ台の前に座り、室内を見渡した。

「その裏口を出た所に防空壕があるから、何かあればそこに飛び込んで」
「は、はい! わかりました!」
「ふふ、今日は訓練じゃないよ。お茶でも飲む?」
「はい、ありがとうございます」
「昼食がまだだったら、ドングリ粉の団子とカボチャの雑炊ならあるよ」
「頂きます。昭さまが呼んで下さるなんて、珍しいですね」
「まぁ、な……」

 団子の皿と汁椀をたえ子の前に差し出し、向かいに昭も座った。

「いただきます」
「あぁ……」

 たえ子は汁椀を口につけた。味噌の風味が香り、甘いカボチャが舌を癒した。砂糖が中々手に入らない今、カボチャやサツマイモは貴重な甘味料だ。温かい汁物に癒されながら、ふと昭が浮かない顔のまま食事に手をつけていないことに気付いた。

「昭さま? 召し上がらないのですか?」
「……たえ子、」

 昭は一度手にした箸を置き、胸元に手を入れて封筒を取り出した。

「それは?」
「食事中にすまないが、読んでくれ」
「はい……こ、これは……っ!」

 封筒の中から出てきた、濃いピンクの紙――赤紙だ。

『緊急召集令状

中川昭 殿

右臨時召集令状ヲ令セラル依テ左記日時到着地ニ参著シ
此ノ令状ヲ以テ当該召集事務所ニ届出ヅベシ』

「まさか、昭さまが……」
「あぁ、出兵が決まったよ」

 ガチャン、と食器がぶつかり大きな音を立てた。先程まで温かい食事で血色の良かった肌が、みるみる青ざめていく。

「どうして!? どうして昭さまが行かなければいけないのでしょう!? どうして戦争なんて起こったのでしょうか!?」
「たえ子、聞かれてしまう……」
「だって、だってそうでしょう? こんな恐ろしいことがあって良いのですか? みんな怖い顔で毎日空に怯えているのです。鉄砲を持ったメリケン人に竹槍なんか向けたって勝てるわけないのです……」
「たえ子、気を確かに……!」

 この憎い赤色を、今にも破ってしまいたかった。しかしそうすれば昭が非国民だと言われ処刑されてしまうかもしれない、と思えば簡単には出来なかった。零れそうな光を瞼ギリギリまで溜めて表情を歪ませるたえ子に、昭は抱きしめることしか出来なかった。

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